「社会的孤立」を防ぐためにできること――福島県いわき市に注目して


2019年2月、福島県いわき市の災害公営住宅・永崎団地を訪れた。そこでは、独居世帯も多く、社会的孤立が課題だという。そこで、自治体やボランティア団体、企業の取り組みを取材した。社会的孤立は身近な課題である。いわき市の取り組みや彼らの言葉を通して、社会的孤立を防ぐためにできることを考察した。(取材・執筆=宮崎愛美)

▼目次

序章 学生フラガールの活動を通して感じた課題

第1章 いわき市の現状

第2章 自治体行政嘱託員の取り組み

――いわき市災害公営住宅永崎団地行政嘱託員・藁谷鐵雄氏インタビュー

第3章 学生ボランティア団体の取り組み

――学生ボランティア団体「Trifoglio」代表・鈴木一郎氏インタビュー

第4章 NPO法人の取り組み

――NPO法人フラガールズ甲子園理事長・小野英人氏インタビュー

第5章 地域密着型企業・スパリゾートハワイアンズの取り組み

――常磐興産株式会社経営企画部広報室・矢吹剛一氏インタビュー

第6章 社会的孤立を防ぐためにできること

 

序章 学生フラガールの活動を通して感じた課題

 

「フラガール~虹を」を踊る居住者と学生フラガール(撮影:荻野結衣)
「フラガール~虹を」を踊る居住者と学生フラガール(撮影:荻野結衣)

 

2019年2月18日、福島県いわき市の永崎団地には、フラダンスを楽しむ居住者と学生フラガールの姿があった。使用されている楽曲は、映画「フラガール」[1]の主題歌「フラガール~虹を」[2]だ。映画「フラガール」の舞台は、1960年代には炭鉱町として栄えていた福島県いわき市。エネルギー革命により閉山が相次ぐ中、常磐ハワイアンセンター[3]誕生に向けて危機を乗り超えようとする人々の姿が描かれた作品である。2011年3月11日の東日本大震災後をはじめ、いわき市民やフラガールにとっては、危機的状況を乗り越える人々に寄り添う楽曲として親しまれている。永崎団地は、災害公営住宅であり、居住者の多くは、東日本大震災の津波で被害にあった方々だ。そこで、被災者と大学生フラガールの交流会が行われていたのだ。

 

フラダンスを披露する早稲田大学ハワイ民族舞踊研究会(撮影:荻野結衣)
フラダンスを披露する早稲田大学ハワイ民族舞踊研究会(撮影:荻野結衣)

 

この交流会は、翌日の2月19日に行われた第6回全国学生フラフェスティバルの開催に合わせ、「福島県内避難者・帰還者心の復興事業補助金」[4]を活用し、行われたものだ。全国学生フラフェスティバルとは、全国の大学生・専門学生のフラガールが福島スパリゾートハワイアンズに集うフラダンスの披露と交流を目的としたイベントである。私も、第6回全国学生フラフェスティバルの実行委員長として参加していた。

 

フラダンス披露後の懇親会では、居住者から震災当時のお話や現在の状況を伺った。そのなかで、印象に残っている言葉がある。津波により、家族と家、財産を失い、1人で永崎団地に居住する年配の女性の「フラを観て踊って、久しぶりに笑顔になったよ、ありがとう」という言葉だ。私は、福島県を訪れるのなら、東日本大震災からの復興の状況や現在の課題を知りたいと考え、交流会への参加を決めた。しかし、居住者の方々や他大学に対し、独りよがりの交流会になっていないか不安があった。そんな私にとって、達成感と安堵を感じた一言だった。それと同時に、住宅や道路が整い、ハード面での復興は少しずつ進んでいるように見えても、笑顔のない日が未だに続き、ソフト面での復興は進んでいないことを実感した。また、他の居住者からも「体を動かす機会があまりなくて」「誰とも話さない日もある」「一人暮らしをしていて、将来が不安」といった声があった。そして、懇親会に参加していた永崎団地自治体行政嘱託員の藁谷鐵雄氏や交流会の提案をしたNPO法人フラガールズ甲子園理事長の豊田義彦氏も、「(今後の課題は)社会的孤立を防ぐこと」だと語っていた。

 

懇親会の様子(撮影:荻野結衣)
懇親会の様子(撮影:荻野結衣)

