コロナで顕在化したアジア系ヘイト―米カリフォルニア州で今、何が起きているのか


2021年3月16日、アメリカ南部ジョージア州アトランタ周辺のマッサージ店3か所で銃撃事件が発生した。8人もの犠牲者を生んだ事件の凄惨さは、全米を震撼させた。だが驚くべきは、犠牲者のうち6人がアジア系女性だったという事実だ。その人種の偏りはアジア系コミュニティに衝撃を与え、犯人に「人種差別的な動機」があったのではないかという憶測が広がった。

事件当時、アメリカではアジア系を標的とするヘイトクライム(憎悪犯罪)が相次いで発生していた。私自身も事件が「アジア系女性を狙ったヘイトクライム」である可能性を疑った。ところが当の犯人は、犯行に及んだのはあくまで「性依存症の誘惑を取り除こうとしたため」であり、人種が動機ではないと供述している。[i]動機は何であれ、犯罪の悪質さに変わりはない。罪のない命が奪われたことに心が痛むと同時に、激しい怒りを覚えた。

事件を機に、日本国内でも「アジア系ヘイトクライム」の報道が散見され始めた。アジア系の人々が激しい暴言や暴行の被害に遭う様子は、見るに堪えない光景だった。敬意を払われるべき高齢者たちが無残に殴打される姿が脳裏にこびりつき、眠れない日々が続いた。私自身、2年前にアメリカのカリフォルニア州へ留学していたこともあり、何より現地に暮らすアジア系の友人たちの安否が心配で堪らなかった。

そこで私は、2021年3月26日、インスタグラムで自身のアカウントのフォロワー865人の中からカリフォルニア州の居住者を対象にアンケート調査を実施した。「過去にアジア系ヘイトクライムを経験・目撃したことはあるか」という問いに対し、「はい」又は「いいえ」で答えてもらう非常に簡易的なものだ。有効回答者数13人のうち、「はい」と回答した者は4人だった。

知人や友人の中にも直接的、あるいは間接的に被害を受けた者が確かにいることを知り、愕然とした。自分がかつて滞在したカリフォルニア州で起きている「アジア系ヘイトクライム」を他人事とは思えず、このテーマを軸とする調査記事の執筆を決意した。

本調査記事は統計・文献調査に加え、アジア系ヘイトクライムの被害者、アジア系に詳しい専門家・社会活動家への取材内容をもとにして執筆した。調査の目的は、カリフォルニア州のアジア系ヘイトクライムの実態と社会的背景を明らかにすることだ。取材対象者には主にインスタグラム、ツイッター、フェイスブックのダイレクトメッセージまたはEメールで連絡を取り、オンライン取材を行った。

この記事が、身近な社会に潜む構造的差別を思索するきっかけになればと思う。

=取材・文=陳伊櫻、写真はⓒAFP PHOTO / JUSTIN SULLIVAN, 陳伊櫻

トップの写真は、カリフォルニア州サンフランシスコでアジア系差別に対する抗議デモに参加する人々。2021年3月26日撮影=ⓒAFP PHOTO / JUSTIN SULLIVAN

 

第1章 アジア系ヘイトクライムとは何か

早速、取材を始めよう―そう決意したものの、日本に住む私にとってオンライン上で「カリフォルニア州在住のアジア系ヘイトクライムの被害者」を見つけるのは容易いことではない。取材相手となりうる人の投稿を探すため、差別体験の共有や差別への抗議のために使われているハッシュタグ「#StopAsianHate」をSNS上で検索した。だが、膨大な投稿の中から条件に合う人を探し出すには相当な時間がかかる。

そこで、フェイスブック上でアジア系アメリカ人を支援しているグループを探し、参加者に被害者の連絡先を聞くことにした。まず目に留まったのが、「AAAAR-Asian American Alliance Against Racism」というアジア系差別に抗議するグループだ。

「AAAAR - Asian American Alliance Against Racism」のフェイスブックページ
「AAAAR – Asian American Alliance Against Racism」のフェイスブックページ

4500人以上もの参加者がアジア系ヘイトクライム関連の情報を共有しているこのグループでなら、恰好の取材相手と巡り合えるかもしれない。調べていくうちに、「70歳のフィリピン系アメリカ人がカリフォルニア州内の公園でヘイトクライムに遭った」と英語で書かれた投稿を発見した。すぐに投稿者に被害者の連絡先を伺うと、ありがたいことに2つ返事で教えてもらえた。

 

| 70歳の被害者、シーザーさんとの出会い

こうして私は、カリフォルニア州ロサンゼルス在住のシーザー・エチャーノさん(70)と出会った。シーザーさんはフィリピンで生まれ、30年以上も前にアメリカへ移住したフィリピン系アメリカ人の1世だ。取材はオンライン会議サービス「ズーム」で行う予定だったが、接続不良により急遽「メッセンジャー」という通話アプリを使って行った。「ズームには慣れていないんですよ」と恥ずかしそうに笑うシーザーさんは、「どこにでもいそうな優しいおじいちゃん」だ。取材中も終始笑顔を絶やさず、朗らかで親しみやすい印象を受けた。一体、彼の身に何が起きたのか。

「Messenger」で取材に応じてくれたシーザーさん=2021年8月25日 
「メッセンジャー」で取材に応じてくれたシーザーさん=2021年8月25日

2021年6月5日の午前11時半頃、シーザーさんはいつものように州内の公園「セリトス・パーク」を散歩していた最中に襲われた。にわかに若い白人男性が現れ、シーザーさんに向かって「こっちをじろじろ見るな、この野郎。アメリカにお前の居場所はない」と攻撃的で差別的ともとられる言葉を放った。決して口には出さなかったが、シーザーさんは心中で「アメリカ国民なのだから、私の居場所はここアメリカだ」と唱えたという。

やや離れた場所に停めていた車へ戻り助手席に座った瞬間、例の男性が再び現れた。彼は車のドアをこじ開け、シーザーさんの右目を思い切り殴りつけた。「自分の顔から血が噴き出るのをこの目で見ました。とても恐ろしかった」とシーザーさんは当時の状況を振り返る。殴られた右目は大きく腫れあがり、完治までに3週間もかかった。

襲撃直後のシーザーさん
襲撃直後のシーザーさん

だが、シーザーさんを襲った犯人は未だに見つかっていない。現場に監視カメラはなく、証拠写真を撮る余裕もなかった。「証拠はただ1つ、私の怪我だけです。犯人は今もどこかで他の人を襲っているかもしれないと思うと、本当に心が痛みます」とシーザーさんは嘆いた。

