倒木被害のデータ整理と山林開発の盲点 ― 台風15号の千葉県内の被害から考える


2019年の9月。まだ残暑が続く中の本州に上陸した台風15号。

上陸の数日前から多くのニュースでとても強い勢力の台風であることが伝えられ、首都圏のバスや電車会社も計画運休を発表した。もしかすると読者のみなさんの中にも、台風に備えてガムテープを窓ガラスに貼るなどした方もいるかもしれない。

そんな台風15号が過ぎ去った翌日。報じられたのは、ゴルフ場の巨大な柱が倒れ民家を押し潰したり、瓦屋根が風で飛ばされ吹きさらしの民家であったり、といったショッキングな光景。そして千葉県内の長期にわたる大規模な停電だった。

近代化が進んだはずの現代社会でなぜこんなにも停電が長引いているのだろう。取材をすすめていくうちに見えてきたのは、戦後日本が見過ごしてきた山林の持つ重要な役割だった。(取材・文・写真=清水未来、トップの写真は高田宏臣さん撮影)


 

1. 台風15号の襲来

このルポの中に出てくる市町村一覧 (赤丸で囲んだところ)。
この調査記事の中に出てくる市町村一覧 (赤丸で囲んだところ)[注1]。

「4日間電気が来なくて困ったよ。最初は電話が通じたけどあとから電話も通じなくなったし。電気が来なかったからおっきなろうそくを立ててさ。水道が通ってたから助かったね。でも電気釜が使えないから土釜でごはんを炊いた。冷蔵庫の中も全部ダメになっちゃったから4日目に捨てたよ。山もさ、大きな木の根っこが道路の真ん中に落っこってっから林道も通れないんだよ。困っちゃうね」。

4日間の停電を振り返り、千葉県房総半島部の中央部に位置する大多喜町に住む私の祖父、鈴木貫之(89)はそう語った。

停電はしたが、古い家で、都市ガスではなくプロパンガスを使用していたためにガスを使うことはできた。さらに、浄水所が自宅よりも標高の高いところに位置していたために水道も止まらずにすんだ。それでも、「いやあ電気が来ないのはこまっぺね。お風呂に入れないから水でシャワー浴びたんだけど、寒いから風邪ひいちゃったよ」。照れ臭そうに笑ったあと、「本当に水道があって助かったよ」。しみじみと語った。

2019年の夏、台風15号と19号という、非常に強力な2つの台風が日本列島を襲った。中でも台風15号は、関東に上陸した台風の中でも観測史上最大規模とされ、ニュースでは連日警戒を強めるように、と何度も注意勧告が行われたことは記憶に新しい。

また、東京を中心とした公共交通機関で計画運休が実施され、上陸日とその翌日に、電車やバス、飛行機などで大きくダイヤが乱れた。また、非常食がスーパーで売り切れたり、窓ガラスに目張りをするためのガムテープが飛ぶように売れたりと、関東で暮らす私たちの生活に大きく影響を与えた。

そしてこの被害を最も大きく受けたのが、千葉県である。

 

取り残された千葉

東京電力の発表によれば、台風15号通過後、最大時で、千葉県内の93万軒で停電が発生した。その数以上に今回の停電で特徴的なのが、この復旧作業に時間がかかり、停電被害が長期化したことである。

いかに停電が長く続いたのかは、電力バンクが作成した、下記のグラフ1を見れば一目瞭然だろう。

(グラフ1) 電力バンク「台風15号による関東圏内の停電件数の推移(15日目)」(9月23日時点)
(グラフ1) 電力バンク「台風15号による関東圏内の停電件数の推移(15日目)」(9月23日時点)

さらに私が、東京電力圏内の送配電事業を担っており、今回の台風後も復旧作業を行っていた、東京電力パワーグリッド株式会社が発表している、停電履歴情報[注2]を確認したところ、千葉県内において、停電理由が「台風の影響」となっている停電被害は9月30日まで確認することができた。

この事実から鑑みても、千葉県内における、台風を直接の原因とする停電被害は、少なくとも22日間に及んでいた。

同じく台風15号の影響で停電がおこった神奈川県や茨城県内でも、ほぼ全域で9月11日には復旧していたことと比べると、この22日間という期間がいかに特殊かつ、長期にわたっていたことが顕著にわかるだろう。[注3]