 

高齢化や核家族化が問題視されている現代日本、新型コロナウイルス感染拡大の影響で「あたらしい生活様式」が求められる世界では、「社会的孤立」は深刻な課題である。私自身も、2020年4月に発令された緊急事態宣言により「ステイホーム」が求められたなかでの就職活動では、友人と話す機会が減り、少なからず孤独を感じていた。いわき市の課題やそれを克服するための取り組みは、全国と共通し、活かせるものだと考えられる。そこで、フラダンスを通して私自身と縁のあるいわき市に焦点をあて、社会的孤立を防ぐためにどのような取り組みが行われているのか明らかにしたい。

 

第1章 いわき市の現状

まずは、調査対象であるいわき市の現状を明らかにするために、人口推移をはじめとするデータを整理する。

 

高齢者が増加傾向にあるいわき市の人口推移

人口統計には、国勢調査に基づき計算した現住人口と住民基本台帳に記載されている人口の2種類がある。いわき市役所総合政策部によると、いわき市には、「災害によって避難されて来た方が住民票を移していない」例が多いという。今回は、いわき市で生活している人々の実態について分析するため、現住人口を用いることにする。グラフ1では、いわき市人口の経年変化[5]、グラフ2では、いわき市世帯数の推移[6]を示した。

グラフ1 いわき市人口の経年変化
グラフ1 いわき市人口の経年変化

 

グラフ2 いわき市世帯数の推移
グラフ2 いわき市世帯数の推移

 

グラフ1によると、いわき市人口は近年、減少傾向にある。平成28年の人口増加は、東日本大震災による被災者が双葉郡からいわき市に避難してきたためである。一方、いわき市の世帯数は増加傾向にある。これは、いわき市総合政策部によると、独居世帯や夫婦世帯が増えたためである。つまり、社会的孤立に陥る可能性が高い世帯が増加していることを意味する。実際に、永崎団地の世帯構成は、「60%が高齢者世帯であり、そのおよそ半数が独身世帯」[7]である。

 

高齢者の社会的孤立がもたらす問題

永崎団地をはじめとするいわき市では、社会的孤立に陥る可能性の高い高齢者が増加していることがわかった。ここで、「社会的孤立」の定義について考えたい。社会的孤立には、明確な定義がない。ここでは、「家族や友人、地域社会との交流がなく、客観的に見て社会から孤立している状態」[8]として広い意味で捉える。「平成23年版高齢者社会白書」[9]は、高齢者の社会的孤立がもたらす問題点として、「生きがいの低下」、「高齢者の消費者被害」、「高齢者による犯罪」、「孤立死」が挙げられている。こういった問題を防ぐため、「社会的孤立」に陥る人々を守ることが必要である。

 

いわき市の永崎団地でも、2016年の入居開始から2年がたった2018年、孤独死の事例が1件あった。死後1週間での発見であった。市内の他の災害公営住宅・復興公営住宅でもこどく死の事例が認められている。この事実を重く受け止め、いわき市では多様なアクターが社会的孤立を防ぐために取り組みを行っている。自治体行政嘱託員、学生団体代表、NPO法人理事長、企業社員という異なる立場の4人の取り組みと、それぞれが考える社会的孤立を防ぐために大切なことを伺った。

 

第2章 自治体行政嘱託員の取り組み

――いわき市災害公営住宅永崎団地行政嘱託員・藁谷鐵雄氏インタビュー

私の社会的孤立に対する問題意識が高まるきっかけとなったのは、序章で述べた永崎団地の訪問だった。その永崎団地に居住し、自治体行政嘱託員を務める藁谷鐵雄氏にお話を伺った。

 

自治体行政嘱託員の仕事

永崎団地は、2016年10月13日に入居が開始された。藁谷氏が入居したのは、同年10月23日だ。東日本大震災の地震や津波により被害を受けた人々が、入居した。多くの住民が、震災前からいわき市内に住んでいた。しかし、いわき市は面積も大きく人口も多い、大きなコミュニティだ。藁谷氏も入居当時、189世帯の内、震災以前あるいは仮設住宅入居時からの知人はほとんどいなかった。そんななか、「震災直後から仮設住宅での生活にかけて、周りの人にお世話になった。恩返しができたら」という想いで立候補。いわき市から自治体行政嘱託員に任命された。行政嘱託員の仕事は、主に2つある。ひとつ目は、区長としての仕事だ。いわき市の区長会議や少年育成会などの会議に永崎団地を代表して出席する。ふたつ目は、自治会長として居住者同士や居住者と行政の架け橋となる仕事だ。例えば、建物共有部の不具合箇所を修繕するように依頼したり、住民同士の交流の場をつくったりしている。