病院での様子。殴られた右目は大きく腫れあがった。
病院での様子。殴られた右目は大きく腫れあがった。

これがアジア系ヘイトクライムなのか、と胸を突かれた。どうしてこんなに温厚で気さくな方が標的となってしまったのか、と理解に苦しむくらいだった。「私の身にこんなことが起きるとは思ってもいませんでしたし、もう二度と同じことは起きてほしくありません。私たち高齢者がターゲットにされているからこそ、皆さんに伝えたいです―高齢者もヘイトクライムによって殺されうるのだと」シーザーさんの訴えを聞いて、彼のような被害者の「生の声」を伝えることの意義を痛感した。

 

データで見るアジア系ヘイトクライム

そもそも、「アジア系ヘイトクライム」とは何か。まず「アジア系」という言葉に関して、米国勢調査局は「カンボジア、中国、インド、日本、韓国、マレーシア、パキスタン、フィリピン諸島、タイ、ベトナムなど、極東、東南アジア、インド亜大陸の原住民のいずれかに起源を持つ人」と定義する。「アジア系アメリカ人」は厳密にはアメリカ市民権を持つ者を指すが、未だアメリカ市民になっていないアジア系住人もそれに組み込んで論じられることが多い。[ii]

続いて、「ヘイトクライム」とは具体的にどんな行為を表すのか。米連邦捜査局(FBI)は、「攻撃者の人種・宗教・障害・性的指向・民族性・性別または性同一性に対する偏見によって完全にまたは部分的に動機づけられた、特定の人間またはその属性を対象とする犯罪行為」と定義する。簡潔に言えば、「アジア系ヘイトクライム」とはアジア系アメリカ人の「アジア系」という属性に対する偏見を動機とする犯罪行為だ。調査では、この「アジア系ヘイトクライム」から焦点を当てていく。

まずはFBIが公表している、1996年~2020年の全米のアジア系ヘイトクライムに関する年次報告書を見てみよう。

全米ヘイトクライム
図1

1996年、アジア系ヘイトクライムの報告件数は350件を超えていた。国内経済が停滞していた1990年代のアメリカでは、中間層の間で「働いても暮らしが向上しない」という不満が高まっていた。その矛先が不法移民に向けられ反移民感情が盛り上がったことが、当時アジア系ヘイトクライムが頻発する要因となった。[iii]件数はその後2009年頃まで概ね減少し続けたが、2015年以降は一転して年々増加している。2020年には前年から120件以上増え、279件となった。

アジア系ヘイトクライムの被害者と加害者の属性には、どんな違いがあるのか。1992年~2014年に報告された478件のアジア系ヘイトクライムの統計から分析してみよう。

まず性別にみると、被害者は男性が約7割(66.9%)、女性が約3割(33.1%)となった。一方、加害者は男性が8割以上(84.2%)を占め、女性の割合は被害者の半分以下(15.8%)とかなり少ない。

人種別にみると、加害者は白人の割合が約4分の3(74.5%)を占める。非白人の割合は白人の約3分の1(25.5%)だが、その数は黒人系やラテン系を標的としたヘイトクライムよりも多い。

年齢別にみると、アジア系ヘイトクライムは34歳以下の若年層による被害・加害が約7割を占める。中でも18~34歳の被害者(46.2%)・加害者(45.3%)の割合は、全年代の中で最多となった。

| カリフォルニア州で進む暴力犯罪の深刻化

調査対象地域をカリフォルニア州に絞るからには、同州の基本情報を簡単に説明しよう。アメリカ合衆国西海岸に位置するカリフォルニア州は、温暖な気候と経済規模の大きさ、人種の多様性が特徴的だ。2021年時点で人口は約3923万人、GDPは3兆3534億ドルとどちらも全米最大の規模を誇る。[iv]

人口の15%以上(約578万人)がアジア系で構成されており、州内には華人や華僑が集住するチャイナタウン、韓国系や朝鮮系住民が集住するコリアンタウンなどのアジア系コミュニティが偏在する。またカリフォルニア州では人種的マイノリティである有色人種が人口の約7割を占め、比較的リベラルな政治信条を持つ国民が多い。

そんなカリフォルニア州では近年、アジア系ヘイトクライムの報告件数が増加傾向にある。図1で直近5年間の報告件数を見ると、2018年~2020年にかけ3年連続で増えていることが分かる。2020年には90件と、その数は前年度(43件)より2倍以上も増加した。

続いて、同州のアジア系ヘイトクライムの地域別被害状況を見てみよう。2020年の時点で被害者の人数は合計101人に上り、州内の18の地域で被害が見られた。被害者の人数が最も多かった地域はロサンゼルス郡(32人)であり、その後をサンタクララ郡(18人)、サンフランシスコ市郡(9人)、サンマテオ郡(7人)、オレンジ郡(6人)が続いた。

mapcalifornia

ロサンゼルス郊外のオレンジ郡アーバインに住む韓国系アメリカ人のジェンナ・デュプリ―さん(18)は、2021年4月11日の午前中に友人とスケートをしていた。アーバインは人口25万人以上の全米の都市の中で、凶悪犯罪の発生率が最も低い場所だ。[v]だが、ジェンナさんはここアーバインの「タスティン・レガシー・スケートパーク」で、中年の黒人男性に襲われた。

当初、男性はジェンナさんを性的な言葉で冷やかすなどの嫌がらせ行為をしていた。暫くして周辺でスケートをしていた友人にも同様の嫌がらせを始めたため、ジェンナさんは男性に対し不適切な言動をやめるよう忠告した。逆上した男性は、ジェンナさんに対し「北朝鮮の共産主義野郎。テロリストめ」などと人種差別的な暴言を吐き続け、攻撃する素振りも見せた。身の危険を感じたジェンナさんが催涙スプレーをかけると、男性はジェンナさんの着ていた服を破り全身を殴りつけた。

ジェンナさんの全身には複数のあざや傷ができた
ジェンナさんの全身には複数のあざや傷ができた

体中があざだらけになったジェンナさんは左肩と足首を骨折し、脳震とうも起こしていた。「全身の痛みはもちろん、あの日のことはとても恐ろしく忘れられません。この先も一生忘れないでしょう」アジア系ヘイトクライムがジェンナさんに与えたトラウマの深刻さが伝わる言葉だ。

