雇用をつくり食品ロスにも挑戦する「夜のパン屋さん」


東京メトロ「神楽坂駅」2番出口の階段を登ると、すぐ左手に書店「かもめブックス」がある。その本屋さんの軒先に「夜のパン屋さん」があった。開店時間の19時半にはすでに数十人の列が店先にできていた。時折聞こえるお客さんと販売員の談笑が温かい。「夜のパン屋さん」は、ホームレスの人々に雑誌販売の仕事を提供している「ビッグイシュー日本」のプロジェクトだ(注1)。今回、「夜のパン屋さん」の一日を密着取材し、販売員の西さんと浜岡さん、そして「夜のパン屋さん」プロジェクトを立ち上げた枝元なほみさん(料理研究家、NPO法人ビッグイシュー基金共同代表)の思いに、それぞれ迫った(注2)。(取材・執筆=吉田七海・山城修也・馬塲貴子・楢崎美紅、写真=山城修也・吉田七海)

=トップの写真は「夜のパン屋さん」の営業終了直後に「かもめブックス」の軒先にて撮影した、枝元なおみさんさん・佐野未来さん・販売員・ボランティア・お客さんの様子。当日は販売員3人、枝元さん、所長の佐野さん、ボランティアの方1人が販売を行った=2020年11月12日山城撮影。

 

 

17:00

 

大変なのはパンを取りに行くとき

 

神楽坂にあるビッグイシュー日本の東京事務所を訪れた。事務所は「かもめブックス」から800メートル離れたビルの2階にある。扉を開けると所長の佐野未来さんと、「夜のパン屋さん」販売員の西さん、浜岡さんが迎えてくれた。「夜のパン屋さん」は2020年10月1日にプレオープンした。閉店間近のパン屋さんから売れ残ってしまいそうなパンを買い取り、ホームレスの人が販売を担当する。販売員はだいたい17時前には事務所に集まり、複数ある提携先のパン屋さんからの連絡を待つ。そして、売れ残りがあれば、電車や自転車を利用してパン屋さんまで行き、ピックアップする。パン屋さんからの連絡を待つ間、西さんと浜岡さんのお二人にお話を伺った。

【夜のパン屋さんとビッグイシュー日本、ビッグイシュー基金】

「夜のパン屋さん」プロジェクトは2003年に設立された有限会社「ビッグイシュー日本」が行っている。ビッグイシューは、仕事を提供し自立を支援する事業で、その原型は1991年、ロンドンで誕生した。NPO法人ビッグイシュー基金は、ホームレスの人々の自立に向けて、より総合的な支援をする目的で、ビッグイシュー日本を母体として2007年に設立された。「夜のパン屋さん」プロジェクトを手がける枝元なほみさんはビッグイシュー基金の共同代表を務めている。

浜岡さん&西さん

照れ屋で、愛されキャラの浜岡さん(写真左)と、ベテランインタビュイーでダンサーをされている西さん(同右)=2020年11月12日山城撮影

 

世の中の役に立っていることが実感できて楽しい

 

「楽しそうやなっていうのはあったし、別に嫌いじゃないんでこういうのは。やっぱり完売した時が楽しいですし嬉しいです。大変なのはパンを取りに行く時。電車とか混んでるし、あと、パンを潰さないようにとか。毎週木金土の営業日は夜のパン屋さんのことは気になります。雑誌販売してても『パン屋はどこでやってるの?』とか色々聞かれるようにはなった」(浜岡さん)

 

「プロジェクトメンバーが不在で急遽すぐ対応できるのは僕だけだった。ある程度若いから色んな対応ができる。話が来たからせっかくだから。パン販売は何かの役に立ってるっていう感覚がすごいある」(西さん)

 

お二人は普段、ビッグイシューの雑誌販売をされている。パン販売に関しては未経験で、パンの知識がないため商品説明に困難を感じることはあるというが、世の中の役に立っていることが実感できるため楽しいと話す。

 

「夜のパン屋さん」では穏やかに働くことができる

 

「この歳でなんか仕事しようとしてもさ、めちゃくちゃなところばかりになってくるからね。罵詈雑言の嵐のような。何回1日に『死ね』って言われるか分かんないようなね(笑)そんなのしかないよ。世の中じゃあよく、『仕事いっぱいあるだろ』って言うけど。まぁ、あるけど…ね。じゃあっていうね」(西さん)

 

そういった “めちゃくちゃなところ”に対して、「夜のパン屋さん」は穏やかだ。西さん曰く、ビッグイシューの販売者は穏やかな人が多いようで、変なことで揉めることはない。プロジェクトに携わっている人たちが営利を主としていないことも相まって穏やかに働けるのだという。

