混迷深める日本の就活 早期化長期化は何が問題なのか
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はじめに
日本の就職活動(以下就活)の早期化と長期化。就活が終わった人にとっても、今後就活を控える学生にとっても身近な話題。皆さんはこのフレーズにどのような印象を持つだろうか。 実はこれは1950年代から続く根深い問題だ。2023年10月には東京大学が「採用選考活動ならびに内定後の(入社前の)事前課題、研修等により、学生の学修環境を損なうことのないよう要請する」とした異例の声明を出した[1]。このことから現在も日本の就活の早期化が大学や学生の頭を悩ませる問題となっていることが伺える。 実際に私も就活を経験する中でそれを身をもって感じた。3年の5月から始まるインターンシップや10月から始まる本選考。授業に影響が出ることもしばしばあった。周囲を見渡しても3年生の授業への出席率はそれまでと比べて著しく低い。就活が学業に影響を与えていることは言わずもがなであった。 例えば私が受けたとある採用選考ではこのようなことがあった。選考が進んでいくにつれ、こちらが日程を決められなくなった。メールには「日程変更はできません。もし選考を受けられない場合は辞退とさせていただきます」と書かれていた。選考の日程が合うかどうかはもはや運だ。しかも選考が早くから長く続いていたため、大事な試験や授業と被る蓋然性が高く、その場合二者択一を迫られることとなる。幸い私は無事選考を全て受けて通過し内定を頂けたが、学生の事情を考慮していない採用選考に疑問を感じざるを得なかった。 逆の場合もある。ある授業の第一回目の授業で教授からこう告げられた。「この授業では就職活動やインターンによる欠席は一切考慮いたしません。公欠などの救済は行いませんので、メールも送らないでください」。インターンがかなり早く始まり、授業を休む学生が続出してきたこれまでの経験から、この教授が出した結論なのだろう。就活が早期化・長期化したことで授業に被ることが増えたことによる弊害だ。この措置のせいで私の友人はこの授業の単位を諦めざるを得なかった。 私はこういった状況に強い違和感を覚え、実態を探ろうと考えた。日本の新卒採用の現場において今具体的に何が起こっているのか。どのような取り組みや変遷があって現状に至っているのか。この記事ではそんな混迷を深める日本の就職活動についての現状や功罪を把握し、問題の根幹は何なのかを考える。(文・写真=大日結貴)
第一章 本音と建前が入り乱れる採用選考(磯野彰彦さんへの取材)
まず日本の就活の現状や問題点を把握するため10月某日、私は就職に強い大学の一つである昭和女子大学を訪れた。併設される中学校の下校時間と重なったこともあり、キャンパスは学生でごった返していた。今回の取材先であるキャリア支援センターに入ると幾度となく学生が出入りしている。まだ10月でありながらすでに就活は始まっているのだと実感させられた。
昭和女子大学は実就職率(大学院進学者のみをのぞいた学生の就職率)12年連続女子大No.1[2]を達成したことがあり、様々な学生への手厚い就職支援がなされている。例えば、昭和女子大学独自の支援として社会人メンター制度を導入している[3]。実際に働く社会人に学生がメンタリングできる制度で、現在360人が登録している。就職後のイメージを持ちやすくし、さらに入社後のミスマッチも減らすことができるのだ。内定を取ることを目的とする就活支援としてだけでなく、今後のキャリア進路選択も視野に入れた制度だ。
取材に応じてくれた磯野彰彦さんは2011年から現在の職である昭和女子大学キャリア支援センター長を担当する。それだけでなくグローバルビジネス学部会計ファイナンス学科特任教授も務め、教授としての顔も持ち合わせている。

早期化憂うも漏れる本音
磯野さんに日本の就活の現状について尋ねると、「早期化と長期化はかつてないほど進んでいます。今(2024年10月)でも25卒(2025年卒業の学生)の採用がまだ行われている」と答えた。「日本経済団体連合会(以下経団連)がルールを定めてないし、今売り手市場で良い人材を企業がなかなか取れないものだからどんどん前倒しで取ろうとしているわけですよ。そうすると学生も一日でも早く動いた方が得なわけだ。」