千葉県内における被害は、停電だけではない。県内を走る道路の多くが通行止めとなり、房総半島の南部を中心に物資の供給にも大きな被害をもたらした。

品薄状態のコンビニやガソリンスタンドに長蛇の列ができ、SNS上では右のような支援を求める投稿[注4](Twitterより引用)が相次いだ。

SNS上には、停電、断水の現状を訴える投稿が相次いだ(Twitterより)
SNS上には、停電、断水の現状を訴える投稿が相次いだ(Twitterより)

なぜ千葉県内において、停電がこれほどまでの長期間に及び、市民生活に大きな被害をもたらしたのだろうか。現代社会において、台風が直撃した後、1ヶ月弱も停電が続くなんてことがあるだろうか。

不思議に思った私は、この問題について、調べてみることにした。

 

長期化する停電と通行止め マスメディアの見方

いくつかのマスメディアは、停電や道路の通行止めが長期化した原因には、倒木被害があると報じた。

参考に、9月20日の東京新聞と、9月23日の朝日新聞DIGITAL、9月14日の房日新聞(千葉県南房総地域の地域ニュースを中心とした日刊紙)の記事を紹介する。

 

台風15号による大量の倒木が停電復旧を阻んでいる千葉県で、特産の「山武杉(さんぶすぎ)」に長年病気がまん延し、被害拡大につながった可能性のあることが、県などへの取材で分かった。県は以前から病気による倒木の危険性を把握していたが、伐採事業などの対策の成果は十分に出ていなかった。専門家は「まだ倒木“予備軍”が残っており、早急な対策が必要」と警鐘を鳴らしている。(小倉貞俊)[注5](東京新聞 9月20日朝刊)

 

台風15号で千葉県に大きな被害が出てから23日で2週間。千葉県東部の山武(さんむ)市では、一時、総戸数の約6割が電気を断たれた。特産の山武杉(さんぶすぎ)が次々と倒れて電線や電柱を直撃、停電は広範囲で10日以上つづいた。林業の衰退で放置されたスギに病気が広がったことが背景にある。(熊谷洋美、福冨旅史)[注6](朝日新聞DIGITAL  9月23日)

 

台風15号による倒木の影響で、鴨川市仲の国道410号線が全面通行止めになっている。復旧作業を急いでいるが、14日午前9時現在で目途が立っておらず、近隣住民や通行車はう回を余儀なくされている。(略)現場は、山の斜面に生えていたスギの木が、何本も電柱を巻き込みなぎ倒されていた。安房土木事務所鴨川出張所によると「開通については現在、東電とNTTによる電力の復旧作業中。復旧し次第、倒木を撤去する予定」という。[注7](房日新聞 9月14日)

 

これらの報道では、千葉県特産の「山武杉」が手入れ不足や病気で弱くなり、倒木した可能性を指摘している。今回の停電や道路の通行止めなどの被害の原因は、本当に倒木にあるのだろうか?

インターネット上で公開されている資料などを探したが、具体的なデータを基に被害全体をまとめた上で、倒木がその要因であると結論付けた報道やウェブサイトを見つけることはできなかった。

そこで、この問いを検証するために、千葉県内の送電線を管轄する東京電力パワーグリッド株式会社や、千葉県に取材をおこなった。

 

2.  倒木被害を検証してみた

停電被害について

まず、停電につながる鉄塔や電柱被害の原因を調べることにした。

ここでは、東京電力パワーグリッド株式会社が2019年12月17日に経済産業省に対して提出した『鉄塔及び電柱の被害発生原因及び再発防止について』[注8]のデータが参考になる。それによれば、千葉県内で台風被害にあった電柱は合計1750本。そのうちの1311本、実に75%近くの電柱が倒木や建物の倒壊によって被害を受けたことがわかった。(グラフ2参照)。

清水グラフ2
1311本のうち、倒木を原因とする被害本数が何本かを同社に確認してみた。しかし、倒木と建物の倒壊など原因は複合的なものがあり、正確に判別・分類することはできないという回答を得た。

 

