地域を支え、地域に支えられる ―― 山ゆり号の今とこれから


超高齢化社会に直面している日本は、大規模な人口減少が見込まれる。たびたび少子化対策が急務だと報じられるが、同様に高齢者を支える街づくりも必要になってくる。株式会社高橋商事は、高齢化が進む川崎市麻生区の高石地区でコミュニティバス「山ゆり号」を運行している。コロナ禍で苦境に立たされつつも運行を続けたいと語る常務の坂本龍哉さんに山ゆり号のこれからについて話を伺った。(取材・文・写真=大久保南)
=トップの写真は「山ゆり号」と運転手の方

 

麻生区の平均寿命は日本最長

麻生区は川崎市の北西部に位置し、多摩丘陵の一角をなしている。山ゆり号は麻生区の高石地区と小田急線百合ヶ丘駅周辺を循環している。コミュニティバスの愛称となったヤマユリ(山百合)は、かつては区内に自生しており、麻生区の「区の花」にもなっている。2023年6月の平日定員13名の車内には朝早くから利用者の姿が見受けられた。9時から18時まで1日16便が走っている。麻生区は市区町村別の平均寿命が男女ともに全国最長であり、高齢化率も23.6%と川崎市内で一番高齢化が進む地域である¹ ²。そのうえ、高石地区は道が狭く急な坂が多いうえ、路線バスが走っていない。山ゆり号は地域の足として欠かせない存在である。


坂道の多い高石地区でコミュニティバスを走らせようという動きは、地域住民の声がきっかけだった。川崎市は、「路線バスが使用しづらい地域」において、「地域住民の主体的な運営」に基づくコミュニティ交通制度を推進している³。2011年9月に、地域住民で組織する山ゆり交通事業運営委員会、市まちづくり局、運行を担う株式会社高橋商事の三者協力の下運行を開始した。高橋商事はもともとロケ撮影の車両会社であるが、川崎市からバス運営の話を受けたのがきっかけだという。「先代の社長は収支が見込めないのは分かっていたが、少しでも地域の方々のためになることだったらやりたいという思いがあった」。そう坂本さんは話す。

 

コロナ禍での運行危機

現在の運営陣は複雑な思いも抱える。コロナ禍で利用者減少に拍車がかかり、週5回の運行が週3回になった。「赤字にならなければ収益が見込めなくても地域の人たちに貢献したい」をモットーにしていたが、運営は赤字状態に陥ってしまい、運行危機に直面した。坂本さんは、「このままでは山ゆり号の運営が継続できなくなる」という当時の苦悩を語った。

また高石地区が川崎市という都市部に位置していることが理解促進の大きな壁になっている。山ゆり号は高石地区内唯一の交通手段であるが、十分な支援がなされていない。「一般的なコミュニティ交通に関する補助金だけであり、地方のような支援をいただくのは難しい」と話す。そのため、ランニングコストの高いPASMOやSuicaといった交通系IC機器を導入できていない。

山ゆり号路線図と運賃(2023年12月現在)
山ゆり号路線図と運賃(2023年12月現在)
地域が支えるバスへ

坂本さんは、これからの山ゆり号には運営委員会や地域住民の支えが必要だと話す。今は地域住民の方々にすべてを打ち明けつつ、バス運営の協力をしている状況だ。「1日100人を目標に掲げ、地域の方々に私たちの現状をわかっていただく活動を続けている」と話す。

運営委員会は、「山ゆり祭」で生協とコラボし、高石団地で出張朝市を開催している。もともと山ゆり祭は年に2回、山ゆり号に関する地域住民や利用者への報告、発表の場として集会を開き、同時に交流会を行ってきた。もともと年に2回の催しであったが、地域住民に好評で現在は月に1回朝市を開催しているという。坂本さんは「正直に言うと、山ゆり祭には数人しか顔を出してくれなかった。しかし、朝市を入れることで、20~30人くらい来てくれるようになった」と確かな手ごたえを感じている。週3回まで落ち込んだ便数も現在では週4まで回復した。

地域の事情も考慮し、ルート変更も考えている。きっかけは、駅前にあったスーパーマーケット「ゆりストア」の閉店である。現在は、百合ヶ丘駅から坂を上った先にある「スーパー三和」が地区唯一のスーパーマーケットである。しかし、スーパー三和まで回るバスは一日に2、3便のみで大半が生田病院から百合ヶ丘駅までの循環になっている。坂本さんも山ゆり号の利用者や朝市から「駅から歩くとなると大変だ」という声をよく聞くという。「初心に帰ると、山ゆり号は地域の足。買い物の行き先になるスーパー三和にルート変更をしたほうがいい」と考え、運行ルートと時刻表を変える申請を行っている(取材後の令和5年9月4日のダイヤ改定でスーパー三和便が増加)。

 

山ゆり号の「これから」

今後の抱負として、「今は三和便を増やして、毎日100人以上乗ってもらえるようにしたい」と坂本さんは語った。根底にはお客様が安心して毎日利用できるサービスを提供したいという思いがある。だからこそ、目の前にある利用者減少の壁を乗り越え、山ゆり号の運行継続を目指すことに尽きるそうだ。

運営危機を乗り越えた先には、より幅広い層が利用しやすい山ゆり号にしていくという夢がある。現在は認知度が低く、バスのサイズから施設の送迎バスや普通の人が利用できないものと勘違いされている。「新規のお客様やお子さん連れの家族の方々も気軽に乗車できるように認知度を高めて行けたらいいかな」と将来像を話した。

 

脚注

 

(1) 厚生労働省(2023)「令和2年市区町村別生命表」

https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/ckts20/dl/ckts20-08.pdf

(2) 川崎市「川崎市における高齢者の状況」

https://www.city.kawasaki.jp/350/cmsfiles/contents/0000017/17201/2.pdf

(3) 川崎市、コミュニティ交通

https://www.city.kawasaki.jp/kurashi/category/26-1-2-2-1-0-0-0-0-0.html

※最終アクセスはいずれも2023年6月22日