さらに彼は現在の就活について、「本音と建前がぐちゃぐちゃな採用選考」であることが最大の問題点だと指摘した。どういうことか。確かに大学側としては、就活によって学業が阻害されてしまうことはあってはならないことである。実際昭和女子大学は出席が厳しいため、学業に影響が出ることも多い。毎週火曜日に大学で授業も担当している磯野教授としてもこれは看過し難い現状だ。また企業が何とかして内定を辞退させないようにする必死の工作も問題視しているという。しかし、キャリア支援センター長としての本音はまた別だ。「今のことと矛盾するようなことを言うけれども、うちの学生が早めに内定がもらえるならそのチャンスは潰したくない。ルールを守れって言ってるけれども、うちの学生がいいところに行ってくれるならそれもいいのかなと思うわけですよ」。学業を深めてほしいという教授の立場としての意見もある半面、いいところに就職してほしいというキャリア支援センター長としての本音が入り混じっており、一概に答えることはやはり難しい様子だ。「就活って表裏(おもてうら)がごっちゃになっている世界なんですよ。正直者が馬鹿を見る就職活動なんておかしくないですか。それならすべて本音で言ったらどうですか?って話ですよね」。悩める学生を傍で長く見てきた教授が、学生愛溢れる一面を見せてくれた。
一方早期化の影響について尋ねると、これまた意外な答えが返ってきた。磯野さんは、早期化が進む中で学生が早く就職先を決めてしまい、企業とのミスマッチが増えると悪い面も指摘した上で、「早期化したことで早めに始めた学生が有利に展開できるようになった。ある意味で努力が評価される形になっているという見方もできると私は思う」と語る。早期化したことで早めに就活を始める選択肢が増え、他の人より早く始めた学生が評価され一歩リードすることができるという考え方もあるようだ。早期化の問題点を探っていた私にとってかなり意外であったが、そのような恩恵を受けることもあったため納得であった。ミスマッチについては「昭和女子大学ではそのために社会人メンター制度がある。(就職)率だけでなく質も良いんだと言うところを強化していきたい」と大学のキャリア教育制度に胸を張る。

熱意溢れる”過保護”な支援
そのためには手厚い支援も欠かせない。本人が「過保護と言われることもある」と称するほど、学生に向き合い粘り強い支援を続けることで、実就職率を伸ばしてきた。平日休日問わずメールや面談を通じて相談に乗るなど、学生を第一に考えた支援を続けてきた。さらに、先述の社会人との相談の機会や卒業生のフィードバックなどを通じて、好例を後輩に活かしていく。磯野さんは「うちの学生は素直で比較的おとなしい子が多く、キャリア志向の学生はそれほど多くはない。どちらかと言えば、腰が重い学生の背中を押すことこそがキャリアセンターの仕事だ」と教えてくれた。
この後も学生と面談があるとのことでインタビューは終わった。この時期に面談があることに就活の早期化・長期化の面影を感じたが、業務の合間に取材を受けてくださったことで、教授とキャリアセンター長と二つの役職を担う磯野さんならではの視点でお話を聞くことができた。
第二章 不信感募る就活市場(早稲田大学キャリアセンターへの取材)
他の大学ではどのような違いがあるのか気になった私は、就職活動の実態をさらに詳しく探るべく、自身の所属する早稲田大学のキャリアセンター[4]にも取材をした。私の所属する大学のキャリアセンターということもあり実体験に近い話が聞けると考えたからだ。
早稲田大学のキャリアセンターは、早稲田生の部室や共用スペースが位置する学生会館という建物の3階に位置する。訪れやすい立地に加えて、就職活動の情報誌や雑誌も数多く揃っており、就職活動に励む早稲田生の強い味方だ。
今回取材に答えてくださったキャリアセンター職員Aさんは、学生との一対一の面談だけでなく、行政インターンシップの個別契約や内定進路に関わるデータ収集等様々な業務を行っている。他にも就活講座やキャリア形成に関する合同説明会の開催などを行っており、2024年3月には336社もの企業を招いた早稲田生向け大型のイベントなども開催した。そんな多方面から早稲田生の就活をサポートする職員に話を伺った。

現場が感じる早期化の波
Aさんに日本の就活の一番の問題点を尋ねると、政府による採用活動の指針の形骸化が著しいことだと指摘する。現在、2015年から「広報活動解禁が卒業年度の3月、採用選考活動解禁が同6月、内定解禁が同10月」と政府によって定められている[5]が、それを守っている企業は少ない。マイナビの調査によると、2025年卒の2024年3月末時点での内定保有率は47.4%と約半数の学生が内定を獲得している[6]。