 

交流の場をつくる工夫

入居当初、市役所などの行政が居住者間でのコミュニケーションの場として、イベントの開催を支援していた。しかし、当初は、イベント参加者より主催者側や関係者の人数が多いこともあった。その理由として、設備の不足が挙げられた。例えば、健康体操を集会所で実施していたのだが、春や秋は参加者が一定数いるものの、夏や冬はなかなか人数が集まらないことが多かった。空調設備が整っておらず、寒すぎたり、暑すぎたりしていた。永崎団地は市営住宅であるものの集会所などの共有部の設備は、居住者から集める自治会費で整えることになっていて、入居直後には、エアコンが設置できていなかった。そこで、福島県に申請し援助を受け、エアコンを3機取り付けた。市営住宅であるにも関わらず、自ら県に申請しなければ支援を受けられない行政手続きの煩わしさに藁谷氏は疑問を感じたという。セーフティーネットを整えても、その内容や手続きの難しさから本来受けられるサービスを受けられないことが考えられる。それは、社会的孤立や貧困問題など、現代の日本が抱える社会問題を更に加速させる問題点だと主張する。

 

空調設備が整ったことで、すぐに参加者が増えると思えたが、そんなことはなかった。次に、取り組んだのは、お茶会を実施することだ。お茶菓子などを用意して、居住者が自由に話せる場を設けた。すると、健康体操には参加していなかった居住者の参加が増えた。そこで、フラダンスを観るイベントや秋まつり、子供のためのミニ運動会など様々な年代、趣味をもった居住者のそれぞれに焦点をあてたイベントを実施することで、多くの居住者が自分の参加したいイベントに参加し、イベントだけで終わらない交流が生まれることになった。現在では、自治会主催イベントのほかにも、女性の会の会員と共にプランターや県道に花をうけたり、隣の県営復興住宅と合同でお祭りを開催したりするようになった。公営住宅周辺に震災前から住む方との散歩会や花火大会なども行われ、それぞれが生きがいを感じるような関係性が生まれている。

 

一方、どんなに工夫を重ねても交流会に顔を出さない居住者もいる。その多くが、高齢者の単身世帯だ。チラシや呼びかけによるイベントへの誘いも限度がある。そういった場合は、自治体だけでは解決できないため、行政が見回り活動をしている。市役所の住宅管理センターが70歳以上の独居世帯には、1カ月に1回訪問をしている。社会的孤立を防ぐために、自治体と行政が協力し、お互いにできることに取り組んでいる。

 

持続可能な交流を目指して

藁谷氏は、2019年3月に予定されていた総会で自治体行政嘱託員を交代しようと考えていたという。しかし、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて、総会は中止となり、継続することになった。この仕事について、「周りの協力がないとできない」と語る。藁谷氏自身も、1年で辞めようと考えたことがあった。周りの人の感謝の言葉と応援で続けることができたが、時間や体力を必要とし、精神的にも負担の大きい役回りだ。仕事をしている世代には難しい。他の団地では、自治体行政嘱託員が交代した途端、交流会などのイベントが全くなくなってしまったところもあるという。また、藁谷氏自身も後期高齢者である。「この仕事が好きだから続けられているが、いつ動けなくなるかわから」ず、不安がある。「地元の大学生と強固な協力関係を結び、体制を整え、持続可能なものに変えていくことが求められている」と語った。

 

永崎団地で交流の場をつくることを先導してきた藁谷氏は、社会的孤立を防ぐためには、「ちょっと踏み込む勇気」が必要だと主張する。イベントに参加せず、殻にこもってしまう居住者もいる。いかに殻を破るかを考えながら、多様なイベントを企画し、一度断られても誘ったり、チラシをポストに投函したりといった声かけを続けている。また、新型コロナウイルス感染拡大の影響で団地としてのイベントを実施することが難しい現在は、特にご近所同士のつながりを大切にしている。例えば、隣同士で洗濯物の様子を見たり、最近会っていないなと思ったら声を掛けたりすることを団地全体で実施している。