道路被害について 千葉県の発表

清水未来:千葉県道路図次は道路の通行止め被害である。

(地図1)青い印が前面通行止めとなった箇所

千葉県県土整備部が9月13日に発表した資料『台風15号による公共土木施設等の被害状況について(9月13日14時現在)』[注9]によれば、倒木や電柱崩壊、土砂崩れによって全面通行止めになった、千葉県が管理する道路は15路線の18箇所(地図1の青い○で記された場所)。

ただ、この報告資料は、台風15号が上陸した9月9日から4日後の情報で、当時すでに通行止めが解除されている道路もあった。

また、同資料では、通行止めの原因が「倒木・電柱崩壊・土砂崩れ」とひとくくりにされており、全面通行止め18箇所のうち、倒木を原因とする箇所を公表されている資料だけで判別することはできなかった。

そこで、千葉県県土整備部道路環境課に対して、「台風15号が上陸したのちの、最大の被害状況が知りたい」と電話で問い合わせた。

 

最大被害の把握

その結果、千葉県が管理をしている県道と国道の中で、被害が最大だった時(9月11日午前8時時点)の全面・片面通行止めになった道路の住所一覧を教えてもらうことができた(この住所一覧には、各市町村が管理する道路や私道の通行止め箇所は含まれていない)。

その一覧によれば、全面通行止めだけでなく、片面通行止めも含めて、最大時の道路被害は合計52路線78箇所。うち、原因が倒木であると判明している通行止め箇所は35路線44箇所で、56%を占めた。(グラフ3参照)

清水グラフ3

この、倒木を原因とする44箇所の通行止めがどういう場所で起きたのかを、Googleマップや、ちば情報マップなどを用いて判断し、千葉県が公開している「千葉県道路図」[注10]上に独自に表したのが、以下の地図2である。

清水未来:地図2
(地図2) 水色(人工林):22箇所、 赤い印(人工林・天然林):22箇所

 

水色と赤色の付け方の基準は以下のとおりである。

水色(人工林)の印をつけたのは、市街地や田畑の周りにある里山など、明らかに人の手が入っている林(里山)と推定される被害箇所であり、赤い印(人工林・天然林)をつけたのは、まだ開発されていない山中などに位置し、人工林か天然林かを判断することのできなかった被害箇所だ。

 

倒木被害の半数以上は人工林の可能性

この地図から読み取れるのが、やはり、倒木被害のうち、少なくとも半分が人工林に端を発しているということである。

さらに、今回判別することができなかった赤い印をつけた通行止め箇所の中にも、人工林が含まれている可能性があり、その場合人工林が占める被害の割合はさらに高くなることが見込まれる。

(倒木が人工林と天然林のどちらを由来とするものかを特定したかったが、山中の木々を正確に区分することはできなかった)。(グラフ4参照)

清水グラフ4

※本文における人工林とは、「『森林の更生を人の手で行っている森林』のことで、人が管理をしなければ維持できない森林」(一般社団法人Silvaホームページ[注11]より)を指し、市街地の街路樹なども、人工林に含める。

 

「台風被害を拡大させたのは倒木」は妥当

ここまで、東京電力パワーグリッド株式会社と千葉県への取材とその結果を整理してきた。

その結果、実際に、暴風など台風そのものではなく、台風の影響を受けて倒れた木こそが、被害を大きくしている原因だと推測することができる。

よって、倒木の中でも人工林の倒木被害がある程度のウェイトを占めることも推測できるため、先述のマスメディアの報道は、把握可能なデータを見る限り、妥当だったといえるだろう。

 

3. 倒木被害を防ぐために

では、次なる台風が来た時、同じような災害を起こさないようにはどうすればいいのか。

倒木が、道路をふさいだり、送電線にひっかかったりしないよう、道路や送電線、電柱の周辺の木を伐採して、付近の障害物を排除してしまうのが、今回のような被害を回避するための一番の近道に見える。

事実、東京電力パワーグリッド株式会社も、上述した『鉄塔及び電柱の被害発生原因及び再発防止について』内において、以下のように発表している。

 

電柱被害の再発防止策として、「台風 15 号の影響による電柱損壊は,倒木や建物の倒壊,看板等の飛来物,土砂崩れ等地盤影響による二次被害(一部推定を含む)であったことから,当社としては引き続き,定期巡視や点検にて設備の健全性を確認し適切な設備更新を行っていくとともに,自治体や道路管理者等の関係行政機関と協議のうえ,倒木リスク除去などの二次被害防止に努めていく」(p.33)