これがそのまま早期化に結びついてしまっている。「企業は政府指針よりも早く採用活動を行い、ルールが守られない就活市場に対し疑心暗鬼になった学生が早めに準備をしようとすることで、さらに時期が早まってしまう」悪循環があるという。さらにAさんの体感では、新型コロナウイルスの感染拡大により2020年の採用活動が大きく変わった。「コロナ禍により採用が絞られ、2021卒~23卒は採用倍率が大幅に減少しました。現在はその揺り戻しが来ており、少子化も相まって年々売り手市場になっています」と分析する。
ではどのような問題があるのか。Aさんは学業や課外活動への影響を第一に挙げた。一方で、就活生の個々の取り組みによる影響を除いた上で、早期化という全体傾向の影響によって、同じ卒年に就活をする学生同士での有利不利は付くことはない無いはず、との見方も示した。また長期化における悪影響も大きい。長期休み期間からはみ出れば、自由な時間が減り、授業がおろそかになる。長期戦となり疲弊し、追い詰められてしまう子も出てくるそうだ。「精神的な疲労感から焦りが出てくることで、自分が何をしたいのかなどの主体的なキャリア選択が難しくなる学生も出てきます」とAさんは精神面での影響を指摘した。
就活のトレンド「インターンシップ」
他にもAさんは、”インターンシップ(通称インターン)や就業体験プログラムの増加”が今の日本の就活のトレンドだと教えてくれた。インターンシップは学生側にとっては就業体験や適性診断、企業側にとっては母集団形勢の一助となっており、そのメリットは計り知れない。しかし様々なインターンシップが増えすぎたことで、新たな問題点が浮上している。
その一つが、インターンシップを装った悪質な活動の存在だ。具体的には、インターンを早期から長時間長期間行うことで、学生を拘束して実質的な労働力として搾取するという問題点である。あまりに早くそして非常に長く行われるインターンが、学生生活の充実や主体的な進路選択にネガティブな影響を与えているケースがある。キャリアセンターでもその手の相談が増えているそうで、このような近年急激に増加傾向にあるインターンの誤った運用や理解が背景にある。
一方でインターンシップは悪いことばかりではない。むしろ活用することで得られる利点はかなり大きい。自分がその業界やジャンルに向いているのかどうかを早く知るために大学1年生の頃から見るのも選択肢の一つだ。Aさんが「(学部3年生・修士1年生の長期休暇に実施されるインターンで)働く内容や自身の仕事への適性を知ることができる機会が積極的に提供されるようになったのは良いこと」と言うように、そのメリットは現場のお墨付きだ。後ほど詳述する政府によるルール改正が浸透し正しく適用されれば、キャリア教育という観点から見ても非常に有効だ。インターンの今後の運用の改善に期待がかかる。
早稲田の特徴
早稲田大学だからこその傾向を伺うと、「学生が多様なためひとくくりにはできませんが、気になるのは 『早稲田に入ったからには』という学生がある程度いることでしょうか」とのことだ。早稲田生の就活では、内定を取ることのみを最終目標として設定しておらず、より大手や志望度の高い企業からの内定を目指して就活を継続する学生が少なくないという。ここは先ほどの昭和女子大学キャリアセンターとは明確に違う点であった。
ここまで昭和女子大学と早稲田大学の二つのキャリアセンターに取材をしたが、早期化長期化に対してそれぞれの着眼点から物申してくれた。お二人があげる細かな事例も多種多様であり、人によって就職活動は全然違うもので、100人いれば100人の就活があるということを痛感した。
第三章 早期化の裏にある確かな長期化(文部科学省高等教育局への取材)
調べていくにつれ、学生や大学だけでなく、全体を統括している政府視点での話の必要性を痛感した。そこで私は文部科学省高等教育局(以下文科省高等局)に取材を行った。文科省高等局では高等教育の振興のための様々な政策を推進しており、例えば今回訪問した学生支援課は奨学金事業やインターンシップ、就職、障害学生の支援に関することなど、学生支援全般を担っている部署である。

迎えてくれたのは永見浩輔さん(文科省高等局学生支援課課長補佐(併)就職指導専門官)と大西由里子さん(文科省高等局学生支援課就職指導係長)だ。永見さんは高等教育の担当を長らくやっている他、国立大学、大学共同利用機関法人への出向や大臣官房会計課での勤務経験がある。大西さんは大学の国際化や留学生交流の推進に関する業務のほか、私立大学等への経常費補助金事業にも携わっていた経験がある。就職指導係としては、年4回ある「大学等卒業予定者の就職内定状況調査」[7]や大学、企業を対象とした「就職・採用活動に関する調査」[8]の取りまとめ、さらには現在就活日程を定めている「就職・採用活動日程に関する関係省庁連絡会議(以下関係省庁連絡会議)」[9]関連の業務を行っている。企業や大学に話を聞く機会もあるようだ。
