<コラム> LGBTだけじゃない!アロマンティックの存在


「○○君って彼女いるの?あ、それとも彼氏?」
こんなやりとりを耳にする機会が増えた。付き合っている相手のことを彼氏、彼女ではなくパートナーと呼ぶようになった人も多い。LGBT(1)に対する認知の高まりによるポジティブな変化だ。ただ、それでもなお、取り残されてしまった人々の存在にも目を向けたい。
「アロマンティック」。この言葉をご存じだろうか。アロマンティックは他者に恋愛感情を抱かないというセクシャリティの一つだ。他者に性的に惹かれない性的指向である「アセクシュアル」やその他周辺のセクシャリティとともに、認知し、理解することが、多様性をより尊重した社会に向けて必要になる。支援団体や当事者の方にお話をうかがいながら、アロマンティックをめぐる問題について考えてみた。
(文=小池春都。トップの画像はアロマンティックを表すアロマンティックフラッグ)
支援者の声

「アロマンティックは他のセクシャリティと比べて活動家や支援団体が少ない。正しい知識を伝えなければ」。そう語るのは今徳はる香さんだ。今徳さんは特定非営利活動法人にじいろ学校(以下、にじいろ学校)の理事長をしている。にじいろ学校は、アロマンティックやアセクシュアル、その他周辺のセクシュアリティ(以下Aro/Ace)の当事者同士が交流するイベントの開催等をしている団体だ。

アロマンティックについては絶対的な定義があるわけではない。しかし今徳さんは、それはむしろいいことだと言う。1つの絶対的な定義を定めてしまえば、そこに含まれない人々はマイノリティの中のマイノリティとして取り残されてしまうからだ。恋愛をする人々の中でも多様性があるように、恋愛をしない人々の中でも多様性がある。実際、にじいろ学校では明確な定義を定めてはいるものの、あくまで団体内での定義としている。

LGBTは近年広く認知されるようになったが、アロマンティックはまだほとんど知られていないのが現状だ。そこにはアロマンティック特有の課題もある。
まず、アロマンティックは他のセクシャリティと比べて自認することが難しい。付き合ってみたり、婚活をしたりする中で違和感を覚え、自分で調べてアロマンティックであることに気づくケースも多いそうだ。また、LGBTとのアプローチの違いも大きい。LGBTは当事者のテレビタレントによる活躍等ですでに認知されている面もあった。そこで広まった誤解や偏見を解消するために、”どんな恋愛も素晴らしい”という文脈で情報発信がなされている。一方でアロマンティックは2000年ごろから徐々に日本でも広まり始めた比較的新しい概念で、”恋愛をしなくてもいい”という文脈で情報発信をしている。このような自認のハードルやLGBTとのアプローチの違いがあり、なかなかLGBTの運動に加わることができなかった。

それでも状況は変わりつつあると今徳さんは言う。LGBTのイベントとして知られる東京レインボープライド(2)に2016年からにじいろ学校も参加している。また、東京パラリンピックを契機として2020年に設置された「プライドハウス東京」(3)ではAro/Aceのコーナーが設けられている。

「知ってもらえなければ存在しないことになってしまう。まずはとにかく他者に恋愛をしない人や性的に惹かれない人が存在しているということが広まれば」。そう語る今徳さんの言葉には熱がこもっていた。

多様性_アロマンティック_1
(画像はにじいろ学校HPより)
当事者の声

今徳さんへの取材後、アロマンティック当事者の方からもお話を伺いたいと思った私は、ゆーりさん(仮名)にお会いした。
現在30代のゆーりさんは幼いころから周囲の反応や両親からのプレッシャーに悩んできた。
「周りの子は結婚したいとか、ウェディングドレスを着たいとか言ってて、でも私はそういうの全然わからなかったんです」。ゆーりさんは幼稚園児だった頃を振り返り語った。周りに相談したが、「ゆーりちゃんはまだ運命の人に巡り合っていないだけだよ」と言われてしまったという。

高校卒業後、両親からのプレッシャーに耐えかねてマッチングアプリを始め、数人とお付き合いをしてみた。しかし、何が楽しいのかはわからなかった。デートの日が近づくと頭が痛くなることもあった。相手が手を繋いできたと話すと友人からは黄色い声が上がり、それが不思議でならなかったという。ゆーりさんにとって手を繋ぐことは単なるはぐれないための行為にしか思えなかったのだ。恋ができない病気なのではないかと思い、インターネットで調べていく中で見つけたのがアロマンティックというセクシャリティの存在だった。

「まさか恋をしない人がいるとは思わなくて、もしかして私そうかもと思ってからも一年くらいは気づかないふりをしていました」。当時の葛藤をこう語った。現在はアロマンティックであることを受け入れたゆーりさんだが、若いころを振り返って、教育の重要性を指摘する。現行の教育課程ではLGBTを教えることはあっても、性自認を確定していないクエスチョニングやAro/Aceなどその他のセクシャリティまで教える機会は少ない。「アロマンティック当事者も、当事者でない人も正しい知識を持つことによって、アロマンティックであるが故の疎外感を軽減できるんじゃないかって思います」。特に若いころは少し仲良くなったら“恋バナ”(4)が始まるのが定番だ。その際に自分の恋愛について話すのは良くても、他人の恋愛事情をしつこく聞いたりすることは控えるといった配慮ができるとよいのではないだろうか。

取材を通してゆーりさんが繰り返したのは、アロマンティックの人は決して感情のない冷たい人々ではないということだ。恋愛感情はわからない一方で、尊敬や、人間的に好きという感覚はある。

「みんな違っていて当然と考えてほしい。アロマンティックも一つの個性です」。

ゆーりさん(写真は本人提供)
ゆーりさん(写真は本人提供)
二人に共通するメッセージ

取材を通して、共通するメッセージが印象に残った。それは「当たり前を疑ってほしい」ということだ。アロマンティックに対しては、「運命の人に出会っていないだけなのでは?」や、「経験が少ないだけだよ」といった意見が多い。しかし、そのような意見を言う人々が、恋愛対象としない性を今後も恋愛対象としないことにある程度の自信を持てることと、アロマンティックを自認する人々が今後も恋愛をしないことにある程度の自信を持てることとは本質的に同じである。そこには明確な根拠があるわけではなく、個人の考えの違いであり、個性なのだ。

マジョリティに属する立場からマイノリティへ配慮するというスタンスではなく、一人ひとりの個性の問題として当たり前を疑うことで互いを尊重し、違いを認め合える社会になるのではないだろうか。
最後に、アロマンティックは自認が難しく、若いうちは孤独に悩むことも多い。この記事が恋愛感情を持てずに悩む方にとってアロマンティックという概念を知るきっかけになることを願う。

 

(1)レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダーの頭文字から成り、性的マイノリティの総称として用いられる。
(2) LGBTQをはじめとするセクシュアル・マイノリティの存在を社会に広め、「”性”と”生”の多様性」を祝福するイベントで、特定非営利活動法人 東京レインボープライドが開催している。(https://tokyorainbowpride.com/about2022/)
(3)プライドハウス東京(https://pridehouse.jp/)
(4)恋愛に関する話のこと。

※アロマンティックを含めたあらゆるセクシャリティは人それぞれ異なるものであり、記事内の表現は特定のセクシャリティの在り方を規定するものではありません。