留学生30万人計画の行方 ~コロナ禍の水際対策を経て考える~
締め出された留学生たち
リュウ・ウシンさん。2021年の冬、早稲田大学の授業にてグループワークを共に行い、知り合った。彼女は中国出身の早稲田大学院政治学研究科ジャーナリズムコースの学生であり、2022年3月に卒業した。しかし、卒業式を含め、早稲田に通ったことは1日もない。
リュウさんは青山学院大学を卒業し、早稲田大学院のジャーナリズムコースの実践的な面に魅力を感じ進学を決めたという。すぐに日本に戻ることを想定し家に荷物などを置いたまま母国へ一時帰国したが、その後、再入国できなくなった。「友達にお願いして荷物を出してもらうのは申し訳ない」と、月10万円ほどの家賃を払い続けざるを得なかったと言う。
大学院に実際に通うことができず、「所属感」を全く感じることができなかったと残念そうに話してくれた。「サークルで友達ができると思っていたけどサークルにも入れなかった」。日本での友人は大学時代の友人のみで、早稲田で新たに人間関係を築くことはほとんどできなかった。このようなことも相まって、後日、卒業証書を取りに行った際には「本当に私はここを卒業したのか」という感覚になったそうだ。
就活にも影響した。日本での就職を希望していたがオンラインでは就職活動が上手くいかず、一度は諦めて中国での就活を始めた。ただ、ちょうど卒業するタイミングで入国が再開され、やはり日本で働きたいという気持ちが残っていたため再度日本での就活を行うことにした。その分、時間を無駄にしてしまったという悔いが残っていると言う。
このような経験をしたのは彼女だけでない。十数万人に及ぶ留学生がコロナウイルスによる日本の厳しい入国制限に翻弄された。
私はリュウさんのような留学生の悩みを身近に聞いていただけでなく、自身も2020年夏から1年間行ったイギリス留学に渡航できず、オンラインで終わってしまった経験がある。イギリスの大学側は渡航を許していたのだが、渡航先の感染症危険情報レベル(外務省発表)が1以下に下がらなければ渡航は認められないと早稲田大学の留学センターが判断したためだ。私の場合は1年間のオンライン留学だったが、それ以上に長期的な影響を受けた日本への留学生たちの苦悩は計り知れないものだっただろう。
私はこの留学生に対するコロナ禍の厳しい入国制限は「終わった問題」ではなく、日本の留学生政策を考える上で振り返らなければならない問題であると考える。日本は「10万人計画」に続き「30万人計画」を掲げ、積極的に留学生を誘致してきた。2019年には留学生31万人を受け入れ目標を達成したが、コロナ禍を経て2021年5月時点には24万人にまで減少した。そのため、文部科学省は2027年までにコロナ前の水準に戻すと発表している[1]。それだけでなく、今後は「30万人計画」を見直し、更に留学生を増やすという目標も発表している[2]。
このように留学生誘致を続ける上でも今回の水際対策の具体的な経緯やその影響をしっかりと振り返らなければいけないと考える。しかし、現状では断片的なニュースしかない。このことに問題意識を抱き、統計と文献調査、また留学生への取材・アンケートを通じて今回の水際対策を包括的に振り返る作品を作りたいと考えた。
コロナ禍の厳しい入国制限によって留学生、そして日本が失ったものは何か。アフターコロナにおいて再度、留学生を誘致する中で考えなければいけないことは何か。
コロナ禍の水際対策を経た今、今後の「留学生30万人計画」について考える。
(取材・文=泉美紗季)
トップの写真は、羽田空港国際線ターミナルの電子掲示板にてほとんどの飛行機が欠航になっている様子。2020年4月3日撮影=ⓒAFP PHOTO /(CHARLY TRIBALLEAU)
第1章 コロナ禍の留学生
水際対策のタイムライン
コロナ禍において日本の水際対策は頻繁に変わってきた。私は日本から締め出されてしまった留学生の友人たちの状況に強い関心を持っていたためその都度ニュースを注視していた。しかし、いざその経緯を振り返ろうとすると、思った以上に困難であった。検索することができたのは水際対策に関する最新情報のみで、時系列順に整理された水際対策のまとめなどは見つからなかった。そのため、当時のニュースから情報を集め、コロナ禍(コロナ感染が国内で確認された2020年1月から入国制限の本格的な緩和が開始した2022年3月まで)における外国人留学生に対する水際対策をタイムラインに簡潔にまとめようと考えた。
タイムラインの左側に赤で記載されているのは制限の強化、そして右側に青で記載されているのは制限の緩和に関する事柄になっている。
タイムラインのより詳細な説明を、注を含めて以下の表に提示する。
2020年 | 1月16日 | 国内で感染者が初めて発表される[3] |
3月18日 | 隔離を要請[4]
・ヨーロッパのほとんどの国々やイランなど合わせて38か国からの日本人を含む入国者に指定場所での2週間の待機を要請。 |
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3月31日 | 高リスクの対象地域からの外国人の入国を原則停止[5]
・順次、対象地域を拡大 |
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8月 | 国費留学生の受け入れ再開[6] | |
10月 | 限定的な新規入国再開[7]
・隔離を確約できる受け入れ団体がいることを条件に、限定的な数の新規入国を認める。 |
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12月28日 | 新規入国停止[8]
・変異株(デルタ株)を受けて、全世界からの外国人の新規入国を停止。 |
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2021年 | 5月 | 国費留学生の受け入れ再開[9] |
11月8日 | 新規入国再開[10]
・留学生含め中長期の在留資格を持つ人は、受け入れる大学などが行動を管理することを条件に入国を認める。 |
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11月29日 | 新規入国停止[11]
・新たな変異ウイルス(オミクロン)を受け、全世界からの外国人の新規入国を原則停止。 ⇒WHO(世界保健機関)の幹部は2021年12月、日本の対応について「疫学的に原則が理解困難だ」「ウイルスは国籍や滞在許可証を見るわけではない」と述べる[12] |
