古きを守り新しきを受け入れる ― 若者の剣道離れを防ぐ鍵とは

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 はじめに

「メン!」
体育館の館内に、竹刀を振り下ろす子供達の掛け声が響き渡る。
2024年11月10日(日)、町田市立総合体育館にてスポーツイベントが開催された。一般財団法人町田市スポーツ協会が主催する「すぽーつ祭まちだ2024」では、あらゆるスポーツをレクリエーション体験できる。イベントの性質上、親子連れの参加者が大多数を占める。今回私は剣道のブースに出身道場である「求道館」が出展するということで、その手伝いに参加した。イベントは「デモンストレーション」と「体験教室」の二本立てで実施された。
デモンストレーションでは、木刀を使った稽古法を実演すると共に、実際に防具を付けて技を打ち込む様子を披露した。ギャラリーは予想以上に多くの親子連れで賑わっていた。多くの子どもたち(推定7〜8組程度)が熱心に演舞の様子を見つめており、中には正座姿の子も何人かいた。事前の打ち合わせで、子供達を惹きつける派手なデモンストレーションの構成を熟考した甲斐があったと感じ、私は嬉しさで胸がいっぱいになった。
その後の体験教室では、実際に子供達が竹刀を持ち、面を打てるようになるまでレクチャーする役割を担った。そこでは、剣道に初めて触れる子から道場に通う経験者の子まで、多くの子供達と出会うことができた。
「鬼殺隊みたいに強くなりたい」
そう意気揚々と語ったのは、初めて剣道を体験する推定4〜5歳程の男の子である。「鬼殺隊」とは、アニメ・漫画作品「鬼滅の刃」に登場するヒーロー集団だ。悪役・鬼を特殊な剣術で討伐する様は勇ましく、多くの子供達の心を掴んで離さない。
このように「剣士」という存在に憧れを抱き、剣道に興味を持ってくれる子どもたちは少なくない。私が「[Ⅰ]になれるといいね」と言うと、彼は屈託のない笑顔を返してくれた。

 

剣道を体験する子供達の様子(提供:求道館)
剣道を体験する子供達の様子(提供:求道館)

 

すぽーつ祭まちだ2024では多くの子供達が剣道を体験しに来てくれたものの、剣道に励む子供達の総人口は年々減少傾向にある。例えば過去23年間(2001年~2024年)で全体の中学生の人数が

2割減少[Ⅱ]しているのに対し、中学校の剣道部に属する競技者の人数は半減している[Ⅲ]。減少の要因を少子高齢化の影響と一纏めにするには、度が過ぎる減少具合だ。

剣道は、武士道精神に裏打ちされる由緒あるスポーツである。礼儀第一や、精神的な鍛錬を重んじるという点では、唯一無二の魅力があると言っても過言ではない。これは私自身、6歳の頃から道場・高校剣道部で青春時代を過ごす中で実感したことでもある。これまで日本中で剣を交えていた子供達の姿が、いずれ見えなくなってしまうのでは。そう思うと悲しくなり、何か私に出来ることはないかと思いを巡らせた。そこで本記事の執筆を通じて、若年層の剣道人口が減少の一途を辿る理由を特定し、必要な対策を明らかにしようと考えた。本記事ではグラフという形で競技人口の動きを可視化するとともに、剣道の普及活動に携わる方々へのインタビューを通じて、剣道文化を継承し得る道筋を模索していく。(文・写真=山下りな)

 

 


1章 グラフで見る競技人口の変遷

 

剣道部に所属する中学生

剣道部に所属する中学生の人口推移は、公益財団法人日本中学校体育連盟のデータ を可視化した以下のグラフから読み取ることができる。


剣道部に所属する中学生の人口・全国の中学生総人口の推移グラフ


上のグラフより、全国の中体連加盟校における剣道部員の人数が段階的に減少していることがわかる。グラフの傾き度合いから、男女の人口推移は概ね同じような動きを見せていることがわかる。女子は2007年〜2012年の間、男子は2010年〜2012年に一定の増加傾向が見られるという点以外に、大きな動きの違いは見られない。2001年度と2024年度のデータを比較すると、男子部員は86,618人(最多)から36568人(最少)にまで、女子部員は55303人(最多)から26913人(最少)にまで減少している。よって、約23年間で剣道の競技者人口は男女ともがおよそ半減しており、これは日本の中学生人口の2001〜2024年における減少率約21.3%を上回る減少率だ。競技者人口減少の前提として少子高齢化があるのは間違いない。しかし、少子化の進行度合いを上回る深刻さで、中学生の剣道部部員は減少している。

ここで、部員の減少が如実に現れているのが剣道部だけなのか、あるいは他の運動部でも同様に減少しているのかを検証する。下図は、卓球部・バスケットボール部・バレーボール部・陸上競技部・柔道部といった、剣道部以外の運動部に所属する生徒の人口・部活数(加盟校数)の推移を示すグラフである。上記競技の選定理由としては、柔道以外は部員数が男女ともに平均人数が5万人を超えるメジャー競技であり、数字の動きから傾向が掴みやすいことが挙げられる。柔道は剣道と同じ武道のカテゴリに属するため、剣道との共通点が多いことから選択した。


6種目比較(中学生男子部員数)


6種目比較(中学生女子部員数)


6種目のグラフを比較すると、種目ごとに傾向が見えてくる。
まず、前提としてどの種目も部員数は減少傾向にある。これはグラフの傾きが右下がりであることや、部員数のピークの年度が5種目とも20年以上前であることからわかる。
特に武道系の種目に関しては、他種目と比べてコンスタントな減少が見られる。卓球・バスケ・バレー・陸上の部員数推移は所々で増減(線グラフの山)がみられる。しかし、剣道と柔道に関しては一定してグラフが右下がりの形状を維持している。

次に上記データを回帰分析することで、各種目の部員の減少度合いを算出してみる。
y=部員数(人)x=年度(年)として、線形回帰モデルy=mx+bのm(傾き)を求めることで、xが1増える(1年経過する)毎に部員が何名増減するかを計算できる。人数データよりmを算出した結果は、以下のようであった。


中学生男子

種目 傾き=m(1年あたりの増減人数)
剣道部 -1894.96
柔道部 -1302.1
卓球部 -1208.98
バスケットボール部 -1092.93
バレーボール部 -559.843
陸上競技部 743.737

