奮闘する伝統工芸~新しい寄付のかたち『ガバメントクラウドファンディング』の視点から~


 

序章
|あんまり興味はないかもしれないけど、私の昔話

 

ずっと昔、小学生の頃。牛乳パックを小さくちぎって、水とのりに溶かし、それを漉いたことがある。ハガキサイズの紙が完成して、ざらざらとした触り心地に「ああ、この紙は世界で一枚だけなんだ!」と思った。どうしてそんなことをしていたかというと、私の住む八王子はかつて和紙で栄えた町だったからだ。伝統工芸の勉強に加え、リサイクル教育の一環として小学校で行われた。

教科書か、資料集か、何だったかは忘れてしまったけれど、本物の紙漉きの様子を映した写真を見て妙にワクワクした。そこで父に頼み、実際に紙漉き体験のできる場所を探してもらったのだが、八王子市内で出来る所は見つからなかった。10年以上も前の記憶なので曖昧だが、確か昔は行っていたところも、その時にはすでに辞めてしまっていたのである。「伝統工芸って、簡単になくなってしまうものなんだな」。ほんのり悲しい思いをした。

 

時はぐんと過ぎて、大学3年生の夏。私は就職活動に勤しんでいた。そんな中、とある企業の説明会でこんな言葉を聞く。「私たちの会社は介護施設も建設しています。介護士がいなければ介護施設は運営できません。ですから、介護士を養成する専門学校に奨学金を出しているんです」。不思議な話だが、私は企業説明会の中でこの言葉が最も印象に残っている。事業内容よりもだ! お金持ちの企業がどこかに寄付をする、なんてありがちな話だが、こんな風に先を見据えて寄付をしている、というのが衝撃的だった。「寄付をするにも、色々なかたちがあるんだな」。思えばこの時から、卒業制作では寄付について扱いたいという思いが生まれたのだと思う。

 

3年冬、寄付について卒業制作を書くぞ! と意気込んだ私は、さっそく行き詰まっていた。そもそも寄付というテーマは大きく、さらにこれまでにも良く研究されていて、新たに私がルポルタージュを書く意義が見当たらなかったのだ。ぼんやりしながら、大好きな日経テレコン[1]を眺めていたところ、とある言葉が目に留まった。「ガバメントクラウドファンディング(GCF)」。初めて聞く言葉に、いったいこれは何だろうと調べてみた。どうやら、ふるさと納税制度を用いたクラウドファンディングだというのだ。どんな事例があるのかを見ていったところ、『伝統・文化・歴史』に強く心を惹かれた。そこには必ず、自治体、事業者、寄付者の三主体が存在するというのが面白い。これまであまり研究されていない「GCF」と、魅力がいっぱいの“伝統工芸”。急に思考がクリアになった。私がこれを書くんだ!と。(取材・文・写真=今山和々子)

トップの写真は徳島県藍住町・藍の館にて撮影。藍を作る過程の模型。

 

 

第1章
|伝統工芸って、つまりなに?

 

伝統工芸。一口にそういっても、様々な種類があるだろう。江戸切子のようなガラス細工や、京友禅のような染織物、曲げわっぱなどの木工品…。経済産業省が定める「伝統的工芸品」は、235品目存在する(2019年11月20日時点)。これらは『伝統的工芸品産業の振興に関する法律』[2]の中の条件を満たしたものが登録されるものだ。

しかしながら、伝統工芸というのは決してそれだけではない。長年に渡り職人たちの間で受け継がれ、その地域に根付いていれば、それはもう伝統工芸である。

過去に伝統工芸について書かれた論文の中に、『伝統文化の継承と発展―伝統工芸の将来―』(柴田徳文,2015)』[3]がある。

 

ちなみにわが国では通商産業省が伝統的工芸品産業の振興を目的とした制度を作っているので、そこでどのように定義されているか概観してみよう。それが定義する「伝統的工芸品」とは以下のものである。(中略)ここに掲げたものは国が助成を行うための要件である。(中略)本稿では厳密な定義が目的ではないのでこれ以上深く立ち入らずに、それ(伝統工芸)を「わが国で長期間にわたってなされた、主として手作業が中心となって製品を作成すること」と考えて考察を行うことにする。

 

本ルポルタージュでも、上記の定義を用い、「伝統的工芸品」に登録されているものだけでなく、上記のようなものも「伝統工芸」と呼んでいく。

 

|伝統工芸って、今どうなの?

 

伝統工芸に欠かせないものといえば、材料、技術、そして職人だ。この3つがそろっていないと始まらない。しかしながら、大きな枠組みで見る伝統工芸は以前よりも明らかに衰退している。一般社団法人伝統的工芸品産業振興会の調査[4]によると、1979年に28万8千人いた全国の従事者数は、2016年度には約6万2千人と4分の1以下になっている。同様に生産額も5400億円から960億円に減少しており、こちらは5分1以下だ。技術革新による生活様式の変化や、農村の衰退による材料不足、都市部への人口集中などが要因とされている。

 

図1

〈図1:従事者数と生産額〉

 大きな枠組みで見る伝統工芸は厳しい状況であるが、そんな中でも、次世代へと継承するために奮闘する人々がいる。支援を募り、技術を遺したりその地域以外の人への周知などを行うのだ。その一つの手段として、GCFがある。

 

|ふるさと納税の基本をおさらい

 

 ガバメントクラウドファンディング(以下、GCF)とは、株式会社トラストバンクが運営する『ふるさとチョイス』内での独自のふるさと納税だ。[5]
GCFについて説明する前に、まずはふるさと納税制度について解説したい。ふるさと納税は、2012年から始まった事業で、総務省のウェブサイトには「選んだ自治体に寄附(ふるさと納税)を行った場合に、寄附額のうち2000円を越える 部分について、所得税と住民税から原則として全額が控除される制度」とある。東京在住の人であれば、本来ならば所得税と住民税は東京都に納めなければならないが、このふるさと納税制度では選んだ自治体へと税金が納められる。[6]

寄付を行った際、大抵の場合はその自治体から返礼品が送られてくるので、一種の通販のような感覚で利用できるのだ。よく「実質2000円で○○がもらえる!」とあるが、それは必ず2000円は納めなければならないが、2000円を超える分の納税額で返礼品を貰えるということである。何も貰わずにただ税金を納めるか、返礼品を貰って税金を納めるかであれば、後者の方が良いだろう。

もちろん自治体側にも利点がある。その自治体へのふるさと納税が人気になれば、本来であればその土地に住む人からしか得られない税収が、その土地の外からも獲得することができる。自治体の財政が豊かになれば、地方交付金では賄えないような政策も実施できるかもしれないのだ。また、返礼品をその土地の物にした場合には、特産品のPRとしても活用できる。

 

|GCFは一般的なふるさと納税と何が違うのか?