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2022年 | 1月 | 特段の理由(卒業のための単位取得など)がある留学生に入国認める[13] |
3月1日 | 段階的な緩和を開始[14] |
留学生入国者数の推移
上記の水際対策によって入国できないという留学生の友人の話やニュースを多く耳にしていたが、実際にその人数はどのように推移していったのだろうか。
「留学」の在留資格を持つ外国人の総入国者数と新規入国者数は2018年から以下のように推移している。
コロナ前も学期の始まりの時期に合わせて入国者数の増減はあるが、コロナ禍においては留学生の入国者数が大幅に減少したことが明確だ。特に2020年4月から9月、そして2021年2月から2022年3月までの間においては新規入国者数が0に近かった。この措置により、2021年末の時点で留学資格を持ちながら入国できていない外国人は15万人に及んだ[15]。
制限の長期化によって日本への交換留学生派遣を中止する動きが広まった。日本経済新聞が東大、一橋大、京都大、東北大、早稲田大などの大学に取材したところによると、2021年12月までに22年春の学生派遣の中止を決めて日本に通告した大学は米国のカリフォルニア大学・ホプキンス大学・ミネソタ大学、カナダのマギル大学、オーストラリア国立大などだった[16]。
では、これらの大学の所在国など、日本以外の国々は留学生に対してどのような水際対策を取っていたのだろうか。
第2章 海外との比較
各国の入国制限
世界各国のコロナ禍の入国制限措置を比較したいと考え検索を行い、“Our World in Data”に以下の地図を見つけた。
灰色は「措置無し」、黄色は「検査あり」、オレンジ色は「高リスク国からの隔離」、薄い赤色は「高リスク国からの入国停止」、そして濃い赤色は「完全な入国停止」をしていることを表している。
交換留学派遣中止が多数の大学から日本へ通告された2021年12月の世界の入国制限の状況を見比べると、日本のように「全面的な入国停止」を行っている地域はごく少ないことが見て取れる。
しかし、このデータのみでは外国人留学生に対する対応が分からないため、日本人学生に人気な留学先の国々の状況についてより詳しく見ていく。
人気留学先との比較
コロナ前の2019年度における日本人学生の留学先トップ4は以下の通り、アメリカ合衆国・オーストラリア・カナダ・韓国であった。
“Our World in Data”の統計を利用し、これらの国々の水際対策のレベルの推移を日本と比較する。ここでは線が高い位置にあるほど厳しい入国制限を行っていることを表している。各レベルの説明は以下の通りだ:
4= 全面的に入国停止
3= 高リスクの国からの入国停止
2= 高リスクの国からの入国は隔離あり
1= 検疫あり
0= 入国制限なし
この統計では細かい入国制限の状況を反映してはいないが、入国者全般への対応のレベルが比べられる。
注目する点としては、最も厳しい「全面的な入国停止」という水際対策を取っている時期があったのは日本以外にカナダとオーストラリアであるということだ。それらの国々が留学生の入国に対してどのような政策を取っていたのか、簡潔に比較していく。
隔離を条件に留学生を入国させたカナダ
2020年度の学期始まり(9月)には再入国者の留学生は入国することができた。しかし、新規入国者に関しては大学側から「プログラムが対面授業を必要としている」ことを証明しない限り入国できなかった。しかし、2020年10月中旬には州政府がコロナ対策を行っていると認証した大学に関しては隔離を条件として留学生が入国できるようになった[17]。日本に関しては隔離制限が比較的緩いが入国制限が厳しかった、という点でカナダとの違いを感じる。
オミクロン直後でも制限緩和を実施したオーストラリア
2020年3月からほとんどの外国人の渡航は禁止されており、2021年12月15日から予防接種を受けた学生ビザ保持者を含む全ての外国人が入国できるようになった。予防接種を受けていない学生がオーストラリアに入国するためには、引き続き渡航免除*を受ける必要があった[18]。
この緩和措置は当初は12月1日に実施すると発表されていたが、2021年11月28日にオミクロン株が確認された[19]ことを受け、延長された。しかし、オミクロン株による症状が比較的軽度であると判断し、その2週間後に実行した。
日本においては2021年11月29日に同様にオミクロン株が国内で確認されたことで即時、外国人の新規入国の再度停止を行いその措置を翌年の3月まで続けた。無論、国によって感染状況が異なるため単純な比較は行い難いが、この対応のみをオーストラリアと比較すると日本の慎重で保守的な対応が際立つ。
*渡航免除:
医学、歯学、看護学、薬学または准看護学の学位に在籍する大学生の場合など[20](2021-2022に1609件[21])
第3章 留学生の声
ここまで日本が長期間にわたって国際的に比較しても厳しい留学生に対する入国制限を行ったことが見えてきた。そこで、私はこの入国制限によって留学生はどのような経験をし、これに関してどのような意見を持っているのか友人以外の留学生からも声を聞きたいと考えアンケート調査を実施した。
アンケートの実施期間は2022年9月から12月であり、アンケートの手法としては留学生の友人から知人に広げてもらうというスノーボール方式[22]をとった。アンケートは日本語と英語両方で表記し、英語で記入された自由回答に関しては筆者が翻訳し引用している。コロナ禍に早稲田大学に在籍していた留学生(現在も在籍中と既卒の学生含む)、計52名から回答を得た。この章ではそのアンケート調査の結果について説明する。
回答者の出身国
回答者の出身国の割合は韓国が半数を占めており、その次に台湾、中国の順番に多い。
右の表の通り、早稲田大学の外国人留学生の出身国は中国が半数、次に韓国、そしてアメリカと台湾が同数程という割合になっている。この比率に比べるとアンケート調査では韓国出身者が多く、またアメリカ出身の回答者がいないため早稲田大学に通う外国人留学生の出身国構成を反映しているわけではない。
留学生の経験
まず、回答者の経験について紹介する。
アンケートで「日本のコロナ禍の入国制限にどのような影響を受けましたか? 」と選択形式で質問した。
選択肢の1つ目は「新規入国できなかった」であり、これは新規の学生ビザを獲得できなかった学生、主に新入生が経験したことだ。
2つ目の選択肢は「再入国できなかった」であり、これは既に留学のために来日していた学生が帰省や母国での兵役義務などのために母国に長期間帰国しており、ビザを更新しようとしたができなかったというケースなどがある。