 

要約すれば、普段から今まで同様点検活動を行うだけでなく、倒木しそうな木をあらかじめ伐ってしまうことで、暴風など台風自体を原因としない電柱被害を減らしていきます、ということだ。

うんうん。たしかに木さえなければ倒木による被害は減りそうだ。

ところが、この考えに反発している人がいる。

「それは大きな勘違いなんだよね」。こう指摘するのは、千葉県に造園事務所を抱えるだけでなく、NPO法人「地球守」の代表として、京都や吉野など、全国各地で森林改善を行っている、高田宏臣(51)さんだ。

 

森林の異変
清水未来:高田さん
NPO法人「地球守」の代表、高田宏臣さん。 経営する高田造園設計事務所前にて

高田さんは台風直後から千葉県内を回り、森林を観察した。フィールドワークをする中で、奇妙な倒木の仕方に気がついた。

「普通ね、木が倒れるときは、根こそぎ倒れるんですよ。根っこから。でも今回一番多かった倒れ方が、幹折れ。幹の途中から倒れてしまった木が多かった。

どうして幹折れしてしまうのか。それは木が弱っているからなんですよね。幹が弱っているから途中で風に耐えきれなくなって折れてしまった。それが電線とかに引っかかって、停電が起きた。じゃあ危ないから、道の周りの木を伐ってしまおうってなっているんだけど、それは違う」。

本来ならばその程度では倒れないはずの木が、もとから弱っていたために台風の風をきっかけとして倒れてしまった。台風はあくまでも倒木被害が起きた要因であり、木が弱っている現状こそが、今回の被害の根底にある。だからこそ木を伐ってしまうことは、問題の根本解決にはつながらないと考えている。

 

木々が道を守った!?

「そもそも道路の周りに木が植えられているのには理由があるんだよね」。

街道や山の所有地など、土地の境界に植えられた木々を境界林・境界木(きょうかいりん・きょうかいぼく)という。

この境界林は土地の境界を示すだけではなく、防風林のように、街道を強風や倒木から守る役割も担っている。特に千葉県内東部は風が強い土地であるため、境界林の重要性がことさら高いのだと、高田さんは熱く語った。

境界林
人工林の台風15号後の様子(高田さん撮影) 。林内部で幹折れを起こし倒れた木々は、境界木に引っかかったため、道路への倒木被害はない

「風の強いところでは、絶対に防風林が必要なんだよね。杉の防風効果っていうのはすごいものなんだよ。防風林の風上側では5倍、風下側では30倍ぐらい風を弱める。それだけ木があることで町全体が守られるわけ。台風時の調査でも、屋敷森の際で測ると平均風速で5m以内。その外では20mとかなのにね。だから木があるだけで、風の被害とかってものすごい軽減されているってこと」。

境界木があるからこそ、森林内部で木が倒れても、道路への被害が最小限に抑えられたのだという。

「今この境界木を切れっていう、『予防伐採』が言われるんだけど、それをやっちゃうと山自体がもっと荒れちゃうんだよね」。

さらなる倒木被害を防ぐには、木を伐ってしまうのではなく、むしろ、健康な木を育てていくことが重要だと、高田さんは考えている。

「森も人間の身体と似ているよね。免疫が落ちてしまうと、身体も病気にかかるでしょ? 今回の台風被害もそれと同じで。森が弱ってしまっているから、風に吹かれて倒れてしまった。じゃあ木を伐ろうというのは安直すぎ。森自体の回復を目指さなきゃいけない。

『もり』って、『森』じゃなくて『杜』と書くこともできるじゃない。木だけじゃなくて、土も水も空気も全部含めて『森』。この森の『代謝の連鎖』を考えていくのが必要なんですよ」。

 

代謝の連鎖を考える

高田さんのいう「代謝の連鎖」とは、樹木が生える山の土壌自体を健康に保つことが、結果的に健康な森林の生育につながるのだ、ということである。

「僕は100箇所以上調査したんだけれどね、乱開発が多くて。千葉の森は、ところどころに産廃処理場とかソーラーパネルとかが点在してるでしょ。ちょっとだからいいと思っても、そこで荒れた水が周りの森に流れ込む。

