中高齢者の地方移住・就農と地域活性化 ― 千葉県鴨川市の取り組みから


「地方創生」=若者を地方に送り出す。地域活性化政策にはこのようなイメージが定着していると感じるし、私自身もそう思っていた。しかし実は、中高齢層の人々が元気なうちから地方に移住し、地域貢献する新しい地方創生の形を、国としても推進している。その取り組みは実際にどのような成果をあげているのか。移住者はどのような思いを抱いているのか。その実態を取材すべく、自身の地元・千葉県の中で移住・就農政策に積極的な鴨川市に足を運んだ。そこで出会った高橋さんご夫妻(=トップ写真)を始めとする、移住者たちの考えと「繋がり」から見えたのは、地域活性化の新たな可能性だった。(取材・文・写真=内 友輝)

▼目次

はじめに
1章 移住者としての地域貢献と移住者同士の繋がり
2章 地域の繋がりを生む帰農者セミナー「かもくら」の実態
3章 鴨川市の現状と取り組み・中高齢者の移住による地域活性化
4章 移住者の視点から見る移住・就農の課題
5章 鴨川市の移住・就農の実態から考察する中高齢者の地方移住について


はじめに

東京都心部から千葉県南部へ、車を走らせること約2時間。房総半島の山地を横断してたどり着くここ鴨川市は、首都圏にありながら豊かな自然に恵まれた地域だ。沿岸部には、太平洋を望む「前原・横渚海岸」が広がり、サーファーや地元住民、老若男女で賑わいを見せる。山間部には、棚田百選に選ばれる「大山千枚田」が、木々を切り開いて広大に現れる。市内だけで海から山まで大自然を感じられるのが、鴨川の魅力だ。

上:前原・横渚海岸 下:大山千枚田[2020年10月21日撮影]
上:前原・横渚海岸 下:大山千枚田[2020年10月21日筆者撮影]
地図中、青く塗り潰された箇所が鴨川市の場所。
地図中、青く塗り潰された箇所が鴨川市の場所

私は幼少期を東北地方で過ごし、その後千葉県で10年ほど暮らしてきた。地方と都心部の両面を知り、また農業体験に従事した経験がある背景から、地方創生に興味を持っている。
そんな中、地方問題について調べていると、若者ではなく中高齢層の人々が元気なうちから地方に移住し、就農等活発に活動していく形の地方創生が推し進められていることを知った。今まで私の中では、若者を地方に送り出すことが、地域活性化における一歩として一般的だと考えていた。

「これは新しい視点だ、興味深い!」

そんな思いで、中高齢者の地方移住・就農について考察することにした。
冒頭に紹介した鴨川市は、私の地元・千葉県内でも移住・就農に対して積極的な取り組みを行っている。今までも何度か足を運んだことがある親しみのある地として、今回の取材対象とすることに決めた。移住と就農に力を入れるこの町の現状はどうなっているのか。移住者はどんな思いを抱いているのか。


1章 移住者としての地域貢献と移住者同士の繋がり
みかん園にて話を聞いた移住者の高橋稔さん(左)と真里子さん(右)
みかん園にて話を聞いた移住者の高橋稔さん(左)と真里子さん(右)[筆者撮影]

「町に何か貢献するという意味では、少しだけでもできているのかな、という自負はあります」。鴨川へ移住して10年目の高橋稔さん(66)は、自身の移住生活を顧みてそう答えた。

 

|移住し、借地で農業をするということ

取材に応じてくださった高橋さんご夫妻は、2011年に千葉市から鴨川市に移住した。息子さんが元々鴨川に住んでいて、定年後は鴨川へ移ることを前々から検討していたと言う。しかし勤めていた会社の都合により早期に退職、予定より少し早く移住を決断した。現在は、高齢のオーナーから管理を任されたみかん園やレモン園を中心に、農業を営んでいる。
「高齢化すればするほど後継ぎがいないという大きな問題があって。結局それは僕らが管理を頼まれなければ、今頃もう放棄地ですよ」。稔さんは真剣に語る。それに続いて真里子さんも、みかん園の管理を始めた当初の状況を振り返り言った。「(みかん園を)借りた時点ではジャングルだったから。ここら辺は全部枝打ちしたり、間伐したり、草刈りに入って」。

高橋さんご夫妻の手掛けるみかん園。当初は周りを覆う木々で十分な陽が当たらない状況だった。
高橋さんご夫妻の手掛けるみかん園。当初は周りを覆う木々で十分な陽が当たらない状況だった[筆者撮影]

高橋さんご夫妻は、移住した2011年から市主催の帰農者セミナーに参加している。そこで出会った知り合いの紹介で、現在のみかん園やレモン園のオーナーから管理委託をされるようになった。移住してきて自分の農地を持たず、借りた土地で農作物を育てることに不便さはないのか。尋ねると、しっかりオーナーと契約周りの話をつけていれば、却って楽だと真里子さんは答えた。「こういう人がいたんです。(オーナーから)お金はいらないと言われてみかん園を管理させてもらったのに、『ちょっと収穫させて、親戚来るから』と言われて、良いところを全部取られてその年の収穫は散々な目にあったとか」。中には法外な値段で借地料を要求しようとする人もいる。しかし、オーナーと規則面や料金面でしっかり取り決めすることで、特段困ることはない。高橋さんも、その点について不自由している様子はなかった。

 

|農業だけでは暮らせない、それでも地域貢献に

高橋さんご夫妻は、50代で地方移住し、就農した。中高齢者の移住・就農の先輩として、実際に農業の収入で生活を営むことができているのか尋ねた。結論から言うと、答えは「NO」だ。
農業の収入もないわけではないが、多くを年金に頼って生活している。実際に鴨川で、農業だけで生活するのは厳しいと稔さんは言う。「まぁ鴨川はね、畑でも野菜作りでも、何でもできますよ。できるんだけど、ご覧の通り平地がそんなにないから。田んぼは米どころだからあるんだけど[1]。大規模で畑をやる、というのはちょっと無理ですね」。鴨川は多種類の農作物が育つが、商業的に大規模な農業には向いていない。全てが「少数多品目生産」と言われていると、稔さんは語った。「みかんだってそうですよ。我々はこれだけ120本ぐらいやっているけど、大産地に比べたらこれは遊びみたいなものだから。僕らはこうやって、楽しんでやっている分にはちょうどいいんだけど」。自身についても、現状の規模では農業を生業にするには厳しいと評価した。