 

最近ではテレビCMも打ち出されており、すっかり有名になった制度である。では、そんな“一般的なふるさと納税”と、GCFは何が異なるのか。

最も大きな違いは「応援したいプロジェクトを選ぶところからスタートする」というところだろう。町の古くなってしまった建造物を遺したい、こんなイベントを実施したい、子供のために支援したい…。名前の通り、“自治体が行うクラウドファンディング”なのである。納税者は、欲しい返礼品を探して寄付するのではなく、応援したいと思うプロジェクトに寄付をするのだ。もちろん中には返礼品の用意があるものもあるが、その割合は、返礼品有り:返礼品なし=1:2となっている。

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〈図2:一般的なふるさと納税とGCFのふるさと納税のちがい(筆者作成)〉

GCFは、トラストバンクの創立者である須永珠代さん(現会長兼ファウンダー)が生み出したものだ。須永さんは、政府がふるさと納税制度を始めると聞いた際に「自治体が行うクラウドファンディングではないか!」と思ったそう。現在主流となっている「返礼品目当ての寄付」ではなく、「地域を元気にする寄付」という考えが先行している。そんな創業者の思いがあるからこそ、プロジェクトベースのGCFが運営されているのだ。

2013年9月に開始してから約7年、これまで掲載されたプロジェクト数は840、集まった金額は79億円を超えている(※2020年8月3日時点)。そんなGCFのカテゴリーの一つに、『伝統・文化・歴史』というものがある。そこを開けば、鮮やかな写真と、そして切実な願いの数々がタイトルとして表示される。自治体が主体となるGCFで、どのような経緯で職人と手を組み、GCFが行われたのか。そこにどんな思いがあり、どんな苦労があったのか。これまであまり取材されていない、自治体と職人たちの奮闘について、明らかにしていく。

第2章
|『神明の花火大会』の資金を集めたい(山梨県市川三郷町)

 

山梨県市川三郷町は、甲府駅から車で30分ほどの場所に位置する。千年以上の歴史を持つ和紙の技術を元に発展してきた花火の町で、『神明の花火大会』という県内最大規模の花火大会を実施しているのだ。2万発が打ち上げられ、例年20万人以上が来場する。花火のルーツは甲州武田氏の『のろし』と言われており、歴史ある伝統産業であることがわかるだろう。

この『神明の花火大会』のフィナーレの資金を集めることを目的とし、GCFが行われた。概要については以下の通りだ。

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〈山梨県市川三郷町のGCFページ[7]より〉

 役場にオンライン取材を申し込んだところ、渡邉健人さん(政策秘書課・ふるさと納税係主任)、石原一彦さん(政策秘書課・ふるさと納税係長)、秋山治久さん(商工観光課・観光係長)、芦沢祐弥さん(商工観光課・観光係主任)が答えてくださった。

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〈市川三郷町の四尾連湖にて撮影。秋山治久さん(写真左)と渡邉健人さん〉

まず、なぜGCFに参入しようとしたのか。「一つは神明の花火大会の打ち上げの資金調達をできないかということ。もう一つはGCFとして記事に載せられることで、PR効果も期待できるということです」(秋山さん)。花火のグランドフィナーレは町が協賛していて、大会の最大の見どころだ。秋山さん曰く「かなり高額」らしい。というのも、二尺玉という大きな花火が一つ60万円もするのだ。(後に分かるのだが、これでもかなりサービスプライス!)。ここにGCFで資金調達をすることによって、より豪華なフィナーレにできたり、町の財政が少し浮いたりと、良い事尽くめなよう。

最初にGCFに着目したのはふるさと納税係の人たちだった。「元々ふるさとお無勢をやっている私たちの係で、一番クラウンドファンディングに向いている事業の係長に声を掛けさせていただきました」(石原さん)。そうして選ばれたのが、観光商工課が担当している神明の花火大会というわけだ。

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〈市川三郷町役場にて撮影。石原一彦さん〉

 GCFを始めるにあたり大変だったことを問うと、ストーリー性を伝えることだと芦沢さんは話す。「神明の花火大会を含め、市川の伝統産業は花火です。やはり歴史がありますので、その歴史の中で神明の花火がどのような役割を果たしてきたのかというのをしっかり伝えるというのが特に大変でした」。寄付者からの“共感を得ること”がクラウドファンディング成功の一番の鍵だ。実際、総務課と協力しながら商工観光課が作成した神明の花火大会のGCFページは、一体どんな花火大会なのか、どんな歴史があるのかといったことが流れに沿って記載されている。クラウドファンディングのページだが、一つのコラムとして読んでも楽しいのだ。

寄付の多くは山梨県外からだった。「北は宮城から、南は大分まで、全国各地の方からご寄付をいただきました。特に東京が多かったのですが、近いというのがあるのか、人口が多いからなのか、その辺は分かりません」(渡邊さん)。新宿駅から市川大門駅(市川三郷町の駅)までは、乗り継ぎが良ければ2時間以内で行くことも可能である。人口ももちろんあるだろうが、神明の花火大会のファンという説も濃厚だ。

市川三郷町は、今回のGCFを経て、2020年は一般のクラウドファンディングにも挑戦している。新型コロナウイルスによって打撃を受けた花火業者を助けるためだ。結果はなんと580万9千円で、GCFの5倍ほど額が集まっている。「やはりGCFとクラウドファンディングでは見ていただく層も変わってくると思うので、今回はより幅広い形で訴えかけられるようにするよう一般のクラウドファンディングで行いました。効果は一定あったと思います」(芦原さん)。

GCFはふるさと納税制度を用いている以上、一人一人に控除を受けられる額の制限が存在する。一般のクラウドファンディング、特に購入型(何かしらのリターンがあるもの)はそのような控除がない=制限がないため、お金が集まりやすいという性質があるのかもしれない。

|「花火をきっかけに、他の産業や特産物もPRできれば」(株式会社マルゴー・齊木智さん)

 

役場の方々にオンライン取材をした数週間後、事業者の方に会うために実際に現地まで赴いた。その際、渡邉さん、石原さん、秋山さんがなんと私を車に乗せて案内をしてくれた。山梨の人ってなんて優しいの…!と感動してしまった。

そうしてまず訪れたのは、株式会社マルゴーさんだ。市川三郷町の山をぐんぐん登った先に事務所と工場がある。話を聞いたのは社長の齊木智さん。ニコニコ快活で、話しているだけで前向きになる、そんな方だった。