カリフォルニア州法務省は、2016年~2020年の間に州内で報告されたアジア系ヘイトクライムを殺人・脅迫などの「暴力犯罪」と器物損壊などの「窃盗犯罪」の2種類に分類しそれぞれの割合を算出した。ジェンナさんが受けたヘイトクライムは、このうち暴力犯罪に相当する。

暴力犯罪の割合は、2017年以降4年連続で器物損壊罪より2倍以上高い。2020年には暴力犯罪の割合 (81%)が器物損壊罪(19%)の4倍以上に上った。同年の暴力犯罪の報告件数は72件となり、前年度(32件)より2倍以上も増加した。このように近年カリフォルニア州内で暴力犯罪が急増していることから、州政府による対策強化が急務と言えよう。

 

|「報告の壁」と「法律の壁」

アジア系ヘイトクライムが深刻化しているにもかかわらず、公的機関の報告書に記載された報告件数は実際よりも少ない。不十分な報告件数のため、アジア系ヘイトクライムの全体像を掴むことは極めて困難だ。

カリフォルニア州法務省によれば、アジア系ヘイトクライムが過少報告される原因は多くの被害者が警察署や保安局など、地元の法執行機関に被害を報告していない点にある。被害を報告できない理由としては、被害者であるアジア系移民が英語を話せない場合や母国語を使って報告できない場合があること、法執行機関に対する不信感の存在などがある。[vi]

私も複数の被害者に取材を依頼する中で、アジア系ヘイトクライムによる精神的打撃が大きく警察にも報告をしていないから、と依頼を断られたことがある。様々な理由で被害者の前に分厚い「報告の壁」が立ちはだかっていることを、身を持って実感した。

「報告の壁」を乗り越えたとしてもなお、アジア系ヘイトクライムの被害者には更なる困難が待ち受けている。1990年に連邦政府が作成した包括的な連邦法「ヘイトクライム統計法」がありながら、各州間でヘイトクライム対策となる州法の内容が異なるという「法律の壁」だ。ヘイトクライム統計法では、ヘイトクライム関連の統計の収集が司法長官に義務付けられた。

カリフォルニア州立大学でアジア系アメリカ研究を教えるマリー・ロレイン教授によれば、「アメリカの法律で厄介な部分は、全ての被害者を平等に保護できない点」だ。ヘイトクライム統計法があっても、各州がそれを遵守するとは限らない。その結果、州ごとでヘイトクライム対策の厳格さに差ができ、対策の緩い州では被害がより多くなる可能性も生じてくる。

例えば、ヘイトクライム対策の州法を制定する全49州のうち、カリフォルニア州などではヘイトクライム関連の統計の収集を義務付けている。だが、南部のミシシッピ州・アラバマ州を含む18州では義務付けていない。[vii]統計の収集が義務でない州がある限り、全米のヘイトクライムの統計は依然として不完全なままだ。

さらに、ヘイトクライムと考えられる被害を受けた者が通報しても、それを法執行機関がヘイトクライムと認めるケースは滅多にない。検察官がヘイトクライムとして通報された犯罪の起訴・不起訴を決定する際は、嫌疑不十分により不起訴処分とする場合が多いのだ。

カリフォルニア州法の刑法422.6条によれば、検察官が被告人をヘイトクライムで有罪とするには、以下の①-③を証明する必要がある。[viii]

①他人の市民権や憲法上の権利を故意に妨害するために力を行使したこと

②相手の実際の障害、性別、国籍、人種、民族、宗教、性的指向の全てまたは一部を理由として、犯罪行為を行ったこと

③被告人が、法的に保護された相手の権利を侵害する意図があったこと

このうち、1つでも証明できなければ被告人は不起訴処分となる。ところが特に②のような「犯罪は差別や偏見が動機となっているか」という問題は、被告人の心理状態に関わるため客観的に証明し難い。そのため検察官にとって、ヘイトクライムの立証は容易なことではないのだ。

マリー教授によれば、犯罪がヘイトクライムとして認定されにくい要因には検察官の立場も関係している。「検察官が起訴しても、判事が犯罪を立証不可能とみなせば棄却します。ですが検察官の職務は、『起訴すること』と同時に『判事に棄却されないようにすること』でもあるのです」ヘイトクライムの立証のしにくさ、そして判事への忖度の必要性という二つの課題に、検察官は直面せざるを得ない。

Zoomで取材に応じてくれたマリー教授。背景画は1968年、カリフォルニア州サンフランシスコのマニラタウンで当時アジア系が多く住んでいた「インターナショナルホテル」を立ち退きになった人々が警察に抗議する様子
ズームで取材に応じてくれたマリー教授。背景画は1968年、カリフォルニア州サンフランシスコのマニラタウンで当時アジア系が多く住んでいた「インターナショナルホテル」を立ち退きになった人々が、警察に抗議する様子

起訴が決まったとしても、多くの場合はヘイトクライムではなく「脅迫と暴行」などと別の類に変更される。実際、ジェンナさんは自身が経験したヘイトクライムを通報したが、2か月が経った後もそれが検察官から「ヘイトクライム」と認められることはなかった。ジェンナさん自身は「脅迫と暴行」としての起訴でも良いと考えていたが、担当の地方検事がヘイトクライムとして起訴されるよう粘ったのだ。だが、ジェンナさんを襲った男は嫌疑不十分で不起訴処分となり、現在も保釈されている状態だ。

アジア系ヘイトクライムに対処するには、法律だけでなく政府や教育機関を含む多方面での協働が欠かせない。マリー教授は、「法律上、教育上、そして政策上の課題はまだ山積みです。政府は中途半端なやり方ではなく、アメリカの全州が法を遵守するよう導かなければなりません。アジア系ヘイトクライムを根絶するための集団的努力が必要不可欠です」と語気を強める。

実は教授自身もフィリピン系アメリカ人であり、外出の際はアジア系と特定されないよう細心の注意を払う。「マスク・サングラス・帽子をつけ、催涙スプレーも持ち歩いています。アジア系ヘイトクライムに遭うかもしれないと考えると、本当に恐ろしいです」恐怖心の背後に、自分の身を自分で守るという強靭な意志が垣間見えた。

 