…なるほど。そうなると鴨川市では、移住者が就農しても、地域社会に還元できるほどの影響は与えられないのだろうか。地域活性化を手助けできる余地はないのだろうか。それでは焼け石に水…。しかし、ご夫妻の地域貢献に対する現状や思いを聞いて、その捉え方が変わってくる。

「みかんは地域通貨みたいなところがあるんです。例えば友達から、魚をもらう。そのお礼にみかんの季節になったら、みかん持っていくからねって。ローカルですよね」。真里子さんは自身の経験を楽しそうに話した。続いて稔さんも語る。「確かに(農業で)多少小銭は稼げているけど、小銭を稼ぐというよりもそうやって、面白い地域通貨みたいな形でモノが回るというか、そういった面も大きいですね」。確かに農業で多くのモノ・カネを動かし、市の社会経済に影響を与えることは難しいかもしれない。しかし、それだけが「地域活性化」貢献の全てではないのだ。鴨川市という地域全域には足りなくても、自分の住む周りの地域で、農作物は地域通貨の役割を果たす。それによってその地のヒト・モノの関わりや流通が活発になる。これは歴とした「地域活性化」への貢献と言えるのではないだろうか。
「ただ田舎に住みました、自給自足でやっています、だけでもいいんだけど、そこで町に何か貢献するという意味では、少しだけでもできているのかな、という自負はあります」。稔さんは微笑み、言った。

 

|偶然感じた“帰農者セミナー”で繋がる輪

稔さんは2011年の移住以来、同年から始まった市主催の帰農者セミナーに足繁く参加している。このセミナーは、主に移住者や農業を始める人など向けに開催される、農業を実践的に学ぶ会だ。現在、稔さんはセミナーで先輩移住者・アドバイザーとして、農業だけでなく移住など参加者からの地域に関わる相談に乗っている。ここが一種の、地域住民の「繋がり」を生み出す場となっているのだ。稔さん自身がセミナーで出会った方との繋がりで、今手掛けている果樹園を紹介されたのも、1つの良い例だ。そしてここに、そのセミナーの繋がりを偶然にも感じた話がある。

2020年8月の真夏に、私は鴨川への移住について話を聞くため、移住者である工藤統さん(58)を取材した。工藤さんは2018年9月に、それまで住んでいた神奈川県川崎市から鴨川に移った。そして現在は、カフェ&ゲストハウス「KOZUKA513」を経営している。
以前は公務員として勤めていたが、定年前に仕事を辞め、カフェやゲストハウスのようなことをやりたいと思い、移住を検討し始めたと言う。川崎に住んでいたため、初めは鎌倉や都内など、移住しなくても良い場所で考えていた。しかし、毎年のように趣味のサーフィンで訪れる鴨川に、段々と魅了されていった。「たまたまサーフィンにこっちに来ていて、鴨川の海の方にいつも泊まって帰る、ということをやっていて。あと大山千枚田ってありますよね。千枚田を知って、面白いなと思って、オーナー制度[2]に入って。それで、結局この辺でカフェをするのもいいかなと思い始めて、物件を探したんですよ」。その後、大山千枚田周辺をあちこちと回り、現在の物件に巡り会った。

工藤統さんと、経営するカフェ「KOZUKA513」のエントランス。大山千枚田へ車で5分少々の場所にある。
工藤統さんと、経営するカフェ「KOZUKA513」のエントランス。大山千枚田へ車で5分少々の場所にある[筆者撮影]

カフェと同様にゲストハウスも経営している工藤さんは、そこで野菜を育てるため、市主催の帰農者セミナーに参加したことが数回ある。というのも、このゲストハウスは「農家民宿」の扱いで運営しているのだ。様々な条件を考慮し、農家民宿の形をとったと言う。「農家民宿だと、農業体験とか収穫体験とか、あと近くの農業関係の紹介とか、地元の野菜を使った郷土料理とか。そういう体験が必要になるんですね。この物件には実は畑が2枚ついていまして、そういう意味でゆくゆくはちゃんと自分で、農業とまではいかないですけど、畑を作って、お客様に一緒に体験してもらって、というような形になっていくんだろうなと」。そのための経験の1つとして、移住前から何度かセミナーに参加し、農業の体験をさせてもらったと工藤さんは語った。

そしてなんと、セミナーに通ううち、アドバイザーの高橋さんご夫妻と知り合い、親しくなっていったと言う。「(高橋さんは)レモンとか作っているんですね。いろんな相談に乗ってくれたりするんですけど、そういう方のところに体験でうちのお客さんを送り込むということも、いずれできればいいなと思っています」。偶然にも先に話を聞いた高橋さんと、セミナーを通じて繋がりがあることを知り、私は驚いた。その他にも、セミナーを通じた地域住民との繋がりについて、自身の経験を話してくださった。「あと1回(セミナーで)会ったのが、今はもう本当に農業一本でやられている方がいて。その方は、今は通信販売の方が主なので関係ないんですけど、当時(農業を)始めた頃は、そこで穫れたものをうちの店頭で販売してみたりとか。それも帰農者セミナーの仲間でした」。また他に、パン屋を営む知り合いともセミナーで出会い、たまにカフェに来たり、相談を受けたりしてくれると語る。「移住してきてからいろんな繋がり、面白い繋がりがちょっとずつできているんだな、ということが実感できます」。

 