中学生男子の傾き=m(1年あたりの増減人数)種目別比較グラフ


中学生女子

種目 傾き=m(1年あたりの増減人数)
剣道部 -761.125
柔道部 -319.343
卓球部 -83.1035
バスケットボール部 -2372.56
バレーボール部 -2754.59
陸上競技部 188.4713

中学生女子の傾き=m(1年あたりの増減人数)種目別比較グラフ


※傾きは以下の公式で算出。

図12

上記結果より、男子部員の減少度合いが最も大きい種目は剣道部(m=-1894.96)、その次は柔道部(m=-1302.1)だとわかる。女子部員に関しては剣道部(m=-761.125)や柔道部(-319.343)は2001年時の元々の人数が少なかったことも相まって、バスケ部(m=-2372.56)・バレー部(m=-2754.59)ほど顕著な減少度合いは見られなかった。しかし、それでも剣道部は6種目中で3番目に減少幅が大きい。
よって、武道カテゴリ(特に剣道部)の種目は他種目よりも比較的部員数の減少幅が大きく、慢性的に人気が低下していると分析できる。

剣道部に所属する高校生

続いて本項目では高校生剣士の人口推移を可視化し、比較検討していく。公益財団法人 全国高等学校体育連盟の年度別加盟者数 から、剣道部で活動する高校生の人口推移グラフを作成した。比較対象である他種目のラインナップは、中学生の人口推移を検証した5種目と同様のもので実施した。


高校生人口(全国)と剣道部に所属する高校生人口の推移比較


6種目比較(高校生男子部員数)


6種目比較(高校生女子部員数)


グラフの形状に関しては、剣道部と柔道部は一定して右下がりだ。
しかし、高校剣道部の女子部員数は2009年〜2015年で、男子部員数は2003年〜2004年、2007年〜2008年で微増が見られた。まばらに増加傾向が見られるものの、長期間維持できていない。対して他種目の高校陸上部などは、2006年以降2018年まで女子部員の増加傾向を維持できている。慢性的に人気が低迷している剣道部にとって、部員数の増加を維持し続けることが今後の課題となるだろう。

次に中学生部員の検証時と同様、種目ごとの減少度合いm=傾きを比較してみる。


高校生男子

種目 傾き=m(1年あたりの増減人数)
剣道部 -877.063
柔道部 -927.695
卓球部 -219.45
バスケットボール部 -401.047
バレーボール部 290.9994
陸上競技部 334.476

 


高校生女子

種目 傾き=m(1年あたりの増減人数)
剣道部 -391.392
柔道部 -171.941
卓球部 155.9328
バスケットボール部 -695.374
バレーボール部 -907.082
陸上競技部 82.85601

高校生女子の傾き=m(1年あたりの増減人数)種目別比較グラフ

 


男子部員の減少度合いが最も深刻な種目は、柔道部(m=-927.695)と剣道部(m=-877.063)であった。女子はバレー部(m=-907.082)とバスケ部(m=-695.374)が顕著であり、三番目に大きく減少しているのが剣道部である。この傾向は、中学校の種目別検証時にも共通して見られたものだ。男子の方が、女子よりも武道系部活から離れる生徒の割合が高い。しかし、例年男子部員数は女子部員数の1.6倍以上を記録しているため、男子部員の激減は剣道人口全体に深刻な影響を及ぼす。今後も男子部員がこの割合で減少し続ければ、状況は更に厳しくなる。


2章 現場の課題(学校編)

令和の価値観と相違か、剣道のイメージ改善に尽力(浦井健太郎さん)
浦井健太郎さん(上段左)と、早実剣道部の皆さん(撮影:山下りな)
浦井健太郎さん(上段左)と、早実剣道部の皆さん(撮影:山下りな)

中学校(高等学校)における剣道部の実状を調査すべく、私は懐かしき母校・早稲田実業学校の剣道場へと足を運んだ。ここで、現役時代の恩師である浦井健太郎さん(46)と再会を果たす。浦井さんは早稲田実業学校初等部の教員として仕事をする傍ら、中高剣道部の指導にあたっている。
早実剣道部でも、若者の剣道離れによる影響は見て取れた。実際、この日私が名簿を見て確認できた部員の人数は計16名(中1〜高3)であり、自身の卒業時の部員数・25名と比較しても、明らかに人数が少なかった。どうりで道場が広く感じたわけだ。
剣道人口の減少は、コロナ禍を境に加速度的に進行した。コロナ禍の3年間で、本来剣道を始めるタイミングであった中学生が軒並み剣道をはじめていないという。コロナが流行した2020年〜2023年の剣道部員数(中学)を確認すると、確かに減少が見られる。
「支部予選の女子においては、中高ともに半分以上の学校が団体戦で5人揃いません。早実の新入部員も非常に少なく、高校生男子は4人で戦っています」
新型コロナによる空白の活動期間に加え、浦井さんは剣道の価値と現代の子どもの価値観がずれている部分があると指摘する。近年で習い事の多様化が進んでいることも相まって、剣道の『痛い・臭い・怖い・厳しい・辛い』といったマイナスイメージが与える影響は大きいという。
「中学、高校、大学と徐々に競技人口が減り、社会人になって愛好家が少し戻ってくる状況があります。中学、高校、大学と、何を目的として剣道があるのかを考える必要があると思います」
剣道を始めるタイミングをコロナ禍で失った子供達や、あえて剣道が習い事・スポーツの選択肢として浮上しなくなっている風潮に、早実剣道部は試行錯誤しつつ向き合っている。
X(旧Twitter)での情報発信は、部の存在や「剣道」というスポーツがどのようなものかを認知してもらう土台づくりを担っている。更に、初等部生向けのクラブ活動として、『剣道クラブ』を毎週水曜に開催している。現在は小4から小6の15名で活動しており、剣道クラブを経由して、早実剣道部に入部してくれる子も少なくない。
剣道クラブの体験生を対象に、竹刀をプレゼントするという異色のキャンペーンも実施した。今のところ効果は不明だが、子供達が剣道と出会い、興味を持ってくれるきっかけに少しでもなるのなら何でも挑戦したいのだと浦井さんは明るく語った。

 

中学教員の「働き方改革」、中学校同士の助け合いで対策 (内田亜希さん)

 