GCFの話が来た時のことについては、「ありがたいし、率直に嬉しかった」と話す。「いいなって印象は思っていても、どうしていいかわからないとか。進め方とかやり方もわからないので、そういうきっかけとかチャンスとかいただいた」。クラウドファンディングを知ってはいても、なかなか自分たちで一から立ち上げるのはノウハウが分からない。そんな時、役所の人が一緒になって企画することにより、また一つ挑戦になったのだ。

「普通のクラウドファンディングだと花火を上げるだけの収入源という感じがするけれど、GCFだとふるさと納税だから、地域のものというか、そういうイメージがあるでしょう。神明の花火というものをアピールするチャンスかなとも思います」。自治体の行うふるさと納税だからこそ、“それだけ”ではきっと終わらない。神明の花火大会に関するGCFのお礼の品では、シャインマスカットや四尾連(しびれ)湖の宿を選択できる。「花火は注目されやすいし、人も集まりやすいから、花火をきっかけに他の産業とか、他の特産物もPRできればいいなと思うよ」。齊木社長は市川への愛でいっぱいだ。

この取材には渡邉さん、石原さんも同席していたのだが、その場で次回のGCFについての話し合いも始まった。齊木社長は持ち前のコミュニケーション能力を生かし、様々なところからアイデアを吸収している。

「(以前参加した三陸の花火大会では)クラウドファンディングしてくれた方には、最優先で情報を提供しますと。それで来年度の観覧席を優先的に先行発売するというのをやっていましたよ。例えば神明の花火だったら、6月1日にチケットを発売するけど、前一週間を神明の花火にするとかね」

「せっかくだったら、3万円とか高くても、チケットが2枚ついてきて、一年間の四季に地域の野菜とか特産物がレシピ付きで届いたらいいですよね。(ふるさと納税とは)別で仕事としてそういうのをやっている人がいるんですけど、結構(売れ行きが)良いらしいですよ」

「とりあえず、チケット付きとかで(GCFを)やってみましょうよ。そのためには、今の時期から何かしないとですよね。例えば、来年の神明の花火の有料観覧席を付加価値を付けて売るための前進イベントとかね。どれくらい皆さんが(神明の花火大会を)気にしているのかも分かるし。来年の神明の花火大会開催決定記念のイベントとか…」

花火大会を、市川を盛り上げるための意見がポンポンと社長の口から飛び出した。事業者の方がこんなにも意欲的だと、自治体の方も気合いが入るだろう。

取材の帰りに花火工場を見学させてもらった。敷地は広く、小さな建物が沢山並んでいる。意外だったのは、女性の方も普通に花火を作っているということだ。「みんなが何かしら商品の製造に携わっています。事務方といっても、どっぷり事務ではなくて、空いた時間は花火の細かい作業をやってくれていますよ」。新しく見えるプレハブ小屋の、綺麗なフローリングの上でごろごろと転がし作っている。てっきりおじさん方が、もっと材料で黒くなった大きな小屋の中で作っているのかな、なんて思っていたので、私の想像していた花火工場のイメージとはまるっきり異なっていた。火薬を使用するということもあり、小さな建物で分けて作業しているようだ。

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〈市川三郷町内の工場にて撮影。機械を用いて花火の中身を作っている様子〉

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〈天日干しされている「星」と呼ばれる火薬〉

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〈上下:ゴロゴロと紙を張り付けている様子〉

|「やっぱり地元であるというのは大事」(株式会社齊木煙火本店・齊木克司さん)

 

続いて向かったのは株式会社齊木煙火本店さん。新型コロナウイルスの影響によって、今は営業日を縮小している。伺った日も休業日だったが、親切なことに齊木克司社長が対応してくださった。

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〈市川三郷町内のお店の前で撮影。齊木克司社長〉

早速、どのような思いでGCFに取り組んだのかと問うた。「また神明の花火を見たいという志しのなかで、みなさんの気持ちの範囲でという“願いような気持ち”でしかない」。クラウドファンディングとはつまり、“寄付をしてください”とお願いすることだ。あまり強くお願いすることはできないそう。「感謝の意を込めながら、弊社らしい良質な花火をお見せする。そちらに力を注ぎました」。応援してもらった分、職人として返すのはやはり技術の詰まった花火たちだ。お客さんの喜ぶ顔を想像しながら、長い時間をかけて花火を作った。

そうして実際に神明の花火大会が開催された。

「町民をはじめ色々な方々が足を運んでくれて、たまたま来れた方々が動画を拡散して、来れなかった方々に見てもらって…その花火を見た人たちは『綺麗だね』、『良かったね』、『元気いただきました』と言うのですが、最後に必ず『来年もやっぱり神明の花火を開催して欲しい』という言葉がついてきました。非常に嬉しかったですし、きちんと成果も、クラウドファンディングで神明の花火をやった目的も達成できていたのではないかなと思いますね」。

GCFの目標は“世界に誇れる花火大会にすること”だ。実は、神明の花火大会が現在の状態で復活したのは平成元年のこと。火薬取締規制によって中断されていた時期が存在するのだ。復活してからというもの、最初は10万人だった観客も、2019年には26万人と倍以上になった。神明の花火大会では、かの有名な墨田川花火大会では立地的な観点で上げることができない『二尺玉』も打ち上げられる。全国の名だたる花火大会と比べても決して劣らないのだ。毎年続けていくことによって、知名度は上がっていくだろう。何でも、川を挟んですぐ向こう打ち上げられる迫力ある花火は、一度見たらトリコになってしまうお客さんも沢山いるんだとか。

「やっぱり地元であるというのは大事ですね。地元のみんなが誇りに思って自慢してくれて、それがあってやっと広がっていくと思っているので」。

GCFで資金を集めているフィナーレでは、前述のとおり特別大きな花火・二尺玉が上がる。通常、他所の花火大会で上げる際には、物にもよるが一発80万円程度。しかし、神明の花火大会では一律で60万円と、かなりのサービスプライスだということがわかる。地元の花火大会を盛り上げるため、地元花火業者、そして役所が協力しあっているのだ。

齊木克司社長には、花火の技術的な面の話も聞かせていただいた。その中で、特に面白いと思った話をぜひ紹介したい。

花火“職人”になるには、最低で10年がかかる。花火づくりは大きく分けて3つのセクションに分かれていて、その中でさらに2つから3つに分かれるそうだ。そのため、一つの工程を1年ずつ学んだとして、一通りの花火を作れるようになるには理論上では最低で10年ほどが必要だそう。しかし、職人の道はそれでは終わらない。