さて、ここまで移住者から見るリアルな鴨川や地域貢献、そして「繋がり」を示してきた。その中で特に気になるのが、偶然にも住民・移住者同士の繋がりを感じた「帰農者セミナー」だ。市主催のこのセミナーは、一体どのようなものなのか。このイベントの担当課である、鴨川市まちづくり推進課に連絡を取り、実際にセミナーを取材してきた。


2章 地域の繋がりを生む帰農者セミナー「かもくら」の実態

2020年8月22日、私は取材者として帰農者セミナーに参加してきた。その名も「鴨川暮らしセミナー」、略して「かもくら」だ。場所は、「無印良品」が手掛ける複合施設「里のMUJI みんなみの里」。初めて訪れたこの場所では、地元産の農作物直売所やカフェ、無印良品の店舗などが営業されていた。

左の「みんなみの里」には直売所・カフェ、右には無印良品の店舗がある。
左の「みんなみの里」には直売所・カフェ、右には無印良品の店舗がある[筆者撮影]

かもくらは帰農者セミナーのため、実際に畑で作業を行うとのこと。使う畑はみんなみの里と無印良品の建物の間を抜けた先にあった。

階段を降りた先に、かもくらで使う畑が!
階段を降りた先に、かもくらで使う畑が![筆者撮影]
こちらが今回使った畑。
こちらが今回使った畑[筆者撮影]

セミナー内容は回によって異なる。特に今回は真夏だったため、夏の時期に育てる野菜を取り上げているようだった。セミナーのスケジュールは下記の通り。

※途中1時間程度昼休憩あり
※途中1時間程度昼休憩あり

かもくらはまず、鴨川市まちづくり推進課職員の方の簡単な当日スケジュール確認から始まった。

説明をする鴨川市まちづくり推進課職員の都吉さん。次章で電話取材に応じてくださった。
説明をする鴨川市まちづくり推進課職員の都吉康成さん。次章で電話取材に応じてくださった[筆者撮影]

その後、かもくら初参加者の自己紹介がある。今回初参加の人は合計4人ほど。全体で15人程度(新型コロナウイルス感染対策で、規模を15人までに縮小しての開催)の参加者だったため、リピーターの多さを感じた。また、初参加者の自己紹介を温かい雰囲気で聞いて、和やかにセミナーが始まり、参加者同士の優しい空気も実感した。
自己紹介やアナウンスが終わると、次は早速実習だ。通常はみんなみの里のセミナールームで座学を受け、ポイントを教わったのち畑で実習を行う。しかし今回は新型コロナウイルスの感染対策で、最初から畑で、ポイントを教わりながら実習をすることになっていた。
実習は基本的に、まずポイントを講師から教わる。それを参加者は聞いたりメモを取ったりして、実際に畑で手を動かしてみる、という流れだ。講師は千葉県の農業事務所のOBが担当する。

参加者にポイント説明をする今回の講師の刈込先生。(中央)
参加者にポイント説明をする講師の刈込安義先生(中央)[筆者撮影]

「今日は収穫の方で、カボチャ、バジルなど書いてあるんですが、まずカボチャの方ですけど、普通の栽培は春植えて7,8月が収穫ということで…」。この日のセミナーの講師である刈込安義先生がカボチャやバジルの管理・収穫のポイントを説明し出すと、参加者は真剣な眼差しで話に聞き入り、手元の資料にメモを取る。疑問に思ったことは気軽に先生に聞いてみる。和やかながら熱心さの伝わる雰囲気で、実習は始まった。

カボチャの収穫について、実際に畑で説明する刈込先生とそれを聞く参加者たち。
カボチャの収穫について、実際に畑で説明する刈込先生とそれを聞く参加者たち[筆者撮影]
講師と参加者が近い距離感でコミュケーションを取れる雰囲気がある。
講師と参加者が近い距離感でコミュケーションを取れる雰囲気がある[筆者撮影]
実際にカボチャの収穫を実践する参加者たち。
実際にカボチャの収穫を実践する参加者たち[筆者撮影]
収穫した野菜。カボチャ以外にも、スケジュール予定にはなかったナスやししとうも収穫した。
収穫した野菜。カボチャ以外にも、スケジュール予定にはなかったナスやししとうも収穫した[筆者撮影]

実習が進んでいく中で私が感じたのは、先輩移住者の存在の大切さだ。先輩移住者はかもくらに毎回何人か参加し、「アドバイザー」として参加者をサポートする。講師は1人だが、先輩移住者は何人かいるし、より質問するハードルが下がるため、参加者と同じ目線でコミュニケーションを取れていた。この先輩移住者と気軽に話したり相談したりすることが、移住・就農に対してのかもくら参加者の不安を解消する一助になっているのだと感じた。前章で話を聞いた高橋稔さんも、アドバイザーとして今回参加していた。やはりアドバイザーとして参加しているだけあって、顔見知りは多いのか尋ねると、このセミナーを通じて出会った人の方が多いと話した。「2回から3回とか来ている間に色々情報交換したり、知り合いになったり。やっぱりすでに移住した人は、移住希望者にアドバイスしたり、聞かれたことに答えたりとか、そうしないとね」。

ここで昼休憩を挟み、次はどんな実習なのだろうと思っていると、休憩明け1つ目は「房州弁ネイティブ講座」というミニコンテンツが設けられていた。

房州弁を談笑しながら学ぶ参加者。
房州弁を談笑しながら学ぶ参加者[筆者撮影]
実際にセミナーで配られた房州弁ネイティブ講座の資料。(筆者による書き込みあり)
実際にセミナーで配られた房州弁ネイティブ講座の資料(筆者による書き込みあり)

「『はしかい』。○○さん、『はしかい』って普段使いますか?」「籾摺りやると、あぁ〜『はしけぇ』って」。「あぁ〜!痒い、かぶれる。標準語で言うとこのかぶれるって意味ですね!」地元の人しか知らないような方言を、参加者に問いかけながら楽しい雰囲気で教わる。方言も農業に関係があるようなものを抜粋して問題にしているようだった。