第2章 広がるヘイトインシデントの脅威

「ヘイトクライム」の類似表現に、「ヘイトインシデント」がある。前者が犯罪行為なのに対し、後者は非犯罪行為で「米国憲法修正条項下の権利である表現の自由によって法的に保護されている範囲内での、ヘイト(憎悪感情)が動機となって行われる行為や行動」を指す。中傷、侮辱、公共の場でヘイトに関する物を配布することなどがその例だ。

ヘイトインシデントは犯罪行為ではないが、特定の属性への差別や偏見を動機とするその性質はヘイトクライムに共通する。ヘイトインシデントが個人や所有財産を脅かす場合は、ヘイトクライムに該当する場合もある。[ix]

FBIが公表するアジア系ヘイトクライムに関する年次報告書以外にも、複数の非営利団体が団体への直接的な報告をもとにアジア系ヘイトインシデントの報告件数を集計している。本調査ではより大きく全体像を把握するため、非営利団体「Stop AAPI Hate」が発表するアジア系ヘイトインシデントの統計も扱いたい。

アジア系ヘイトインシデントの報告件数は、近年全米で急増している。「Stop AAPI Hate」によれば、2020年3月19日~2021年9月30日に同団体に報告された全米の被害事例(アジア系ヘイトクライム・ヘイトインシデントの双方を含む)は合計10370件に上り、このうち約9割がアジア系ヘイトインシデントにあたる。2020年の報告件数が4599件なのに対し、2021年は9か月間で既に5771件もの報告がある。[x]

州別の被害事例を見ると、被害の4割近くがカリフォルニア州(37.8%)に集中している。州内の34郡では、2020年3月~5月の間だけで800件以上もの新型コロナ関連のアジア系ヘイトインシデントが報告された。[xi]

| 私は4回もヘイトインシデントを経験した

ロサンゼルス郊外のオレンジ郡では、アジア系ヘイトインシデントが約1200%も増加している。[xii]オレンジ郡在住で韓国系アメリカ人のケイラさん(24)は、2020年1月~2021年4月にかけて4度も被害を受けた。

1度目は2020年1月頃にロサンゼルスの公道を歩いている際、20代後半で泥酔状態と思われる男性に「Stupid Asians!(愚かなアジア人め!)」といった差別的な言葉を浴びせられ、水筒を投げつけられた。その1か月後には地元のスケートパークで白人の少年に暴言を吐かれ、その父親らしき男に故意に車で轢かれそうになった。

2021年4月には、再び同じスケートパークで約30人の少年たちから人種差別的な言葉を投げかけられ、アジア系をあざけるジェスチャーの1つであるつり目の仕草をされた。これまでケイラさんを人種的な動機で攻撃してきた人々は常に男性だった。

Zoomで取材に応じてくれたケイラさん
ズームで取材に応じてくれたケイラさん

度重なる被害を乗り越え、ケイラさんは「アジア系の人々が殺され、攻撃される様子を毎日ニュースで見るのは精神的にとても疲れます。人々が私たちアジア系を人間として扱ってくれるよう切に願います」とため息をついた。1年3か月の間に4回もアジア系ヘイトインシデントを経験した被害者がいることは、事態の深刻さを表していると言って良いだろう。

 

| アジア系女性を襲う言葉の暴力

アジア系ヘイトインシデントの被害は、嫌がらせ(66.8%)が最大の割合を占め、忌避(故意にアジア系を避けること)(16.3%)、身体的暴力(16.1%)が続く。「嫌がらせ」にはストーカー行為や中指を立てるといったジェスチャーなども含まれるが、そのうち9割以上は「言葉による暴力」だ。[xiii]

実際、取材したアジア系ヘイトクライム・ヘイトインシデントの被害者全員が「言葉による暴力」を受けていた。中でもアジア系ヘイトインシデントの被害者は、偶然にも全て女性だった。全米のアジア系ヘイトインシデントの被害者は6割以上が女性で、その数は男性の2倍だ。[xiv]かつてアジア系ヘイトクライムの被害者には男性の方が多かったが、状況は変化している。

「言葉による暴力」には、アジア系の属性と新型コロナを関連付けるような明らかな差別発言が目立つ。具体的にどのような差別発言があるのか、そしてなぜ現在は被害者の多くが女性なのか、実際に女性たちが受けた被害を例に考えてみよう。

カリフォルニア州が緊急事態宣言を発出して間もない2020年3月頃、日本人留学生の森田藍友さん(22)はアジア系ヘイトインシデントに遭った。当時カリフォルニア州立大学サクラメント校に留学中だった森田さんは、学内のジムで黒人男性と見られる2人組からすれ違いざまに「コロナ」呼ばわりをされた。男性たちが自分に向けた、人を馬鹿にしたような表情が印象的だったという。「白人の友人と一緒に歩いていてもそんなふうに言われるのか、と驚きました」と当時の状況を振り返る。

同じ頃、アメリカに滞在していた中国人留学生も同様の被害を受けた。カリフォルニア州北部サンフランシスコに住むシェリー・ゾウさん(21)は、新型コロナが蔓延し始めた2020年3月~4月頃にかけて、複数回のアジア系ヘイトインシデントを経験した。店に行く度に周囲から怪訝な視線を向けられ、自分だけが意図的に忌避されていると感じたそうだ。シェリーさんは、こうしたことが起きるのは「社会的距離が必要だからかもしれないし、私が『ウイルスを持った中国人』だと思われているからかもしれません」と振り返る。

また、同時期に公道で信号待ちをしていた際、マスクをしていない黒人系・ラテンアメリカ系の若者集団に10回ほど暴言を吐かれた経験もある。シェリーさんは「多くのアジア系はマスクをつけて感染予防をしようと意識しています。(そういう意味では)差別される側の方が、差別している側よりも安全な状況なのではないでしょうか」と考える。

アジア系女性が受けているのは、新型コロナ関連の差別発言に限らない。同志社大学グローバル地域文化学部で北米移民研究を行う和泉真澄教授によれば、彼女たちは「アジア系女性」というだけで日常的に性的な言葉や容姿に関する不適切な言動を浴びやすい。

私自身はアメリカ留学中に差別的言動を浴びた経験はないが、友人から「yellow fever(白人男性がアジア系女性に対し性的指向を持っている状態を表す俗語)」のある男性には気を付けるよう忠告を受けたことがある。