長期化の特筆すべき問題点
高等局に配属されて6年目の大西さんは、就活の早期化のみならず長期化にも警鐘を鳴らす。早期化は企業にとって優秀な人材を早く捕まえられるメリットがあるとされがちだが、早期化が長期化にも繋がっている現状においてはそのメリットすら大幅に薄れてしまうのではと言う。つまり、企業が早期に内定を出したとしても学生に辞退されてしまう可能性もあることから、結果として採用活動は長期化し、企業も体力を削られてしまう。これでは企業側のデメリットもかなり大きくなるだろう。また学生にとっても長期化はデメリットが大きい。就職活動に要する時間が長引くことで、学修時間の確保等にも影響が出たり、留学の機会等も失う可能性が指摘されている。早期に始め、早期に納得のいく就職先から内定が取れればいいが、データから見ても早期に就活を終えない、終えられない学生も増えている。
俯瞰的に見ることができる政府側だからこその視点もあった。「売り手市場により内定がかなり取りやすいことから、学生さんが頑張らなくとも内定が得られる環境になってしまったという声も聞こえてくる。この状況が学生さんにとっても企業にとっても果たしてメリットと言えるのだろうか、結果として双方にとってよくない流れとなってしまっているのではないか」と懸念を示した。
インターンシップの問題点
また、インターンシップが早期化と長期化を加速させてしまっている現状もあるようだ。これについて話すには、2022年(令和4年)6月に行われた三省合意(文部科学省・厚生労働省・経済産業省)と、経団連と大学関係者で構成された「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」(以下、産学協議会)について説明しなければならない。
ことの流れとしては、産学協議会が2022年4月に「これまで、「インターンシップ」という名の下に、様々な目的・形態・期間等のプログラムが実施され、中には業務を全く体験しない「インターンシップ」と称する短期プログラムもあった。」という内容の報告書を提出した[10]。これを受けて、先述の三省が、「インターンシップを始めとする学生のキャリア形成支援に係る取組の推進に当たっての基本的考え方」を6月に改正することとなった[11]。この改正では、かつてインターンシップと総称されていたキャリア形成支援を4つの形に類型化し、このうち、タイプ3と4をインターンシップとするなど定義を厳格化している。
(厚生労働省「令和5年度から大学生等のインターンシップの取扱いが変わります」[12]より抜粋)
この改正で最も注目すべきは、タイプ3のインターンシップを通じて得た「学生情報」を「卒業・修了年度の直前の3月以降の広報活動」や「卒業・修了年度の6月以降の採用活動」に使用できるようになったという点である。インターンから採用選考へと直結させることが公的に認められたのであった。一方で、報告書[13]の中では、「インターンシップを始めとするキャリア形成支援に係る取組は、就職・採用活動そのものではないので、インターンシップと称して就職・採用活動開始時期前に就職・採用活動そのものが行われることがないよう、関わる者それぞれが留意することが重要」としていたところ、実際はインターンシップが就職・採用活動になっている実態も見受けられている。
弊害は他にもある。政府が令和5年4月10日付で公表した「インターンシップを活用した就職・採用活動日程ルールの見直しについて」[14]の中で、、令和7年度以降卒業予定者からは、卒業・修了年度に入る直前の春休み以降にタイプ3のうち専門活用型インターンシップで一定の要件を満たした学生については、インターンシップ後に採用選考を経ることを条件に、6月の採用選考開始時期を待たずに選考活動に移行できることとなった。これには専門知識や技能を持った新卒学生や既卒数年程度の若者がより一層活躍できるようにする等の目的がある。
しかし現状はうまくはいかない。「これは『大学4年生になる直前の春休みに経験したタイプ3のインターンシップに限った話』ではあるが、3年生の夏休みのインターンシップから早期選考に進んでしまっている学生さんが多くいる状況になっています」と大西氏は語る。文科省としては、少なくとも大学での学びが深まる3年生までは本業である学業に学生が専念できる環境をつくり、そこでの学びや気付きをもって就職活動にあたってほしいという想いがあるが、現時点では就職・採用活動は早期化の一途を辿っているようだ。