中学教員の働き方改革とは

文部科学省が推進する、「部活動改革」というものがある。教員の指導負担を軽減するとともに、学外の地域人材が部活動を支える体制を築くことを目的に策定された。文科省は本改革の方向性として、「主として中学校を対象とし、高等学校についても同様の考え方を基に部活動改革を進める」「休日に教科指導を行わないことと同様に、休日に教師が部活動の指導に携わる必要がない環境を構築すべき」[Ⅵ] と明示している。

 

制度による休日部活動の規制、子供達のやる気に応える難しさ

令和5年度より本格的に施行された本制度は、中学剣道部の在り方を徐々に変えつつある。そう語るのは、町田市立小山中学校の剣道部指導員を務める内田亜希さん(51)だ。

内田亜希さん(提供:内田亜希さん)
内田亜希さん(提供:内田亜希さん)

「あの学校の剣道部なくなっちゃったんだ、みたいなことは度々あります。昔に比べて剣道部自体の数が相当減りました」

実際に、中学剣道部の増減を中体連加盟校数の推移グラフで確認してみよう。


中体連加盟校数の推移(剣道部)


部員数の推移と比較すると大きな変化は見られない。しかし、年毎に減少していることは確かだ。特に直近4年間のデータ(2021年〜2024年)からは大幅な減少が読み取れ、2024年度の部活数は男女合計で4787+4285=9072と、1980年の9499以来、最も低水準を記録している。
内田さんが指摘する減少要因の一つとして、子供達に剣道を教えられる人材の不足がある。中学生が部活に励む平日の午後は、大人達は仕事中で外部指導に従事できないケースが多い。よって、基本的に中学剣道部の指導にあたるのは顧問や学校関係者ということになる。しかし働き方改革の普及によって、顧問が部活動に介入しづらくなってしまった。
内田さんのような外部指導員と学校側の方針の違いも、部活動を運営する上で障壁となる場合があるようだ。
「顧問の先生との折り合いが難しいところはあります。小山中学校の場合は顧問の先生も剣道経験者なので、『一緒に頑張りましょう!』みたいな感じで。練習試合にも積極的に引率してくださっています。けれど、全ての学校がそう上手くもいきませんよね」
練習試合や大会などは土日に開催される場合が多く、その度に顧問が引率するような流れは今後規制されていく可能性が高い。中学生が練習試合に行きたくても、顧問が引率できないため参加が難しいという学校も現時点で少なからず存在する。
部員たちには強くなりたいというモチベーションがある。しかし指導者がいないことで、練習や試合出場の機会を逃してしまう。結果、剣道部自体の衰退に繋がってしまう。

 

中学校同士の協力体制を築き、全ての剣道部に活気を与えていく

このような結末を防ぐ上で必要なのは、中学校同士の横のつながりだという。
学校単独の稽古で完結してしまうのではなく、他の学校とも連携し、合同練習の機会を創出していく。その仕組みが形になれば、指導者がおらずノウハウを吸収できない学校を少しでも減らせるのではないかと、内田さんは語った。
しかし、現時点で他学校との練習試合ができるか否かは、顧問(部活の指導者)の人脈に委ねられる部分が大きい。例え私的な関係性が介在せずとも、希望する全ての剣道部が合同練習に参加できるような環境の整備が急がれる。
そのような中で、多摩地区という広い規模で稽古会を開催し、学校間の繋がりを作ることに成功した事例もある。その詳細は、稽古会の開催を主導した沓掛良司さんへのインタビュー記事で紹介する。

 

剣道を「辞めない」理由を作る、稽古会で広がる人と人との繋がり(沓掛良司さん)
沓掛良司さん(撮影:山下りな)
沓掛良司さん(撮影:山下りな)

沓掛良司さん(59)は、東京都立多摩工科高等学校剣道部の顧問を務めている。17年前の2007年に多摩工科高校に赴任し、当時部員が3名のみであった剣道部の指導にあたることとなる。以降、部員数は年々増加を遂げた。現在では21名の部員が、多摩工科高校の道場で日々稽古に励んでいる。2022年に開催された東京都高等学校秋季剣道大会では、男子団体の部で悲願の優勝を果たした。かつて小規模であった多摩工業剣道部が大躍進を遂げた要因として、中学校・高校剣道部の強固な連携があると沓掛さんは話す。

 

進学先で剣道を続ける道筋を提示

沓掛さんは2007年以降、多摩地区の中学生向けに高校剣道部の指導者を紹介する「多摩地区 中高交流会」を毎年主催している。中学生1人1人の異なるニーズを汲み取り、高校でも剣道を続けられる道を、交流会=稽古会を通じて一緒に模索することが目的だ。
「進学先を決めるにあたっては、剣道の強さよりも偏差値などが優先されることがあります。なので、例えば成績優秀な子には八王子東(八王子市の名門校)の顧問の先生を、練習会を通じて紹介したりします」
複数校の剣道部指導者と中学生を事前に引き合わせることで、進学・入部後のミスマッチを防ぐことに繋がるのだという。交流会を通じて、多摩工科高等学校に合いそうな子がいれば受験を勧める。この活動を14年間毎年続けたことで、剣道部の入部希望者は段階的に増加していった。2025(令和7)年の希望者も、既に7・8名いるという。
多摩地区 中高交流会は、主催校1校のみが参加するのではなく、多摩地区全域から多様な高校の指導者が集結するという点で前例のない取り組みとなっている。2023(令和5)年度の参加校は中学が23校・高校が13校であった。この仕組みにより、中学生側は一度の機会で複数校の剣道部を比較検討できる。
中高交流会の実施は、剣道人口の減少を防ぐ上でも大きな役割を果たすと沓掛さんは語る。中学で剣道を始めた生徒が、高校でも続ける割合=継続率の底上げに直結するためだ。
幼少期から剣道に打ち込む子供達と比べると、中学から剣道を始める子達は早々に見切りをつけてしまう傾向にある。そのため進級・進学といった節目において、剣道の魅力を再確認してもらう必要がある。子供達のモチベーションを絶やさないような工夫・施策の検討が、学校剣道部や道場には求められつつあるだろう。
剣道の楽しさを交流会で改めて伝えれば、必ず次に繋がっていく。そう語る沓掛さんの表情は、晴れやかであった。