房州弁講座が終わると、また実習に戻る。次はセロリの管理についてだ。実践内容はセロリの畑での「すきわら」。私は初めて聞いた言葉だったが、乾燥を防ぐため、わらを苗の周りに敷き詰めていくことだと教わった。この作業は先輩移住者の主導のもと進められ、アドバイザーという立ち位置でしっかり参加者を指導する力があることを改めて感じた。

セロリ畑でのすきわらを実践。
セロリ畑でのすきわらを実践[筆者撮影]

そして次はキュウリの「定植」に移る。この言葉も聞き馴染みがなかったが、要するに苗をポリ鉢から最終的に栽培する畑に移し替える作業のことだ。ただ移し替えるだけでなく、水がよく浸透するよう手前に土で窪みを作りながら植えるなど、細かいポイントを教わりながら作業を進めた。「これだと水が流れてしまいますよ」。参加者同士でアドバイスし合いながら作業を進めているのが印象的だった。

丁寧な手つきでキュウリの苗を定植する参加者たち。
丁寧な手つきでキュウリの苗を定植する参加者たち[筆者撮影]

最後にはスキルアップチャレンジ企画として、ロープワークの実習があった。内容としては、ロープを杭などに簡単に結びつける方法や、軽トラックに乗せた積荷をロープで固定するやり方など。ここでも実際に、杭や軽トラックに結び付けて体で学ぶ。
私がかもくらに参加して、一番参加者同士のコミュニケーションを感じたのはこのロープワークだった。先輩移住者に近い距離感で教わるだけでなく、やり方を覚えた参加者が、まだわからない参加者にレクチャーする。「私は普段、違う方法でやっていますよ。こうやって…」。講師に教えてもらったものとは別の、自分が知っている結び方を参加者が周りに紹介する。自然と温かく、積極的なコミュニケーションが見られ、この雰囲気こそ「かもくら」の重要さに直結しているのだと痛感した。

軽トラックの積荷の固定を参加者に教える先輩移住者の高橋稔さん(左)。
軽トラックの積荷の固定を参加者に教える先輩移住者の高橋稔さん(左)[筆者撮影]

セミナーの途中、東京から移住希望で通い、今回で2回目だと言う方にかもくらの感想を聞くと、「楽しい!」と即答をもらった。一から農業を学ぶことができるため、実践的かつ新鮮でとても楽しく感じると言う。講師の方と知り合えるという大きなメリットについても尋ねてみた。「うん、全く初心者だからね。自分で家庭菜園でちょっと作っているくらいで。経験ないもの。楽しいから来ているよ」。終始目を輝かせて作業に取り組む様子が、強く印象に残った。

以上で実習は終了し、アンケートを記入して今回のかもくらは閉講となった。最後には参加者全員にたくさんの野菜がお土産として手渡され、取材として参加した私にも用意してくれた。参加者は皆、満足げな顔をして帰っていく様子だった。

私はかもくらに参加し、このセミナーには2つの役割があると感じた。
1つ目は、本来の目的通り就農スキルの勉強や野菜を育てることへの親しみの向上だ。何回も参加しているような参加者でも熱心に話を聞き、実践し、学んでいることが伝わった。また、まだ東京に住んでいて畑作業には慣れていない参加者は、スキル面だけでなく畑に触れる楽しさを手軽に感じられたようだった。そのような面で、かなり有益なセミナーであることは間違いない。
2つ目は、地元の人たちとの関わり、コミュニティ形成の手助けとしての役割だ。参加者同士が活発にコミュニケーションを取り、移住前も後も暮らしやすい環境をつくる。その上で、和やかでお互いに助け合い学び合える、その土台の関係性をつくることができるのが、このかもくらなんだと確信した。

今回、地域の人々の「繋がり」を生む帰農者セミナーについて、その実態を肌で感じることができた。それでは、この市主催のセミナーには、鴨川市としてどのような狙いがあり、どのような思いが込められているのだろうか。また、そもそも鴨川市がどのような高齢化状態にあり、どのような背景でこのように移住・就農の取り組みを活発化したのか。他にはどのような取り組みがあるのか。それらについて、次章で見ていきたいと思う。


3章 鴨川市の現状と取り組み・中高齢者の移住による地域活性化

|鴨川市の高齢化状況と中高齢者の地方移住について

ここまで、鴨川市の移住・就農について、移住者やセミナーなど具体的な人や取り組みから現状を示してきた。ここで一度、そもそも鴨川市がどのような人口状態にあり、なぜ移住・就農を推進しているか、見つめ直したいと思う。

まず、人口だ。鴨川市は海から山まで、自然や観光の資源が多い。しかしその反面、農村地域も多く、人口減少や少子高齢化が著しい。以下は、鴨川市の昭和46年(1971年)から令和元年(2019年)までの人口変動を示したグラフだ。実際の数値からも顕著な人口減少が確認できる。

図1 鴨川市の人口変動(1971〜2019年) (『鴨川市統計書(令和元年版)』〈http://www.city.kamogawa.lg.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/56/R01toukeisho.pdf〉(2020年12月25日閲覧)をもとに作成)
図1 鴨川市の人口変動(1971〜2019年)[3]

(『鴨川市統計書(令和元年版)』〈http://www.city.kamogawa.lg.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/56/R01toukeisho.pdf〉(2020年12月25日閲覧)をもとに筆者作成)

さらに、年齢3区分別人口の構成比からは、鴨川市が全国、県平均よりも少子高齢化が進行していることが分かる。以下はそれを示したグラフだ。

図2 2015年鴨川市・千葉県・全国の年齢3区分別人口の構成比 (総務省統計局『平成27年国勢調査』〈https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00200521&tstat=000001080615&cycle=0&tclass1=000001089055&tclass2=000001089056〉(2020年8月12日閲覧)をもとに作成)
図2 2015年鴨川市・千葉県・全国の年齢3区分別人口の構成比

(総務省統計局『平成27年国勢調査』〈https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00200521&tstat=000001080615&cycle=0&tclass1=000001089055&tclass2=000001089056〉(2020年8月12日閲覧)をもとに筆者作成)