アジア系女性は古くから、「蝶々夫人」や「ミス・サイゴン」[xv]といった舞台作品でも芸者や売春婦など、「かよわい女性」として描かれてきた。こうした描写がされる要因には、「従順でおとなしい」といったアジア系女性へのステレオタイプの存在がある。

和泉教授は、このステレオタイプが「アジア系女性は被害を受けても声を上げないだろう」という思い込みを作り上げていると主張する。そのため、アジア系女性はアジア系男性よりもヘイトインシデントの被害に遭いやすいというのが現状だ。

 

| ネット上にも蔓延するヘイト感情

アジア系ヘイトインシデントの被害が発生する場所は、公道が3割以上を占める。ベトナム系アメリカ人のヴィッキー・トランさん(24)は、2020年夏にカリフォルニア州の州都サクラメントの公道で、ラテン系と思われる親子連れの母親から差別発言を受けた。彼女はヴィッキーさんと母親のトレイシーさんを一瞥し、娘にその場から離れるよう促したという。

その際、「あの人たちに近づいたらコロナウイルスになるよ」という言葉がはっきりと聞こえた。「あの人たち」が自分と母親を指しているのが即座に分かり、自分たちがウイルス扱いされていることに驚いた。ヴィッキーさんは「とても衝撃的でした。母と私がウイルスを持っているとは限りませんから。怒りを感じたし、動揺もしました」と当時の心境を語った。

だが、アジア系ヘイトインシデントの起こりうる場所は屋外に限らない。注目すべきは、オンライン上の被害(10.1%)も少なくない点だ。2021年度の被害報告は前年より4%以上も増え、オンライン空間でも人種的動機に基づく誹謗中傷が深刻化していることが分かる。[xvi]

様々な被害を経験してきたケイラさんも、SNS上で差別的な誹謗中傷コメントを送られることが多々あった。その数は、2021年2月~5月の間だけでも数千件に及ぶ。中には「Ching Chong」(主に欧米人がアジア人をからかう際に使用される差別用語)といった彼女のアジア系という属性を揶揄する表現や、自殺を教唆する非常に悪質な言葉も見られた。ケイラさんは「涙が止まらず、3日間は家を出られませんでした」と初めて中傷的なコメントを受け取った時の心境を語った。

 

第3章 ヘイトの裏側にあるもの

第2章まで、統計や被害者の声をもとにカリフォルニア州でアジア系ヘイトクライム・ヘイトインシデントが起きている現状を調査してきた。ここからは、アジア系を狙った被害の裏側には一体何があるのか―その背景を探ってみよう。

 

| 暴力の引き金となった新型コロナウイルス

まず近年アジア系の被害が増加している背景には、新型コロナウイルスの存在がある。2020年8月に国際連合が発表した報告書には、「新型コロナが蔓延して以来、全米でアジア系への暴力事件が急増している」と書かれた。[xvii]和泉教授は、「新型コロナが社会に与えた大きなストレスが、アジア系の歴史やウイルスが中国発祥であること、米中間の緊張関係など複合的な要因と絡み合い、暴力の発生をもたらしました。その暴力が特にアジア系へ向けられたのです」と新型コロナとアジア系ヘイトクライムの関係を分析する。

アメリカでは、新型コロナの感染者数・死者数がともに全世界で最多だ。[xviii]身近な人を亡くし、経済的打撃を受けた人が大勢いるからには、新型コロナという未曽有の災禍が国民に多大なストレスを与えていることは確かであろう。

カリフォルニア州でも、新型コロナの蔓延を機にアジア系ヘイトクライムが増加している。2020年に同州で報告されたアジア系ヘイトクライムの件数は、州知事が緊急事態宣言を発出した3月(17件)と、その翌月の4月(15件)が飛び抜けて多い。このため、新型コロナの流行とアジア系ヘイトクライムの急増には因果関係があると考えて良いだろう。

| トランプ前大統領らが用いた差別表現

アメリカの調査機関「ピュー・リサーチ・センター」が2021年4月に行った調査によれば、5人に1人のアジア系アメリカ人が「ドナルド・トランプ前大統領はアジア系ヘイトクライムの増加要因の一つだ」と答えている。トランプ前大統領は新型コロナを「中国ウイルス」「カン・フル―」などと独自の名称で呼び、米国内では「差別表現だ」と非難を浴びた。[xix]

「Stop AAPI Hate」によれば、トランプ前大統領がアジア系に汚名を着せるような表現を含めたツイートは24件あり、それらは合計120万回以上のリツイートと400万件以上の「いいね」を得た。そのうち2020年3月16日に投稿されたツイートには、「アメリカは『中国ウイルス』の影響を特に受けた航空機産業などを強く支持します」などと書かれている。

トランプ前大統領による昨年3月16日のツイートは14万回以上のリツイートと30万件以上の「いいね」を得た=Stop AAPI Hate
2020年3月16日のトランプ前大統領によるツイートは、14万回以上のリツイートと30万件以上の「いいね」を得た=Stop AAPI Hate

同団体は、政治家が2020年1月~8月に投稿したアジア系に関する言説を含む1227件のツイートを分析した。すると、10件に1件以上の割合でアジア系に対する差別表現が含まれていることが分かった。全てのツイートは共和党の政治家によるもので、獲得したリツイート数は合計130万回以上に上る。[xx]

和泉教授は、「政治的に暴力を容認する雰囲気ができた際は、個人から個人への暴力が発現する傾向にあります。政治家が直接特定の人を攻撃したわけではなくとも、社会の中で暴力が増える条件が揃った」と政治家の差別的言動がアジア系ヘイトクライムへ転化した現状を捉える。

2021年1月に就任したバイデン大統領は、就任から1週間以内に連邦政府による差別用語の使用を禁じる大統領令に署名した。だが、未だにトランプ前大統領の影響が根強いと考える国民も少なくない。そのうちの1人であるジェンナさんも、「トランプ前政権の差別発言は、社会全体に『同じような発言をしてもよい』という雰囲気を生み出しました。とても危険で、許されるべきことではありません」と怒りを露わにした。

 

| アジア系と抑圧の歴史

アジア系ヘイトクライム・ヘイトインシデントの根本的要因に迫るには、アジア系が直面してきた歴史的な抑圧とそれがもたらした構造的差別への理解が不可欠だ。和泉教授によれば、その構造は二層から成る。19世紀末~20世紀前半頃の法的な差別と、戦後流入した新移民に対する差別だ。