3つ目の選択肢は「入国への影響はなかった」であり、これは既に留学のために来日しており有効な留学ビザを保持していた学生が主なケースである。
アンケート回答者に関しては以下のグラフの通り「再入国できなかった」という回答が最も多かったが、3つ全てのパターンが近しい割合となった。
さらに、「具体的にどのように影響を受けましたか? 」と自由記述式で質問したところ、下記のような回答があった。
以上より、入国制限によって留学生は学業だけでなく経済面や人間関係など様々な面で影響されたことが伺える。
さらに興味深いと感じた点としては「入国に影響はなかった」と回答した留学生の自由回答にあった「日本に戻れなくなることが怖く母国に帰れず家族や友人に会えなかった」という記述だ。ここからは日本への入国の可否に影響を受けていない場合も留学生ならではの苦労を経験したケースがあったということが示唆された。
日本のイメージの変化
続いて、「日本の入国制限を見て、留学先としての日本のイメージにどのような変化がありましたか?」と質問し、1(非常に悪い印象になった)から10(非常に良い印象になった)の数値の中で1つ選択をしてもらうと以下のような結果となった。
グラフからは赤い棒で表されているマイナスの方向の回答が青い棒で表されているプラスの変化よりも多かったことが読み取れる。また、平均値は4.077、中央値は4であり、これらの数値からも全体的にマイナス方向へのイメージの変化の傾向が強かったことが分かる。
続いてマイナスとプラスそれぞれの変化の理由について簡潔に自由回答を紹介する。
マイナスの変化に関しては大きく[外国人への待遇][変化への対応の仕方] [気持ちの変化]といったような理由が挙げられた。自身には影響がなかったが周りの留学生の苦労を見てイメージが低下したというコメントもあったことは興味深い。これは入国制限によって影響を受けた15万人に及ぶ留学生だけでなく、彼ら以外の留学生も日本に対してネガティブな印象の変化があったかもしれないという可能性を示している。
プラスの変化に関しては「仕方なかった」など、客観的な視点から述べられている意見であると感じたため、入国制限から受けた影響とイメージの変化にどのような関係があるか分析を行った。
想定していた通り、「入国に影響がなかった」と回答した人はイメージの変化が比較的少ない傾向があった。反対に「新規入国できなかった」回答者はイメージの変化に最も幅広い分布があった。そして、それぞれの中央値(グラフ上の赤線)を比較すると「新規入国できなかった」と回答したグループが最もイメージの悪化が生じたと回答する傾向が高かった。自由記述からはこのような傾向がある理由を確かめることはできなかった。新規入国者に関しては日本社会を経験したことがない人が多く、もともとの想像上の期待値があったためイメージの変化が大きかったという原因もあるのではないかと考えられる。
進路計画の変化
最後に、「コロナ前に考えていた留学を終えた後の計画」と「現時点で考えている留学を終えた後の計画」について質問した。
選択肢は「日本で働く」「日本で学業を続ける」「日本以外の国で働く」「日本以外の国で学業を続ける」「未定」という5つを設定した。
(単純化のためにグラフ、そして今後の説明では「日本以外」ではなく「海外」と表記する。)
全体を見ると「日本で働く」・「日本で学業を続ける」という日本に留まるという計画を持っている留学生の割合が65.3%から48.0%に低下している。逆に「海外で働く」・「海外で学業を続ける」という日本を出るという計画の割合は23.1%から38.5%に上昇している。
アンケートの結果として日本に留まるという進路計画を変更した留学生が目立つことは非常に興味深い。特に、「留学生30万人計画」の目標の一つとされている日本で就職することを計画していた学生はどのような理由で、どのような進路計画に変更したのかという点に着目したい。
コロナ前は日本で働く計画を持っていたと回答した26名が現在はどのような進路計画を描いているか、そしてその計画の変化の理由をまとめた。(「なぜそのように進路計画が変化したか」という質問にしてしまったため、「日本で働く」という計画のままの回答者の理由は集めることができていない。)
回答者の自由記述からは日本で就職活動を思うように行えなかったという実質的な問題だけでなく、気持ちや価値観、信頼度の変化などの心理的な要因も大きかったことが示唆されている。このような心理的な面でのダメージは今後日本が留学生誘致策を推進しても容易に回復させられるものではないものであると感じる。
他の計画の変化についても簡潔に紹介する。
「海外で学業を続ける」から「日本で学業を続ける」に変更した回答者が1名いるが(理由は残念ながら記載がなかった)、全体の傾向としては進路計画に変更があった回答者は海外から日本よりも日本から海外という進路計画の変化の傾向が強いことが見受けられる。
第4章 留学生に対する「YouTube世論」調査
ここまで留学生の意見に着目してきたが、日本の留学生政策について考えるためには「日本国民」の意見についても考えなければいけないと思い、SNSを用いて調査を実施した。無論、「国民」の意見はSNSから容易に収集できるようなものではない。しかし、日本語話者が留学生に対してどのような意見を持っているのか調べることで見えてくるものはあるのではないかと考え、YouTubeのコメントの分析調査を行った。
当初はTwitterを利用しようと考えていたが、ツイートの収集に制限があり、さらに「留学生」とハッシュタグが付いていても留学生政策とは関係ないものも多く含まれてしまっているという問題があったため、YouTubeのコメントを分析対象とした。
調査方法としてはYouTube上の留学生に関する動画に対するコメントをYouTube Data APIを用いて集める。具体的な手法としては、シークレットモード(サインアウトした状態)でYouTubeに「外国人留学生」と検索をかける。そして、表示されたニュースの中で関連度の高い上位8本の動画を分析対象とする。ニュースコンテンツに限定している理由はできる限り視聴者の意見を誘導するような動画ではなく、事実を基にしたものを調査対象とするためである。また、技能実習生などではなく主に留学生に関する動画である、そしてコメント数が50個以上あるという条件を満たしている動画を選択した。
調査対象の動画
これらがコメント分析のために選択した8つの動画である。
アカウント名 | 動画タイトル | 投稿日 | コメント数(収集時) | |
① | 日テレNEWS | 【密着】32万人の人材不足⁉︎ 介護士を目指す外国人留学生たち 新潟 NNNセレクション | Jul 22, 2022 | 66 |
