【ファクトチェック】自民党・岸田首相「物価上昇率は政府の物価対策によって他国より抑えられている」は根拠不明。フジの討論番組で発言
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岸田文雄首相、2022年6月15日記者会見にて 公式HPより
対象言説
2022年6月19日のフジテレビ『日曜報道 THE PRIME』にて、自民党の岸田文雄首相は物価対策について以下のように言及した。
「ガソリン、電気、小麦、飼料肥料、さまざまなこの分野において、さまざまな対策を用意しているということであります。だからこそ、日本の物価上昇率、各国より抑えられている。こういった現状にあると思います。基本、根本は、この世界的な物価高ですので、その中で、日本のありようについて評価するべきであると。まあ考えています。」(1)
今回はこの発言の中から、「①日本の物価上昇率が他国より抑えられている」と「②物価上昇率が抑えられているのは、さまざまな分野におけるさまざまな対策によるものである」の二つに分けて、ファクトチェックをしていく。
選定理由
現在、物価高騰は市民の生活を直撃しており、今回の参院選の争点の一つとなっている。また発言者が、政策の最終的な責任を担う首相であること、全国区のテレビ番組での発言だったことから、番組放送後、SNS上では、岸田政権の物価対策の効果を疑問視する声が多く上がっていた。
以上から、この言説が有権者に及ぼす影響が大きいと判断し、対象言説として選定した
判定
物価上昇率が他国より抑えられている=正確
物価上昇率が抑えられているのは政府の対策によるもの=根拠不明
判定理由
他国と比較して、物価上昇率は抑えられている
ヨーロッパ諸国を中心に日・米含め38ヶ国が加盟する経済協力開発機構(OECD・Organisation for Economic Co-operation and Development)は2022年6月2日、OECD加盟国全体の4月の消費者物価指数(CPI)(消費者が購入する財・サービスの価格の平均的な変動を測定する指標)が前年同月比で9.2%上昇したことを発表した。(2)消費者物価指数が上昇すると、家庭の支出は増加し、収入が増加しない場合生活が苦しくなる。OECDが公表する各国の消費者物価指数を示したデータ Consumer prices, selected areas(3)によれば、アメリカ8.3%、イギリス7.8%、ドイツ7.4%と先進国各国の物価高騰が目立つ。一方で日本は2.5%の上昇率で、他国と比較して物価上昇率が抑えられていることが分かる。以上より、「物価上昇率が他国より抑えられている」という部分は正確である。
OECD Consumer prices, selected areas,Total(3)
物価上昇率が抑えられているのは政府の物価対策によるものか否か
現在日本では、企業がやり取りする物価の指標を示す企業物価指数(企業間で取引される財に関する物価変動を測定する指標)の上昇幅と、消費者がやり取りする物価の指標を示す消費者物価指数の上昇幅が乖離している。日本銀行が発表する企業物価指数(4)は、2020年平均を100%とすると、2022年5月に112.8%となった。一方総務省が発表する消費者物価指数(5)は、2020年平均を100%とすると、2022年5月には101.8%となっている。つまり企業が取引する財の価格上昇が販売価格に直接反映されておらず、何らかの方法で失われたコストが補填されているということだ。以下、コストの補填について、政府の物価対策によるものなのか、企業努力によるものかを検証した。
物価高騰下の現在、日本企業による価格転嫁の状況
上昇した生産コスト分を販売価格に反映し、まかなうことを価格転嫁という。一方これを行わず、企業内でコストカットを行うことは企業努力とみなされる。なお従来から日本企業は、価格転嫁する力が弱いと指摘されている(→補足参照)。以下、現在の企業の価格転嫁の状況を見る。帝国データバンクが2022年6月に行った調査(6)によれば、価格転嫁をしたいと考えている企業における、コスト上昇分に対する販売価格への転嫁割合を示す「価格転嫁率」は 44.3%にとどまった。これは仕入れコストが 100 円上昇した場合、 44.3 円しか販売価格に反映できていないことを示す。つまり価格転嫁をしたくてもできず、企業努力で値上げを抑えている企業が多く存在するということである。特に「運輸・倉庫」業界の価格転嫁率は 19.9% にとどまっている。
帝国データバンク 価格転嫁の状況(6)
また中小企業も価格転嫁に苦労している。横浜商工会議所が会員企業5000社に行ったアンケートでは、物価高でも価格転嫁できていない企業は 34%に、価格転嫁が一部にとどまると回答した企業が49%に達した。(7)
以上述べた通り、望む額での価格転嫁を実行できていない企業が多くいる。よって物価上昇率が抑えられているのは企業努力の結果である可能性がある。つまり「物価上昇率が抑えられているのは政府の物価対策による」と断定できず、根拠不明と判断した。
自民党政務調査会からの回答
岸田文雄首相の「政府の物価対策が物価上昇率を抑えている」という旨の発言が、どのようなデータに基づいたものか自民党政務調査会に伺ったところ、7月5日に以下の回答をいただいた。
「素原材料価格は、2021年初頭から上昇し、ロシアのウクライナ侵略後、エネルギーや食料価格の上昇を受け、再び上昇しています。また、消費者物価についても上昇しておりますが、その内容はエネルギーや食料価格の上昇が多くを占めています。