「車の運転なら、教習所を出ればとりあえずは運転できる。でも上手にはならないよね。たとえばレーサーになるのであれば、もっと練習するでしょう」。

自身の思う最高の花火を作るためには、基礎を固めただけではダメだということだ。そこからさらに勉強を重ね、やっと“本当の職人”になれるのだろう。

「花火づくりって、本当に花火職人の性格が出ると言われているんだよね」。花火屋は全国に存在するが、それぞれの職人、会社によって、何が得意か、どんな色を見せるのかというのが異なるらしい。

「たとえば、花火の割れ方も色々あって、ダーン!と勢いよく割れて大きく開かせるのが好きなタイプの職人、会社さんがあったり、勢いよく割れなくてもいいからときちんと形をまんまるに出す花火屋さんもあります」

「花火の代表的な色は必ず紅(べに)と言われるんだけど、紅もピンク色のような明るい紅を出すところがあれば、もっと紅がかった濃い色を出すところもあります。色一つとっても全然違うんです。コンクールとかに行って一線で出てる煙火店同士で見れば、『ああ、あれはあそこの花火だ』と色を見ればかわります。色んな花火屋さんが混ざり合って打っていても、『ここの(場面の)花火はあれだね』というような話になるんです」

花火職人は、花火を見ただけで、一体どこの花火なのかということが分かる。絵画を見たときに、その作品を知らずとも「このタッチは何となくゴッホっぽいな…」と思うように、やはり一つの芸術ということで、それぞれ特色があるということだ(もちろん、ゴッホの見分けよりも難しいだろうが…)。

閑話休題。取材の最後には、市川でずっと花火職人をされている齊木社長に、神明の花火大会のどんなところが好きかを聞いてみた。「やっぱり一体感かな。花火とお客さんがコミュニケーションをとれるような気がして。花火師は何もしゃべらないんだけど、我々花火を打ち上げて、お客さんは花火を見てくれて、コミュニケーションが成り立ってるような気がします」。川を挟んで向かい合う職人と観客。その空間は、やはり特別なものだなのだ。

市川三郷町の章はここで終わりだが、ここまで本ルポを読んでくださった方は、「あれ、二つの花火業者の社長の名字が同じなんだな」と思ったかもしれない。そう、実はこの二店舗はルーツを同じくしているのだ。市川花火の起源は齊木郷作という人物。マルゴーのゴーは齊木郷作の『郷』だ。下の写真は市川三郷町にある花火資料館[8]にあった家系図で、文書で書くよりもずっと分かりやすいのでぜひ見て欲しい。ちなみに、花火資料館はオフシーズンの間閉館しているのだが、秋山さんのご厚意で見学させていただけた。

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〈花火資料館にて撮影。市川花火職人の系統図〉

昔と比べ花火業者は減ってしまったが、市川はやはり花火の町だ。花火工場があるということは、もちろん試し打ちも行われる。何でもない日に、突然町に花火が上がる様子を、役所の渡邉さん、石原さんは「小さいころから当たり前のように見てきた景色」と話していた。今は新型コロナウイルスによって大変な世の中になってしまったが、逆風にも負けず、市川花火の灯をともし続けて欲しい。

第3章
|藍の販路を増やしたい!(徳島県徳島市)

 

事例の二つ目は徳島県徳島市である。野球をやっている人なら『徳島インディゴソックス』[9]でピンとくるかもしれないが、徳島は藍産業が盛んだ。そんな藍に関するGCFが、2019年に実施されている。

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〈徳島県徳島市のGCFページより[10]

 藍産業の復興と銘打って、藍のクレヨンを作ろうというものだ。地元団体の多家良インディゴーズが、商品開発から、試作品の生産、試供品の提供、アンケート実施、商品改良…というように、商品として売り出すための前段階をGCFのプロジェクトに充てている。「藍のクレヨン(の試作品)は当初1000人に3本ずつ配布する予定でしたが、クラウドファンディングが目標額を下回ったため、1000本を作成し、1人につき1本配布することになりました」(徳島市農林水産課)。目標金額には達成しなかったものの、集まった額に合わせ数を変更し、予定通り1000人に配るとのことだ。新型コロナウイルスの影響でスケジュールが当初よりずれ込んでいるが、2020年の11月には既に試作品が生産されていた。

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〈図3:市民協働課からのメールより〉

 寄付金額としては徳島市内が全体の58パーセントとかなり市内からの寄付が多いことがわかる。これは取材を通して、市役所の方がかなり協力していたということが分かった。ふるさと納税は、居住地に寄付を行うと返礼品を受け取ることは出来ない仕組みになっているので、これらは純粋な寄付になる。市役所の中でもこのプロジェクトへの期待感があったのではないかと思う。

「GCFを行うことにより、徳島市の広報誌だけでなく、新聞やケーブルテレビなどでも取り上げていただく機会があり、事業について多くの人に知ってもらうことができました。GCFは、たとえ目標額を達成できなかったとしても、得られるものは大きいと思います」(徳島市市民協働課・板東真澄さん)。

一つプロジェクトとして立ち上げることで、広報効果が期待できるということが分かった。

一方で、徳島市ではマイナスな点も見られた。「今年度の『徳島市協働による新たなまちづくり事業』では、GCFを活用した事業提案の募集は行いませんでした。GCFを実施することにより、事業選定から事業実施までの期間が空いてしまい、事業にスピード感やタイムリーさがなくなってしまうからです」(坂東さん)。確かに、寄付の募集期間だけでも日数が必要となる。今回の事例では90日間だ。その前に事業選定をして、GCFのページを掲載するための準備をするとなると、あっという間に半年ほどかかってしまうだろう。自治体の仕組みにもよるだろうが、スピード感というのは一つ課題になるのかもしれない。

|「伝統産業ゆえのむずかしさ」(多家良インディゴーズ・川添将史さん)

 

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〈徳島市多家良地区にて撮影。川添将史さん〉

現地で取材させていただいたのは、徳島市で農業を営む川添将史さん。学生時代はミニコミ誌で記事を書いていたことがあるそうで、取材を快諾してくださった。『多家良インディゴーズ』は、同じ地域の新規就農者内で結成された団体だ。メンバーはそれぞれ品種もばらばらのものを作っている農家だが、共通の課題として夏に栽培できるものが欲しかった。そんな時、市の職員から「藍を作ってみませんか」と話があり、夏に栽培できることと、“藍”というものを栽培できる面白さから藍農家としての一面を持つことになった。私はてっきり、藍染めをする人が藍の葉っぱを育て、藍染めの原料となる『すくも』を作り、染め液を作るのかと思っていたのだが、藍を栽培するのと(藍農家)、藍染め液を作るのは(藍師)基本的には分業制らしい。