日本の就活の今後について、問題の解決が困難であるという見立てはやはり政府も同じのようだ。永見さんは日本の就職活動の問題には主に3つのプレイヤーがいると述べる。具体的には「学生」「大学」「企業」である。だが、この3プレイヤーが見ているところは全く違うため、何が正解かを見極めるのは難しいと語った。その三者のどれかに寄った施策を行うのがいいのか、それとも中庸な真ん中の解決策を見つけるのがいいのか、はたまた別の妥協点を探るべきなのかはこれからも議論が続きそうだ。
早期化が騒がれる中で長期化にもかなりの問題点が現存していることが分かった。長期化に対する負の影響は学生だけでなく企業にもあるということは新たな発見であった。日本の就活の問題の解決は一筋縄ではいかない。
第四章 隠れし第四のプレイヤー(住田曉弘さんへの取材)
選考の最適な日程やインターンの位置づけなど、就活に関する議論は様々行われているが、これは関係省庁だけで行われるわけではない。先述の文部科学省高等教育局も関連する「就職問題懇談会(以下就問懇)」にて継続的に行われている[15]。この懇談会は「学生の就職活動の在り方について検討・協議を行う、国公私立の大学、短期大学及び高等専門学校関係団体の代表者から構成される組織」である。取材を進めていく中でこの就問懇の存在を知ったことにより、文科省の方が就問懇と連絡を取って採用選考に詳しい人を紹介してくれた。日本私立大学団体連合会(以下私団連)就職問題委員会委員の住田曉弘さんである。
住田さんは以前、株式会社リクルートに勤め、人事や採用、リクルートブックやリクナビなど新卒採用のメディアプロデュースの業務を担当した経歴を持つ。他にも東京大学キャリアサポートセンターキャリアアドバイザーや県立宮城大学キャリアデザインの授業科目担当教員、教育コンサル企業役員にも就いてきた。現在では東京都市大学学生支援部部長や日本私立大学協会(以下私大協)就職・キャリア支援委員会委員長、日本学生支援機構キャリア教育就職支援事業協力者、大学職業指導研究会副会長などを歴任する。近年は、社会人の新たな知識やスキルアップを試み、学びなおしていくリカレント教育にも力を入れる。
第四のプレイヤーである”会社”
このように日本の就職活動や人事採用関連企業に長く関わってきた住田さんは、就活には「学生・大学・企業」だけではない第四のプレイヤーが存在すると明かした。
それは就活や採用の仲介をビジネスにしている就職情報会社である。こういった人材ビジネス企業が他の企業を急かすことで、さらなる早期化が起こると住田さんは話す。「学生に対してインターン等の早期選考を急かすだけではありません。企業の人事に対しても『早くしないと良い新卒が取れないですよ。採用目標を達成できませんよ』と急かすんです」。早期化や長期化が進むと就活をビジネスとする企業が得をする構造に現在なってしまっているのだ。「就職情報会社が企業を急かす誤ったコンサルをしなければ、バランスが保てると考えています」。
更に今深刻な問題になっているのは新卒紹介のサービスだ。例えば、私たちが就活情報サイトに登録したとする。すると登録時にデフォルトで新卒紹介を受けることに同意したことになっているのだ。実際に私も就活サイトに登録した直後ものすごい量の電話がかかってきたことがある。「水面下で学生が知らず知らずのうちに電話番号等の情報を売られてしまっているんです。」と驚くべき内容を話してくれた。加えて新卒紹介の場合だと経験職採用の場合と違ってとにかく内定を決めることに固執するため、ミスマッチを考慮せず、内定辞退をさせないためのオワハラも多い傾向にある。
大学の就職担当で組織する団体はこういった就職情報会社に対して、人材紹介サービスを勝手に受けることを認める文言を入れないように要請したという。それが功を奏し、今年の3年生(26卒)からこれが外れる事になった。「こういった是正には大学間の連携や結束がやはり必要なんです。一大学が言ったところでその大学が就活サービスを使わせてもらえなくなってしまい、その大学のみデメリットを被ってしまう。しかし連携すれば、学生にとって問題がある商品を提供すると、多くの大学で就活サービスを使ってもらえなくなるということを伝えることができ、商品の見直しについて聞く耳を持ってもらえるんです」。多くの大学が就職を取り巻く環境を共有するため、私大協では全国の就職担当部課長を対象に300名弱を集め、泊りがけで研修を行うことなどもしているそうだ。