選手同士のコミュニティを拡充

一方で、沓掛さんは東京都高体連の委員長として、「普及指導講習会」の実施にも力を入れている。
普及指導講習会は、高校剣道部に所属する生徒向けの稽古会だ。剣道部があっても専門の指導者がいなかったり、部員数が極端に少ない高校を対象に経験者が指導を行う。年に2回開催されており、これは同様に年2回実施される剣道1級の昇級審査に合格させることを目的としているためだ。講習会では2・3段を受験する子達、初段を受験する子達、1級を受験する子達といったように高校生をレベル分けし、それぞれ担当の指導員が2・3名ずつで指導する。
普及指導講習会は、幅広い剣道部や高校生個人に門戸が開かれている。顧問の引率なしで親の判子さえあれば講習を受けられる制度の拡充など、子供たちが参加しやすいよう工夫が凝らされている。
また、生徒と指導者の縦の繋がりだけでなく、生徒間の横の繋がりが形成されることも講習会の大きな意義だ。
「2・3人しか部員がいないような高校の子達が、他の高校との練習試合を通じて『隣の学校にはこういう子がいるんだな』と気付くとか。試合場で挨拶を交わすとか。そういった繋がりというのは、剣道を続ける一つの理由にもなっていくのかなと思います」
強豪校とそうでない学校を隔てるのは、部の人数や練習試合の機会が多いか少ないかといった、いわゆる「規模感」である。規模感という垣根を超えて、子供達がお互い高め合えるような環境を作っていく。このような取り組みは、剣道を幅広い層(強豪校の人も、そうでない人も含む)に続けてもらう上で、ますます重要になってくると考えられる。そのため、過去にはなかったレベル別の丁寧な指導の普及や、合同練習を通じての機会創出が急がれるだろう。

 

一般入学生の増加、多様に開かれる大学剣道部への門戸(福田大和人さん)

中学校・高校では「剣道を続けられる十分な環境が整備されていない」ことが課題として浮上し、対策として「学校同士の密な連携」を進めるべきだと判明した。では、大学生の剣道人口はどうだろうか。この疑問を解消すべく、早稲田大学剣道部の広報担当を務める福田大和人さんに話を伺った。主な活動として部員の勧誘や活動のSNS発信などに取り組んでいる。
福田さんによると、部員や説明会の参加人数に毎年そこまで大きな変化は見られないそうだ。早稲田大学剣道部の部員数は1年:15人 2年:16人 3年:11人4年:14人と、例年の入部者数は概ね10人〜20人前後を推移している。
人数に大きな変化は見られないものの、部員の属性は多様化していると早大剣道部広報の福田さんは語る。大学の部活動として剣道を始めるならば、『部活にフルコミットできる猛者であるべき』という常識は年々覆りつつある。
「早稲田大学だからこそ達成できていることとして、文武両道があると思います。授業や就活を優先した上で部活も頑張る、みたいな。スポーツ推薦以外の学生や理系の学生も入りやすい環境にはなっているのかな」
更にこの傾向を後押しするように、近年早大剣道部では部活動に関するルールの改訂も実施されているようだ。福田さんたち4年生が入部した2021年度時点で、部活動の参加日数が見直された。それまで「週に何回稽古に参加する」という規定だったのが、授業がある曜日は学業優先で免除になった。
剣道部関係者の話によると、スポーツ推薦での入学枠が減少していることもあり、一般受験での入学生が剣道部に入部してくる割合は年々増加傾向にある。その分推薦組で部員が固められていた時代と比べ、入部への敷居が低くなっていると推察できる。
更に、海外出身の生徒を部活動説明会で見かける頻度も増えたという。早稲田大学が留学生の受け入れを増やしているからこそ、見えてくる傾向だ。
多様な人々へ門戸の広がりを見せている早大剣道部であるが、そのような環境で広報活動をする一番のやりがいを、福田さんは以下のように語った。
「『強豪校出身の人しか無理なんじゃないか』、そんな心配を持っている人と喋って、少しでも剣道に興味を持ってくれたり、剣道部に入ってくれたり。それがやりがいかなと思います」
学内の制度改変に伴い、従来とは異なる属性の人材にも剣道を選んでもらえるようになった。剣道部部員や指導者の使命は、このような機会を逃すことなく、大学生剣士の育成に繋げていくことであろう。


3章 現場の課題(道場編)

大学剣道部では、多様な学生(理系学生・留学生など)の新たなニーズに応えようと制度改正が進められていた。一方で、道場ではどのような取り組みがなされているのか。

 

「人間形成」という魅力で戦う(佐尾山晴久さん)

習い事として剣道に取り組む小学生以下の子供達は、一般的に「道場」に通い、稽古に励む。道場の所属人数は中高の部員数と異なり公にされていないことが多く、その実態は不明瞭である。よって、今回はそのような道場のリアルを紐解くべく、南大沢剣友会の副会長を務める佐尾山晴久さん(49)にお話を伺った。

 

佐尾山晴久さん(撮影:山下りな)
佐尾山晴久さん(撮影:山下りな)

 

昇級審査受験者は、全盛期から5分の1にまで激減

佐尾山さんによると、剣友会の設立当初(1990年代)では、級審査を受験する子供の数が100人程度いたそうだ。それが2024年の7月には20人ほどまで減ってしまった。約30年の年月を経て、昇級審査を受験するような年代の子供達(主に13歳未満)の人数は約5分の1にまで激減したという。その要因を、佐尾山さんは以下のように推察する。
「ただでさえ子供の人数が少なくなっているのに、スポーツ競技が多様化しているというのが大きいと思います。そこで少なくなったパイを他の競技と取り合って、結果剣道が選ばれなくなってしまっている」
この指摘は前章の浦井健太郎先生の考えと共通している。しかし、剣道にマイナス要素があるというよりは、他の習い事やスポーツ競技の台頭により、剣道の影が薄くなっている可能性が高いと佐尾山さんは考える。

 