② | 日テレNEWS | 【夢に真剣!】料理&着物を極めたい!日本で頑張る留学生たち『news every.』18時特集 | Sep 3, 2022 | 133 |
③ | TBS NEWS DIG Powered by JNN | 日本の入国規制・・・海外の留学希望生「本当に泣きました」 | Dec 4, 2021 | 283 |
④ | ANNnewsCH | 自民「外国人留学生受け入れ」求める決議案(2022年2月14日) | Feb 15, 2022 | 243 |
⑤ | TBS NEWS DIG Powered by JNN | 入国制限が緩和されたはずの留学生が来日できない状況に・・・一体なぜ? | Nov 24, 2021 | 112 |
⑥ | TBS NEWS DIG Powered by JNN | 消えた留学生問題 借金背負いネパールへ帰国なぜ?(報道特集 2019/12/21放送) | Jul 28, 2020 | 3774 |
⑦ | TBS NEWS DIG Powered by JNN | 「鎖につながれ動物のように扱われた」留学生が証言、“動画”も… 日本語学校が悪質な人権侵害|TBS NEWS DIG | Sep 13, 2022 | 1267 |
⑧ | ANNnewsCH | 外国人留学生ら きょうから入国受け入れ再開(2021年11月8日) | Nov 8, 2021 | 349 |
これらの動画から収集することができたコメント数は合計3648個だ。異なるユーザー名(Pythonの“nunique”を使ってカウント)は3276個*ある。
(*YouTubeのユーザー名は重複が可能なため、コメント者数が3276名とは限らない。しかし、少なくとも3276名のユーザーのコメントを表していると考えられる。)
まず、上記8本の動画を視聴して感じたことは「外国人留学生」と言っても様々な人がいるということだ。②の動画では日本料理など日本文化を専門学校で学ぶ留学生、⑤では東京外国語大学で日本研究を専攻する学生、そして⑦では日本語学校で学ぶ留学生が取り上げられていた。私が行ったアンケートの回答者は調査上の都合から身近な早稲田大学の在籍者に限られてしまっており、留学生の声のほんの一部しか拾えていないことを改めて感じさせられた。しかし、不十分であったとしても留学生に関してより広い視野で考えるべく本題に戻り、これらの動画のコメントの分析を行いたいと思う。
共起ネットワーク分析
まず、KH coder[23]を用いて共起ネットワークを作成する。収集したコメントの中にどのような単語が頻出しているか、そしてどのような組み合わせで使われているか調査することで留学生に対する意見の傾向を分析するためだ。
コメントに目を通すと動画によって話題が大きく異なるためグループに分けて共起ネットワークを作成することでより有意義な分析ができると考えた。よって以下の3つの大まかなテーマに動画を分類する。
グループ1:留学生の努力
①【密着】32万人の人材不足⁉︎ 介護士を目指す外国人留学生たち 新潟 NNNセレクション
②【夢に真剣!】料理&着物を極めたい!日本で頑張る留学生たち『news every.』18時特集
グループ2:コロナ禍の入国制限
③日本の入国規制・・・海外の留学希望生「本当に泣きました」
④自民「外国人留学生受け入れ」求める決議案(2022年2月14日)
⑤入国制限が緩和されたはずの留学生が来日できない状況に・・・一体なぜ?
⑧外国人留学生ら きょうから入国受け入れ再開(2021年11月8日)
グループ3:留学生の受け入れに関する問題
⑥消えた留学生問題 借金背負いネパールへ帰国なぜ?(報道特集 2019/12/21放送)
⑦「鎖につながれ動物のように扱われた」留学生が証言、“動画”も… 日本語学校が悪質な人権侵害|TBS NEWS DIG
そして、それぞれのグループの共起ネットワークから読み取ることのできるトピックを3つずつ取り上げ、代表的なコメントを引用しながら提示する。ここでは留学生に対して批判的なトピックを赤色、好意的なトピックを青色、そして中立的なトピックを黒色で表記する。
グループ1:留学生の努力に関する動画
①「日本」「文化」
- 日本文化を好きな留学生への好意
- 「こういった外国の若者たちが日本文化に興味をおこし、懸命にがんばっている姿に頭が下がります。」
- 「日本文化をリスペクトしてくれる外国人はいくらでもウェルカム」
- 「日本料理や着物に魅了されて仕事につくと、なんか嬉しいしコロナの中でも頑張ってほしいし、この気にもっと日本を好きになってほしい」
②「介護」「仕事」
- 介護職を担ってくれてありがたい
- 「大半の日本人がやりたくないであろう介護の仕事をやってくれるのはありがたい」
- 「介護士を外国人にやって貰えるならありがたい」
③「中国」「韓国」
- 中国人・韓国人への差別意識
- 「日本人より外国人の方が優しく介護できるかもね 中国、韓国は除くかも」
- 「韓国人なら学んで帰った後に日本食材は韓国発祥と言う 中国で和服着たらボロクソ批判される?」
グループ2:コロナ禍の入国制限に関する動画
①「犯罪」「増える」
- 外国人は犯罪を増やす
- 「一部の優秀な外国人だけで良い!!今でも外国人犯罪が増えてるのにもっと増えますよ(`Δ´) オーバーステイ、永住権、国籍、VISA 言葉の壁、食事、宗教、偽造結婚など色々と問題が増えます 日本は日本人の為の国ですよ」
- 「外国人留学生受け入れてもその分国内の犯罪が増大するだけ。何考えとんねん」
②「国民」「守る」
- コロナ禍で留学生より自国民を守るべき
- 「自国民の生命を守るための措置至極当たり前のことじゃないんですか留学生の事情やお気持ちなんざ知ったことか」
- 「管理しきれない程、外国人を入国させないで下さい。それは国民を守る国の義務です。」
③「日本語」「勉強」
- 日本語の勉強を頑張っている留学生は応援したい
- 「これだけ日本語の勉強を頑張ってくれてる方にはコロナが収まったら安心してきて欲しいね。」
- 「綺麗な日本語ですね。凄く努力したはずです。願いがかなって、1日も早く日本で希望の仕事が出来る事を祈って居ます。」
グループ3:留学生の受け入れ問題に関する動画
①「日本人」「恥ずかしい」
- 日本の留学生への扱いが恥ずかしい
- 「アルバイトで学費を稼げは勉強できるよって事で大学入ったのにビザ規定時間内のアルバイトじゃそもそも学費が足りないってもう詐欺では?こんな一生懸命で素敵な人達を借金だけ負わせて追い出すなんて最低すぎる同じ日本人として恥ずかしい」