もちろんすべてが悪いわけではない。昔はクローズドな就活が主流であり、紹介や縁故、推薦での就活が普通であった。今は就職情報会社が作られ、さらにインターネットも発達したことで、情報が開示され発展したことで採用の門戸が開かれている。画期的なサービスであり、今の就活にはなくてはならない存在だ。「それだからこそ後は使い方なんです」と住田さんは言う。早期化を助長するような働きかけや、不透明な情報の流通、また3年生の時期の執拗な紹介を控えれば、就活は自らの興味とキャリアアップに即したあるべき姿に戻る。「世の中のことを考えるならば、3年生や4年生の前期までしっかりと学んだうえで、キャリアのイメージを形作り、ある一定の時期、たとえば4年生の夏休みにまとめて就活をする昔の就活の形が理想です。短時間でマッチングできるテクノロジーが今あるわけですから可能だと思います」とビジネスに寄りすぎてしまっている就活情報サービスに苦言を呈す。

就職活動の意義とは
また住田さんは、「就職活動自体に学生を育てる力はないと思っています。そこに時間を費やすというのは損失じゃないですか」と長期化に物申す姿勢だ。学生が就活をやめる時期は早期化が進もうと変わらないため、早期化が進むと同時に長期化が進むと考えている。そのため早期化が進めば進むほど長期化も進み、学生が本来学びに充てるべきエネルギーを就職活動に割かれてしまうことを憂いていた。「就問懇では採用活動で成績を見てくださいという要請文も出しています。アルバイトやサークルでの話題だけでなく、大学で何を学んだのかも聞いてほしいです」正課の教育以外の課外活動のトピックを中心に聞くいわゆる”ガクチカ”(学生の時に力を入れたことを略した造語)を重視しすぎる選考に疑問を呈した。
では今後日本の就活はどうあるべきなのか。人材情報会社がこのビジネス形態を保ったまま日程を後ろ倒しにすることが、今後の日本の就活として理想であると住田さんは述べる。「今は抜け駆けすることが得になってしまっているので、そこに関して皆さんがどれだけ問題であると共感の意を示せるかというのが大事になってきます」。このまま早期化が続いていくかという質問には、「可能性はあると思います」と言う。「とは言え流石に2年生はどうなのかというのは企業側もあるでしょう。早くやればやるほど、内々定を伝えた学生のフォローや入社までのコストがかかってしまうからです」と企業もこれ以上の早期化は望んでいないのではないかと分析した。
住田さんに第四のプレイヤーとしての就活情報会社についての話をお聞きすることができた。日本の就活の早期化には、学生・大学・企業の当事者らだけでない他の要因もあることがおわかりいただけただろう。
第五章 日本の就活の過去を探る(経団連労働政策本部への取材)
先述の様に、日本の就活は現在「広報活動解禁が卒業前年度の3月、採用選考活動解禁が卒業年度の6月、内定解禁が同10月」と定められている。しかしそのルールは現在ほとんど守られておらずフライングしている企業が多い。
実は昔からその傾向は続いており、根深い問題となっているのをご存じだろうか。日本の就活がどのような道をたどってきたのかを探ることにした私は一般社団法人日本経済団体連合会(経団連)の労働政策本部に取材を行った。
取材を受けてくださった職員Bさんは、約30年前に当時の日本経営者団体連盟(以下日経連。2002年に経団連に統合)[16]に就職した。実際に就職協定の事務局として、協定の廃止やそれに続く倫理憲章への移行に関する業務を担った人であり、当時のことを知る数少ない一人である。
Bさんは経団連が毎年発行している「2024年版経営労働政策特別委員会報告」という冊子をくださった。そこには日本の就職活動の歴史と問題点が事細かに書かれていた。この資料をもとに歴史を紐解いていこう。
戦後間もない日本の就活
事の発端は1953年に「産業界・大学による申し合わせ」が定められたことである。これは第二次世界大戦直後、「朝鮮特需」による日本の景気回復で人手不足となり、学生への採用活動が早期化したことで制定された。当時は卒業年次の10月以降に選考・内定解禁となっていた。しかし、その後の好景気(1954年の神武景気・1958年の岩戸景気)に伴う求人難によりさらに早期化し、7月頃に内定を出す早期採用が横行した。

就職・採用活動の混乱を受け、1972年には労働省が主導する形で「就職・採用日程等に関する決議(就職協定)」がなされた。当初は求人採用活動が5月1日以降、採用選考開始が7月1日であったが、以降具体的な日程は都度変更されていった。
就職協定の廃止、そして
