コロナ感染者数は少ないが、貧困層の生活に懸念 ― ミャンマー在住のジャーナリストに聞く


 

メディアのニュースでは新型コロナウイルスの感染者や死者の多い国が取り上げられがちだ。近隣のアジアでは、日本より感染者・死者の少ない国も少なくない。そうした国の一つがミャンマーだ。アウンサンスーチー率いる国民民主連盟(NLD)政権はどのような対応をとったのか。国民の生活様式はどのように変化したのか。14年からミャンマーの最大都市ヤンゴンに拠点を置くジャーナリストの北角裕樹さん(44)に話を伺った。(取材・文=鳥尾祐太、写真=ⓒAFP PHOTO /SAI AUNG MAIN、©AFP PHOTO /Richard SARGENT、鳥尾祐太)

トップの写真は、新型コロナウィルスの感染を防ぐためにマスクを着用して通勤する人たち。ヤンゴンで2020年5月16日撮影=ⓒAFP PHOTO /SAI AUNG MAINAI)

 

国民的イベント「水かけ祭り」が中止に

2020年7月1日現在、ミャンマー国内における新型コロナウィルス感染者数は304名(うち回復者222名、死者6名)であり、大規模な感染拡大は起こっていない[ⅰ]。感染が拡大していない理由について、北角さんは次のように指摘した。
「確たることはわかりませんが、日本と同じようになんらかのファクターXがあるのだと思います。外国との往来を厳しく制限したのは、一定の効果があったとは思いますが」

2020年3月11日、世界保健機関(WHO)がパンデミック(世界的大流行)を宣言した[ⅱ]。この時点でのミャンマー国内における新型コロナウィルス感染者数は0名だった。しかしWHOの宣言を受け、ミャンマー政府は3月13日から4月末までの期間、祭りなどの集会を禁止することを発表した[ⅲ]。これにより、毎年4月に開かれていた「水かけ祭り」が中止になった。北角さんは、「ミャンマー人的には、水かけ祭りの中止が一番衝撃的だったのではないか」と振り返る。

3月23日深夜、初の新型コロナウィルス感染者2名が確認された[ⅳ]。感染者数の増加に伴い、夜間外出の禁止、5人以上の集会禁止、感染者が多い地区の閉鎖などを行った[ⅴ][ⅵ][ⅶ]。いずれも罰則付きで、逮捕者も出た[ⅷ]。対外的にはビザの一時停止を行い、3月31日からは旅客を乗せた飛行機の着陸を禁止した。[ⅸ]

北角さんもビジネスビザの更新手続きを迫られたという。「ミャンマーの首都はネピドーなんですが、そこにしか提出できない書類がありまして、(郵送してから)こちらに届くのに2週間ぐらいかかりました。合計4回(役所に)足を運びましたよ」

ミャンマーでは停電が頻繫に起こる。インタビューの前も、数十分間、停電していた。(2020年6月15日撮影)
写真中央が北角裕樹さん(2020年6月15日撮影)
軍事政権時代の影

政府は貧困家庭を対象に食料配布などを行ってきた。また5月18日には貧困家庭への現金給付を行うことを発表した[ⅹ]。しかし、7月1日現在、政策は実行されていない。背景には予算の限界がある。また北角さんは、他の理由として、「(ミャンマー社会には)国が規制したのだから、国が補償すべきだという発想がない」と考察する。ミャンマーは1962年から2011年まで続いた軍事独裁国家だった。また民主化を遂げたといっても、国会議員の25%は軍人が占めると憲法で規定されている[ⅺ]

新型コロナウィルスにより、世界中で、マスクを着用するという慣習が急速に広まった。ミャンマーも例外ではない。ヤンゴンでは外出時のマスク着用が義務付けられている。[ⅻ]多くの人は、出費を抑えるために布マスクを愛用しているようだ。布を切ってマスクの形にしただけの商品も多いが、一枚500チャット(約39円)で買うことが出来る。だが、「暑いという理由で、マスクを顎にかけているだけの人が多い」という。マスク文化が浸透するには時間がかかりそうだ。