 

藁谷氏は、地元の大学生との協力が、持続可能な取り組みにつながると提案していた。いわき市内では、大学生はどのような取り組みを行っているのだろうか。

 

第3章 学生ボランティア団体の取り組み

――学生ボランティア団体「Trifoglio」代表・鈴木一郎氏インタビュー

序章で取り上げた2019年2月の学生フラガールによる取り組みは、好評で、2020年2月にも交流会が行われた。その際、事前の打ち合わせや当日の居住者の誘導や設営を担当したのが、学生ボランティア団体「Trifoglio」だ。所属するのは、医療創生大学と東日本国際大学の学生22名だ。2019年4月に結成され、いわき市の社会福祉協議会に所属する学生ボランティア団体として活動をしている。代表を務める医療創生大学教養学部3年の鈴木一郎氏にお話を伺った。

 

1回で終わらない支援を目指して

鈴木氏が、「復興支援をしたい」と思うきっかけになったのは、2018年6月に出演したNHKの番組「ふるさとグングン」[10]だ。学生としての意見を聞かれたことをきっかけに、被災地に高齢者が多いという現状について改めて考えさせられたという。そんな鈴木氏は、大学1年生の時に、2018年9月に起きた北海道胆振東部地震の際には、募金活動を行った。しかし、「個人での募金では、1回限りの支援になってしまう」と感じた。そこで、団体をつくることで継続的にボランティア活動に参加しやすい環境を整えようと団体の立ち上げに参加した。団体立ち上げ後は、所属する社会福祉協議会からの紹介や、各業界からの声掛けにより、復興イベントや小学校の学童体育での運動会の補助をしている。2019年7月末には、特定非営利活動法人「みんぷく」[11]が主催する復興公営住宅がある団地の夏祭りに、10月には秋祭りに参加した。その秋祭りにNPO法人フラガールズ甲子園が携わっていたことから、2019年2月の全国学生フラフェスティバル実行委員会による交流会を共同で開催するに至った。

 

学生ボランティア団体「Trifoglio」が復興公営住宅でイベントの支援をする様子 (提供:学生ボランティア団体「Trifoglio」)
学生ボランティア団体「Trifoglio」が復興公営住宅でイベントの支援をする様子
(提供:学生ボランティア団体「Trifoglio」)

 

全国学生フラフェスティバル実行委員会との交流会の開催は、居住者の話を伺う時間も多く設けられていたため理解が深まったことに加え、東京や関西の大学生との交流も生まれたことで、刺激を受けたという。その後は、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて、外での活動の目途が立たないため、オンラインミーティングなどにより、いわき市内の現状に対する理解を深める活動を行っている。

 

学生ボランティア団体の目指すコミュニティのあり方

現在の「Trifoglio」の活動について、「関われることや知ることで精一杯」であり、「勉強不足の所属メンバーがいることも事実」だと評価した上で、活動に参加することで課題を実感し、学生主体の復興イベントを行うことを目指しているという。そして、いわき市内だけではなく県内外の活動も行いたいと語る。

 

鈴木氏は、いわき市の課題として、高齢化による社会的孤立と交通アクセスの問題を挙げる。社会的孤立については、従来のようなイベントで定期的に会うことには、一定の効果はあるもののチラシや呼びかけをスルーしてしまう人がいることに危機感を感じている。コミュニティへの参加を遠ざけてしまう人々を孤立させない方法として次の2つを挙げる。まず、回覧板を手渡しすること。次に、決めた曜日や日に階ごとに集まるなどイベントよりも小さいコミュニティでの交流を半強制的に行うことだ。近所と関わりたくないと思う人もいるが、社会的孤立によりセーフティーネットから漏れてしまう人々を生み出さないために、最低限の交流をつくるべきだと主張する。また、交通アクセスの問題として、いわき市の特徴を挙げていた。いわき市は、駅前は住みやすいが山側の地域は車がないと日常生活が送りにくい。しかし、相次ぐ高齢者が運転する自動車による事故を防ぐために免許返納を呼び掛ける声もある。そこで、移動販売を取り入れたり、移動を支援するシステムを整えたりする必要があると語る。

 