日経連は「就職協定は形式的なものとなり、正直者が馬鹿を見るような状況であれば、続ける意味がない」として1996年に協定廃止の方針を打ち出した。と言うのも実は1982年に労働省が加わらないこととなっており、就職協定は以降は産業界と大学による紳士協定と化していた。特に外資系企業やベンチャーへの強制力はほぼない。罰則もないため守らずに早期採用をする企業が続出したのである。
こうして形骸化した就職協定は1996年に廃止され、「新規学卒者採用・選考に関する企業の倫理憲章(倫理憲章)」[17]が作られた。これは就職協定に代わる経済界の自主的なガイドラインとして策定されたもので、幾度かの改定をへて選考活動を4月1日、内定開始日を10月1日以降と規定していた。2013年には政府から採用活動時期の繰り下げの要請を受け、採用選考活動を8月1日に変更した「採用選考に関する指針」[18]が作られた。
2018年10月9日、経団連の中西会長(当時)が「日本の現状を見れば、何らかのルールが必要ではあるものの、経団連がルールづくりをしてきたことに抵抗感があるというのが、ほとんどの副会長の認識であった」として2021年度以降に入社する学生を対象とする採用選考に関する指針を策定しないことを決めた[19]。国全体の問題として政府や大学、経済界など幅広い関係者で議論する必要があることが理由であった。
そのため現在は関係省庁連絡会議がイニシアチブを取り、政府が就職・採用活動に関する政府要請を策定・公表し、経済団体等に要請する枠組みとなっている[20]。しかしこれにも強制力はなく、早期化は改善されぬまま現在に至る。
ルールの形骸化は問題か
このように一般的に形骸化が騒がれる就職協定をはじめとする就活ルールであるが、Bさんの考えは少し違う。一口に形骸化と言っても様々な考えがある。「形骸化の認識の違いだと思います。きっちり日程が守られないと形骸化なのか、ある程度目安となっていれば形骸化ではないのかのとらえ方の違いです。」と語る。「企業側としては目安が欲しいんです。例えるなら車の運転と同じです。一応速度制限はあるんだけど、完全に守られていない実態があります。速度制限が無いと事故が起こるため、道路に合った制限速度が必要ですが、その通り厳格に守って走ってたらスムーズな走行ができない場合もあります。」就活ルールが目安として機能しているだけでも、就活ルールが定められる意味は十分あるということだ。ルールがなければ更に秩序が乱れ、早期化に歯止めが利かなくなる可能性がある。採用活動日程ルールは、早期化や形骸化に伴う変更を繰り返しながら、秩序ある採用活動の実現に一定の役割を果たしてきた面があると言える。
Bさんは採用自体が通年化してきて日程自体にもあまり意味がなくなってきたとも指摘する。人事の負担が増えてしまう一面もあるが、選択肢が増え優秀な人がいつでもとれる状況は良いことである。資料にも、「通年採用や経験者採用の活用といった採用方法の多様化や、ジョブ型雇用の導入・拡大など雇用システムが変容する中、採用活動日程のルールの在り方に関して抜本的な検討が必要な時期に来ているといえる」と記されており、早期化や長期化といった単語に帰着できない複雑な問題となっていることが分かった。

第六章 現在の日本の就活
最後に日本の早期化と長期化の実態を数値で見てみよう。今まで様々な方に取材をした様子を読んでもらったわけであるが、ほぼ全員がかつてないほど早期化をしているとおっしゃっていた。直近10年を見るだけでもかなり早期化が進んでいることが分かるデータがある。内閣府が出している就活生への調査結果だ[21]。調査項目のひとつである「最初に内定を獲得した時期」の割合を、現行のルールが定められた2015年からグラフにまとめてみると、確かに早期化の傾向が見て取れる。
(内閣府の調査をもとに大日結貴作成[22])
3月の内定獲得数に着目してみると、毎年内定獲得数が伸びているのが確認できる。それどころか2月以前の内定者数もほぼ毎年増加しており、早期化が加速していることが分かる。現行ルールが制定された直後の2015年を除くと、本来採用活動解禁の6月の内定率は年々下降傾向にあることも見て取れる。
長期化についても同様だ[23]。下のグラフを見ると、年々「就職活動に9か月以上かかった」と答えた学生が増えており、2023年には43%にも上昇している。このように早期化や長期化は明確に進んでおり、その傾向は年々強くなっている。また2019年度はコロナ禍で採用選考の開始が遅れた為、3か月以内で就活が終わった学生が約35%いるが、採用傾向が戻った2020年度からは20%程度に戻っており、やはり早期化が進むと同時に長期化が進むのは避けられないようだ。