「礼儀作法が習得できる」という他にない魅力、親子連れへの普及進む

そこで重要になってくるのが、地域内へのプロモーションだという。南大沢剣友会では剣道体験会を公立小学校で実施し、3名の入会へ繋げることに成功した。また、SNS発信(Instagramなど)を始める強豪の道場も出てきた。強い所でも人が集まらないような時代になりつつある。
体験イベントやSNSなど新たなチャネルを打ち出すことで、他のスポーツにはない剣道の魅力を地域へ発信していく必要がある。
その大きな魅力の一つが、礼儀作法が習得できるという点だ。礼儀作法の習得を目的に、集団生活に馴染めないような子が道場に入会するケースは多い。佐尾山さんによると、道場では正座をしたり、先生の話を聞いたり、そういった最低限のことができるようになるそうだ。剣道というスポーツの本来の目的は、人間形成である。だからこそ、礼儀作法を再重要視する唯一無二の風土が成立しているといえる。前章でお話を伺った沓掛良司さんも、地元の道場でハンディキャップを抱える子供達に剣道を教えている。
「心の病を抱えていたり、発達障害であったりする子も来ています。学校の教育で補いきれない部分を、剣道教室で補っていく。剣道教室に通うことで、人の目を見て話が聞けたり、じっとしていられたりというのが徐々にできるようになります」
人間として成長することを重んじる剣道だからこそ、会得できるスキルがある。このような魅力を大衆にしっかりと伝えていくことで、子供達に剣道を選んでもらえる未来に繋がるだろう。

 

子供だけでなく指導者も不足、謝金の資金源確保が急務か

また、近年では指導者の確保が難しく、道場の経営が困難になるケースが後を絶たないと佐尾山さんは話す。
道場の指導者が高齢などを理由に引退すると、次の指導者を集める必要がある。しかし、現役で仕事に就いている大人は平日に時間を作ることができない場合が多く、常時道場を管理することが現実的に難しい。事業継承が円滑に進まないのも、道場の次期責任者を見つけることが難しいためだという。指導者側の人手も足りていないことがよくわかる。
指導者不足の背景には、「町道場」が経営として成り立たなくなったこともある。
例えば東京都町田市には、かつて警視庁の上層部に属する剣道家が多く存在した。彼らが引退後に道場を開くということが昔は多かったが、現在ではそのような風潮は一切見られなくなったと佐尾山さんは話す。
町道場の主な収入源は生徒からの月謝であるため、子供達の激減により収益は下がる一方だ。そして経営に困難を極めた道場から、指導者が離れていく。このような悪循環に終止符を打つには、剣道の指導者が安定して収入を得られるような仕組みづくりが急務である。その一つの道筋として、会津若松市の取り組みに代表される公費負担などがあるが、これは後の第5章で紹介する。


4章 成功事例に見る普及のポイント「あいづっこ剣道教室」

 

あいづっこ剣道教室とは

福島県会津若松市では、中学校部活動の地域移行が積極的に進められている。その取り組みの一環として令和元年(2019年)より先駆けて実施されたのが、「剣道部週末合同練習会」である。令和5年度からは「あいづっこ剣道教室」と名称が変更され、会津若松市内で週に一度程度の練習会が実施されている。中学校剣道部が休日でも満足に練習ができるよう、地域の指導者が複数人集結し、執り行うそうだ。市の取り組みであるため、指導者の指導料(謝礼)は公費負担となっている。よって、中学生の数に対して指導者が不足してしまう事態を未然に防ぐことに繋がっている。

あいづっこ剣道教室の練習風景(提供:宗田昌史さん)
あいづっこ剣道教室の練習風景(提供:宗田昌史さん)

あいづっこ剣道教室には現在6校65名の生徒が参加しており、活動の積み重ねが功を奏し、昇段審査を受験する生徒の割合が上昇したという。[Ⅶ] そこで本章では、あいづっこ剣道教室が成立するまでの経緯と、実施に伴い現れた成果を明らかにする

。そこから、今後の剣道競技人口減少を食い止める施策に繋がるヒントを見出していく。

 

立ち上げ成功の要因は、行政と剣道連盟の足並みが揃ったこと(武藤士津夫さん)
武藤士津夫さん(提供:武藤士津夫さん)
武藤士津夫さん(提供:武藤士津夫さん)

武藤士津夫さん(67)は、福島県剣道連盟の副会長兼理事長である。連盟を構成する委員会を束ねる役割の武藤さんに、普及委員会が推進する会津若松市の取り組みについて伺った。
県の剣道連盟は、地域移行に関して全体的な方針を策定する。しかし、詳細な稽古会といった施策の検討や普及の計画は、支部(会津若松支部など、自治体単位で割り振られた連盟の組織)の人員が担っていく。あいづっこ剣道教室も例外でなく、会津若松支部の剣道家たちが協力して実現したのだという。
あいづっこ剣道教室は、会津若松市教育委員会の教育長・寺木誠伸氏が主体となって発足した。寺木氏は元々剣道家であり、剣道連盟の支部の指導者とのコネクションも強固であった。寺木氏が率先して段取りを組んだからこそ、予算措置を取れるに至ったのではと武藤さんは振り返った。
支部内に教育の専門家がいたことから、円滑に練習会の計画・実行の流れが進んだ。更に、支部内の多数の指導者が快く計画実行に動いたことも、立ち上げに大きく寄与したという。
「会津の方は指導力がある立派な先生が多いです。そのため人材確保の面では問題なく進んでおり、支部会員の先生が順番で指導に当たっています」
行政と支部、双方が足並みを揃え主体的に施策を進めることで成立し得たのがあいづっこ教室だというわけだ。各支部内で日頃から関係性を構築しつつ、いつでも指導に動けるような体制が整っていたことが、会津若松支部の強みであった。

 

昇段審査への意欲高まる、秘訣は声かけと頻度 (宗田昌史さん)