交流会などのイベントを通して得た縁を大切にしながら、いわき市内の復興はもちろん社会問題を自発的に解決できる団体を目指している。

 

第4章 NPO法人の取り組み

――NPO法人フラガールズ甲子園理事長・小野英人氏インタビュー

 

序章で取り上げた全国学生フラフェスティバル実行委員会に対して、永崎団地への訪問を提案したのは、姉妹組織であるNPOフラガールズ甲子園だった。全国学生フラフェスティバルは、全国の大学生・専門学生のフラダンサーの交流を目的路して、学生が主体となり、企画・運営をし、パフォーマンスに順位をつけないイベントを開催している。一方、フラガールズ甲子園は、優勝を決めるコンテストとして教育活動の一環で開催されている。そんなフラガールズ甲子園を主催するNPO法人フラガールズ甲子園の理事長を務め、組織の立ち上げから携わる小野英人氏にお話を伺った。

 

小野夫妻の想いからフラガールズ甲子園開催へ

英人氏は、社会的孤立を防ぐには、「想いを実現しようとすることが大切」だと語る。これは、フラガールズ甲子園の開催を通して学んだことだという。

 

NPO法人フラガールズ甲子園は、2010年6月に実行委員会が立ち上がった。そのきっかけは、英人氏の妻・小野恵美子氏の言葉だ。2010年の正月、書道ガールズ甲子園の映像を見て、「あれを青春時代にやるのが良いんだ」と繰り返し、英人氏に伝えたという。恵美子氏は、先述の映画「フラガール」では、フラダンス指導者として撮影に協力し、女優の蒼井優が演じた谷川紀美子約のモデルとして知られている。常磐ハワイアンセンターのオープンから10年間トップダンサーを務めた[12]。その後も、フラダンスの普及に努めていた。しかし、恵美子氏は初期の認知症を患い、フラダンスの指導が難しくなっていた2010年当時、寂しそうな表情を浮かべることが多くなっていたという。そこで、英人氏は、「じゃあ、フラガールズ甲子園をやってみるか」と開催を決心したという。フラガールズ甲子園のい開催決定は、2010年5月21日の朝日新聞朝刊で、「高校生の皆へ 福島いわき発 フラガール甲子園 来年3月」[13]という見出しで報じられた。

 

報じられたものの、参加校は未定であり、見通しも立っていなかった。当時、フラを踊る高校生は少なく、小野夫妻はいわき市内をはじめとする各高等学校に参加を呼びかけ、歩いて回った。その結果、第1回フラガールズ甲子園は、12校の参加が予定され、2011年3月23日に開催することが決定した。順調な取り組みに見えたが、開催を目前に控えた3月11日に東日本大震災が起きた。開催は中止。小野夫妻自身も被災者となった。

 

しかし、小野夫妻や関係者、高校生や教職員は諦めなかった。「大震災によって暗いムードが漂う日本を少しでも元気にするんだ」という強い想いで、予定より半年後の2011年9月4日に東京都秋葉原UDXで第1回フラガールズ甲子園を開催した。参加した高校生が届けた感動と元気で会場には笑顔の輪が広がった。英人氏は、見に来た多くの人から声を掛けられ、励まされたという。「やって良かった」という安堵感を抱くと共に、「沈み込んでちゃだめだ」と勇気をもらった。小野夫妻の想いと行動から実現したフラガールズ甲子園は、翌年から会場をいわき市に戻し、毎年開催されることになる。

 

震災後、なんとか開催できないかと奮闘する高校生や教職員、関係者の姿や「少しでも元気を届けたい」という想いで行動する姿が、炭鉱の閉山が相次ぐ状況から脱却するために常磐ハワイアンセンターのオープンに奮闘する社員や地域の人々、フラダンサーを目指す人々の姿に重なった。英人氏は、「想いをかたちにするために行動することが大切」だと改めて実感したという。

 

大学生主催イベント開催へ 「その時」で終わらせない

第1回フラガールズ甲子園では、早稲田・東京・上智・同志社大学の学生も祝舞を披露した。そのきっかけは、フラガールズ甲子園の開催を知った関西学生フラ連盟の代表である釜須久夫氏からの協力の申し出だ。釜須氏は、現在ではNPO法人フラガールズ甲子園の理事を務めている。関西には、当時、フラガールズ甲子園にシュル上可能なチームがなかったため、祝舞を提案した。それに賛同した大学が参加したのだ。そこで、祝舞を観たフラガールズ甲子園に参加していた高校生が英人氏に、「ああいうお姉ちゃんがいるんだね、一緒に踊りたい」と言葉にした。それをきっかけとしてフラガールズ甲子園開催時の交流会というかたちからスタートし、現在では姉妹組織として全国学生フラフェスティバル実行委員会が設置されるに至った。