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〈多家良地区の福祉施設にて撮影。沈殿藍といった製法で作られたパウダー〉

GCFは市場調査のために行った。藍の販路は現在あまり多くはなく、その中で新たな可能性を模索しようということだ。

「いきなり商品を作って在庫抱えるのもリスクですし、どれだけ需要があるのかも分からなかったので、だったらクラウドファンディングなら丁度いいんじゃないかと思いました」。

実は、川添さんの出身は徳島ではなく北海道。大学だけでなく、明治大学大学院商学研究科で修士号もとっている。その経歴からか、客観的に物事を捉え分析していることが取材を通して見て取れた。また、プロジェクトを進めること自体には、農業の方が忙しくあまり携われなかったそう。市役所の方のサポートがあってこそ実施できたと話した。

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〈クレヨンの試作品で書いた絵〉

 クレヨンというアイデアは、徳島県でずっと藍を研究している人からのアドバイスがあったという。

「その方が一番僕たちに感性が近いというか、藍が今のまままま伝統を守り続けていたらどんどん衰退していくという危機感を持っています。もっと色んなことにチャレンジをして商品を作っていかないと、徳島県から藍が消えると思っているんです」。

実際、藍産業は受注生産のようなかたちになっている。毎年必ず藍を育てるというわけではないのだ。

「徳島では、藍といったら藍染めなんです。どうしても伝統工芸としての勢力が強いゆえに、新しいものがなかなか進まないというか…逆に青森県でも藍が製造されているらしいのですが、あっちの方が色々な商品を作ったりできていています」。

食藍(食用の藍。飴やそうめんなどに使われる)やクレヨン用の藍、藍染めの藍は、全て同じ品種のものをつかっているという。

「同じ品種を作っていても、新しいことにチャレンジできないというのはすごく感じていて、そこは伝統産業ゆえの難しさ。伝統産業という言葉は良いし、伝統を守るとか技術を守るというのは良いんですけど、それが実際広く普及しているかといったら、そんなに普及していないんですよ。県内でも藍染めの商品を着ている人はあまり見かけないですし、それが日本国内となったらかなり希有なほうになってきます。そういうところで、こういった(クレヨンのような)新しい商品を開発するとかいうのは大事なことかなと思いますね」

多家良インディゴーズの活動内容に、小学校などで藍染め体験を行う藍教育を行っているとあった。そこでふと思う。多家良インディゴーズが結成されたのは、2017年とわりと最近だ。では、それまでは行われていなかったのだろうか。川添さんは徳島市の出身ではないので、取材場所としてお邪魔させていただいた福祉施設の喫茶店の方に聞いてもらったところ、徳島市では義務教育の中でほとんど藍染め体験をすることはないそう。県外の私からすれば、徳島=藍!という印象があるが、県内では以外にも藍染め体験を一回もしたことがないという人もいるのだ。

伝統に甘んじていては、このままなくなってしまう。新たな販路の開拓は、この先何十年と藍を残していくにあたり、最重要の任務だ。

|藍の館で感じた地域差

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〈徳島県藍住町にある藍の館内の藍染め体験場〉

せっかく徳島に来て藍の取材をしているから、藍染め体験でもして帰ろう。そう思い、ペーパードライバーなりに車を走らせ、藍の館[11]にやってきた。ここは資料館で、藍染め体験のほかに藍の歴史、どのように作るのか、どんな種類があるのかなどを学ぶことができる。

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〈筆者が染めたハンカチ〉

 館内に入ると、まずは物販コーナーがあった。そしてその隣の部屋に、沢山のハンカチたちが吊るされているのが見えた。何だろうと思い足を踏み入れると、そこでは藍住南小学校の展示が行われていた。壁一面にハンカチが並び、どれも個性がある。平日の午前中だったので館内にはほとんど人はいなかったのだが、展示会場にはスーツを着た男性が先客として立っていた。そしてなんとこの男性、藍住南小学校の校長先生だったのだ。

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〈藍の館にて実施されていた南藍住小学校の展示〉

不思議な出会いもあるものだなと思う。校長先生に声を掛けられ、少しだけお話しをさせていただいた。なんと藍住南小学校では、藍の葉から作られる原料『すくも』から藍染め液を作るまで、『藍建て』と呼ばれる作業を子供たちが週に7日(なんと土日も!)行っているそうだ。

そして、その時川添さんの取材を思い出す。徳島市の人はあまり藍染め体験をやったことがないという話だったが、藍の主要産地である藍住町(徳島市とは別の自治体である)ではここまで地域に根付いたものなのか、と衝撃を受けた。車で30分ほどの距離なのに、県内でも藍教育は随分格差があると知った。

第4章
|越後与板打刃物を絶やさないために…(新潟県)

 

職人の高齢化に伴う後継者不足を解決しようとしているのが、新潟県で行われたGCFだ。

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〈新潟県のGCFページ[12]より〉

 越後与板打刃物とは、新潟県長岡市の与板地区で500年続く伝統工芸で、これは第1章に記載した『伝統的工芸品』にも登録されている。大工向けの鉋(かんな)や鑿(のみ)を製作しており、それらは神社やお寺の補修に携わる宮大工たちに愛用されている。出雲大社などの国宝や、伊勢神宮に使用されると聞くと、その道具たちの重要性が分かるかもしれない。

今回のGCFは、与板地区の製作所の中でも、水野鉋製作所に弟子を取ろうというプロジェクトだ。寄付金は県外からが約8割と多くを占めた。新潟県の地域政策課の方にメールで取材したのだが、GCFを始めるにあたり大変だったことは特にないとのこと。新潟県はいくつかプロジェクトを立ち上げており、もう慣れているのかもしれない。

|「GCFありきのプロジェクトではない」(ソラヒト日和・堀口孝治さん、金子将大さん)

 

 GCFページに載っていた事業者は『越後与板打刃物伝承会』だったので、取材を申し込んだ。すると、『ソラヒト日和』の金子将大さんからお返事がきた。ソラヒト日和は金子さんと堀口孝治さんの二人から成る、「『地域の魅力向上と課題解決』を目的とする市民団体」[13]だ。婚活や少子化対策、中高年の一人暮らしなど幅広くサポート活動をしていて、その活動の一環として今回のGCFも起案したそう。そこでGCFのことはソラヒト日和のお二人に、実際の伝統工芸については職人さんにお話を聞くことにした。