(令和5年度学生の就職・採用活動開始時期等 に関する調査結果について (概要) より引用[24])
おわりに
日本の就職活動は早期化や長期化をしており、その実態と影響を探ることができた。様々な立場の人に取材していく中で、早期化や長期化の意外な側面も垣間見ることができた。一方で単純な解決策を導き出すのは非常に困難である。取材を進めていくにつれ、採用選考日程の取り決めが岐路に立っていると感じた。今後の動きに要注目である。そのためには政府だけでなく、学生や大学そして企業が一体となって進めていかなくてはならない。
また、今回自らの違和感をもとにこの卒業制作のテーマを決めたのだが、通常話す機会がないような方々に話を伺うことができた。この記事には書くことのできない内容も多々お聞きすることができ、知見を広げることができた。就活の長期化がなければ、こういった貴重な話をお聞きし自らの学びを深める機会を増やせるというご意見もあったが、まさにその通りだと思う。
今回取材を受けていただいた全ての人に感謝の意を表したい。
注
[1] https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/n_z0604_00015.html
[2] https://www.swu.ac.jp/news/nid00007435.html
[3] https://www.swu.ac.jp/career/menter.html
[4] https://www.waseda.jp/inst/career/
[5] https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/gakuseishien/1422040_00004.htm
[6] https://career-research.mynavi.jp/column/20240408_71929/#i
[7] https://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/chousa01/naitei/kekka/k_detail/1411249_00012.htm
[8] https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/gakuseishien/1295499.htm
[9] https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/shushoku_katsudou/index.html
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[11] https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000949684.pdf
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[13] https://www.mhlw.go.jp/content/11800000/000949684.pdf
[14] https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/shushoku_katsudou/pdf/r050410s_siryou.pdf
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[19] https://www.keidanren.or.jp/speech/kaiken/2018/1009.html
[20] https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/gakuseishien/1422040_00004.htm
[21] https://www5.cao.go.jp/keizai1/gakuseichosa/index.html
[22] https://www5.cao.go.jp/keizai1/gakuseichosa/index.html
[23] https://www5.cao.go.jp/keizai1/gakuseichosa/pdf/20231208_gaiyou.pdf
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