 

小野氏は、「高校生と大学生の踊りは、何かが違う」と感じていたという。数年間イベントを見守るなかで、「何か」の正体がわかってきた。それは、「その時の年齢や環境によって変わるのが踊りだ」ということだ。その一瞬限りの踊りだからこそ、心を動かすのだろう。そして、パフォーマンスのためにチームメンバー全員で努力する。一糸乱れぬパフォーマンスには、協調性が求められる。「心を一つにして踊るから、それが見ている方にも伝わって会場全体が一つになる。フラには、そういった素晴らしさがあり、癒しや元気を届ける存在」だと語る。そして、パフォーマンスは一瞬限りのものでも、そこでの交流は一瞬のものにはしたくないと語る。現在では、フラガールズ甲子園に出場していた高校生が、全国学生フラフェスティバルに参加し、卒業後もOGダンスチームに所属するといった流れがあり、その時で終わらない交流が続いている。

 

第5章 地域密着型企業・スパリゾートハワイアンズの取り組み

――常磐興産株式会社経営企画部広報室・矢吹剛一氏インタビュー

フラガールズ甲子園と全国学生フラフェスティバルの開催場所でもあり、日本にいながらハワイにいるかのような雰囲気が楽しめるスパリゾートハワイアンズを経営する常磐興産株式会社[14]の経営企画部広報室に所属する矢吹剛一氏にお話を伺った。スパリゾートハワイアンズは、いわき市に所在する。

 

地域と共に発展する企業を目指して

常磐興産株式会社のルーツは、1884年にさかのぼる。福島県いわき市と茨城県北茨城市の炭鉱を経営していた。当時から、「地元の方に支え」られていた。やがて、炭鉱業の不調を受け、1966年に常磐ハワイアンセンターを開業した。炭鉱業で培った技術や人材、土地柄を活用した地域を挙げてのプロジェクトだった。「スパリゾートハワイアンズ」に名称を変更したのは、1990年である。つまり、2021年は、スパリゾートハワイアンズ開業55年イヤーにあたる。

 

そんなスパリゾートハワイアンズは、開業以来、社会貢献活動の一環として「ハワイアンズ敬老招待会」を毎年実施している。対象者は、かつて炭鉱があったいわき市と北茨城市の70歳以上の方と付き添いの方である。対象者の70歳以上の方は、炭鉱業に従事していた年代のかたやスパリゾートハワイアンズ開業当時に協力し、娯楽施設として盛んに利用していた世代である。2021年現在で述べ50万人以上[15]が敬老招待会に参加している。招待され、参加したお客様からは、「きっかけがあると来たくなる」「毎年楽しみにしている」という声が届き、評判が高いそうだ。この活動をはじめたきっかけは、「長い間支えていただいた地元の方への恩返しを」という想いと「地域と共に発展していく」という企業の方針だ。

 

2012年以来の敬老招待会には、双葉郡も対象地域に加わった。理由は2つある。まず、福島第一原発事故の影響を大きく受けた双葉郡に住む方々の多くがいわき市に避難していることだ。次に、震災時に休館していたスパリゾートハワイアンズは、双葉郡の住民の方の避難所として利用されていた。大きな負担があった双葉郡に住む方々に少しでも癒されてほしいという想いがあって対象を広げた。

 

しかし、今年は、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、高齢者との接触が難しくなり、見送りになってしまった。これからもこの活動は続けていきたいと考えているが、現在は、新型コロナウイルス感染拡大の影響が大きい中、地域のために何かできることはないか社内で案を練っているところだ。不要不急の外出の自粛が求められているなかで、スパリゾートハワイアンズを利用する方も大幅に減少している。常磐興産株式会社の経営としても、大きなダメージを受けている。それでも、炭鉱業の衰退から観光業で盛り返したように、社員だけでなく地域の方々と協力しながら乗り越えられる方法を模索している。