こうした経過を踏まえ、本年4月に総合緊急対策をとりまとめるなど、対策を講じており、一定の効果を発揮していると考えております。
具体的には、
・ガソリン価格は、激変緩和事業により、本来1リットル210円を超えるところを、170円程度に据え置いている。
・家庭向けの電気や一部のガス料金は、上限の設定により、一定の歯止めが掛かる仕組みになっている。
などの施策をすすめており、諸外国との比較でも、わが国の5月の企業物価上昇率は9.1%、消費者物価上昇率は2.5%であり、例えばユーロ圏の36.3%、8.1%と比べ、いずれも低く抑えることができていると考えております。」
つまりガソリン価格据え置き、電気・ガス料金の上限設定などの施策により、諸外国と比較して物価上昇率を低く抑えられていると考えている、との回答だ。
ガソリン価格の据え置き、電気・ガス料金の上限設定の施策実行は事実である(8)一方、それ以外の施策についての言及はなく、物価上昇率を抑えているのが政府の物価対策によるものというデータの提示はなかった。また価格転嫁を実行できていない企業が多くいるという指摘に対する返答はなかった。
以上より最終的に「物価上昇率が抑えられているのは政府の物価対策によるものだ」と断定できず、根拠不明と判断した。
(補足 価格転嫁できない日本企業)
日本企業は、生産コストの上昇に伴って価格転嫁を行う(消費者向けに値上げを行うこと)力が弱いとされてきた。以下は日本銀行が公表した各需要段階別企業物価指数の指数を示したグラフである。
日本銀行 需要段階別・用途別指数(2022年4月速報)(9)
企業物価指数の上昇率の幅が、素原材料(未加工の原料)、中間財(加工過程を経た製品で、原材料としてさらに使用されるもの)、最終財(消費者が実際に利用する物資)の順で縮小していることが分かる。このグラフより日本企業には、2021年以降の素原材料のコスト増加を、販売価格にそのまま反映しない傾向があったことが分かる。
さらに2021年の成長戦略実行計画案(10)によれば、製造コストの何倍の価格で販売しているかを示すマークアップ率について、1980年時点では他のG7諸国と大きな差がなかったが、2016年時点ではG7諸国の中で最下位である。
成長戦略実行計画案(2021)より
以上のように、日本企業には、製造コストを販売価格に反映する力が弱く、価格転嫁ができていないという特性がある。
脚注
(1)フジテレビ『日曜報道 THE PRIME』、2022年6月19日放送
(2)OECD、Inflation in the OECD rises to 9.2% in April 2022 as food and services prices accelerate Consumer Prices, OECD-Updated: 2 June 2022、2022年6月2日、https://www.oecd.org/sdd/prices-ppp/consumer-prices-oecd-06-2022.pdf
(3)OECD、Consumer prices, selected areas、2022年6月2日、https://www.oecd.org/sdd/prices-ppp/consumer-prices-oecd-06-2022.pdf
(4)日本銀行調査統計局、企業物価指数(2022年5月速報)、2022年6月10日、https://www.boj.or.jp/statistics/pi/cgpi_release/cgpi2205.pdf
(5)総務省、2020年基準消費者物価指数 全国 2022年(令和4年)5月分、2022年6月24日、file:///C:/Users/rerer/Downloads/zenkoku%20(1).pdf
(6)帝国データバンク 「100円のコストアップで、売価への反映44円にとどまる ~企業の15.3%が『全く転嫁できず』、特にトラック運送で厳しく~」、2022年6月8日、https://www.tdb.co.jp/report/watching/press/pdf/p220603.pdf
(7)日本経済新聞、2022年6月23日、地方経済面 東京、5ページ 「首都圏企業『物価高対策を』コスト高で苦境 消費喚起、不安感解消カギ(参院選2022)
(8)原油価格・物価高騰等に関する関係閣僚会議、「コロナ禍における『原油価格・物価高騰等総合緊急対策』、2022年2月26日、https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/genyukakaku_bukkakoutou/pdf/gaiyou.pdf
(9)日本銀行、需要段階別・用途別指数(2022年4月速報)、p.5、https://www.boj.or.jp/statistics/pi/cgpi_release/cgpi2204.pdf
(10)厚生労働省、成長戦略実行計画案、2021年6月5日、p.2、https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/seicho/seichosenryakukaigi/dai11/siryou1-1.pdf
*最終アクセス日はいずれも2022年7月7日
運営責任者=瀬川至朗
記事担当者=西村玲、杉江隼
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