その現状を踏まえ、近年鴨川市は移住・就農を促す取り組みに注力している。移住・就農の活発化により、地域活性化を実現するためだ。しかし、鴨川市へ移住・就農のため流入する年齢層は中高齢が多い。先述の通り、「地域活性化」や「地方創生」と言うと、若者を地方に呼んで…というイメージが先行してしまう。中高齢者の流入による地域の活性化は期待できるのか。

実際に若者でなく、高齢者の地方移住による地方創生について、「日本版CCRC(生涯活躍のまち)」という構想・取り組みがある。これは2015年にまち・ひと・しごと創生本部の有識者会議で発表された、国としての地方創生推進案だ。その「生涯活躍のまち」構想最終報告の資料によると、日本版CCRCは「東京圏をはじめとする地域の高齢者が、希望に応じ地方や『まちなか』に移り住み、地域住民や多世代と交流しながら健康でアクティブな生活を送り、必要に応じて医療・介護を受けることができるような地域づくり」を指す。[4] このCCRCとは、「米国で普及するContinuing Care Retirement Communityの略で、健康な時から介護時まで継続的なケアが提供される高齢者の共同体」[5] であり、それを日本社会に当てはめて再考したのが日本版CCRCだ。このように、元気な高齢者の地方移住から始まる地域活性化の形が、今日の日本で求められている。

 

|市への取材「きっかけはふるさと回帰支援センターの設立」

鴨川市の現状、国として推進する中高齢者の地方移住について整理できた。次は、鴨川市が移住・就農の取り組みを推進する背景や狙いについてだ。今までで述べてきたように、鴨川市では近年移住・就農に注力している。これらはいつ、どのような背景から始まり、具体的にどのような取り組みを行っているのか。そこで私は、鴨川市の移住・就農に関する部分を担う、鴨川市まちづくり推進課に連絡をとった。そして前章のかもくらでも担当をしていた同課の都吉康成さんに、電話とメールで話を聞いた。

まず、移住・就農への働きかけを始めた経緯について尋ねると、ふるさと回帰支援センターの設立が1つの区切りとなっていると回答をもらった。この設立以前は、当時の担当部署である農林水産課において、都市との交流により農業・農村の活性化を図ることに力を入れていた。特に、冒頭で紹介した大山千枚田の棚田オーナー制度では、過疎化・高齢化が進む山間部に年間1万人を超す都市部の人々が参加したという。そしてこうした活動に参加する人の多くは、地元との交流を深め、将来的には鴨川市に移り住みたいと考えていた。そのニーズを上手く受け止め、更なる地域活性化につなげる思いで設けられたのが「ふるさと回帰支援センター」。実は、1章で話を聞いた工藤さんも、移住前土地を探す際にこのセンターを利用していたと言う。

2007年10月に、移住等の総合相談窓口としてふるさと回帰支援センターが設立した。これを機に、移住への取り組みが積極化していく。ふるさと回帰支援センターができた2007年から、「帰農者セミナー」「空き家見学会」「出張相談セミナー」と、移住や就農を考えている人たちを応援するような体験・取り組みに着手していった。その中で特に力を入れたのが帰農者セミナーだ。2009年からは毎年、月2回ほどのペースで主催している。そして2020年4月から名称を「鴨川暮らしセミナー(通称:かもくら)」に変え、現在に至る。2007年から2019年までの12年間で、セミナー参加者はリピーター含め2,747人。今では主にこのかもくらと、毎日のように日中開いている総合相談窓口が、移住・就農の取り組みの軸になっていると、電話越しに都吉さんは語った。

表1 まちづくり推進課主催イベントの参加人数 (まちづくり推進課からいただいた資料より作成)
表1 まちづくり推進課主催イベントの参加人数

(まちづくり推進課からいただいた資料より筆者作成)

直近のセミナーに関しては、2019年9月の台風15号や新型コロナウイルス感染拡大の影響で、開催を休止することが多かった。しかし、状況を鑑みて2020年7月から、参加人数制限や時間短縮など新型コロナウイルス感染予防対策を講じた上で、再開し始めている。

2015年には、鴨川市への移住・定住を応援するWebサイト「かも住」を開設した。鴨川市の特徴や魅力はもちろん、移住・就農関連の体験情報や空き家バンク、移住先輩者の声など、移住を後押しできるようなコンテンツを掲載している。帰農者セミナー「かもくら」の案内や募集も、このかも住のサイト上で行っている。鴨川市の移住・就農における、インターネット上の窓口と言っても過言ではないだろう。

 

|“かもくら”は大きな存在

このように、2007年のふるさと回帰支援センター設立以降、移住・就農に関する取り組みを推進してきた。それでは実際に、移住のきっかけとして多く挙げられるのはどの取り組みなのか。どのように感じているか尋ねると、今まで力を入れて進めてきた帰農者セミナーが、移住のきっかけとして大きいと都吉さんは話す。「セミナーを通してコミュニケーションをとって、密な相談をとって、という流れが移住に繋がりやすいと感じています」。農作業に関するレクチャーを受けるだけでなく、そこで生まれる現地の方とのコミュニケーションが、移住の不安などを解消していると言う。その要因の1つが、前章でも紹介した「先輩移住者」の存在だ。セミナーを通じて移住してきた先輩移住者が、そのまま参加している。アドバイザーという立ち位置ではあるが、講師として教える側ではなくあくまで参加者として、移住を考える人たちとコミュニケーションをとっている。「実際、移住の先輩がこれから移住しようという人の不安とか、聞きたいこととかを直に答えられるので、やっぱりかもくらのセミナーは大きいと思いますね」。

そして移住や地域活性化など、地方に目を向ける上で大切なことの1つがコミュニティ形成だ。その点の工夫についても、やはり「かもくら」が大きな手助けになっていると言う。「移住前からコミュニティを作ってもらおうと思ってかもくらに参加していただいて、移住後もそのままかもくらに参加していただけるといろんな情報を得られる。こういった流れを作っています」。かもくらで始まってずっとかもくらで繋がる、これがベターだと思っていると、都吉さんは語った。「だから最初に(ふるさと回帰支援センターの窓口に)相談に来た時は、かもくらをお勧めしています」。