 

地域とのつながりを大切にするスパリゾートハワイアンズは、敬老招待会以外にもイベントを行っている。それが、「フラガール全国きずなキャラバン」だ。2011年5月から行われた。当時、福島県は、福島第一原発事故による風評被害でマイナスイメージに苦しんでいた。そこで、スパリゾートハワイアンズが休館し、踊る場所を失ったフラガールズが「福島は元気ですと伝えたい」「全国の暗いムードに元気を届けたい」と立ち上がったのだ。このイベントは、被災地だけでなく全国で展開された。

 

いわき市の避難所での「全国きずなキャラバン」の様子 (提供:スパリゾートハワイアンズ)
いわき市の避難所での「全国きずなキャラバン」の様子
(提供:スパリゾートハワイアンズ)

 

新宿高島屋での「全国きずなキャラバン」の様子 (提供:スパリゾートハワイアンズ)
新宿高島屋での「全国きずなキャラバン」の様子
(提供:スパリゾートハワイアンズ)

 

そして、2019年には、「フラガール全国きずなキャラバン2019」が展開された。東日本大震災における全国からの支援への感謝を届けることと、西日本豪雨の被災地をはじめとする全国に元気を届けることを目的として実施された。

 

矢吹氏は、これからも「高齢者を対象とした取り組みだけでなく、社会的貢献に力を入れフラダンスによって笑顔を広げていきたい」と語る。地域密着型企業として、地域とのつながりを広げることで社会的孤立を防ぐことができる可能性を感じた。

 

そして、最後に、社会的孤立を防ぐために何が大切だと思うか尋ねた。矢吹氏は、「対面でのつながりが案じにくい今、声かけや挨拶などちょっとした近所づきあいなど小さいところから歩み寄っていく」ことが大切なのではないかと語った。

 

第6章 社会的孤立を防ぐためにできること

それぞれのアクターに出来ること

立場の異なる4人の社会的孤立を防ぐ取り組みを取材して、その共通点として「持続可能な関係性」を大切にしていることが挙げられる。いわき市は、馴染みの深い「フラダンス」を軸に交流が生まれている。NPO法人や学生ボランティア団体は、その活動のきっかけや目的にもなり得る「想い」から関係性を積極的に築いている。企業は、利益だけを重視するのではなく、地域と共に発展することを目指している。そして、行政はそれらの支援を行っている。「社会的孤立」を防ぐための行動は、ワンマンでは叶わない。このような多様なアクターがそれぞれの長所を活かし、支え合うことで社会的孤立を防げるのではないか。また、いわき市の軸は、フラダンスだったが、地域によって異なる伝統や慣習だったり、コミュニティによって異なる趣味だったりを通して、関係性を築くことで社会的孤立を防ぐことが可能な強固なつながりが生まれるのではないか。

 

また、国や県あるいは市といった大きなコミュニティでは、見逃してしまう社会的孤立の前兆や社会問題がある。大きなコミュニティに頼るだけではなく、自分の身近にいる人を少しでも気に掛けるだけで社会的孤立の前兆を事前に発見できる。小さなコミュニティで見つけた課題や異変をその場で解決できなければもう少し大きなコミュニティに助けを求められるような行政の構造を徹底することで、社会的孤立を防ぐことができる可能性を感じた。

[1] 2006年9月23日公開。監督は李相日で、主演は松雪泰子。

[2] 作詞作曲は、ジェイク・シマブクロ。日本語版は、照屋実穂が訳詞をし、歌う。

[3] 1966年1月15日オープン。現在のスパリゾートハワイアンズ。

[4] 「県内で避難されている県民や避難指示解除等により帰還された県民が主体的に参加し、人と人とのつながりや生きがいを持つための、避難者支援団体等による避難者や帰還者のニーズに応じた支援活動に助成」する制度。ふくしま復興ステーション公式ホームページより引用。

[5] いわき市役所ホームページ「いわき市の人口(令和2年4月1日現在)」で公開されている「いわき市の人口指標」に掲載されているデータを用いて、グラフを作成)URLは参考文献に明示。

[6] いわき市役所ホームページ「いわき市の人口(令和2年4月1日現在)」で公開されている「いわき市の人口指標」に掲載されているデータを用いて、グラフを作成)URLは、参考文献に明示。

