千葉大研究発表文「十分なPCR検査の実施国では新型コロナの死亡率が低い」は根拠不明


対象言説

4月21日、千葉大学大学院の研究グループは新型コロナウイルスに関する論文を発表した。これを受け、千葉大は同論文の研究成果についてまとめたニュースリリースを掲載した。今回はリリースのタイトルを対象言説とする。

 

「十分なPCR検査の実施国では新型コロナの死亡率が低い」

千葉大リリースはこちら(2020/05/08閲覧)

 

NHK、朝日新聞らが報道

リリースの趣旨は「西洋の国々でPCR検査の陽性率が7%未満の国では、陽性率がそれ以上の国に比べて1日の死亡者の割合が15%でしかないことが分かった。死亡者数を増加させないために、陽性率を低下させるようPCR検査能力を拡大するべきだ」というものである。NHKや朝日新聞などが、論文の成果について同趣旨の報道をしている。

 

▼NHK「「陽性率」低い国ほど死亡者数少ない傾向 千葉大」(2020/4/22)

・・・新型コロナウイルスのPCR検査で陽性と判定された人の割合、いわゆる「陽性率」が低い国ほど、死亡者の数が少なくなる傾向があるという分析結果を千葉大学の研究グループがまとめました。グループは、陽性率が低い国では検査が多く行われていて、その結果早期の対策が可能になり死亡者数の抑制につながったのではないかと分析しています・・・
該当記事はこちら(2020/05/08閲覧)

 

▼朝日新聞「PCR検査多い国はコロナ死亡率減 千葉大がデータ分析」(2020/4/27)

・・・十分なPCR検査をしている国ほど新型コロナウイルスによる死亡率は低くなる――。千葉大大学院の研究グループは、こんな解析結果を発表した。ポイントになるのは検査数に占める患者数の割合を示す「陽性率」。7%を超えると死亡者が増えるという・・・
該当記事はこちら(2020/05/08閲覧)

 

選定理由

世界中で猛威を振るう新型コロナウイルス。収束の目途が立たない状況下、時々刻々と大量の情報が飛び交っている。なかでも千葉大の論文は、NHKや朝日新聞などの大手報道機関で取り上げられた。感染拡大に歯止めをかけるため、ひいては死亡者数を抑制するために何が必要なのか。世間の注目度も高い論文であると考えられるため、ファクトチェックの対象とした。

 

判  定

「十分なPCR検査の実施国では新型コロナの死亡率が低い」

根拠不明

 

判定理由

リリースのタイトルは「十分なPCR検査の実施国では新型コロナの死亡率が低い」。このタイトルからは、「PCR検査数」と「新型コロナウイルスの死亡率」の間に相関関係または因果関係があるとの印象を受ける。リリースの補足説明欄には「新型コロナ感染症で死亡者数を減らすためにはPCR検査の陽性率を低下させることが必要であり、そのためにはPCR検査数を濃厚接触者などで症状が見られていない者にまで幅広く拡充させることが急務であると結論します」とあり、研究グループは検査充実化の必要性を訴えている。

 

一方、リリースの本文「研究成果2」には、「人口で補正した死亡者数とPCR検査数の間に関係はありませんでしたが、その陽性率との間には明確な相関が見られました」との記述がある。本文では「死亡率」(人口で補正した死亡者数のこと)と「陽性率」の相関関係は肯定しているが、「死亡率」と「検査数」の間の相関はみられなかったとしており、タイトルと本文で事実関係がねじれている。

 

千葉大が掲載したリリース
研究では「死亡率」と「検査数」に関係がみられなかった(画像はリリースより)

 

今回の研究では、西洋諸国においてPCR検査の陽性率が7%未満の国では、陽性率がそれ以上の国に比べて死亡率が低いことが明らかになった。「陽性率」と「死亡率」に関係性がみられたのは事実だ。一方で「検査数」と「死亡率」の間には関係がみられなかったとしている。「検査数が増えれば、死亡率が低くなる」といえなければ、「死亡者数を増加させないために、陽性率を低下させるようPCR検査能力を拡大するべきだ」とは結論付けられないのではないだろうか。

 

「検査数」の増加→「陽性率」の低下→「死亡率」の低下

 