後継者育成のプロジェクトは、実は最初からGCFを行おうと思って始まったものではない。経済産業省の実施している『伝統的工芸品産業支援補助金』[14]というものが最初の入りだったそう。この補助金は、後継者育成の際に職人が本来の仕事を出来ない時間にお金を払ってもらうという使い方ができる。しかし、全体の3分の2の金額しかもらえず、残りの3分の1は結局自腹になってしまうのだ。残りの3分の1をどうにかして集められないかと、とあるNPOが運営している補助金まとめサイトを見ていた金子さんがたまたま見つけたのがGCFだった。「だからガバメントクラウドファンディングありきではないんです」(金子さん)。これまでになかったパターンだ。

500年続く越後与板打刃物。従来は『徒弟制度』といって、師匠のやっていることを邪魔せず目で見て学んでいく、というように後継者が育ってきた。しかしながら、それをするには15年以上もの月日が必要になる。70歳を超える高齢の職人に弟子を取らせるのは難しいだろう。かといって、付きっ切りで教えると本来の仕事ができず、収入が減ってしまう。そこで経産省の補助金とGCFを用いて、本来15年のところ5年で一人前にしてしまおうというのがこのプロジェクトだ。

お金を集め終わった後には、越後与板打刃物伝承会のホームページや、『四季の美』といった無料で伝統工芸の求人を載せられるサイトなどを利用し、まずは体験会に参加する人を募集した。すると、なんとすぐに10人以上の応募があったという。

「正直いって、こういう地味な仕事に応募してくれる人はいるのかなあと思ってましたね。工芸というジャンルの中でも、3Kの極地のような仕事なんですよ。汚い、きつい、危険。伝統工芸の中でも、業務を分担して作るところがあるでしょう。でもこれは一から全部自分で作るので、そういうところに魅力を感じた人がなんと多かったことか! 驚きましたね」(堀口さん)。

無事にお弟子さんを取ることができた。しかしながら、いくつか制度についてこれはどうなの?と思ってしまうこともあったらしい。経済産業省の補助金については、異常なほど書類が多かった。

「本来は職人さんの団体が作るわけですよ。なのにあまりにも面倒臭すぎる。書く量も多いし、とにかく用意する(証票などの)紙が多いですね。こういうのは無理なところは無理だと思います。みんな職人が高齢化してしまったところとか、そういうところにまずアプローチできないと思うんですよね」(金子さん)。

確かに、高齢の職人さんが提出書類を読み込み、領収書などの証票もくまなく管理して出すというのはハードルが高いように感じる。また、新潟県のGCFについても少々不可解な点がある。何でも、もらった寄付金からお礼の品の分の費用を出すことができないそうだ。

「たとえば100万円貰うじゃないですか。返礼品はそのお金とは別に出さなければならないんですよ。今回の場合はナイフだったので、自腹で水野さんが作って、その分の代金はもらえないんですよ。100万円分をこういう風に使いましたっていう領収書が必要なのですが、その領収書の中に返礼品を入れてはいけないんです。この制度を使うのは小さい団体が多いと思うので、別にお金を用意しなければいけないのはしんどいですね」(金子さん)。

通常は自治体が寄付額の3割分のお礼の品を買い上げ、7割分が寄付される。しかしながら、新潟県では寄付金の用途はあくまでもプロジェクト内容のためのもので、お礼の品は対象外とはっきり決まっているんだそうだ。この規制がなくなれば、例えば市川三郷町のように花火のプロジェクトに同じ地場産業のシャインマスカットをお礼の品として出すこともできる。しかし新潟県のGCFでそれをやるには、自腹で購入しなければならないのだ。

これまでで初めてGCFの欠点を見たような気分だ。念のためトラストバンク社にそのような制約があるのかも聞いてみたが、基本的にGCFの運営側でそのような規制は設けていないとのこと。新潟県はもう少し柔軟な対応が必要かもしれない。

 

|「俺の方も勉強なんだよ」(水野鉋製作所・水野清介さん、似鳥透さん)

 

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〈新潟県長岡市与板地区の製作所にて撮影。お師匠さんがお弟子さんに教えている様子〉

 ギコギコといった機械の音。刃物特有のにおい。カンカンカンと鉄を叩く音。水野鉋製作所を訪ねたとき、「こ、これが職人の作業場だ…」と思わず感動してしまった。製作所で作業されていたのは、越後与板打刃物伝統工芸士に認定されている水野清介さんと、今回お弟子さんとして入られた似鳥透さんだ。

鉋は一週間単位で製作している。この日はこの作業と決め、同じ作業を行うほうが効率が良いからだ。私の行った日も例外ではないのだが、水野さんのご厚意で鉋の刃を作る工程を、途中途中ショートカットしながらも目の前で実際に見せてくださった。写真も撮らせていただいたので、ぜひ見て欲しい。

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〈写真の窯の温度は1200度。鋼は赤く柔らかい状態だ〉

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〈ハンマーで叩く様子。似鳥さんは体験会でこの作業が最も難しかったと話した〉

水野さんの作る鉋は、『高炭素クロム鋼』を使っていて、これは水野さんならではのものだ。冒険感覚で作ってみたところ、意外と良かったということで15年ほど作られている。良いというのはどんなところが?と尋ねると、「それは大工さんの返事。俺が良い悪いを決めるわけではなくて、使う人が良い悪いを決めるからね」とのこと。大工用の鉋で、大工さんが良いというのなら、それは間違いないだろう。

弟子の募集には、なんと10人以上の応募があった。それに対してどう思ったかを水野さんに伺うと、「ぶっちゃけてもいいのかな。やめようと思ったよ」と笑った。「たった一人取るだけ。その他の人はせっかく受けてもらっても、何にもならないでしょう。最初は2、3人くればいいでしょうという頭で入ったから、そんなに鍛冶屋に興味がある人間がいるのかというのが驚きだったね」。ソラヒト日和の堀口さんも同じようなことを話していた。当人たちが思っているよりも、その魅力を分かっている、興味がある人というは多いのかもしれない。

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〈水野さんが説明のために作ってくださった鉋の刃。未完成品〉

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〈横から見ると、鋼が鍛接されているのが分かる〉

沢山の応募があった中で、似鳥さんを採用した理由を尋ねたところ、意外な答えが返ってきた。「(体験会に)来た中で、 雪にびっくりしないというところですね」(水野さん)。何でも、冬は毎日1メートルほど降るため、毎日雪と格闘してから仕事をすることになるそう。以前鍛冶屋仲間がお弟子さんを取った際、一緒についてきた奥さんが雪に耐え切れず辞めてしまったのだとか。似鳥さんは北海道出身なので、それについての心配は無用だった。