最初にアメリカへたどり着いたアジア系移民は、大部分が中国系移民だった。彼らは「苦力(クーリー)」と呼ばれ、黒人奴隷廃止による労働力不足を補うため肉体労働に従事した。1848年にカリフォルニア州で金鉱が発見され「ゴールドラッシュ」が起きると、苦力たちは鉱山労働に携わろうとアメリカへ押し寄せた。1860年代には大陸横断鉄道の建設が始まり、労働力を確保するため中国からの移民が無制限に許可された。

1870年代に不況がアメリカを襲うと、低賃金労働に従事する中国系移民は逆風にさらされた。中国系移民を追い返そうと、社会的流動性や職業の機会を制限する複数の差別的な法が連邦議会で制定されたのだ。中国系移民への差別的な法の代表例が、1882年に中国人労働者の移民を10年間停止した「中国移民排斥法」だ。これは連邦政府が「特定の地域の秩序を乱す」という理由で移住労働者の入国を禁止した最初の法律だった。[xxi] 

同法の施行後、在米中国出身者によるアメリカ市民権取得も禁じられた。少ない賃金でも働く中国系移民の姿は、不況下で職にありつけないアメリカ人の目に邪魔者かつ脅威的な存在として映ったのだろう。

Zoomで取材に応じてくれた和泉教授
ズームで取材に応じてくれた和泉教授

中国系移民に限らず、日系移民排斥の動きも顕著に見られた。日系移民も20世紀初頭に西海岸に到来して間もなく、「国内の白人工場労働者を失業に追い込んでいる」として非難を浴びた。日系移民の人口が増えるにつれて、国内では反日感情が高まった。

そんな中、カリフォルニア州では1913年に日系移民の土地所有を実質禁止する「外国人土地法」が成立した。1924年には「排日移民法」も成立し、日本からの移住が全面的に禁止された。

さらに、1941年の日本軍による真珠湾攻撃を機に、翌年にはアメリカ西海岸に住む約11万2000人の日系移民が「軍事上の必要性」という名目で強制収容された。[xxii]このうち約7万人はアメリカ国籍だった。また日系移民は連邦法で「帰化不能外国人」と認定され、1952年まで帰化できなかった。

こうしたアジア系への法的な差別は、人種差別を禁じた1965年の公民権法の成立を機に解消されていく。だが20世紀後半になると、新たに戦後流入した新移民に対する差別が始まった。和泉教授は差別の背景をこう語る。「20世紀前半まで続いた歴史的な差別の土台の上にあるのが、近年の人口構成の変化に対する反動です。アジア系移民の増加率は現在、全移民の中で最大となっています」

実際、2000年から2019年にかけてアジア系移民の人口は81%も増加した。その数は2019年時点では1890万人以上だが、2060年までに3500万人を超えると推定される。[xxiii]多数派でないアジア系移民の増加率の高さはもちろん、アメリカとアジア諸国の間における貿易摩擦も、国内で反発を招いてきた。その結果、既に地位を確立したアジア系アメリカ人と新たなアジア系移民の双方に対する差別が見られるようになった。

市民権を獲得したアジア系は一定数いるものの、チャイナタウン周辺に住む新移民には英語話者でない者も多い。彼らがよそ者扱いを受ける一方で、英語を母国語とするアジア系も他者化されてきたと和泉教授は指摘する。「アメリカで生まれ育ったアジア系でも、『どこから来たの?』と聞かれることがあります。ですが、同じ質問が白人に尋ねられることはありません」出自を問う質問の根底には白人を「アメリカ人」とみなし、アジア系を「非アメリカ人」とする潜在的ステレオタイプが隠れている。

こうしたアジア系の他者化・人種化の流れは、カリフォルニア州を含むアメリカ西部が国土に組み込まれた時代から続いてきた。人種化というのは、アジア系が人種的な線引きによって「白人とは異なる集団」として分類されることだ。その証に、アジア系はヨーロッパ系移民と異なり容易に市民権を取得できなかった。

つまるところ、「歴史的に繰り返されてきた差別」と「新移民への差別」の二層から成る構造的差別が、現在も続く「アジア系は永遠の外国人」というステレオタイプを生み出したと言えよう。それが今、新型コロナを引き金に顕在化しているのだ。

 

第4章 #StopAsianHate―アジア系が1つになる日は来るのか

2021年5月、バイデン大統領は「アジア系ヘイトクライムは反アメリカ的」としてヘイトクライムへの対策法案に署名し、同法が成立した。この法律では、ヘイトクライムの取り締まり強化を図る警察の教育・訓練や、ヘイトクライムの報告資料をオンライン上かつ多言語で利用可能にすることなどが連邦政府によって定められている。[xxiv]

司法省にも新型コロナ関連のヘイトクライムの調査を行う窓口を設置するよう求めるなど、バイデン政権にはアジア系への暴力を抑えようとする努力が見られる。だが教育機関や市民団体の協力を抜きにしては、状況の改善は難しい。そんな中、一部の州では教育改革が起こり始めている。

 

| 今求められるエスニック・スタディーズ

2021年7月、アメリカ中西部のイリノイ州では新たな州法で「アジア系がアメリカの発展に貢献した歴史」の学習が義務付けられた。州内の公立の小学校~高校に通う学生は、2022年度から「アジア系アメリカ人がどのようにアメリカの経済、文化、社会、政治の発展に関わってきたか」を学ぶ。[xxv]

カリフォルニア州立大学のマリー教授によれば、「アメリカ人のアジア系に対する理解が不足している」原因はアメリカの教育カリキュラムにある。アメリカでは、多くの場合「エスニック・スタディーズ」の学習を学校教育で義務付けていない。エスニック・スタディーズとは、端的に言えばアジア系アメリカ人、アフリカ系アメリカ人、先住アメリカ人、ラテン系アメリカ人、ユダヤ系アメリカ人などを含む人種的マイノリティの経験や歴史を学ぶ授業だ。

カリフォルニア州でも、長年エスニック・スタディーズの学習が義務付けられていなかった。だが2021年8月、カリフォルニア州立大学では秋学期以降の入学者を対象に、エスニック・スタディーズの授業を最低1科目履修することが州法によって義務付けられた。10月には、同州の公立高校の教育カリキュラムの中でもエスニック・スタディーズの学習が義務化された。5年間にわたる議論の末、カリフォルニア州は高校生を対象にエスニック・スタディーズを義務化した最初の州となった。[xxvi]