- 「発展途上国の夢ある若者たちをただの金儲けや労働力としか考えていない愚かさに怒りを感じます。日本人であることが恥ずかしくなるような政策や非人道的な政治は、日本を滅ぼすことにつながることに気づいて欲しい。」
②「アルバイト」「学費」
- 経済的に余裕のない留学生は受け入れるべきでない
- 「これの問題点は学費を支払う財務能力がない外国人を、アルバイト等で学費を稼いで勉強できると騙して送り出したり受け入れたりしている組織が多くあるということ」
- 「そもそもアルバイトしないと勉強できない状況の人を留学生として受け入れている事がおかしいのでは?」
- 「留学生ビザは、働く為のビザではないので、勉強する為のビザ。だから、規定以上の労働は認めていないから、違反すれば、強制送還です。悪いのは、ネパールやベトナムから外国人を連れて来る人達」
③「制度」
- 留学生受け入れ制度への問題意識
- 「優秀な外国人の確保も日本の未来には必要であるからぜひ早くきちんと制度を整えて欲しいと思う。」
- 「表面的な数字でしか見れない日本の悪い癖だね。外国人〇〇人受け入れました!残業ゼロです!女性管理職〇%です!数字だけ変えてやった気になってやがる。やるなら制度を変えろ、数字は結果的についてくる。」
- 「日本政府は場当たり的に30万人計画で入管制度を緩めた。結果的に緩い制度は悪徳業者と収入がない大学の食いものにされ、最終的に新興国の若者が犠牲になっている。」
以上、留学生に対するコメントから作成された共起ネットワークから特筆すべきと感じたトピックを3つずつ取り上げた。その中には「日本語の勉強を頑張る留学生を応援したい」という好意的な意見もあれば、「外国人は犯罪を増やす」などの批判的な意見もあった。しかし、他に取り上げることができなかったトピックも多数あり、取り上げたトピックの選別には筆者の恣意的な考えが含まれてしまっている。よって、そのような恣意的な選別をなくすために次は「いいね」数の多いコメントの調査を行う。そして、章末では共起ネットワークと「いいね」数の多いコメントから読み取られるトピックを基に調査対象とした動画のYouTube世論の傾向についてまとめる。
「いいね」の多いコメント
各動画のコメントで「いいね」の数が多いもの(トップ3)をピックアップする。「いいね」の数が多いからと言って共感を多く得ているとは言い切れないが、日本語話者の目に入り、反応を促した意見が集まっていると解釈することができるだろう。
動画番号 | いいね数 | コメント | コメント日 |
①-1 | 48 | 介護は、人手不足では、有りません 安い給料で雇える人材が欲しいのです 人手不足でも国が守ってくれるので求人者が来ても採用しないです。 だけど国は、利用者の事だけを大事に考え職員の事は、全く大事に考えてなく国基準の介護ルールを作り職員を困らせるようにしてます。 | 2022-07-22
|
①-2 | 112 | 外人を奴隷化するなよ | 2022-07-22 |
①-3 | 23 | 介護はまず匂いが無理 施設に入った瞬間のあの変な匂いまじで吐きそうになる | 2022-07-22 |
②-1 | 50 | こんなに好きになれるものがあって羨ましい どんな仕事でもそういう人が成功するよなぁ | 2022-09-03 |
②-2 | 36 | 海外でとんでもない日本料理を提供している外国人オーナーの店はどんどん告発すべきだが、このように日本で正統の和食を学んだ方には、ぜひ海外で正しい日本食を広めてもらいたいな。 | 2022-09-03 |
②-3 | 34 | 凄い努力家で偉いし、マーカスくんが活躍する未来を思うとムラムラ*します。
(*筆者注:動画内で留学生が「ワクワク」をそう言い間違えたため) |
2022-09-03 |
③-1 | 132 | 入国禁止にしたら入国禁止で被害を受ける方々の取材 入国禁止しなかったらなんで禁止にしないとかと発言するんだろうな | 2021-12-03 |
③-2 | 112 | この人の日本語は本当に上手ですよ | 2021-12-03 |
③-3 | 86 | あのとかまあとか、完璧に日本語が身についてる…すげえな | 2021-12-03 |
④-1 | 85 | そんな事より日本人学生を助けください | 2022-02-14 |
④-2 | 74 | こんなのが日本では保守と言われています。。。 | 2022-02-14 |
④-3 | 74 | 自国民を優先しない模様 | 2022-02-14 |
⑤-1 | 43 | なんでビジネス関係の外国人は、入国させるのに、留学生は入国させないんだよ。おかしいな運用だな。隔離をすれば良いだけでしょ。 | 2021-11-24 |
⑤-2 | 40 | 入国制限緩和とか言うけど、実態としては全く緩和していないからな。 | 2021-11-23 |
⑤-3 | 34 | 空港検疫で見つかったら鎖国しろってギャーギャー言うくせに、~千人に緩和規制しましたって言ってもギャーギャー言うくせに、いざ入れない人がいたらかわいそうは無いわ | 2021-11-24 |
⑥-1 | 2133 | 毎年日本の敵を作り続けるクソみたいな制度 学校法人が小銭を稼ぐために外国人を泣かせて日本の敵を産み出し続けている | 2020-08-02 |
⑥-2 | 1639 | これの問題点は学費を支払う財務能力がない外国人を、アルバイト等で学費を稼いで勉強できると騙して送り出したり受け入れたりしている組織が多くあるということ。留学生で一週間に28時間しか働けない事を知っている人は少ない。 | 2020-08-04T19:06:22Z |
⑥-3 | 805 | 日本に来て5年目の留学生です。私立大学で勉強しており、今年コロナの影響で就活が大変苦しかったが、来年の春から社会人になります😊 | 2020-12-12 |
⑦-1 | 680 | 日本人として恥ずかしい 本当申し訳ない、 | 2022-09-16 |
⑦-2 | 561 | 夢を持って日本へ留学して、こんなことされたら全てを諦めたくなるだろう こんな仕打ちをされてもチャンさんが日本で夢を叶えたいと思って頂けるなら私は全力で応援します📣 | 2022-09-13 |
⑦-3 | 536 | 人権侵害だけでなく、普通に強要と監禁罪だと思います。 | 2022-09-13 |
⑧-1 | 208 | こういう移民には甘くて国民に厳しい対応が、世界中で問題になってるのに日本はなんで学ばないんだろう。技能実習生って日本以外では移民と呼ばれてて、日本独自の呼び方だからね。本気でどんどん移民を増やす気なんだな。 | 2021-11-07 |
