誰もが誰かのアライ(Ally)に~小学校のLGBTQ+教育~
「アライ(Ally)になってください。相談されやすい人でいてください」。LGBTQ+教育の出張授業を行う松岡さんは、必ずこの言葉で授業を締めくくる。子供たちに、性の在り方に限らず、信頼される人になってほしいというメッセージを伝えている。 一方で、日本の小学校学習指導要領には、「思春期になると異性への関心が芽生える」とあり、性的マイノリティへの言及は見られない(1)。また海外に目を向けると、アメリカフロリダ州では、小学校での性自認や性的指向などの話し合いを禁じる法律が2022年3月に成立した(2)。小学生へのLGBTQ+教育に足踏みする動きが見られる中で、その必要性や課題を特定非営利活動法人ASTAの松岡成子さんに伺った。(取材・執筆=西田菜緒) トップの写真は松岡成子さん。撮影は福森クニヒロさん。松岡さん提供。
ASTAについて
アライ(Ally)とは「性的マイノリティの人々を理解し支援するという考え方、またそうした立場を明確にしている人(3)」を指す言葉だ。ASTAはLGBTQ+を切り口に多様性の啓発を行い、アライを増やす活動をしている。息子を当事者に持つ松岡さんは、2017年にNPO法人ASTAを設立した。団体名の由来は、掛け算の意味を持つアスタリスクだ。「それぞれの思いを掛け算して!というイメージ」だと松岡さんは語る。愛知県と岐阜県の学校や行政を中心にLGBTQ+教育の出張授業を行っており、週に複数回は県内を飛び回っている。これまでの出張授業や講演回数は約450回にもなり、小学生向けの授業経験もしている。(3)
ASTAの出張授業の基本スタイルは、まずLGBTQ+に関する基本知識の講義をした後にASTAに所属する当事者やその親族が自分のライフヒストリーを語る。知識を教えるだけではなく当事者の経験を知ることを通して、自分と何も変わらない一人の人間であることをリアルに体感してもらうことを重視している。
なぜ小学校での教育が必要か?
「今の大人たちの動きは遅い。(中学、高校など)もう少し大きくなってから(LGBTQ+の)教育に手を出している」と松岡さんは言う。当事者を取り巻く児童や大人の理解が進んでいないことが原因で苦しむ当事者が多くいるという。「LGBTの学校生活に関する実態調査(2013) 結果報告書」によると「全回答者の 68%は『身体的暴力』『言葉による暴力』『性的な暴力』『無視・仲間はずれ』のいずれかを経験していた」というデータもある。(4)
小学生への教育が必要である一方で、現段階では小学校からの依頼は児童向けよりも教職員研修など大人向けのものが多い。生徒にどのように伝えたらいいのか先生側が試行錯誤している段階だという。理解力が未発達な小学生に伝えるには、中高生以上に慎重さを要するからだ。
大切なのは、児童を取り巻く環境作り
教職員研修が多い中でも、小学生児童向けの授業を依頼されることもある。ASTAの出張授業では、児童に直接授業するのは小学校5,6年生以上を対象としている。理由は、高学年頃になると複雑な用語や話を茶化さずに真剣に聞けるようになるからだ。また、「彼氏」「彼女」といった言葉を口にするようになるのもこの頃からだ。このような言葉が当事者を傷つける可能性があることも授業の中で伝えられるようになる。一方、小学校低学年や中学年の児童は、授業を通してよりも保護者の言葉に耳を傾ける。そのため、低学年中学年の児童に対しては、保護者に研修を行い親から子どもに伝えてもらう形式を取っている。各家庭の伝え方を考慮した方法だ。
ASTAでは、5,6年生の児童向けの授業を行う際にも、教職員と保護者向けの研修を先に行うことを学校側に提案する。子どもを取り巻く大人の理解が進んでいないと、かえって子どもを傷つけてしまうリスクがあるためだ。例えば、授業によってLGBTQ+の知識を得た子どもがクラスの当事者をあぶりだす魔女狩り的な行為をしてしまうかもしれない。また、授業を経て自己肯定感の上がった当事者児童が、その勢いで親にカミングアウトして親から否定され深く傷ついてしまう可能性もある。このような事態に発展しないためにも、教員と保護者など周囲の大人の理解をまず深めることを大切にしている。
社会弱者として理解してしまう 小学生に伝える難しさ
小学生にアライの概念について教えると、「困っている人を助けてあげる人」と認識し、当事者のことを社会的弱者として理解してしまうことがあるという。これが小学生に教える際の難しさの一つだ。松岡さんがある教員から聞いた話では、ある出張授業を受けた児童が作成したポスターを見ると、車椅子の人とトランスジェンダーの人、杖をついた人と赤ちゃんのイラストを載せて「アライは大切」と書いていたという。本来のアライの概念は、そこに「コックさんとかプロ野球選手、外国の方とか宇宙飛行士とかいろんな人がいて多様性」であると語った。
これは子どもたちが「かわいそうな人、困っている人に親切にすることが良いことで、それが回りまわって自分のためになる」と教育されてきたからだと松岡さんは指摘する。しかし、このように特定の人を弱者であるとカテゴライズすることが、弱者を生みだしていると語った。
高校生位になると、「自分が誰かのアライになって、誰かが自分のアライになってほしい」というように対等な存在として捉えることができる。このように一歩踏み込んで複雑に考えることが、小学生には難しいという。
「社会弱者という認識を消していきたい」
授業では、「左利きの人右利きの人、耳の聞こえない人聞こえる人、ご飯をたくさん食べる人そうでない人など様々な人がいる。今日はその中でLGBTQ+を扱うんだよ」という形で話題を切り出す。「性的マイノリティ」を特別視しない切り口で話すことを意識している。
授業を受けた人に、当事者のライフヒストリーを聞くことで「なんだ当たり前に周りにいる人じゃんと感じてほしい」と松岡さんは語った。
脚注
(1)文部科学省,「小学校学習指導要領(平成 29 年告示)解説 体育編」,p108
(2)山内菜穂子,「米フロリダ州、学校での『性自認の議論禁止』法が成立」,日本経済新聞,2022年3月29日
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN28CPO0Y2A320C2000000/
(3)特定非営利活動法人ASTAホームページ
https://asta.themedia.jp/pages/918254/about
(4)いのちリスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン,「LGBTの学校生活に関する実態調査(2013) 結果報告書 」,2014 年 4 月 29 日
https://sogilaw.org/attachment/cfile8.uf@260C904153733B28023716.pdf
最終アクセス日はいずれも2022年9月1日