カリフォルニア州立大学のエスニック・スタディーズの授業で、同科目の必修化をテーマに生徒らが議論を行う様子
カリフォルニア州立大学のエスニック・スタディーズの授業で、同科目の必修化をテーマに生徒らが議論を行う様子

マリー教授は、2020年の夏からカリフォルニア州立大学の学生と共にエスニック・スタディーズの義務化を推進してきた。「こうした形で多くの人々の努力が実り、とても嬉しいです」と喜びを語る一方、課題も残る。実際の授業では、「中国系アメリカ人」と「中国人」の違いを理解していない生徒がいることが発覚するなど、生徒の無知を実感することがあった。長い時間をかけて、生徒たちにアジア系に関する正しい知識を定着させていく必要があるだろう。

「アジア系アメリカ人」の民族構成は多種多様であり、決して一枚岩には語れない。教育を通して、差別の根源となりうる若者たちの無知を改め意識改革を促す動きが今、まさに見え始めている。

 

| アジア系住民の「声なき声」を届ける地域団体の取り組み

市民レベルでも、アジア系コミュニティへの支援活動が活発化している。2021年2月頃には、企業間でも次々とSNS上でアジア系差別に抗議する動きが見られた。ナイキやネットフリックス、コンバースなどの米大手企業が揃って「#StopAsianHate」のハッシュタグを使い、SNSの投稿を通して差別に抗議する姿勢を示したのだ。

同年2月20日にナイキがインスタグラム上で投稿した動画には、「私たちの心はアジア系コミュニティと共にあります。インクルーシブな(全ての人が共生できる)未来を創るため、パートナーと団結するのです」とアジア系を支持する旨が書かれている。


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同じ頃、全米で最も人種の混成率が高い都市の1つとされるカリフォルニア州のオークランド[xxvii]では、アジア系支援団体「コンパッション・イン・オークランド」が立ち上がった。団体の主な活動は、アジア系コミュニティの安全を守るためボランティア制で市内のチャイナタウン周辺を巡回することだ。参加者の年齢層は高校生から60~70代の高齢者までと幅広い。

創始者の1人で中国系アメリカ人のジェシカ・オーヤンさんによれば、2021年10月までに2500人以上が活動に賛同した。「アジア系以外のコミュニティからも支えられているため、団体は多様性に富んでいます。私たちは話し合いを通してお互いの共通点と相違点を学ぶことで、相手に対する偏見を無くしていくべきです」とジェシカさんは意気込む。

Zoomで取材に応じてくれたジェシカさん
ズームで取材に応じてくれたジェシカさん

カリフォルニア州を拠点に活動するベトナム系アメリカ人のジェームズ・メイさん(43)は、2021年4月頃にアジア系の支援と団結を目的に「AAPI United」という非営利団体を設立した。活動ではメールでアジア系ヘイトクライム・ヘイトインシデントの報告を受領するだけでなく、法的支援を必要とする人々に弁護士を引き合わせるなどの人材紹介も行っている。

団体のメンバーは10名程度で、望めば誰もが活動に参加できる。ジェームズさんは「私たちはマイノリティであることに甘んじず、アジア系以外のコミュニティにも積極的に関わり声を上げ続けなければなりません」とアジア系自らが行動を起こすことの重要さを語る。

一方、アメリカでは政治的立場の違いが人々の団結を阻みやすいという課題もある。二大政党制のアメリカでは、共和党は保守派、民主党はリベラル派に位置づけられる。共和党は敬虔なキリスト教徒である白人の支持層が多く、民主党は人種的マイノリティの支持を中心に集める。国民が保守派とリベラル派に分かれ真っ向から対立する様子は、米大統領選の中継映像でもよく観られるものだ。そんな中、リベラル派が主流のカリフォルニア州は民主党のイメージカラーから「青い州」とも呼ばれ、民主党の強固な支持基盤となっている。

ジェームズさんは以前、アジア系差別の抗議デモに参加した際に政治的立場を尋ねられ、保守派であることを伝えた。すると、突如として相手に「人種差別主義者」や「白人至上主義者」といったレッテルを貼られるようになったという。「『保守派だから人種差別主義者だ』と考えてしまう。政治的立場とは無関係の人種差別問題に政治を持ち込む人がいるのは、非常に残念なことです」とジェームズさんは嘆く。

Zoomで取材に応じてくれたジェームズさん
ズームで取材に応じてくれたジェームズさん

韓国系アメリカ人の社会活動家オリヴィアさん(45)は、2021年9月、カリフォルニア州北部を活動拠点とするボランティア団体「Asians With Attitudes(AWA)」がオークランドで開催したデモの運営に関わった。デモはアジア系ヘイトクライムへの抗議を目的としたものだ。

オリヴィアさんはこのデモを運営する際、参加者の政治的立場による分断を防ぐためデモに政治的中立性を求めた。「黒人系コミュニティと比べるとアジア系はあまりに分断していて、団結させるのは至難の業です。デモの政治化には資金集めをしやすくなるというメリットがありますが、私たちはあえて政治化しないことで人々に団結をもたらしたかったのです」とオリヴィアさんは真意を語る。彼女らの努力が実り、デモ当日は1000人以上もの人々が集まった。

昨年9月、デモに参加したオリヴィアさん(左から3人目)
2021年9月、デモに参加したオリヴィアさん(左から3人目)
| アジア系は政治的対立を乗り越えられるか

調査を通して、現在様々なアジア系コミュニティがアジア系の支援や啓蒙活動を行っているものの、政治的対立がその障壁となっていることが分かった。

政治的対立は抗議活動の場に限らず教育現場でも見られる。現在アメリカ国内の保守派を中心に、エスニック・スタディーズを始め多様性教育に対する激しい反発が広がっている。自身を保守派と位置付けるジェームズさんは、エスニック・スタディーズの有効性に疑問を持つ一人だ。「多様性教育を義務付ければ、『白人が生まれながらにして人種差別主義者だ』という発想が子供たちにも植え付けられてしまいます」と懸念する。

一方、和泉教授はこう反論する。「多様性教育は『白人が悪い』と教えるものではありません。『保守派とリベラル派の分断』という文脈から考えたとき、多様性教育は保守派の明確な攻撃対象となっている」教育現場でも保守派とリベラル派の政治的分断の根深さは顕著だ。