このロジックが研究で実証されていないことを千葉大の広報室に問い合わせたところ、「(論文が掲載されているサイト)『Preprints』のコメント欄にも、閲覧者から同様の指摘を受けた。それに研究者が回答したので、まずはそれを読んでほしい」との返答を得た。論文のコメント欄において、研究グループの主導者である樋坂彰博教授は、次のような回答をしている。

 

※当ファクトチェック記事の担当者(石﨑)が一部を抜粋・和訳した

「この研究は生態学的研究であるため、因果関係は証明できない。その点、我々の説明の一部が過度なものであり、修正の余地があることを認める」

 

「もし十分なPCR検査体制の確保が感染拡大の制御に効果的であるということが真である場合、陽性率は検査の十分性を測る良い指標であり、人口で補正した死亡者数は感染の拡大(状況)を測る良い指標である。ただし、この(検査数が増えれば感染拡大を制御できるという)因果関係を完全に証明することは、理論的かつ永久的に不可能であると思われる。(感染が収束した国において)深刻な感染者数が減少することで、医療体制の負担が軽減され、十分な医療が提供されたため、死亡者数が大幅に減少したと考えるのは合理的であると思われる。ただ、これは単なる解釈であり、陽性率の低かった国において、高度な医療能力やその国の政策や特性、年齢構成や民族構成などの交絡因子がこの結果に関係している可能性があることを我々は説明しなければならない」

コメントのソースはこちら(2020/05/08閲覧)

 

樋坂教授の回答によると、やはり「検査数」と「死亡率」の関係性は科学的に実証されていないという。陽性率が低い国では検査が多く行われていて、その結果、感染者の隔離や治療など早期の対策が可能になり、死亡者数の抑制につながるとの見方は「一つの解釈」に過ぎないと記している。

 

PCR検査充実化の有効性を裏付ける学術的な根拠が示されていない以上、対象言説「十分なPCR検査の実施国では新型コロナの死亡率が低い」は、論文の要旨であるべきタイトルとして【根拠不明】と言わざるを得ない。

 

【補足1】朝日新聞やNHKの報道について

以上の通り、今回の論文では「死亡者数を抑制するために、陽性率を低下させるようPCR検査能力を拡大すべきだ」という主張の学術的根拠が明確には示されていない。ゆえに朝日新聞の記事見出し「PCR検査多い国はコロナ死亡率減」は、千葉大のリリースタイトルと同様に【根拠不明】といえる。

今回の研究成果は、「西洋諸国においてPCR検査の陽性率が7%未満の国では、陽性率がそれ以上の国に比べて死亡率が低い」ということだ。リリースの「研究成果2」では、「陽性率が7.0~16.9%の国と17.0~28.0%の国の間には推定死亡者数に差はなく、7%未満の陽性率を保つことが、死亡者数の抑制に重要と考えられる」と説明されている。

この点、NHKの記事見出し「「陽性率」低い国ほど死亡者数少ない傾向」は誤解を生む可能性がある。死亡者数が減少するのは陽性率が7%を下回った場合という特定の条件に限られるからだ。陽性率が7%以上であれば陽性率に差があっても死亡率には差が出ていない。つまり「陽性率が低い国ほど死亡率が低い」と必ずしもいえるわけではないため、NHKの記事見出しは【ミスリード】と判定する。

 

【補足2】PCR検査拡充の必要性は指摘されている

本記事では「検査数」と「死亡率」の関係性について【根拠不明】だと判定したが、「感染拡大を抑制するためにPCR検査を拡充すべきだ」という仮説そのものが否定されるわけではない。

検査拡充の必要性については、政府諮問委員会の尾身茂会長も認めている。尾身氏は、5月4日の記者会見で「必要な人が検査を受けられるよう増やしていく必要がある」(※1)と話した。また、その後の専門家会議では「政府に対して、PCR検査等を補完する迅速抗原診断キットの開発及び質の高い検査の実施体制の構築を早急に求める」(※2)とし、現在の検査体制が感染収束を目指すうえで不十分であることを指摘している。

 

(※1)のソースはこちら(2020/05/08閲覧、51分10秒頃~)

(※2)のソースはこちら(2020/05/08閲覧、35分23秒頃~の資料下部)

(※)トップ画像は、「無料写真素材 写真AC」のフリー素材をダウンロード・加工しました。

URL:https://www.photo-ac.com/main/detail/3343647?title%3D%E6%96%B0%E5%9E%8B%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%81%AE%E3%82%A4%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%82%B8(2020/05/09閲覧)

 

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