[7] 永崎団地自治体行政嘱託員・藁谷鐵雄氏談

[8] 後藤広史『社会福祉援助課題としての「社会的孤立」』東洋大学福祉社会開発研究2号(2009)を参考に定義した。

[9] 「平成23年版高齢社会白書」(内閣府)https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2011/zenbun/23pdf_index.html

[10] NHKの『課題解決ドキュメント「ふるさとグングン」』https://www.nhk.or.jp/chiiki/program/180422.html (2021年3月2日最終閲覧)

[11] 特定非営利活動法人「みんぷく」。公式ホームページは、http://www.minpuku.net/publics/index/41/ (2021年3月2日最終閲覧)

[12] レイモミ小野フラスクール公式ホームページ https://www.redstory.jp/leimomi/top.html より抜粋(2021年3月2日最終閲覧)

[13] 2010年5月21日朝日新聞朝刊掲載「高校生の皆へ 福島いわき発 フラガール甲子園 来年3月」を聞蔵ビジュアルで閲覧

[14]観光事業としてスパリゾートハワイアンズを経営する。公式ホームページ: http://www.joban-kosan.com/ (2021年3月2日最終閲覧)

[15] 常磐興産株式会社経営企画部広報室・矢吹剛一氏談。開業当初の記録がないため概算。

 

参考文献

・「平成23年版 高齢社会白書」(内閣府)

https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2011/zenbun/23pdf_index.html (2021年3月2日最終閲覧)

・「令和2年版 高齢社会白書」(内閣府)

https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2020/zenbun/02pdf_index.html (2021年3月2日最終閲覧)

・「第4回孤独死現状レポート」(一般社団法人日本少額短期保険協会孤独死対策委員会)

https://www.shougakutanki.jp/general/info/kodokushi/news/report.pdf (2021年3月2日最終閲覧)

・「令和元年度消費生活相談の状況」(福島県消費生活課)

https://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/384360.pdf (2021年3月2日最終閲覧)

・『災害復興住宅入居世帯における居住空間特性の変化と社会的「孤立化」:阪神・淡路大震災の事例を通して』(塩崎 賢明、田中 正人、目黒 悦子、堀田 祐三子)

https://www.jstage.jst.go.jp/article/aija/72/611/72_KJ00004482498/_pdf/-char/ja (2021年3月2日最終閲覧)

・「災害公営住宅団地居住者の住生活の変化に関する考察:福島県いわき市豊間団地を対象として」(松本暢子、小川美由紀、西田奈保子)(2017年)

https://otsuma.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=6580&item_no=1&page_id=29&block_id=56 (大妻女子大学学術情報リポジトリで閲覧:2021年3月2日最終閲覧)

・「東日本大震災を経て重視された絆に関する一考察――社会の価値観の返還に注目して――」(阿部一咲子、平田京子)日本女子大学紀要、家政学部、第63号(2016)

・特定非営利活動法人「みんぷく」公式ホームページ

http://www.minpuku.net/publics/index/41/ (2021年3月2日最終閲覧)

・『「ふるさとグングン!」みんなで創る 新しい町~福島 大熊町』NHK、(2019年8月25日放送)https://www.nhk.or.jp/chiiki/movie/?das_id=D0015010894_00000 (2021年3月2日最終視聴)

・レイモミ小野フラスクール公式ホームページ https://www.redstory.jp/leimomi/top.html (2021年3月2日最終閲覧)

・スパリゾートハワイアンズ公式ホームページ『ハワイアンズの楽しみ方 気分はもう「フラガール」』https://www.hawaiians.co.jp/guide/hulagirl/ (2021年3月2日最終閲覧)

・ふくしま復興ステーション公式ホームページ https://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/ps-h30kennai1jikekka.html (2021年3月2日最終閲覧)

・福島県いわき市役所公式ホームページ「いわき市の人口(令和2年4月1日現在)」

http://www.city.iwaki.lg.jp/www/contents/1560908294155/index.html (2021年3月2日最終閲覧)

・後藤広史『社会福祉援助課題としての「社会的孤立」』東洋大学福祉社会開発研究2号(2009)

https://www.toyo.ac.jp/uploaded/attachment/525.pdf (2021年3月2日最終閲覧)

このルポルタージュは瀬川至朗ゼミの2020年度卒業作品として制作されました。