「あとは経歴が少し違うでしょう。会社辞めて、協力隊(青年海外協力隊・JICA)に行ってきたということがあったので、根性もあるんじゃないかとね。うちの奥さんが『その人が一番良いんじゃないか』と言ったのも決め手です」(水野さん)。ちなみに、似鳥さんはこの理由を聞くのはもう3~4回目だそうだ。NHKやテレビ新潟をはじめとした、数々のメディアがこの弟子育成プロジェクトを取材している。大変個人的な話だが、私のサークルの先輩がテレビ新潟におり、ちょうど1カ月ほど前までお二人に密着取材をしていたという不思議なご縁があった。

水野さんの話にもあった通り、似鳥さんは非常に面白い経歴の持ち主だ。地元北海道の高専を卒業し、工業大学、その先の大学院を出て、誰もが知っている大手精密機器メーカーに就職。しかし、果たしてこれは自分がやりたかったモノづくりなのか?と見つめ直し、なんとその後は青年海外協力隊としてタンザニアに派遣された。お弟子さんになってからは、『弟子の記録』[15]というブログも運営しており、専門の業者に依頼したのか?と思うほど、とにかくクオリティが高いのでぜひ見て欲しい。プログラミングの基礎は大学で勉強していたものの、ホームページを作るといったことは応用的な内容のため、独学で取得したそうだ。

そんな不思議な師弟コンビは、たった少しの間お話しさせていただいた私が言える事ではないかもしれないが、とても順調そうに見えた。「(弟子を取って教えるということ自体)全部が初めてなので、何をどうやっていいのかわからない。似鳥さんも勉強だろうけど、俺の方も勉強なんだよ」。お弟子さんの前で私にそんな風に話してくれる水野さんの素直さも、きっとその要因だ。

取材の最後は、定番の質問。与板打刃物の良いところを聞かせていただいた。「日本では鍛冶屋さんというのは三か所くらいしかなくて、その中でも鉋に関して言えば、一番安くて切れるのが与板打刃物です」(水野さん)。「世界にはなくて、日本にも数か所しかないところです」(似鳥さん)。二人ともその希少性について触れている。GCFはその伝統を残す、一つの手助けとなっていた。

5章
|色々な使い道のある伝統工芸×GCF

 

2章から4章にかけて、3つのGCF、伝統工芸について書いてきた。色々盛り込みすぎて長くなってしまったので、今一度まとめつつ、考察をしていきたい。

まずは山梨県市川三郷町。花火大会の資金集めということで、どちらかというと伝統工芸がというよりは、町としての資金集めの面が強かった。しかしながら、GCFを行ったことで収穫もある。株式会社マルゴー、齊木煙火本店ともに、主体となって別のクラウドファンディングを始めたことだ。GCFを経験するまでは、クラウドファンディングという言葉は知っていても、ノウハウも分からずやったことはなかったマルゴーの齊木社長は語っていた。一方の齊木煙火本店も、GCFの前までは実施したことはなかったが、現在は社長が理事を務める団体・『日本のはなび振興協会』 [16]で『富士山the絶景花火プロジェクト』[17]というものが行われている。自治体の人と一度GCFを行った結果、クラウドファンディングに挑戦するハードルが低くなったようだ。新型コロナウイルスの感染拡大により、全国の花火大会は軒並み中止になってしまった。生き残れるのは地力のある花火業者だ。ここで一つスキルが身に着いたことは大きいだろう。

次に、徳島県徳島市。市場調査としてGCFを用いた例だった。元々マーケティング系に強い川添さんが多家良インディゴーズにいたという好条件もあるが、なかなか面白い使い方ではないかと思う。GCFページにはあけすけに「市場調査です」などとは書いていないので、取材をしたことで意図がはっきりと分かった。

目標の200万円は達成できず108万5千円となった上、市役所内からの支援が多かったということは、まだ一般の方々への周知は十分とは言えないだろう。しかしながら、“藍産業を残したい”、“支援したい”という思いは汲み取れたはずだ。寄付者からのメッセージには、「もっと生活に藍を。ちょっと豊かになる藍のあるシーンを増やしてほしい!」、「日本らしさを表現できる文化のひとつを守る姿勢が素晴らしいと思います。世界中に発信もできたらと願っています」といった、伝統工芸を残すために工夫し挑戦する姿を応援する声が寄せられている。これから事業実施スケジュールに沿い、試作品の配布からアンケート回収、商品の改良を重ね、いつか文具屋に並ぶ日が来るかもしれない。

そして、新潟県。弟子を育てるためのGCFだ。伝統工芸、後継者不足、弟子を取りたいけれど取れない現状…人々の共感を得やすい内容だったのではないかと思う。そしてそのストーリー性の強さからか、メディアからの注目度も高いようだった。「無事にお弟子さんを取ることができ、何かソラヒト日和のお二人に声はかけましたか?」と聞いたところ、「もうしょっちゅう(ソラヒト日和の二人が)来ているので、特別何を話すというのもないです」(水野さん)と返ってきた。なんと、月に4、5回会っており、大抵は取材の連絡だそうだ。

そして特筆すべきは、GCFをするために立ち上げたプロジェクトではないということ。言ってしまえば、補助金がもらえるならどんな制度でも良かったのだ。しかしながら、内容はかなりGCF向きだったのではないかと思う。与板のみならず、日本の国宝や文化財を守っていく大切な仕事。県庁と共に行うことによって信頼感も強まる。ただ経済産業省の補助金を受け取るだけではきっとここまでのメディア露出もなかったはずだ。プロジェクトの筋がしっかり通っていれば、“GCFありきで始めなくても成功する”という一つの例となった。

 

|GCFの目指すところは…

 

本ルポルタージュを作成するにあたって、GCFの運営会社・トラストバンクの広報部の齋藤萌さんと宗形深さんにお話しを伺うことができた。GCFのそれぞれのページは、どれも質が高く、一つのコラムのように読んでも面白い。昨年までは自治体の希望などを聞きながら、伴走する形でふるさとチョイス側がタイトルや画像などページを作っていたそうだ。「今年からは、適宜アドバイスはしながらも自治体さん側でページを作成できるというような仕組みになっています」(齋藤さん)。希望があれば以前のようにもできるが、より自治体の自由度が高まったということである。