 

「我々は従業員でしかない。俺らのバッグボーンなんかは下手したら知らない人もいるかもしれない」(西さん)。「夜のパン屋さん」が働きやすいのはお客さんによるところも大きい。もともと、ビッグイシュー日本は「ホームレスの人の救済(チャリティ)ではなく、仕事を提供し自立を支援する事業」だ(注3)。このコンセプトは普段の雑誌販売とパン販売に大きく反映されており、ホームレスの方を憐れんで購入するお客さんは少ないのだという。雑誌販売では雑誌を、パン販売ではパンを目的に来るお客さんが多く、内容に興味がなければ買わない人もいる。「逆にそういうのが良いなっていうのがもともとある」(西さん)。特にパンを買いに来るお客さんは雑誌を買ったことがない人も多く、たまたま通り掛かってパンを購入していく人がよく見られるそうだ。

 

 知らないと何もかも始まらない

 

お話の最後に大学生に向けてメッセージをいただいた。

「みんなにビッグイシューを読んでもらいたい。広めてほしい。一人が買って、皆で回し読みをする感じでもいいから、まずは知ってほしいかな。確かにホームレスから買いづらいっていうのもあるよ。」と浜岡さんは話す。西さんも、自分がホームレスになるまではホームレスに対して悪いイメージしかなかったというが、ホームレスのことも含めて先入観を持つことは勿体ないと話す。「価値観とか視野とかがどうしても狭くなっていくことが多い。色んな新しいものに興味を持つってことはすごく良いこと」。利便性を求めたことで、時間だけが余っていくが、その時間をネットなど余計なことに使っているのではないか。「実際の繋がりってすごく面白いなとは思う。夜のパン屋とかも普段絶対会わないような人と会うわけだし。人との出会いっていうのは良くも悪くもって思うんだよね」(西さん)

 

18:30

浜岡さんピックアップ

近くのパン屋さんに徒歩でピックアップをしに行く浜岡さん。キャリーバッグを引いているにもかかわらず歩くのがとても速い。「夜のパン屋さん」に到着した頃には、学生記者は軽く息切れしていた=18時30分山城撮影

 

18:40

浜岡さん設営

「かもめブックス」の軒先にて机の設営をする浜岡さん=18時40分山城撮影

 

19:30

開店準備

開店直前に販売員と枝元さんが準備をしている様子=19時30分山城撮影

 

「夜のパン屋さん」は店舗を持たないため、販売員がパンを並べる机などを用意する。設営準備をしていると、他のピックアップ隊のパンが徐々に届き始める。パン屋さんによっては閉店時間もまちまちなため、開店後に届くこともあるようだ。

 

19:30

行列

開店直前のお客さんの様子=19時30分山城撮影

陳列されたパン縮小版

5つのパン屋さんからピックアップされたパンが並ぶ=20時00分山城撮影

 

19時半、「夜のパン屋さん」が開店した。すでにお店の傍にはたくさんの人が並んでいた。インターネットで「夜のパン屋さん」を知って初めて来たという2人組の女性は、ビッグイシューの存在は知っていたが、雑誌は読んだことはなく、パンが好きでパンを目当てに来たという。さらに、インタビューを進めると、「夜のパン屋さん」の常連の男性客にもお話を伺うことができた。

 

「夜のパン屋さん」は食べ比べもできて、フードロスもなくせる

 

「夜のパン屋さんやってま~す。営業中で~す。いかがでしょうか~」。そう呼びかけるのはオープンから皆勤で訪れているというアサオカさんだ。販売員でもボランティアでもなく、自主的に呼びかけを行っている。私たちが早稲田大学の学生だと話すと、「早稲田は震災のボランティアで陸前高田チームと気仙沼チームで皆知り合いがいっぱいいるよ」と教えてくれた。アサオカさんは東日本大震災の映像を観て、自分にも何かできることはないかと思い、ボランティア活動に参加したという。皆勤で訪れている理由としては、様々な種類のパンを食べ比べ出来ることに加えて、フードロスをなくしたいという思いがあるからだ。「1人で出来ることは、ちいちゃいけれど、みんなでやれば大きな力になる」そう話すアサオカさんは取材後、何のお店だろう?と話すサラリーマン風の男性らに対して「ビッグイシューさんがやっている活動で…」と丁寧に説明していた。

 

21:20

営業が終了した。売り切れ次第終了となっており、盛況のため1、2時間ほどで売り切れるそうだ。その後、販売員は各自解散となる。

 

枝元さん縮小版

「夜のパン屋さん」プロジェクトを手がける枝元なほみさん=2020年11月14日吉田撮影

 