また、セミナーを1つのきっかけに移住する人は、農業や家庭菜園をするため山間部に移住することが多い。地方の山間部というと、激しい過疎化が深刻な問題だ。移住・就農への取り組みを積極化してからの、山間部への流入に対する所感を尋ねると、順調に移住者は増えていると都吉さんは評価した。また、かもくらを1つのきっかけに移住する人の数に関しても、月2回で現状を確認し、順調に伸びてきているという認識だと話す。取り組みによって移住が促進し、その中でも帰農者セミナー「かもくら」は重要な地位を占めることが伝わった。農作業や家庭菜園のレクチャー、先輩移住者との相談による移住への不安解消、移住後のコミュニティづくりなど、地域活性化を助長する多くの役割を担っている。

 

この章では鴨川市として、高齢化がどのような現状にあり、移住・就農政策にどのような思いで臨んでいるのか示した。鴨川はかもくらをはじめ、ふるさと回帰支援センターや空き家関連、かも住など様々な取り組みを推進している。それでは実際、移住者たちはこれらについて十分満足しているのだろうか。他に改善点や課題点はあるのか。そのリアルなところを、今まで取材した方々やかもくらで出会った方から聞いてみた。


4章 移住者の視点から見る移住・就農の課題

|物件探しに全面的なサポートを(工藤さん)

まず、1章で紹介したカフェ・ゲストハウス「KOZUKA513」を経営する工藤さんから、気になる課題点を聞いた。工藤さんはカフェを開こうと移住を決めたこともあり、条件の良い物件を探すのに苦労していた。「この物件を見つけるまでには、結構大山千枚田の周りをあちこち回って、いろんな土地や建物を見て、なかなかいいのがないなと思ったんですけど」。
物件を探す際に、市の窓口等は利用しなかったのか尋ねた。「ふるさと回帰支援センター、市役所のところにありますよね。あれがまだ主基(すき)っていうここから近いところにあって、その回帰センターの方には1回お邪魔して。結局そこから繋がった不動産屋さんにちょっとお願いして、場所探しを一緒に手伝ってもらったりとか、アドバイスもらったりして」。ふるさと回帰支援センターへ赴き、そこで出会った不動産屋に手伝ってもらったと工藤さんは言った。これは移住する側として、大きな助力になったのでは?と私は思ったが、当事者である工藤さんはもう少しサポートが欲しかったと、言葉を漏らした。「いろいろ聞いたら、例えば町の空き家をリストアップして紹介できるような仕組みを整えたいみたいなことは聞いたんですが、実際にはそんなに…ないみたいですね。我々が接触した時では、そんなに意外となくて。結局そういう不動産屋さんとかを頼って自分で探すしかない状態で」。ふるさと回帰支援センターの訪問を機に繋がった地元の不動産屋も、センターからもらった資料から自力で探したようなものだった。工藤さん自身が移住した時には、まだそこまでいろいろなことが動いていた感じではなかったと、移住者としての現実を語ってくれた。「やっぱり土地・建物ってなかなか外から来た人には探しにくいものなので、そういうマッチング的なものが充実しているとありがたいなと思いますね」。工藤さんは自身の移住を振り返り、そう言った。

 

|農業の実践を学べても、商売できるようになるわけではない(宮川さん)

次に話を聞いたのは、私がかもくらの取材をした日に参加していた、いすみ市在住の宮川聰さんだ。いすみ市は鴨川市より東の、2つ隣に位置する。かもくらには3年ほど前、移住前から参加し、2019年の10月に、鴨川市ではなくいすみ市に移住した。もともとは東京都大田区に住んでいて、サラリーマンとして勤めていたと言う。

取材した宮川聰さん(中央)と奥さんの宏子さん(右)。高橋稔さん(左)とはこのかもくらで知り合った。
取材した宮川聰さん(中央)と奥さんの宏子さん(右)。高橋稔さん(左)とはこのかもくらで知り合った[筆者撮影]
いすみ市の場所。鴨川市とは隣の隣という位置関係。
いすみ市の場所。鴨川市とは隣の隣という位置関係

帰農者セミナー「かもくら」の中で取材させてもらったということで、まず農業を始めることに不安はなかったのか尋ねた。「結局かもくらって、どちらかというと農業の実践を教えてはくださるけど、それを売らないと生活できない。そういう面で言うとやっぱりかもくらが全くもってきっかけになったかというとそうではないし、不安を払拭したかというとそうでもないし」。真剣な口調で宮川さんは答えた。確かに、就農のためのセミナーといっても教われるのは良くも悪くも実践だけ。いわば「ビジネス」的に農業を学べるわけではないし、その場が市として設けられているという話は聞いていない。実際に宮川さんは、「商売として」を含む農業について、現在移住先の農家の方にまた一から手ほどきを受けていると語った。
かと言って、頭ごなしにかもくらを否定しているわけではない。「迷った時質問できる。先生方とも顔見知りになれるし、そういう意味で言うと決して否定をするところでは全くないです」。やはり「繋がり」を生む場所としては、かもくらはかなり有意義な空間だと、宮川さんは評価した。

また、宮川さんは鴨川市ではなくいすみ市に移住している。その点について理由を尋ねると、意外な視点から農業を営むハードルを感じた。「私自身は鴨川に移住しないと思うけど、ここの辛いのは、農業資格が取りづらいこと。いすみ市の農業資格取る条件と鴨川市の農業資格取る条件で、かなり差があると思います。そういう点で言うといすみは取りやすかったな」。農業資格?初めて聞いた言葉だ。「別に農業やるのに農業資格いらないけども、例えばこの土地付きで(家を)買いました、土地付きで買ったけど、その農地を自分のものにできない。登記ができない。農業資格がないと農地は登記できないから、その農業資格の取り方を鴨川がもう少し緩和してくれると、もっと人が来るんじゃないかなと思います」。

