庭園づくりを通じた自然保護 老舗ホテルの試み ー早稲田とSDGsー


 

ホテル椿山荘東京(東京都文京区関口)のロビーから下り、庭園に出る。目の前に広がる光景は別世界のようだった。見渡す限り、青々とした草木が生い茂り、ここが早稲田大学からほど近い東京の真ん中に位置していることを忘れそうになる。初夏の夜には蛍が庭園内の沢を飛び交うそうだ。この豊かな自然は光と霧の演出によって一層美しく仕立て上げられる。美しい庭園づくりを通じて、SDGs15「陸の豊かさも守ろう」に貢献している。庭園づくりの歴史や実態、成果等についてホテル椿山荘東京マーケティング支配人の眞田あゆみさん、商品造成課長の武村美紀さん、同課チーフマネージャー島村香子さんに話を聞いた。(取材・執筆・写真=西部悠大)

トップの写真は、ホテル椿山荘東京の冠木門から庭園中央部へと向かう小道=2021年5月27日、西部悠大撮影
左から眞田さん、武村さん、島村さん=2021年5月27日、西部悠大撮影
左から眞田さん、武村さん、島村さん=2021年5月27日、西部悠大撮影
明治期より受け継がれる自然への思い

ホテル椿山荘東京の庭園づくりは、自然を守り自然で人々を癒す、という考え方を基軸としている。この考え方は明治期に端を発し、今日まで受け継がれてきた。かつて、この地に邸宅を構えた明治の元老・山縣有朋は「後にここに住む人もこの自然を守り続け、この山水を楽しむような私の望み通りの人物であろうか」という言葉を残した。この言葉は今でも、庭園内の石碑に刻まれている[i]。現在は、藤田観光グループがこの椿山荘の地を所有している[ii]。藤田観光グループ創業者の小川栄一は「戦後の荒廃した東京に緑のオアシスを」[iii]という思いを持って、戦火を被ったこの地に一万本の木を植え名園を復興させた。蛍の光舞う様子を鑑賞してもらうという活動も同じく1950年代から始まったという。

自然を守り、自然からの恩恵も受ける。自然との共生を目指してきた椿山荘だったが、生態系への影響を懸念する指摘を受け、1999年から2年間はイベントを中断。しかし、「東京で蛍を見たい」との利用客からの声を受け、再開を決意した。これを機に、椿山荘の庭園づくりのあり方は見直された。2000年からは、専門家が招かれるようになり、徹底的な調査と専門家の監修をベースにした庭園づくりと蛍の人工飼育への挑戦が始まった。

 

自然を守る努力

庭園内の動植物を守るための工夫は多岐にわたる。例えば、園内を流れる沢の水には、この地で湧き出て、客室でも利用されている良質の地下水が用いられ、生物が心地よく生息できる水辺環境が整えられている。こだわりは水の流れ方にも及ぶ。蛍のエサとなるカワニナは緩やかな水辺でしか生きられないので、沢の中には段が設置され、綿密な水流調節が行われている。植樹に関しても、植える品種やその開花時期などについて細やかな気配りがなされている。2020年度の秋より導入されたダ・ヴィンチ・ヘッダー[iv]などを活用したミスト[v]は、庭園内の気温を下げ、人間、動植物を暑さから保護する効果が期待されている。ライトアップの演出には、環境に負荷をかけない照度の低いLEDが用いられている。また、特定の区画では照明を完全に落として、蛍への光害を防ぐ工夫も行われている。

青々と茂る木々の中には霧が立ち込める=2021年5月27日、西部悠大撮影
青々と茂る木々の中には霧が立ち込める=2021年5月27日、西部悠大撮影

自然保全への思いは庭園内にとどまらない。「この先、自然を守っていく子供たちに自然について考える機会を提供したい」という思いから、自然について学ぶ勉強会が2001年度より開催されている。近隣の小学校の児童を対象として、生態系の勉強会、蛍の幼虫放流体験、自然をテーマにした作文コンクールなどが行われている。(現在、一部の児童向けプログラムは新型コロナウイルス感染予防のため休止中)

 

SDGsとどう向き合うか

眞田さんは「ホテル椿山荘東京の取り組みの狙いはSDGsの達成ではない」と話す。顧客に提供する「癒し」や「非日常体験」のクオリティの高さを追求し、満足度を高めることに重きを置いている。「庭園づくり」も、顧客の満足度を高める手段の一つだ。事業を継続し、それが結果的にSDGsの達成に結びついていくことこそ、ホテル椿山荘東京の理想であり、SDGsへの向き合い方だ。サービス業者として一番大切にすることは変えない。しかし、決して頑固にならず、伝統の中に新しいものを取り入れ、社会への貢献も行う。試行錯誤を続けながら、時代にあわせて進化していこうとする老舗の姿がうかがえた。

 

ホテル椿山荘東京の現在地

「自然保護活動はまだまだ発展の途中」と眞田さんは話す。しかし、その成果は確実に表れている。毎夏、庭園内の気温は外気温と比べて約10℃ほど低い。昨秋より導入されているミストの効果次第で、気温はさらに低くなる見込みだ。新型コロナウイルスの流行以前は、椿山荘の美しい庭園を見たいと、海外からの利用客も多かったという。渡り鳥や、カメなどの水生物、モグラ、ヘビなど多種多様な生き物が生息するようになったことも、自然が豊かであることの証と言える。庭園の素晴らしさに加え、多様な利用客に対応できるレストランメニュー、多様な性的価値観を尊重する配慮などが国内外の企業から高く評価され、グローバルな会合に利用される機会も増えたという。

顧客の満足度を高めると同時に、社会全体のニーズ—地球の豊かさを守っていくこと—にも貢献することは簡単なことではないが、その施策は、確実に顧客の満足度を向上させ、SDGsの達成にも貢献していた。蓄積されてきた老舗の知恵と伝統、そして、新しいものを積極的に受け入れる姿勢があるからこそ、こうした結果が生まれているのだろう。

取材後、雨が降る庭園を歩いた。青々と茂る植物からは力強さを感じた。しかし近年、地球の草木は減少しており、それに伴う様々な地球環境問題が指摘されている。後世の人々に住みよい地球環境を残していくためには、私達一人ひとりの努力が不可欠だが、ホテル椿山荘東京のような企業体がSDGsと真剣に向き合い、取り組んでいくこともとても重要なことだろう。

SDGsとは
SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)とは、2001年に策定されたMDGs(ミレニアム開発目標)の後継として、2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標のこと。17のゴール・169のターゲットから構成され、地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを誓っている。(参照:外務省 ”SDGsとは?”、https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/about/index.html、最終閲覧:2021年8月22日)
国際連合広報センターHPより
国際連合広報センターHPより

<注>

[i] 庭園・史跡めぐり,https://hotel-chinzanso-tokyo.jp/garden/historic_site/(2021/08/28最終閲覧)

[ii] ホテル椿山荘東京の歴史,https://hotel-chinzanso-tokyo.jp/garden/history/(2021/08/28最終閲覧)

[iii] ホテル椿山荘東京の歴史,https://hotel-chinzanso-tokyo.jp/garden/history/(2021/08/28最終閲覧)

[iv]地上に人口の雲を発生させることができる装置

[v] 雲海の仕組み、国内最大級の所以,https://hotel-chinzanso-tokyo.jp/unkai_lightup/(2021/08/28最終閲覧)