ビッグイシューの販売員は販売のプロ

 

「料理の仕事をもう30年くらいやっているのね。そうするとなんかね、美味しいとか安いとか速いとか綺麗とか流行りのとか、そういうの一通り全部やっちゃったなって思って。でもだんだんそうじゃない“食”っていうところの分野を考えたいと思って」

 

「夜のパン屋さん」は料理研究家でNPO法人ビッグイシュー基金共同代表でもある枝元なほみさんを中心にして2019年から取り組んできたプロジェクトだ。「循環していくようなことに使ってほしい」と寄付をもらったことがきっかけだという。2019年の秋に北海道の帯広を訪れた際、フードロス問題に取り組むパン屋さん、満寿屋さんの存在を知り、東京でもやれたらと感じた(注4)。「だったらビッグイシューがすごく向いているって思って。みんな販売のプロなんだよね」

 

「夜のパン屋さん」は明快でオープンなシステムにしたい

 

枝元さんは自身のことを「ビッグイシューチルドレン」だと思っているという。それは、ビッグイシュー日本はホームレスの方にお金や物を渡すのではなく、仕事を提供している点に惹かれたからだ。「販売者さんとビッグイシューはフラットな関係で、すごく明快なシステムでいいなぁと思っているんだよね。パン屋もそういう存在になっていけたらいいなって」

 

「夜のパン屋さん」では、パン屋さんに卸値を決めてもらい、引き取っている。安売りもしない。きちんとお金を支払うことで循環させたいという思いがあるからだ。このように、収益の仕組みについてもオープンにしたいという。それはビッグイシューの明快なシステムにある。ビッグイシューは定価450円の雑誌をホームレスである販売者が路上で売り、230円が販売者の収入になるというシステムだ(注5)。「私すごく明快なシステムだと思ったんですよ。オープンにしていったら、他の人が入っていただく時にも分かりやすい」。「夜のパン屋さん」の販売員には今のところ最低時給の1020円を支払っている。オープンから1か月経ち、利益はスレスレだった。しかし、目的は利益よりも販売員に給料を支払うシステムを構築し、雇用をつくることにある。現在、販売員の仕事はピックアップと販売の仕事だが、徐々にパン屋さんとの連絡やピックアップ担当を決めるといった手配の仕事も任せることで雇用を生み出したい。そして、ゆくゆくは困窮する女性の雇用づくりにもつなげたいという。

 

お金がない中でもめげないで

 

最後に、大学生に向けてメッセージをいただいた。枝元さんは学生の時は貧乏で、アルバイトに励んでいた。その当時は「なんとかなる」と思えていたが、今は「なんとかなる」と思いにくいという。新型コロナウイルス感染拡大の影響で今まで以上に大変な状況に置かれた人も多い。それでも「なんとかなってきたからなんとかなるよって伝えたい」と話す。大切なことはめげないことだ。人はお金が無いから何もできないと思ってしまうと、お金に使われてしまう。「夜のパン屋さんのように、お金がなくても面白いことがやれるような仕組みとか、“お金を得るために何かしなくちゃ”って思っていかずに、お金を作っていけるようなこととか考えたらいいなと思うんです」

 

 

誰かのためが自分のためになる

 

今回の密着取材を通して「働く」ということについて考えさせられた。世の中に働き口はたくさんあるが、必ずしも良い仕事とは限らない。ホームレスの経験をされている販売員の西さんが話すからこそ刺さるものがあった。そんな難しい世の中でも販売員のお二人が楽しく働けているという「夜のパン屋さん」には、生活困窮者のための雇用づくりに取り組む枝元さんがいて、枝元さんやフードロス問題解決のために働く販売員がいて、それを買うお客さんがいた。「夜のパン屋さん」は、誰かのためを思う人たちによって作られた「居場所」だった。

 

参考文献

 

注1:BIGISSUE日本版ホームページBIGISSUE日本版

 

注2:ビッグイシュー基金ホームページビッグイシュー基金 | ホームレス・貧困問題を解決し、誰もが生きやすい社会をつくる (bigissue.or.jp)

 

注3:BIGISSUE日本版ホームページ「ビッグイシュー日本とは」 https://www.bigissue.jp/about/

 

注4:満寿屋商店…北海道の各店舗で十数年前から売れ残ったパンを一つの店舗に集めて、夜に売るという取り組みをしているパン屋さん。十勝で生産された食材を使用しており、売れ残りによって、農家さん達の仕事が無駄になることを避けたいという思いから始まった。

 

注5:BIGISSUE日本版ホームページ「販売の仕組み」https://www.bigissue.jp/about/system/

 

(すべて2020年12月16日までに閲覧)