マスクだけではない。テレワークもこの国には馴染みにくいという。その理由を北角さんは次のように指摘する。

「一つは 、インターネット環境 の問題。もう一つは 自律的に仕事ができる人たちでないと在宅勤務は成り立たちづらいということです」

ミャンマーではインターネット環境が悪く、停電も多い。また約50年間にも及ぶ軍事政権下で受動的であることを強制されてきた。軍事政権時代の「置き土産」が、新たな働き方を阻害している。

「フェイクニュース」

各国で新型コロナウィルスに関する「デマ情報」が拡散した。人々が、不確かな情報に飛びつくというのは万国共通の出来事であった。しかし、ミャンマーでは状況がより深刻だ。長らく国営メディアしか存在しなかったことで、国民はメディアの情報をあまり信用していない。その代わりに「クチコミ」を重んじるという。その影響もあり、「どこで何人感染者がいる」「銀行が倒産するんじゃないか」といった偽情報が流布した。

こうした問題がある一方で、政府が「フェイクニュース」とレッテル貼りをするケースもみられている[ⅹⅰⅰⅰ]

「政府が、 ポルノサイトと並んで『フェイクニュースサイト』の閉鎖の命令をしています。閉鎖されたサイトの中にはラカイン州情勢(*18年1月から武装組織と国軍との戦闘が続いている)を伝えるメディアもあり、(賛否両論の)議論があります」

国軍とAA(武装組織)による戦闘から逃げてきた人々。ラカイン州の一部地域では、政府によるインターネット遮断が18ヵ月以上続く。 2,019年1月25日撮影/ラカイン州ブディタウン (Photo by Richard SARGENT / AFP)
国軍とAA(武装組織)による戦闘から逃げてきた人々。ラカイン州の一部地域では、2019年6月21日から政府によるインターネット遮断が続いている。(2019年1月25日撮影/ラカイン州ブディタウン地区) ©AFP PHOTO /Richard SARGENT
貧困層の生活に懸念も

現在は、感染者数は304名と少ないが、状況が悪化する可能性も否定できない。医療体制が貧弱であり、一度感染拡大が起きてしまった場合、医療崩壊は必至だ。また経済的にも中国や日本などの投資に依存している。世界銀行によると、17年時点で、国民の24.8%を貧困層が占めている[ⅹⅰⅴ]。彼らの生活への影響は深刻であり、失業者がフードデリバリーの求人に殺到する事態になっているという。北角さんは、貧困層の生活がさらに窮乏していくことを案じる。

「親が、子供の進学を諦めたりするような将来を左右するケースが出てくることを心配しています。まだ(直接)そういう話を聞いたことはありませんが、既に起こっているのではないでしょうか」

(取材は2020年6月15日、Messengerのビデオ通話機能を利用してオンライン形式で行った)

北角裕樹(きたずみ・ゆうき)さん=東京都出身。早稲田大学を卒業後、大手商社に勤務。その後、日本経済新聞で12年間、記者を勤める。大阪市立巽中学校校長(民間人校長)などを経て2014年にミャンマーへ渡り、現地情報誌の編集者を勤めた。その後、独立しフリージャーナリストに。「ヤンゴン編集プロダクション」を立ち上げ、ミャンマーの政治、経済、文化など幅広い分野での発信を行っている。また現地でジャーナリスト教育も行っている。