「その地域の自治体さんがしっかりと力をつけることが大切なんです」(宗形さん)。トラストバンクは、ふるさと納税についてこのように考える。ふるさとチョイスを立ち上げた当時から、創業者の須永さんが思っていることだ。単に自治体に寄付金が集まるだけでなく、共感を呼ぶ力、プロモーションのやり方を自治体が得ることができたら。「そこにノウハウを貯めるということです。試行錯誤してチャレンジして、時には失敗して。でも成功した体験から、またやるぞっていう思いになってという、そういう経験がすごく大切だという考えがあります」(宗形さん)。今でこそ通販のように利用されているふるさと納税だが、本質は自治体が力を貯めるためにあるのだろう。

また、GCFの一覧ページ左側には、実際に寄付をした方からの応援メッセージがリアルタイムで記載されている。それは自治体の担当者にとっての力の源になっているだけではなく、「今は応援メッセージというものがあることで、その地域を応援する一つのコミュニティの始まりのようになっている」と齋藤さんは話す。GCFがきっかけで、自治体と寄付者の間でコミュニティの和が新しく生まれているのだ。ふるさと納税と聞くと、どうしても他所の地域の人が寄付をするというイメージが先行するが、GCFはそういうわけでもない。応援メッセージの中には、「自分の住む県にこんな伝統があるなんて知らなかった」、「自分の街が大好きなので応援しています」など、比較的近くに在住していると思われる人からのものも多い。実際に2020年4月24日から実施された北海道のコロナ支援のGCF[18]では、開始3日間の寄付のうち94%が北海道民からの寄付であった。ちなみにデータが開始3日間の集計なのは、目標金額5千万円をたった3日で達成してしまったからである。

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〈図2:GCF『北海道ふるさと寄附金「今こそエールを北の医療へ!」 ~皆様の想いをカタチに変えて、地域医療を守ります~』における寄付者の割合〉

また、日本は諸外国と比べ、寄付金額が圧倒的に少ない。個人寄付総額と名目GDPに占める割合のデータでは、アメリカやイギリスだけではなく、隣国である韓国とも大きな差があることが分かる。「日本の個人寄付総額が少ないのは、寄付者率の低さに加え、一人当たり寄付平均額が低額であることが原因といえる」(日本ファンドレイジング協会、2016)[19]

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〈図3:個人寄付総額と名目GDPに占める割合〉

そんな中、ふるさと納税はどうだろう。返礼品目当てだとしても、最低金額は3000円からと、寄付にしては額が大きい。5000円から2万円ほど寄付する人も多いだろう。2016年時点ではふるさと納税を行った人は約10%であったが、単純に広まったこと、新型コロナの自粛の影響などで現在はもっと増えていることが予想される。そんな勢いのある中で、GCFが浸透していけば、さらに“寄付文化”が形成されていくだろう。ふるさと納税、そしてGCFは、単に地方自治体や企業のビジネスというわけではない。日本の寄付文化をこれからさらに成長させていくためにも、大事な一因を担っているということなのである。

 

|伝統の灯を消さないために

 

 伝統工芸について、そしてGCFについて長々と書き連ねてしまったが、私が最初にこのルポを書くことになったきっかけをもう一度記させていただく。一つは、“先を考えて寄付をすることが大切だと感じたこと”、もう一つは“伝統工芸の儚さ”だ。実際に取材を終えた今、この二つのテーマに沿って書けたのではないかと感じている。本ルポルタージュを読んだ人には、GCFという寄付のジャンルがあるということ、幼い頃紙漉きを知った私のようにどきどきするような職人の世界があるということを知ってもらえたら本望だ。GCFはふるさと納税のため、一般のクラウドファンディングよりもそこまで寄付のハードルは高くないのではと思う。また、自治体が実施しているため安心感もある。ぜひ一度、GCFのページを覗き、コラムのような記事を楽しんでみて欲しい。私のオススメはもちろん、新しい寄付の仕組みを使い、継承のため奮闘する、『伝統・文化・歴史』カテゴリーだ!

 

 

※注のないデータは、全て株式会社トラスバンクに提供していただいたものです。ありがとうございました。

 

 

[1]新聞や雑誌の記事を検索できるデータベースサイト

[2]経済産業省『伝統的工芸品』

https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/nichiyo-densan/index.html (8月10日アクセス)

[3]『伝統文化の継承と発展-伝統工芸の将来-』(2015,柴田徳文)

file:///C:/Users/Owner/Downloads/ajj_010_04.pdf

[4]一般財団法人伝統的工芸品産業振興協会『現状』

https://kyokai.kougeihin.jp/current-situation/ (8月10日アクセス)

[5]ふるさとチョイス『ガバメントクラウドファンディング®(GCF®)とは』

https://www.furusato-tax.jp/gcf/about?header (8月10日アクセス)

[6] 総務省『ふるさと納税のしくみ』

https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/furusato/mechanism/about.html (8月10日アクセス)

[7]ふるさとチョイス『「神明の花火大会」江戸時代、日本三大花火に数えられた市川花火を世界に誇れる花火大会にしたい!』

https://www.furusato-tax.jp/gcf/552

[8]神明の花火倶楽部『花火資料館』

http://shinmeinohanabi.com/?page_id=53

[9]徳島インディゴソックス

https://www.indigo-socks.com/

[10]ふるさとチョイス『「藍のクレヨン」で魅力を発信し、藍産業の復興につなげていきたい』

https://www.furusato-tax.jp/gcf/687

[11]藍住町『藍の館』

https://www.town.aizumi.lg.jp/ainoyakata/ (11月20日アクセス)

[12]ふるさとチョイス『500年の伝統をもつ「越後与板打刃物」の技術を後世に残したい!~後継者を発掘・育成し、継承~』

https://www.furusato-tax.jp/gcf/740

[13]ソラヒト日和

https://sorahitobiyori.site/

[14]経済産業省『伝統工芸支援補助金』

https://www.meti.go.jp/information/publicoffer/kobo/2020/k200109001.html (12月8日 アクセス)

[15]越後与板打刃物~弟子の記録~

https://yoita-uchihamono.com/ (12月8日 アクセス)

[16]日本のはなび振興協会

https://nihonnohanabi.com/

[17]CAMPFIRE『「the 絶景花火」プロジェクトを、世界文化遺産である“富士山”で 実現したい!』

https://camp-fire.jp/projects/view/312390

[18]『北海道ふるさと寄附金「今こそエールを北の医療へ!」~皆様の想いをカタチに変えて、地域医療を守ります~』

https://www.furusato-tax.jp/gcf/823 (8月14日 アクセス)

[19]日本ファンドレイジング協会『寄付白書2017』(2017)

 

このルポルタージュは瀬川至朗ゼミの2020年度卒業作品として制作されました。