⑧-2 | 137 | 「在留資格を保ちながら入国できない人は約37万人」とあり、おそらく在留資格認定証明書のことを言っているものと思われますが、在留資格認定証明書は在留資格ではなく、在留資格自体は空港で入国審査官から付与されるものです。したがって、この報道の上記表現には誤りがあります。 | 2021-11-07 |
⑧-3 | 133 | 国内のコロナ過で職を失った人を救うのが先では? | 2021-11-07 |
「YouTube世論」まとめ
最後に、共起ネットワーク分析と「いいね」数の多いコメントから見えてきたおおまかなトピックを留学生に対して好意的・批判的・中立的な視点のグループに分けてまとめる。
共起ネットワーク分析 | 「いいね」の多いコメント | |
好意的 | ・日本文化を好きな留学生への好意(グループ1)
・介護職を担ってくれてありがたい(グループ1) ・日本語の勉強を頑張っている留学生は応援したい(グループ2) |
・努力に感心、応援の気持ち(②-3、⑦-2)
・留学生の日本語に感心(③-2、③-3) ・海外で日本文化を広めてほしい(②-2) ・留学生も入国させるべき(⑤-1) |
批判的 | ・中国人・韓国人への差別意識(グループ1)
・外国人は犯罪を増やす(グループ2) ・コロナ禍で留学生より自国民を守るべき(グループ2) ・経済的に余裕のない留学生は受け入れるべきでない(グループ3) |
・日本人を優先すべき(④-1、④-3、⑧-3)
・移民を増やすことに反対(⑧-1) |
中立・
その他 |
・日本の留学生への扱いが恥ずかしい(グループ3)
・留学生受け入れ制度への問題意識(グループ3) |
・外国人の扱い方への批判(①-2、⑦-1、⑦-3)
・留学生受け入れ体制への問題意識(⑥-1、⑥-2) ・メディアの取り上げ方の批判(③-1、⑤-3、⑧-2) |
留学生に対して好意的な意見に着目すると、日本文化や日本語に理解のある留学生を応援したいという気持ちを持っている人が多い傾向があった。留学生が日本で努力している姿をメディアで目にすることでこのような感情が湧く人が多いのであろう。
他方で批判的な意見も多数あった。今回の調査では比較的中立的なニュースコンテンツからコメントを収集したが、それでも中国・韓国出身の留学生に対して差別的なコメントが見受けられた。さらに、「外国人は犯罪をする」「経済的に余裕のある留学生のみ受け入れるべき」などの意見があった。これらに関しては実情を調査して外国人留学生の受け入れ態勢や労働条件など、制度上の問題を特定して改善に取り組み、その結果を国民に公表することが明白ながら重要であると感じる。
第5章 日本の留学生政策
前章で紹介したYouTube動画でも留学生の受け入れ制度の問題に注目が集まっていたが、日本と留学生との関係について考える中で日本の留学生政策について知ることは必要不可欠だ。この章では「10万人計画」と「30万人計画」について先行文献を引用し、簡潔に紹介する。
10万人計画
国際協力の一環としての10万人計画
1983年に「21世紀の留学生政策に関する提言」が発表され、通称「留学生受け入れ10万人計画」と呼ばれた。その理念は「我が国の国際的に果たすべき役割」の一つとして開発途上国の発展に協力することであった。目標数値が10万人とされた理由は当時のフランス並みにするためであった。
実際には受け皿が整わないまま計画が打ち出されたため留学生数が増加し始めると制度の整備が追いつかず、大学や地域社会でさまざまな軋轢が生じた。その結果、90年代半ば頃からは留学生の数は減少した。しかし、入国審査などの大幅な緩和によって急速に留学生数が増加し、2003年に10万人を達成した。
この政策の成果としては「留学生送り出し国の人材育成への貢献」や「日本と送り出し国の友好促進」などがあったと評価されている。
10万人計画の問題とその後
10万人達成直後の2003年12月に出された中央教育審議会による答申「新たな留学生政策の展開について」では留学生交流の拡大が極めて重要であるとしながらも、「留学生の質の向上」や「在籍管理の強化」が強調された。そして,その直後には入国管理局による入国・在留審査が再び厳格化され,警察による外国人取り締まりが強化され始まった。これと同時にマスコミによる「留学生・就学生=犯罪予備軍」キャンペーンが展開され、世論の留学生等の外国人に対する排外的風潮が強まっていった[24]。そして、2005年の12万人強をピークに留学生数は減少に転じた。
しかし、世界的には留学生の受け入れは盛んであり、日本も後れを取るべきではないという考えがあった。2007年の安倍晋三首相時代には首相官邸に設けられた「アジア・ゲートウェイ戦略会議」において世界の留学生の中で5%のシェアを2025年にも維持するという提案が行われた。この数値目標が次の「30万人計画」の元になっている。
30万人計画
自国のための30万人計画
2008年1月に提唱され、その目的は日本を世界により開かれた国とし、アジア、世界の間のヒト・モノ・カネ、情報の流れを拡大する「グローバル戦略」を展開することだった。以下の文部科学省の資料に示されている通り、「優れた留学生」を受け入れ、卒業後も日本社会に留まってもらうという狙いが掲げられた。つまり、国際貢献の一環としての「10万人計画」から自国の利益を優先した留学生政策に転換した。
「30万人計画」は2019年5月に達成された。この時点で日本の大学や日本語学校などに在籍する外国人留学生は31万2214人に至った[25]。
今後の30万人計画
コロナ禍の厳しい入国制限を経て、2021年5月には留学生の数は24万2千人にまで減少した。この数字は海外から遠隔授業を受けている留学生を含んでおり、実際に日本で学ぶ留学生はさらに少なかった。また、その内訳は大学や大学院などが約20万人、日本語学校が約4万人だった[26]。
この減少を経て、文部科学省は2027年をめどに30万人超に戻す計画を掲げた。外国人に日本への留学を促す施策を本格的に再開・拡充させるために以下のような取り組みを想定している:
①国内の大学が海外に持つ拠点と連携して、日本留学の魅力や日本で就職した事例に関する情報発信の強化をする。
②留学生が卒業後も日本で就職や起業がしやすくなるよう、自治体や企業の支援を後押しする。
それだけでなく、2022年8月には岸田総理が年間30万人の外国人留学生の受け入れを目指す政府の目標を抜本的に見直し、留学生をさらに増やすための新たな計画を策定すると発表した[2]。日本政府の留学生政策の回復、そして更なる拡大への積極的な姿勢が感じ取られる。
「30万人計画」とコロナ禍の対応の矛盾
