ファンと共に歩む水族館 −コロナ下を生きる−


小田急江ノ島線、片瀬江ノ島駅から徒歩3分。神奈川県藤沢市に位置する新江ノ島水族館(通称・えのすい)は、新型コロナウイルス流行の影響により、2020年3月3日から5月30日までの約3ヶ月間、臨時休館を余儀なくされた。長期化するパンデミックは何を奪い、何をもたらしたのか。新江ノ島水族館の1年半について、広報の山崎秀之さんに話を聞いた。(取材・文=佐々木彩佳、写真=山崎秀之さん提供・佐々木彩佳)

トップの写真は、新江ノ島水族館の外観=山崎秀之さん提供
コロナと水族館

新型コロナウイルスが流行の兆しを見せた2020年2月頃から、来館者は次第に減少した。特に新江ノ島水族館がターゲットとしている、江の島や鎌倉を訪れる学校団体客が次々と姿を消していったことは、大きな打撃となった。

館内の様子も以前とはがらりと変わったという。出勤人数を制限し、デスクワークの社員たちはテレワークへの移行を進めた。その一方で、飼育業務は今まで通りの形で行った。水族館を営業することができなかったとしても、生き物たちの世話をしなくてはならない。休館による減収に対して飼育費は変わらず、コスト面での負担は大きかった。

営業を再開した同年6月以降も、あらゆる制限は続いた。館内の人気施設であり、立ち見も含めて1000人以上の観客を収容できるイルカショースタジアムの観客数を、最大200人に制限した。

ライブ配信『貸切えのすい』

臨時休館中の2020年3月、新江ノ島水族館では様々な新しい取り組みが行われた。その1つが、動画サイト・YouTubeを利用したライブ配信、『貸切えのすい』である。1日1本のペースで生き物たちの様子を撮影し、公式チャンネルから配信した[ⅰ]。本格的な機材などはない。使用したのは、スマートフォンと市販の三脚だけだ。

新型コロナウイルスの流行以前からYouTube・Twitter・InstagramなどのSNSを利用して宣伝を行っていた新江ノ島水族館だが、ライブ配信には消極的だったという。根底には、水族館とは飽くまで実際に足を運んで観にきてもらうものであり、「インターネット上で見て終わりになってほしくない」という考えがあった。しかし、臨時休館という予期せぬ事態に直面し、そのような状況下でも生き物たちの様子をファンに届けようと、ライブ配信に踏み切った。

『貸切えのすい』は、収益を得ることを目的とした配信ではない。誰でも無料で観ることのできるコンテンツを目指し、当初は動画広告をつける予定もなかった。「営業を再開したら生き物たちに会いにきてもらいたい」。何よりも水族館に来てもらうことを重視する、新江ノ島水族館の表れだった。

Zoomでのリモート取材に応じる山﨑秀之さん=2021年6月16日、佐々木彩佳撮影
Zoomでのリモート取材に応じる山﨑秀之さん=2021年6月16日、佐々木彩佳撮影
『えのすいファンディング』が届けたファンの想い

コロナ禍の新江ノ島水族館で行われたもう1つの代表的な取り組みが、『あなたと生き物を繋ぐ #えのすいファンディング』だ。きっかけはえのすいファンの声だった。臨時休館中から、YouTubeのコメント欄やその他のSNSを通じて、「えのすいや生き物たちのために何かをしたい」というファンの想いが届けられていた。その受け皿として企画されたのがクラウドファンディングだったという。

2020年9月1日から10月31日までの約2ヶ月間で、684名もの支援者から、目標金額の1000万円を大きく上回る1200万9000円が寄せられた[ⅱ]。大規模な施設である新江ノ島水族館にとって、休館していた分の減収を賄える程の額ではなかった。それでも山崎さんは「そこまで当館のことを思ってくださる方々がこんなにいらっしゃるのか、ということにはこれまでは気づかなかった」と語り、クラウドファンディングには大きな意味があったと振り返る。

ライブ配信やクラウドファンディングの他にも、新江ノ島水族館では様々な取り組みを行っている。2020年4月には藤沢市を通じ、休館中に販売できなくなってしまったお菓子などのお土産を、市内の医療従事者に寄贈した。同年10月には、営業再開後も水族館を訪れることができず、グッズを買いたくても買いに来られない人々に配慮し、オンラインショップを開設している[ⅲ]。

水族館の「これから」

2021年に入ると、新江ノ島水族館には次第に客が戻ってきた。一方、未だ水族館に足を運ぶことができていないファンも一定数いる。YouTubeのコメント欄では、「コロナが落ち着いたら来たい」という言葉を度々目にする。そのような人々に「来てくださいとは言えない」と山崎さんは話す。

全国には、有料ライブ配信など「今までとは違う楽しみ方」を模索している水族館も多く存在する。しかし、えのすいにとって最も大事なのは「新しいことを始める」ことよりも「コロナ前に戻す」ことであるという。何よりも水族館に足を運んでほしいという想いに変わりはない。

週末の客数は戻ってきているが、学校の遠足など、団体客が戻ってくる目処が立たず、依然として客足の回復は十分でない。
「早くみんなが安心して出かけられる世の中になるように。そしてコロナが終息したらぜひ新江ノ島水族館に来てください!」
1人ひとりが感染しないよう努力をし、一刻も早く新型コロナウイルスが終息することが、山崎さんをはじめとするえのすいスタッフの願いだ。
(インタビューは2021年6月16日、Zoomを利用しオンライン形式で行った。)

〈取材追記〉

2021年9月13日現在、イルカショーでは、緊急事態宣言の発令に伴う神奈川県の方針に従い、消防届出定員の50%である630名のラインを守っている。生き物たちと触れ合うことができる人気の『ふれあいプログラム』のいくつかは、飼育員が付いて指導を行わなければならないため、未だ再開できずにいる。
また入場時の検温やアルコール消毒を徹底し、カウンターや売店にビニールシートを設置しているほか、多くの来客が予想されるお盆休みやゴールデンウィークには完全入場事前予約制を取っている。

<注>

[ⅰ] 新江ノ島水族館公式チャンネル
https://youtube.com/user/EnosuiMovie

[ⅱ] 新江ノ島水族館|あなたと生き物を繋ぐ #えのすいファンディング
https://readyfor.jp/projects/enosui2020

[ⅲ] 新江ノ島水族館オンラインショップ
https://www.rakuten.ne.jp/gold/enoshima-aquarium/

最終アクセス日はいずれも2021年9月14日