この話を聞き、鴨川市といすみ市の農地に関しての記述を調べると、確かに農地を耕作目的で売買・貸借する「農地の権利移動」には、自治体によって条件があることが分かった。以下はその権利が許可されない基準を、鴨川市といすみ市で比較したものだ。

表2 鴨川市といすみ市の農地権利についての不許可条件比較 (鴨川市『農地の権利移動について』〈http://www.city.kamogawa.lg.jp/kankyo_sangyo/norin_suisan/nougyouiinnkaizimukyokunogyoumuannai/1413180011804.html〉(2020年12月25日閲覧)/いすみ市『いすみ市農業委員会』〈http://www.city.isumi.lg.jp/business/sangyo/norin/post_37.html〉(2020年12月25日閲覧)をもとに作成。
表2 鴨川市といすみ市の農地権利についての不許可条件比較

(鴨川市『農地の権利移動について』〈http://www.city.kamogawa.lg.jp/kankyo_sangyo/norin_suisan/nougyouiinnkaizimukyokunogyoumuannai/1413180011804.html〉(2020年12月25日閲覧)/いすみ市『いすみ市農業委員会』〈http://www.city.isumi.lg.jp/business/sangyo/norin/post_37.html〉(2020年12月25日閲覧)をもとに筆者作成)

4項目中3つは同じ条件だが、農地面積に関しては鴨川市が50アール未満、いすみ市が20アール未満となっている。この条件を見ると、単純に鴨川市の方がいすみ市よりも、倍以上の条件をクリアしなければならないことになる。「自分の土地を持ちたいというか、買った家に農地がついていましたとか、そういう時は登記したいですよね。そういうところでは、農業資格がちょっと鴨川では取りにくいかな」。宮川さんの話を聞き、農業資格という新たな就農のハードルを発見することができた。確かに近隣市と比べて、このようにハードルの差を明白に感じてしまうのは、鴨川市の課題点の1つなのではないだろうか。

 

|今の「かもくら」は何か物足りない(高橋さんご夫妻)

高橋さんは1章の取材でも、「鴨川は農業一本には向かない」という課題を示してくれた。その他にも、市への要望としてかもくらについて話していた。「かもくらになる前の帰農者セミナーの方が、より充実していました。担当者のポジションが変わってきたし、それで方向性も変わってきますからね」。真里子さんはそう言った。役所の体制もあるし仕方ない面もあるが、数年前に担当に来た職員が様々な企画を出し、そこからセミナーがより盛況になったと稔さんも語った。「今その続きの企画をやっている感じだけど、今はそれを踏襲しているだけで、逆に踏襲しているだけかなって感じになってきていますね。前はクリエイティブに物語性とか、1つのものを作るのでも、例えば大豆を作る、味噌にする、味噌にしたら、料理にする。こういう一連のストーリーがあったんです」。真里子さんの言葉に稔さんも頷く。「種をまいて、それを収穫して加工して。それを1年間かけてやろうと、そういうことをいろいろとみんなで話し合いながら」。

確かに、かもくらの取材へ行った際は、農作物の物語性という面はあまり意識されていないように感じた。役所としての体制変化は仕方ないことだが、このような移住者の声も汲んで、より参加者が楽しめる、農作物のことを考えられる内容にする。これが1つ、かもくらにさらに求められることなのではないか。


5章 鴨川市の移住・就農の実態から考察する中高齢者の地方移住について

これまで、鴨川市の実態から見る中高齢者の移住・就農について、市や移住者からの声を聞き、示してきた。今までの話やセミナー等の取材から、私は大きく以下の3つの考察をした。

 

|①セミナーを通じて「繋がり」が生まれる

まず私が考えたのは、帰農者セミナー「かもくら」によるコミュニティ形成が、移住政策として大きくプラスに作用しているということだ。取材した全員が、かもくらは「出会いの場」として良い環境だと口を揃えて評価していた。移住を検討している人や就農を考えている人にとっては、先輩移住者や農業の講師と知り合い、相談する機会ができる。現地の高齢農家や移住して久しい人にとっては、相談に乗って地域の仲間を増やしたり、自分の農地の後取りを探したりできる。そして偶然発見した工藤さんと高橋さんの繋がりのように、セミナーを中心とした輪が地域に広がっているのを、実際に感じた。このような意味合いでも、移住者が先輩に相談できる、知り合えるかもくらの存在は、鴨川にとって移住者にとって、大きなものなのだと考えられる。

 

|②「就農」して生計を立てるのは難しい

次に、就農の部分に関して。1章の高橋さんご夫妻の話でもあったように、特に鴨川市では、農業で生計を立てるのは厳しい。
まず農地面積的な問題だ。鴨川は少数多品目生産向き。広大な土地を持って少品種を商業的に育てる農業をするのは難しい。これは他の町にはない特徴かもしれない。
そして農業資格の問題だ。近隣市と比べて条件がかなり変わってくるとなると、就農を考えている人にとって大きなハードルになることは間違いない。
農業一本で暮らしていけないことを考えると、若者よりも、ある程度貯金のある中高齢者の方が却って就農に向いているのではないか、と私は考える。確かに農業として、町のカネ・モノを大きく動かすことはできない。しかし、放棄地がどんどん増えていくことを考えると、現実的に農業をしつつ、他の収入や貯金で暮らし、小規模でも地域に還元していくので十分なのではないか。

 

|③農業として不十分でも、地域活性化には貢献できる

農業で暮らせない、町全体に農作物を流通させる力がない、という理由で、就農しても地域活性化に貢献できないわけではない。1章でも高橋さんご夫妻が言っていたように、農作物は地域通貨的役割を果たす。鴨川市という括りではなく、自分の住むその地域に、何か貢献しようとする気構えが大切なのだ。地域活性化・地方創生というと私は、「ヒト・モノ・カネ」が地方に活発に回ることだと考えている。その視点に立つと、確かに農業でカネを町に落とせなくても、移住・就農することで、移住者という新たなヒトを、その地域に農作物というモノを、流通させられる。その意味で、これは地域活性化の一助になり得るのだと、私は確信する。