日本政府の積極的な留学生政策への姿勢とは裏腹に、コロナ禍の対応はそれとは正反対のイメージを世界に提示してしまったのではないか。
アンケートの回答からは厳しい入国制限によって日本の留学生政策への信頼度の低下が生じたことが示唆された。最後に設けた自由コメント欄にも「留学生の不満の根底にあるのは『日本留学をすることで何かを約束されていたのに』という想いだと思います。日本政府の後押しもあって留学を決めたのに裏切られた気持ちになった。」という意見が残されていた。さらに海外メディアでも日本の排他的な入国制限が取り上げられ[27]、留学生以外にもその保守的で閉鎖的なイメージが広まってしまったのではないだろうか。
イメージの低下は容易に回復させられるものではないだろう。今後の留学生政策推進に向けて信頼を回復するためには、留学生への対応について多面的に議論を行わなければいけないと感じる。
おわりに
この卒業作品に取り組む中で、日本では政策を振り返って検証し、それを公表するという取組みが十分でないのではないかと感じた。海外のコロナ禍の水際対策について調べている際に、オーストラリア政府の対応をまとめた同政府運営のサイトを見つけた。そのサイトにはオーストラリア国内の感染状況や水際対策の変更点がまとめてあり、経緯を把握することが容易にできた。他方で、日本に関しては最新の状況を載せているサイトしか見つからず、様々なニュースサイトを漁るしかなくかなり時間がかかった。
留学生政策に関しても同様に、何を目的にどのような施策を行い、どのような結果や課題があったのか、国民に分かりやすいように公開することが重要であると感じた。当然、これによって日本人全員が留学生により好意的になるということはないだろう。しかし、日本が国として取り組んでいる留学生政策に関してより広く理解を求めることは非常に重要であると感じる。そうすることで、もしパンデミックが再度生じた際には留学生政策に矛盾しない対応を選び、今回よりも苦しむ留学生が減ることを願っている。
今回実施したアンケート調査では(回答者の偏りや母数の少なさなどの問題はあるが、)入国制限を経て日本のイメージの低下や進路計画における日本離れを決意したケースがあることが明らかになった。日本に対する信頼を回復して今後の「30万人計画」を成功させるためにもパンデミック禍の対応含め、留学生政策の課題に向き合わなければならない。
脚注
[1] 読売新聞オンライン、「留学生数、5年後にコロナ前水準の回復目指す…目安は外国人31万人・日本人12万人」、2022/6/21、https://www.yomiuri.co.jp/national/20220621-OYT1T50118/(2022/7/28閲覧)
[2] NHK、「岸田首相『留学生30万人』見直し さらに増やす計画策定を指示」2022/8/9、https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220829/k10013793231000.html(2022/10/18閲覧)
[3] 読売新聞オンライン、「新型コロナ、国内で初確認…神奈川在住の中国人男性」、2020/1/16、https://www.yomiuri.co.jp/medical/20200116-OYT1T50151/(2022/7/30閲覧)
[4] NHK、「欧州などからの入国者 2週間の待機要請を決定 首相」、2020/3/18、https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200318/k10012338351000.html(2022/12/14閲覧)
[5] 朝日新聞DIGITAL、「渡航中止勧告、73カ国・地域に拡大 近く入国拒否へ」、2020/3/31、https://www.asahi.com/articles/ASN303W3QN30UTFK003.html(2022/12/14閲覧)
[6] 朝日新聞DIGITAL、「外国人留学生の入国、月内にも緩和 再入国は全面解禁へ」、2020/8/22、https://www.asahi.com/articles/ASN8P7648N8PUTFK008.html(2022/7/26閲覧)
[7] NHK、「入国制限措置 10月1日から全世界対象に緩和 限定的な範囲で」、2020/10/1、https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201001/k10012642691000.html(2022/7/26閲覧)
[8] NHK、「全世界からの外国人の新規入国 28日から1月末まで停止 政府」、2020/12/26、https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201226/k10012786561000.html(2022/7/26閲覧)
[9] 読売新聞オンライン、「コロナで制限、留学生の入国9割減…原則認めないのはG7で日本だけ」、2021/9/18、https://www.yomiuri.co.jp/national/20210918-OYT1T50092/(2022/7/26閲覧)
[10] NHK、「入国時の待機 きょうから3日間に短縮 外国人の入国も一部再開」、2021/11/8、https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211108/k10013338331000.html(2022/7/26閲覧)
[11] NHK、「全世界からの外国人の新規入国 あすから原則停止へ 岸田首相」、2021/11/29、https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211129/k10013366101000.html(2022/7/26閲覧)
[12] KYODO、「WHO、日本の対応「理解困難」 ウイルスは国籍見ないと批判」、2021/12/2、https://news.yahoo.co.jp/articles/1ae1abc97ef0256e2114bd2dcc6a14efe61606c2(2022/7/26閲覧)
[13] NHK、「新型コロナ入国制限 日本離れを止められるか」、2022/2/22、https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/461226.html(2022/7/26閲覧)