<参考資料>

[ⅰ]在ミャンマー大使館、新型コロナウィルス(ミャンマー国内での陽性患者の発表:7月1日分)

https://www.mm.emb-japan.go.jp/profile/japanese/news/2020/new-145.html

[ⅱ]WHO、WHO Director-General’s opening remarks at the media briefing on COVID-19 – 11 March 2020

https://www.who.int/dg/speeches/detail/who-director-general-s-opening-remarks-at-the-media-briefing-on-covid-19—11-march-2020
[ⅲ]ミャンマーニュース、ミャンマー政府、最大の祭り「ティンジャン」を中止に:新型コロナ予防策

https://www.myanmar-news.asia/news_dL77Ak6dWI.html?ranking
[ⅳ]在ミャンマー日本大使館、新型コロナウィルス感染症(ミャンマー国内での陽性患者の発表)

https://www.mm.emb-japan.go.jp/profile/japanese/news/2020/new-19.html
[ⅴ]在ミャンマー日本大使館新型コロナウィルス(夜間外出禁止にかかるヤンゴン地域政府発表等

https://www.mm.emb-japan.go.jp/profile/japanese/news/2020/new-64.html
[ⅵ]在ミャンマー大使館、新型コロナウィルス(4月16日付保健・スポーツ省の発表について)

https://www.mm.emb-japan.go.jp/profile/japanese/news/2020/new-67.html
[ⅶ]在ミャンマー大使館、新型コロナウィルス(4月18日付保健・スポーツ省による発表について)

https://www.mm.emb-japan.go.jp/profile/japanese/news/2020/new-65.html
[ⅷ]グローバルニュースアジア、【ミャンマー】深夜デートのカップル、夜間外出禁止令違反で逮捕 ヤンゴンの感染拡大地域

http://www.globalnewsasia.com/article.php?id=6377&&country=4&p=1&fbclid=IwAR1DO45rqsOYmgxFb-1neNmLlX7pGxI0Jl-_416qsXxyhZ8BDZ0no7dp8cU
[ⅸ]日本貿易振興機構(ジェトロ)、外国人に対する入国ビザの発給を一時停止、空港も暫定閉鎖

https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/03/eb9c51021bf4231f.html
[ⅹ]The Irrawaddy、Timeline: Myanmar’s Government Responses to the COVID-19 Pandemic

https://www.irrawaddy.com/specials/myanmar-covid-19/timeline-myanmars-government-responses-to-the-covid-19-pandemic.html
[ⅺ]根本敬、「物語 ビルマの歴史」、中公新書、383-384項
[ⅻ]在ミャンマー大使館、ヤンゴンにおけるマスク着用義務付けについて

https://www.mm.emb-japan.go.jp/profile/japanese/news/2020/new-98.html
[xⅰⅰⅰ]グローバルニュースアジア、【ミャンマー】「フェイクニュース」サイトを遮断、通信業者ら抗議 ラカイン州情勢伝えるサイトなど

http://www.globalnewsasia.com/article.php?id=6283&&country=4&p=1&fbclid=IwAR1_pslYhcmrNqaM7fWWUDimPMI_wERjGm-5OTIEbASNwX6xXWa6dHitGWA

[ⅹⅰⅴ]The World Bank、 Poverty Report- Myanmar Living Conditions Survey 2017

https://www.worldbank.org/en/country/myanmar/publication/poverty-report-myanmar-living-conditions-survey-2017#:~:text=Estimations%20from%20the%202017%20Myanmar,per%20day%20are%20considered%20poor

*最終アクセス日はいずれも2020年7月6日

ミャンマーの新型コロナウイルス感染者数の日別推移(~2020年7月6日、3日間平均)=Our World in Data より
ミャンマーの新型コロナウイルス感染者数の日別推移(~2020年7月6日、3日間平均)=Our World in Data より

<追記>

2020年7月7日=新型コロナウイルス感染者数のグラフを追加

 

2020年度春学期の瀬川ゼミ演習Ⅰ(3年生のゼミ)では、新型コロナウイルスの問題を取材実習のテーマとし、それぞれリモート取材に取り組んでいます。「海外コロナ事情」と「早稲田とコロナ」という2つの特集企画で記事をお届けします。