あいづっこ剣道教室の開催が功を奏し、昇段審査に挑戦する中学生の割合が高まったという成果についてもお話を伺った。開催以前、剣道昇段試験の受験者は年間1割ずつ減少している状態であったという。あいづっこ剣道教室の開催を通じて受験者数が大幅に増加し、合格率は10割(100%)と成果を収めている。
それではあいづっこ剣道教室のどのような所に、子供達のモチベーションを底上げする秘訣があったのか。その秘訣を探るべく、あいづっこ剣道教室の参加校である会津若松市立第六中学校の剣道部顧問であり、地域指導者を務める宗田昌史さん(60)にお話を伺った。
「我々指導者の生徒への働きかけがやはり大きいんじゃないかなと思います。顧問の先生が剣道の経験者でないような学校の生徒にも『今の実力なら昇段いけるよ』とか積極的に声をかけて、やる気を引き出そうとしてきました」
剣道教室では、中学校の顧問に限らず剣道連盟の指導者も練習会に参加する。そのため、部員数が少ない学校・剣道経験者が指導者層に乏しいような学校でも、専門の指導を受けられる機会が充実している。そのため、中学校の部活動のみでは達成し難いような昇段審査についても、受審に向けて計画的に練習に取り組むことで、子供達1人1人が目標として見据えられるようになっていく。
もう一つ大きなポイントとして、練習会の頻度が多いことを宗田さんは挙げている。
あいづっこ剣道教室の前身として開催されていた試合中心の練習会は、多くても月に1回しか実施ができなかった。それに対し、あいづっこ剣道教室では週に1回練習会を組む。そのため、中長期的に技術的な成長や、指導者と子供達との関係性の構築が期待できるという。
令和6年度以降、あいづっこ教室は計20回(2024年12月取材時点)開催されている。以前よりも頻繁に子供達に「指導者と会う機会、練習の機会」を提供できており、指導の厚みも大いに実感できるだろう。
週1回程度の練習会が実現しているのも、剣道教室の性質が任意のボランティアから公的な市の取り組みへと変化したことが大きい。練習会の実施にあたり、謝金の財源確保は課題となる場合が多い。そのような中で、会津若松市は公的に金銭面でフォローする体制をいち早く構築したのである。これは、会津若松市教育委員会教育長・寺木氏の行動力による結果だと宗田さんは語った。

 

試合形式から実力別指導へ 参加者のニーズに合わせた稽古の体制を模索

更に、子供の能力・経験に合わせた丁寧な指導の拡充についても伺った。宗田さんは試合中心の練習会(錬成会)から、指導中心の合同練習会(あいづっこ剣道教室)へ変化したと表現していた。
会津若松市内の中学校剣道部員の大多数が、中学から剣道を始めた子供達だという。実力ごとのグループ別指導に移り変わる中、指導内容をどう子供達のニーズに合わせていくか。この問いに対する答えは決して単純明快でなく、宗田さんは日々悩みつつも懸命に答えを出そうと奮闘している。

指導の最中、文字で埋め尽くされたホワイトボード(提供:宗田昌史さん)
指導の最中、文字で埋め尽くされたホワイトボード(提供:宗田昌史さん)

また、福島県剣道連盟の武藤さんによると、あいづっこ剣道教室に限らず、指導の方針は全体的に変化しているそうだ。県の剣道連盟でも、連盟から派遣した指導者の報告を受け、現代の子供達により一層訴求できる方法を模索し続けている。武藤さんが挙げた一つの例として、「子供達が遊び感覚で始められるような指導の方法」というものがある。剣道を知ってもらう入り口として、風船割りなどの遊戯を体験してもらうという案が出たそうだ。風船割りとは、面に紙風船を装着し、互いの風船を竹刀で叩き割り合うというゲームだ。私も小学生の頃、道場の合宿で仲間と風船割りに興じていた記憶がある。
剣道連盟というマクロな立場から、現場の指導員というミクロな立場の方にまでお話を伺ったが、両者とも考えることは同じだ。子供達が剣道に興味を持ち、強さの喜びを知ってもらうためにはどのような指導が必要か。過去の反省点を生かし、どのように新たな稽古法を打ち立てていくか。会津若松市の剣道家たちは、現場の状況を汲みつつ、これらの問いに対する答えを模索し続けている。


5章 見えてきた課題は、深刻な継続率低下と過疎化。地域の事例からヒントを見出す(姫野純二さん)

剣道界をマクロに管轄する組織として、全日本剣道連盟が存在する。連盟は複数の委員会を統括しているが、今回は普及委員会の委員・姫野純二さん(75)に話を伺った。

姫野純二さん(撮影:山下りな)
姫野純二さん(撮影:山下りな)

普及委員会は剣道人口減対応策を定期的に講じており、初段合格者数の現状維持を図ることを目標に活動している。普及委員会では月に一度定例会を開催し、10名程度の地域から選出された指導者・委員でディスカッションを行う。検討会での議題は、解決の優先度が高い課題であることが多い。そのため、剣道競技者の人口減少についても日常的に議論が展開されている。
姫野さんは、剣道の競技者人口減少問題には二面性があるのだと語った。人口減少の問題と、過疎化の問題という二面性である。
人口減少に関しては、少子高齢化の影響はもちろん、剣道を続けてくれる若者の割合が大いに減少していることが近年問題視されているという。
子供達に剣道を新しく始めてもらうことは重要な一方で、剣道を始めるきっかけとして大多数を占めるのが、両親・親戚の紹介だ。すなわち、家族で剣道に親しむような環境を作っていけば、ある程度の人口はキープできるのではないかと姫野さんは分析する。
親族が剣道家であるというのは、子供に剣道を教える十分な理由付となる。実際私も祖父の道場に通い始めたことをきっかけに、剣道に親しむようになった。親から子供へ、その下の世代へと剣道文化が継承されていく。このような流れは、今後も守っていかねばならない剣道独自の特色であろう。

 

剣道継続率の低迷

しかし、近年ある風潮によってこの連鎖が断ち切られようとしている。それこそが、昇段審査に見る若者の剣道継続率の低迷だ。
ここで指す継続率とは、例えば初段に合格し、二段を受験してくれるような人の割合だ。姫野さんによると、初段・二段・三段の受験を経て最終的に残る人数は、最初の約3分の1程度だという。

ここで全日本剣道連盟が発表した、初段→二段→三段の継続率を比較してみる。これは昭和29年〜平成30年度の各段位における有段者数の合計数から算出した平均値[Ⅷ]である。

①初段→二段の移行率約 56%
②二段→三段の移行率 42%
③三段→四段の移行率 34%

なお初段取得者で四段まで昇段するものは10%以下であり、このことから進級・進学といった節目のタイミングで剣道をやめてしまう子供の割合が大きいことが予測される。

求められるのは、地方メディアの利活用
この現状を受け、普及委員会は若者の剣道環境の整備に注力するよう指針を定めた。具体的には、以下のような取り組みを検討している。

幼少剣道環境の整備方針(提供:姫野純二さん)
幼少剣道環境の整備方針(提供:姫野純二さん)

これに際し、全剣連が各支部や地域に具体的な指示を出すことは困難だという。地域によって課題の方向性も異なるため、地域の連盟や教育機関・警察といった組織が積極的に動く必要がありそうだ。