 

|地域貢献か、経済的活性化か

以上の考察から、中高齢者でも移住・就農により、住む地域への活性化の貢献は十分できるということが言えるだろう。取材時に稔さんにも、中高齢者が移住して、地域のためになるのか尋ねてみた。「貢献という面では十分だと思いますよ。ましてや20代くらいだと、まだキャリア的に持っているものも少ないかもしれないけど、40,50になれば、会社や組織の中で20年30年やってきた人たちはキャリアを持っているから。そういうのを惜しみなく出してくれるようになると、すごく良いと思います」。

また、カフェ経営をする工藤さんは、これから移住を考えている人の手伝いで地域に貢献したいと語っていた。「前に1回か2回、ここ(KOZUKA513)に移住を考えている方を(市の職員が)連れてきてくれたんですよ。それでちょっと話を聞いてみたりとか。そういう移住を考えている方にとって、ゆくゆくはここ(KOZUKA513)が、ちょっとした情報を得られるインフォメーション的なものになっても面白いかなと思います」。自分自身だけでなく、移住者の先輩たちと移住希望者が集い、「繋がりのハブ」になれたら良いと、工藤さんは微笑んだ。

他にも地域貢献の形はある。その一例として、高橋さんご夫妻から聞いた宮川さんの活動がある。「(農作物を)有機栽培して、それを地元の小学校の給食に。要するに子供たちの給食に地元でとれた有機栽培の野菜を使おうと。市のバックアップがあって、それでやっているそうです。だからやっぱり1つそうやって、移住者でも、大きな貢献だと思いますよ」。宮川さんはいすみ市在住のため、鴨川市の話ではないが、このような形で地域に貢献することもできる。地域のヒト・モノの流通や関わりを深くしていくことは、移住就農者でもきっと叶えられるのだ。

しかし現実問題、町全体のための農業をすることは難しい。地域活性化・地方創生を「地域活性化の貢献」として捉えるか。はたまた「経済的活性化」と捉えるか。ここで意味合いが大きく変わってくると、私は思う。やはり数字として分かりやすいのは経済的な活性化だ。国や、鴨川市をはじめ各自治体が望むものが経済的な活性化なら、この政策は進める価値が薄くなる。農業を始める最初のハードル、商業的な農業の始め方のレクチャーなど、生業としての農業を始めやすい環境を作っていくことが、今後求められるのではないだろうか。


注釈

[1] 鴨川市の長狭平野で穫れる「長狭米」は、千葉県のブランド米の1つになっている。

[2] ひと区画の棚田を借り受け、オーナー自らが田植え、草刈り、脱穀など7回程度の作業を実施し、収穫したお米はオーナーに配分される。[参考:NPO法人 大山千枚田保存会〈https://senmaida.com/tanada-owner/〉(2020年12月20日閲覧)]

[3] 鴨川市は2005年に隣接する天津小湊町と合併。2005年以前の人口データは合併前の鴨川市と天津小湊町の人口を足したもの。

[4] 内閣官房 まち・ひと・しごと創生本部 日本版 CCRC 構想有識者会議『「生涯活躍のまち」構想(最終報告)』〈https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/meeting/ccrc/h27-12-11-saisyu.pdf〉、p.1(2020年8月12日閲覧)

[5] 松田智生(2017)『日本版CCRCがわかる本—ピンチをチャンスに変える生涯活躍のまち—』、法研、p.2


参考文献

・松田智生(2017)『日本版CCRCがわかる本』(法研)
・齋藤清一、三好秀和(2017)『高齢社会の医療介護と地方創生 一億総活躍時代の日本版CCRCと地域包括ケアのあり方を問う』(同友館)
・総務省統計局『平成27年国勢調査』〈https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00200521&tstat=000001080615&cycle=0&tclass1=000001089055&tclass2=000001089056〉(最終閲覧日:2020年8月12日)
・内閣官房 まち・ひと・しごと創生本部 日本版 CCRC 構想有識者会議『「生涯活躍のまち」構想(最終報告)』〈https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/meeting/ccrc/h27-12-11-saisyu.pdf〉(最終閲覧日:2020年8月12日)
・日本政策投資銀行(2017)『日本版CCRCから「生涯活躍のまち」へ ~進む地方への移住誘致施策と地域活性化政策~』〈https://www.dbj.jp/topics/region/industry/files/0000028082_file2.pdf
・松井孝太『米国 CCRC と「日本版 CCRC」構想』〈http://www.kyorin-u.ac.jp/univ/society/area2/labo/pdf/h27ccrc_34.pdf〉(最終閲覧日:2020年8月13日)
・鴨川市『統計情報/鴨川市ホームページ』〈http://www.city.kamogawa.lg.jp/gyoseijoho/tokei_johokokai_kojinjohohogo/tokeijoho/index.html〉(最終閲覧日:2020年12月25日)
・『鴨川市統計書(令和元年版)』〈http://www.city.kamogawa.lg.jp/ikkrwebBrowse/material/files/group/56/R01toukeisho.pdf〉(最終閲覧日:2020年12月25日)
・鴨川市ふるさと回帰支援センター『鴨川移住・定住応援サイト「かも住」』〈http://furusato-kamogawa.net〉(最終閲覧日:2020年8月15日)
・鴨川市『農地の権利移動について』〈http://www.city.kamogawa.lg.jp/kankyo_sangyo/norin_suisan/nougyouiinnkaizimukyokunogyoumuannai/1413180011804.html〉(最終閲覧日:2020年12月25日)
・いすみ市『いすみ市農業委員会』〈http://www.city.isumi.lg.jp/business/sangyo/norin/post_37.html〉(最終閲覧日:2020年12月25日)

このルポルタージュは瀬川至朗ゼミの2020年度卒業作品として制作されました。