確かに、歴史的に考えればアメリカの政治・経済・司法は白人を中心に作り上げられたものだ。だが見方を変えれば、白人自身も移民法を始めとする法律が労働者階級間に生み出した人種差別の「被害者」になりうる。だとすれば、白人を含め特定の人種に対する憎悪や誤解を生むことなくアジア系の歴史を教える方法を、十分に吟味していかなければならない。「アジア系」をいかに教えていくべきかは、引き続き教育機関が主体となって議論を尽くすべき課題と言えよう。

アジア系が分断を乗り越えるための手段としては、コミュニティの垣根を超えた連携も効果的だ。和泉教授は「コミュニティレベルの『アライ(支援者)』の存在も重要です。アジア系コミュニティだけでなく、他のコミュニティも共に草の根レベルでアジア系への暴力を無くすための活動を行えば、影響は一層広がるでしょう」と支援の輪が広がることを期待する。

新型コロナは、歴史が生んだ構造的差別を暴力に転化する起爆剤となった。その暴力を根絶できるか否かは、今後アジア系が発揮する団結力と影響力の大きさにかかっている。アジア系が分断を乗り越えるには、政治的信条に捉われ同じコミュニティの仲間や「アライ」からの支えを拒絶することなく、人種間の壁を越えた相互理解に努める姿勢が不可欠だ。その姿勢こそが政治的対立を無くすための第一歩になると、私は信じている。
(記事中の写真・実名は全て本人の了解を得て掲載しています。)

注釈

[i]Atlanta shootings: Asian women among eight killed at three spas- BBC News

[ii] 村上由見子(1997)『アジア系アメリカ人―アメリカの新しい顔』中公新書vi

[iii] 村上由見子(1997)『アジア系アメリカ人―アメリカの新しい顔』中公新書p.96-97

[iv] U.S. Department of Commerce News Release - Gross Domestic Product by State, 3rd Quarter 2021

[v] City of Irvine 2021 Program Synopsis Awards & Recognition Awards

[vi] Anti-Asian Hate Crime Events During the COVID-19 Pandemic - Report – CJSC Publications - California Department of Justice

[vii] 49 states and territories have hate crime laws -- but they vary - CNN

[viii] California "Hate Crime" Laws, Penalties & Defenses (shouselaw.com)

[ix] 「ヘイトクライム ご自身と他の方を守るために知っておくべきこと」カリフォルニア州司法長官室被害者サービス課

[x] Stop AAPI Hate National Report 3/19/20-9/30/21 p.1

[xi] Asian Pacific Policy Planning Council-Over 800 COVID-19-Related Hate Incidents Against Asian Americans Take Place in California in Three Months p.1

[xii] Covid 'hate crimes' against Asian Americans on rise- BBC News

[xiii] Stop AAPI Hate National Report 3/19/20-9/30/21 p.6

[xiv] Stop AAPI Hate National Report 3/19/20-9/30/21 p.10

[xv] ベトナム戦争を背景に、白人のアメリカ兵とベトナム人売春婦の悲恋を描いたブロードウェイ・ミュージカル。プッチーニのオペラ「蝶々夫人」を原作とする。

[xvi] Stop AAPI Hate National Report 3/19/20-6/30/21 p.3

[xvii] Mandates of the Special Rapporteur on contemporary forms of racism, racial discrimination, xenophobia and related intolerance; the Special Rapporteur on the human rights of migrants; and the Working Group on discrimination against women and girls

[xviii] 2022年1月26日時点で感染者数は72,171,208人、死者数は871,937人。

[xix]トランプ氏 新型ウイルスは「中国ウイルス」 中国は反発- BBCニュース

[xx] Stop AAPI Hate National Report 3/19/20-9/30/21 p.9

[xxi] Our Documents - Chinese Exclusion Act (1882)

[xxii] Japanese-American Internment During World War II | National Archives

[xxiii] U.S. Asian population grew fastest of any race, ethnicity in 2000-2019 | Pew Research Center

[xxiv] 米 ヘイトクライム防ぐための法律 バイデン大統領署名し成立 | NHKニュース

[xxv] アジア系米国民の歴史、学校で教えることを義務化 イリノイ州 - BBCニュース

[xxvi] California makes ethnic studies a high school requirement | AP News

[xxvii] City of Oakland | Oakland's History of Resistance to Racism (oaklandca.gov)

 

参考文献

Anti-Asian Hate Crime Events During the COVID-19 Pandemic. (2021). - Report - CJSC Publications - California Department of Justice

https://oag.ca.gov/system/files/media/anti-asian-hc-report.pdf

Neil G. Ruiz, Khadijah Edwards and Mark Hugo Lopez. (2021). One-third of Asian Americans fear threats, physical attacks and most say violence against them is rising

https://www.pewresearch.org/fact-tank/2021/04/21/one-third-of-asian-americans-fear-threats-physical-attacks-and-most-say-violence-against-them-is-rising/

Stop AAPI Hate. (2021). National Report (through June 2021)

https://stopaapihate.org/wp-content/uploads/2021/08/Stop-AAPI-Hate-Report-National-v2-210830.pdf

Stop AAPI Hate. (2021). National Report (through September 2o21)

https://stopaapihate.org/wp-content/uploads/2021/11/21-SAH-NationalReport2-v2.pdf

Stop AAPI Hate. (2021). The Return of “Yellow Peril” Anti-AAPI Rhetoric and Policies Leading up to the 2020 Election

https://stopaapihate.org/wp-content/uploads/2021/04/Stop-AAPI-Hate-Report-2020-Candidates-and-Anti-Asian-Rhetoric-  201021.pdf

National Asian Pacific American Women’s Forum (NAPAWF) and Stop AAPI Hate.(2021). The Rising Tide of Violence and Discrimination Against Asian American and Pacific Islander Women and Girls.

https://stopaapihate.org/wp-content/uploads/2021/05/Stop-AAPI-Hate_NAPAWF_Whitepaper.pdf

Zhang, Y., Zhang, L. & Benton, F. (2021). Hate Crimes against Asian Americans. Am J Crim Just .

https://doi.org/10.1007/s12103-020-09602-9

アダルベルト・アギーレ・ジュニア、ジョナサン・H・ターナー(2013)『アメリカのエスニシティ 人種的融和を目指す多民族国家』明石書店

村上由見子(1997)『アジア系アメリカ人―アメリカの新しい顔』中公新書

 

この調査記事は瀬川至朗ゼミの2021年度卒業作品として制作されました。