更に、難航している具体的方策の1つとして、メディアの活用があると姫野さんは話す。
剣道の良さを外に発信していく機運が高まっているそうだ。しかし、その一方でアナウンスする道具が不足している。着手したい事業案や施策がいくらあれども、人・物・金がなく実現できないことは、一種のジレンマだ。
全剣連の主な財源は昇段審査などの受審料であるため、受験者が年々減少している現状は非常に厳しいと姫野さんは語る。更に受審料は講習会の開催費用などに当てる必要があり、それに加えて新たな事業を発足させる余裕はなさそうだ。
マスメディアの対応をしようにも、他の話題に先駆けて剣道を優先してくれる報道機関はなかなかいないという。7月に開催された世界選手権も、NHK以外の地上波放送では取り上げられていない。
しかし、一部地域では剣道を盛り上げる動きが出ている事例もある。
例えば山梨県の剣道連盟ではローカルテレビと提携して、安価な予算でプロジェクト番組を制作することに成功した。地方には、地元メディアとの根強い繋がりを持つ剣道連盟も存在する。このようにメディアに関しては、地道な地域とのやりとりが功を奏し、情報発信へと結びつくケースが多いという。全剣連が多額な予算を投じてメディアとの接点を持つというよりかは、支部ごとに取り上げてもらえる機会を今後も増やしていく必要があるだろう。

 


過疎化

姫野さんが懸念するもう1つの問題が、過疎化である。
関東であれば東京に一極集中、九州であれば福岡、北海道であれば札幌といったように人口が偏ってしまっているのだ。かつて剣道が盛んであった地域から、子供達の姿が消えてしまう。そのような結末を防ぐべく、各地域では子供達への普及活動を模索し続けている。
「例えば大分県とか、宮崎県、鹿児島県とか。すごく剣道が盛んだったところから子供が、家族がいなくなればどうしようもないですよね。成功事例があれば情報提供をするなどして、水平展開を進めていかなければいけません」
その一例として、姫野さんは会津若松市で推進されている中学生の育成(4章)を挙げてくださった。地域の普及ノウハウを他地域に共有しつつ、それを通じてメディアとの接点も創出していく(会津若松市での取り組みは月刊武道に掲載されている)。この連鎖が剣道の未来を守っていく上で大切なのではなかろうか。


6章 剣道からKENDOに? 各国に広がる剣道の知名度

日本人の若者が剣道から離れる一方で、「海外剣士」の存在感は年々大きくなりつつある。この傾向は、国際剣道連盟主催の世界剣道選手権大会に参加する国・人員が、年々増加の一途を辿っていることから読み取れる。2000年(第11回大会)から2024年(第19回大会)までの出場国数は、男子団体戦・女子団体戦ともに以下の通り[Ⅸ]である。

大会名 参加国・地域数
第11回(2000) 36
第12回(2003) 41
第13回(2006) 44
第14回(2009) 38
第15回(2012) 48
第16回(2015) 56
第17回(2018) 56
第18回(2021) コロナにより中止
第19回(2024) 60

世界選手権出場国は年々増加傾向にあり、剣道に対する海外諸国・諸地域からの関心が高まりつつあることが伺える。剣道の海外普及を下支えするのが、オリンピックといった世界的に開かれた大会の存在である。

TOKYO UPDATESの記事によると、1946年の東京オリンピックにて、国技として剣道のデモンストレーションが行われたことから、剣道の世界的な知名度が格段に上昇した[Ⅹ]という。

現時点でグローバルに知られる剣道の公式大会は世界選手権大会のみとなっており、度々剣道のオリンピック種目化は話題に上がることが多い。そこで私は、取材に赴いた先々で剣道のオリンピック化に関する意見を伺った。剣道が世界のKENDOとなる未来は近いのか。

 

マイナー競技の域を脱するには、大きな一歩が必要。オリンピック競技化賛成派の意見

「オリンピック化は堂々と進めるべきだと思います。そのようにしていかない限り、衰退の一途は防げないのかと思います」
そう話すのは早稲田実業学校剣道部の指導員、浦井さんだ。
若年層ほど、柔道のオリンピックに伴うルール改定の経緯や、オリンピックの負の側面の情報が入っていないので、オリンピック化を望む声も大きい。そして逆に、年配になればなるほどオリンピック化に反対する意見が多い気がするのだという。
また浦井さんは、タレントである武井壮氏の「競技人口がその競技の価値だ」という発言に共感している。誰もやっていない競技で日本一になったとしても、誰も注目してくれない。いずれ剣道が大衆に見向きもされなくなってしまう末路を辿ることを、浦井さんは懸念している。
剣道がマイナースポーツの域を脱するには、国際的な露出の増加が不可欠。そう訴えるのは、早稲田大学剣道部広報の福田さんも同じだ。
剣道の知名度が低い要因として、オリンピック競技になっていないことが大きく影響しているはずだと福田さんは話した。柔道よりは競技人口が多い反面、世間の注目度では剣道が劣っていると分析する。
競技人口への直接的な影響ではなく、その根底にある知名度を底上げする上で、オリンピックは重要な役割を果たし得るという。
「自分がやっている競技(剣道)のトップ選手が世界で活躍していることを、もっと多くの人に知ってもらいたいという思いもあります。世界選手権もNHKで放送されていますが、大体剣道経験者しか見ないですよね。本当見てほしいです。めちゃめちゃカッコいいんで」
自らが憧れを抱くような剣道家の勇姿を、国内外問わず人々に見てもらいたい。そして、その感動を共有したい。福田さんの願いが形になる日は来るだろうか。

 

ルールや伝統が崩壊する恐れ、オリンピック競技化反対派の意見

反対理由を聞くと、まず多かった意見が「剣道のルールを国際的なルールに順応させることが現実的に難しい」というものであった。

フェンシング等とは異なり、剣道では審判が目で見て判断をするので、判定がわかりにくいのだ。剣道の試合では、審判の主観的な判断で一本(有効打突)[Ⅺ] が決まる。

そのため、公的な判断基準を策定することが難しい。例えば世界選手権第7回(1988)では、日本の審判判断が不当であるとして韓国陣営が猛反発し、試合場に物が投げ込まれるといった事件が発生した[Ⅻ]。剣道が内包する「一本の曖昧さ」が国際的なトラブルを引き起こしたといえる。

