「これから」のラーメン店 破壊的イノベーション ― 早稲田とコロナ


 

東京メトロ西早稲田駅から早稲田通りに向かって徒歩1分。「破壊的イノベーション」は2019年12月にオープンしたばかりのラーメン店だ。新型コロナウイルスが猛威を振るう中、どのような思いで厨房に立ち続けたのか。これからの早稲田を支えていく飲食店の店主に、電話取材で話を聞いた。(取材・記事=榊原碧人、写真=榊原碧人・破壊的イノベーション提供)

トップの写真は「破壊的イノベーション」の外からの様子。看板を取り付ける余裕はない=提供・破壊的イノベーション
好きな味で、好きな場所で

北海道弟子屈町(てしかがちょう)出身の高橋直希さんは、もともとは他の業界への就職を目指していた。しかし、就職活動に失敗してしまう。雇ってくれたのはラーメン店だけだった。

その後、数々の有名ラーメン店で修業を積んだ高橋さんは、独立して自分の店を持つことに決めた。「自分が食べてきた中で一番おいしかった」という煮干しで勝負する。基本メニューは「淡麗煮干しラーメン」と「濃厚煮干しラーメン」の2つに絞った。店名はthe pillowsの山中さわおのソロアルバムから引用した。早稲田に店を構えたのは、好きなアニメ「BanG Dream!(バンドリ!)」の舞台に近いからだ(注1)。

居抜きで入った店内を改装する余裕もなく、看板もないような状況だった。とりあえずお店を開くことだけは宣伝しようとした。「ここでラーメン屋やります!」と、破いたノートに殴り書きし、店の入り口に張り付けた。謎の物件に貼られたメッセージはSNSで拡散され1万近い「いいね」がついた。「破壊的イノベーション」は開店前から前途洋々だった。

手書きのポスター。「フィーリング」で書いたという。(提供・破壊的イノベーション)
手書きのポスター。「フィーリング」で書いたという。(提供・破壊的イノベーション)
開店直後にコロナ

昨年12月に開店してしばらくは、行列ができるほどの盛況だった。開店前から考えていた、好きなキャラクターの誕生日に限定メニューを提供するという試みも盛況だった。

しかし、年が明けて2月になり大学が春休みに入ると、客足はだんだんと減っていった。3月に入って新型コロナウイルスの感染が本格化すると、客足は急激に落ち込んだ。売り上げは半分以下になった。

3月までは昼にしか営業していなかったが、売り上げを補うために夜の営業も始めた。しかし、客以前に人通りすらほとんどない街を眺めていると「絶望感がありますよね」。

「破壊的イノベーション」の店内の様子。席を減らして営業している。「DON’T THINK FEEL」の文字には「一口食べた時に頭で考えるより全体で感じてほしい」という想いがこもる。(提供・破壊的イノベーション)
「破壊的イノベーション」の店内の様子。席を減らして営業している。「DON’T THINK FEEL」の文字には「一口食べた時に頭で考えるより全体で感じてほしい」という想いがこもる。(提供・破壊的イノベーション)
希望をつなぐテイクアウト

新型コロナウイルスの感染が拡大してくると、客席を減らし、消毒スプレーを設置した。しかし、感染対策をしても街に人が少ないことに変わりはない。売り上げを回復させる手立てが必要だった。

開店当初からの限定メニューの販売は定期的に続けた。4月からは、和え玉(麺にタレを和えたもの)とチャーシューのテイクアウトを始めた。5月に入ると、店で提供している煮干しラーメンを冷凍してテイクアウトできるようにした。通常であればスープを真空パックする機材の導入に費用が掛かるが、幸いなことに従業員が真空パック機を持っていた。費用の負担はスープを入れる袋だけで済んだ。

テイクアウトは好評で、売り上げは回復した。以前の水準には戻らないまでも、毎月の支払いが滞ることはなかった。

人気メニューの濃厚煮干しラーメン(撮影・榊原、2020年2月18日)
人気メニューの濃厚煮干しラーメン(撮影・榊原、2020年2月18日)
新店の苦悩

店舗での売り上げが落ちても、料理宅配サービスを利用することで売り上げを保つ飲食店は多い。「巣ごもり需要」で「ウーバーイーツ」や「出前館」の利用は急増している(注4)。高橋さんはこれらのサービスを利用するつもりはない。「手数料がいろいろかかりますから、そこまでやる余裕はないかな」。

クラウドファンディングは早稲田の飲食店にも成功例が多いが、始めるつもりもない。開店したばかりで「知名度もないですし、やったところでお金も集まらないでしょうから」。

感染拡大防止協力金(注2)や持続化給付金(注3)はまだ申請していない。知り合いのラーメン店が申請したという話は聞いていた。しかし、店のことに精一杯で、調べる時間がないのだ。

学生街の飲食店

早稲田大学は春学期の授業を原則オンラインで行うことを決定している(注5)。秋学期が始まる9月までこの状況が続くのは厳しい。西早稲田に出店するにあたって、夏になると人出が少なくなることは覚悟していた。しかし、学生街の飲食店は授業期間中の盛況があってこそ閑散期を耐え忍べる。特に西早稲田はサラリーマンも少なく学生需要に頼る割合が大きい。早稲田周辺に4店舗を展開する油そば店「麺爺」も西早稲田店を閉店した(注6)。

緊急事態宣言が解除され、早稲田大学はキャンパスへの立ち入り制限を段階的に解除している(注7)。街に「若い人が増えているかなという感じはしますね」。ただ、客が増えたという実感はない。

高橋さんは、早稲田大学の学生に「できるだけ外食してほしい。他の店でも」という想いを語った。授業のオンライン化で近隣の飲食店はほとんどが被害を受けている。開店してから半年間、西早稲田の街を見つめ続けてきただけに、誰よりも危機的状況を感じ取っている。

今後のことについて尋ねると、「夢は大きく、世界征服」と明るく語ってみせた。高橋さんと「破壊的イノベーション」は、困難な状況にも希望を失っていない。

 

(注1)「BanG Dream!(バンドリ!)」一般社団法人アニメツーリズム協会
https://animetourism88.com/ja/88AnimeSpot/bangdream

(注2)東京都 感染拡大防止協力金
https://kyugyo.metro.tokyo.lg.jp/

(注3)持続化給付金(METI/経済産業省)
https://www.meti.go.jp/covid-19/jizokuka-kyufukin.html

(注4)日本経済新聞「料理宅配、需要増で大混戦 出前館・ウーバー6割増」
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58534650X20C20A4TJ1000/

(注5)春学期の授業の進め方について 早稲田大学
https://www.waseda.jp/top/news/68925

(注6)Twitter「【公式】油そば『麺爺』」
https://twitter.com/menzy_abura/status/1263659966168133634

(注7)早稲田大学におけるキャンパスの門扉の開放について
https://www.waseda.jp/top/news/69495

参考 Twitter「破壊的イノベーション(ラーメン)」
https://twitter.com/thisworld2019

以上、2020年7月25日までに確認。

 

2020年度春学期の瀬川ゼミ演習Ⅰ(3年生のゼミ)では、新型コロナウイルスの問題を取材実習のテーマとし、それぞれリモート取材に取り組んでいます。「海外コロナ事情」と「早稲田とコロナ」という2つの特集企画で記事をお届けします。