[14] NHK、「外国人の新規入国 あすから段階的に緩和 新型コロナ」、2022/2/28、https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220228/k10013504501000.html(2022/7/26閲覧)
[15] 朝日新聞DIGITAL、「『留学生15万人入国できず』松野官房長官 政府は水際緩和を検討」、2022/2/15、https://www.asahi.com/articles/ASQ2H6HQ6Q2HUTFK015.html(2022/7/27閲覧)
[16] 日本経済新聞、「続く入国制限、留学生来日できず 人材グローバル化に影」、2022/1/10、https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE202KE0Q1A221C2000000/(2022/7/27閲覧)
[17] Macklin, A. (2022). (In)Essential Bordering: Canada, COVID, and Mobility. In: Triandafyllidou, A. (eds) Migration and Pandemics. IMISCOE Research Series. Springer, Cham. https://doi.org/10.1007/978-3-030-81210-2_2
[18]Reuters, “Australia re-opens borders to non-citizens despite Omicron worries”, 2021/12/15, https://www.reuters.com/world/asia-pacific/australia-reopens-borders-non-citizens-despite-omicron-worries-2021-12-14/
[19] Parliament of Australia, Appendix 2
Timeline of key decisions and milestones, https://www.aph.gov.au/Parliamentary_Business/Committees/Senate/COVID-19/COVID19/Report/section?id=committees%2Freportsen%2F024920%2F79485#:~:text=Government%20announced%20a%20pause%20to,borders%20to%2015%20December%202021
[20] Australian Government Department of Home Affairs, “COVID-19 Border Measures
Procedural Instruction – Students – Inwards”, https://www.homeaffairs.gov.au/foi/files/2021/fa-210501344-document-released.PD
[21] Australian Government Department of Home Affairs, “Travel Exemption Processing Report”, https://www.homeaffairs.gov.au/covid-19/Documents/travel-exemptions-report.pdf
[22] Snowball Sampling, Oregon State University, https://research.oregonstate.edu/irb/policies-and-guidance-investigators/guidance/snowball-sampling
[23] 樋口(2020)KH Coder 3. Beta.03i
[24] 栖原暁(2010)「『留学生30万人計画』の意味と課題」、p.13
[25] 日経「外国人留学生最多31万人 計画達成も先行き不透明」、2020/4/22、https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58361130S0A420C2CR8000/
[26] 読売新聞オンライン「留学生数、5年後にコロナ前水準の回復目指す…目安は外国人31万人・日本人12万人」、2022/6/21、https://www.yomiuri.co.jp/national/20220621-OYT1T50118/
[27] The Wallstreet Journal, “Japan’s Foreigner Ban Over Omicron Raises Memories of Isolation History”, 2022/1/11, https://www.wsj.com/articles/japan-extends-entry-ban-for-foreigners-citing-omicron-11641874059 (2022/1/12閲覧)
参考文献
第1章
出入国在留管理庁、「出入国管理統計統計表」、https://www.moj.go.jp/isa/policies/statistics/toukei_ichiran_nyukan.html(2022/7/27閲覧)
第2章
Our World in Data, “International travel controls during the COVID-19 pandemic, Dec 31, 2021”, https://ourworldindata.org/grapher/international-travel-covid?time=2021-12-31(2022/7/27閲覧)
日本学生支援機構、「2019(令和元)年度日本人学生留学状況調査結果」、2021/3、https://www.studyinjapan.go.jp/ja/statistics/nippon/data/2019.html(2022/7/27閲覧)
第4章
佐藤由利子(2021)「日本の留学生政策の評価人材養成、友好促進、経済効果の視点から」東信堂
栖原暁(2010)「『留学生30万人計画』の意味と課題」
武田里子(2006)、「日本の留学生政策の歴史的推移 」、日本大学大学院総合社会情報研究科紀要 No.7, 77-88
文部科学省「『留学生30万人計画』骨子の策定について、平成20年7月29日、https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/ryugaku/1420758.htm