また次に多く見られたのが、剣道の本来の良さ・魅力が失われてしまうといった意見だ。
「ただ強ければいい、竹刀を当てれば良いということではないんです。剣道は」
そう力強く語るのは、福島県剣道連盟 副会長・理事の武藤士津夫さんだ。武藤さんは1991年度の世界剣道選手権大会・男子個人の部にて優勝を果たしている。
「剣道の醍醐味は、『気』で攻めるということであったり、一生涯できるという点にあると思っています。それが、競技化してしまうと勝ち負けばかりが話題の中心になってしまって、崩れてしまうのではないかと」
このように、勝利至上主義の台頭を危惧する剣道家は多い。勝つために必要な要素以外を削ぎ落とすような風潮が広まれば、剣道の基礎が崩壊する恐れや、気剣体一致の練度を上げていくという本来の目的意識が失われる可能性がある。国際普及と伝統継承は、視点によれば二律背反の関係にあるのかもしれない。


まとめ

剣道家の皆様へのインタビューや人口調査を経て、現場の人々が直面する課題はそれこそ千差万別なのだと実感した。一方で共通していたのは、古い体制を重んじるが故に、変化するニーズに応えきれていないという点だ。剣道は由緒正しい武道であるが故に、その関係者は昔の形のまま保護することを望む。しかし、新しい娯楽やニュースが入り乱れる令和の時代において、そのスタンスを貫くことは困難を極めるだろう。そのため、守るべき「古」と、改正すべき「古」を取捨選択する必要があると私は考える。
大学剣道部では多様な層の学生を迎え入れるべく、体育会系運動部特有の厳しい部内規則にテコ入れを実施した。結果、スポーツ推薦枠が縮小する一方で、毎年一定数の部員を確保することに成功している。
福島県会津若松市では、それまで支部のボランティアで成立していた稽古会の資金源を行政へと移し、毎週子供達が指導を受けられるような仕組みを整備した。昇級審査に臨む中学生の割合は増加し、子供達の剣道へのモチベーションを底上げすることに寄与した。
以上が古い体制を改新し、子供達が剣道に触れる機会を増やすことができた事例である。一方で今回の取材を通して、以下のように未解決な課題も複数見つかった。
中学校同士の合同稽古が、指導者同士のコネクションがないと成立し得ないこと。剣道を公的にPRできる大会・メディア媒体が少ないこと。有志の指導者に頼らざるを得ない状況で、道場の指導体制が衰退してしまっていること。
これらを解決するには、いずれも支援体制を根底から作り上げることが必要になってくる。しかし、それらは指導者や道場の運営陣といった主体が努力したとて、どうにかなるものではない。支部の剣道連盟や行政といった「組織」が主体となり、古いものを取捨選択し、時に新しいものを取り入れていく。このような動きが重要になってくるだろう。古い伝統を守るのも、勿論大切だ。しかし、そこに重きを置き過ぎると、伝統の「担い手」が離れていってしまう恐れがある。守るべき伝統と変えるべき伝統を、今剣道家たちは議論していくべきだろう。

脚注

※アイキャッチ画像:第53回全日本剣道選手権大会の様子を撮影したもの(全日本剣道連盟公式サイトより引用)

[Ⅰ] 「柱」:アニメ・漫画作品「鬼滅の刃」に登場する「鬼殺隊」という鬼狩りの組織の中で、最も強力な隊員のことを指す。『「鬼滅の刃」 公式ポータルサイト』https://kimetsu.com 最終閲覧 2025年1月18日

[Ⅱ] 文部科学省実施の「学校基本調査」検証データより算出。中学校在学者数(2001年)=3,991,911人 (2024年)=3,141,166人、減少率=21.31%
e-Stat 政府統計の総合窓口「学校基本調査 在学者数」 最終閲覧 2025年1月4日

[Ⅲ] 日本中学校体育連盟の「加盟校・加盟生徒数調査集計表」検証データより算出。剣道部部員数(2001年)=141,921人 (2024年)=68,026人、減少率=52.07%
公益財団法人 日本中学校体育連盟「加盟校・加盟生徒数調査集計表」 最終閲覧 2025年1月4日

[Ⅳ] 公益財団法人 日本中学校体育連盟「加盟校・加盟生徒数調査集計表」、
https://nippon-chutairen.or.jp/data/result/ 最終閲覧 2025年1月4日

[Ⅴ] 公益財団法人 全国高等学校体育連盟「統計資料」
https://www.zen-koutairen.com/f_regist.html 最終閲覧 2025年1月4日

[Ⅵ] 文部科学省「学校の働き方改革を踏まえた部活動改革について」pp.1-2
https://www.mext.go.jp/sports/content/20200902-spt_sseisaku01-000009706_3.pdf 最終閲覧 2025年1月4日

[Ⅶ] 月刊 武道(2024)「武道指導の現状と課題・対策 ―中学校部活動の地域移行について」、公益財団法人 日本武道館

[Ⅷ] 月刊 武道(2020)「武道で少年少女を立派に育てよう ―安全で楽しく充実した武道指導―」、公益財団法人 日本武道館

[Ⅸ] 国際剣道連盟(FIK)「過去の結果一覧」
https://www.kendo-fik.org/ja/wkc/past-results 最終閲覧 2025年1月4日

[Ⅹ] TOKYO UPDATES「東京から世界に広まった剣道の魅力とは」
https://www.tokyoupdates.metro.tokyo.lg.jp/post-1386/ 最終閲覧 2025年1月4日

[Ⅺ] 全日本剣道連盟の剣道試合審判規則は、有効打突を以下のように定義している。
[有効打突] 第12条
有効打突は、充実した気勢、適正な姿勢をもって、竹刀の打突部で打突部位を刃筋正しく打突し、残心あるものとする。
[竹刀の打突部] 第13条
竹刀の打突部は、物打を中心とした刃部(弦の反対側)とする。
[打突部位] 第14条
打突部位は、次のとおりとする。(細則第3図参照)
1.面部(正面および左右面)
2.小手部(右小手および左小手)
3.胴部(右胴および左胴)
4.突部(突き垂れ)
よって剣道の1本は、審判個人の主観的な判断によって有効打突(第12条に即しているか)であったか否かが決まる。

[Ⅻ] 木寺英史、坂上康博、鈴木智也、長谷川智(2021)「剣道の未来 人口増加と新たな飛躍のための提案」左文右武堂p.60

 

このルポルタージュは瀬川至朗ゼミの2024年度卒業作品として制作されました。