そういった小さな点が面になって、面=山全体をだめにしていく。雨が降って泥水が山に流れて、山の水が泥詰まりしていくわけ。そうしていくと、今まで放置されてきた人工林が維持できなくなってばきばき倒れていっちゃう」。

本来、私たちの生活環境を守ってくれていた森林。

ところが、高度経済成長期以来の、日本が行ってきた一斉間伐などの森林政策や、無計画かつ本来の地形を無視した不自然な山林開発。その結果、いまの日本の山林は「代謝」が悪い状況になってしまった。

まずは水脈や風の通り方などを工夫し、土壌の力を回復させる。その上にはじめて、健康な森林を育まれる。山の代謝を改善していくことが、倒木被害の根本的な予防になると話した。

 

不自然な山林開発

不自然な森林開発の例として高田さんが挙げたのが、房総半島中央部の長南町から、茂原市内を抜け太平洋側の一宮町を結ぶ、茂原・一宮・大原道路、通称「長生グリーンライン」(地図3)[注12]だ。

清水未来:長生グリーンライン
(地図3)長生グリーンラインの予定図

入り組んだ地形の山々が多い日本。人や物資の移動を利便化するために新しく道路を建設こと自体は自然な考えだ。

しかし、ただ力任せに山々を切り崩してしまっては、水脈が途切れてしまったり、風通しが良くなりすぎて土壌や森林が乾燥してしまったりすることがある。そうなれば、雨や土を根で絡めとったりする、森林本来の力が弱まり、山のふもとに暮らす私たち人間の住居が土砂崩れにあったり、水や乾燥した土壌によって弱くなった木々が、今回の台風15号のように、強風によって倒れ、電線を傷つけてしまったりする。

「この道路なんだけど。たしかにまっすぐ道を通すのは人間にとってすごい便利なわけ。でも、その作り方はすごい不自然で。そんな風に造ってしまうと、水脈とかを分断してしまって周りの土地が弱る。実際にこのグリーンラインの工事現場のあたりは水がじゃんじゃん出て午前中には(台風上陸時)通れなくなっちゃったから」

山の中を気持ちいいぐらいの美しいカーブを描きながら建設されているグリーンライン。一方で、その周りに通っている昔の道はくねくねしていて走りづらそうだ。ところがこれは、昔の人がちゃんと元の山や森林の形、水脈を意識して造った道であるという証なのだと高田さんは話す。

「まあそんなこと言いながら僕も実際に、そういった広い道を好んで走ってしまうわけだけど。名古屋方面に行く時とか、新東名を選ぶしね」。皮肉げに笑ったのち、「人間の利便性は大事だけど、じゃあここは開発するから、そのぶんこっちには他のことをしてあげよう、とかいう、節度を持つってことが今まで以上に大事になるよね」と続けた。

建設中の長生グリーンライン 左がグリーンラインの始発の長南町。写真からは見えないが、矢印右上には茂原市街地が広がっている(Google Earthより筆者作成)
建設中の長生グリーンライン
左がグリーンラインの始発の長南町。グリーンラインの上を白い矢印でなぞった。写真からは見えないが、矢印の右上には茂原市街地が広がっている(Google Earthより筆者作成)

 

4. 健康な森林を守るために  御宿町では

こういった考えを受け、千葉県内でいち早く行動した自治体がある。千葉県の東南部に位置する御宿町(おんじゅくまち)だ。

1980年代半ば以降、千葉県内には、東京から日帰りで訪れることができるというその利便性から、山林を切り拓いてゴルフ場が多く作られてきた。ゴルフ上開発が下火になった今、山を持て余した所用者の中でブームになっているのが、山を切り拓いて巨大なソーラーパネルを設置することだという。

ところが、施工業者が周辺環境を考えずに木々を伐採し、ソーラーパネルを設置するケースが多い。これでは長生グリーンライン同様、森林の環境が悪化してしまう。

千葉県緑区のソーラーパネルと荒れてしまった人工林(高田さん撮影) ソーラーパネルの照り返しが木を痛めるだけでなく、コンクリートの上に落ちた雨水が泥水となって周辺の山に流れ込んでしまう
千葉県緑区のソーラーパネルと荒れてしまった人工林(高田さん撮影)
ソーラーパネルの照り返しが木を痛めるだけでなく、コンクリートの上に落ちた雨水が泥水となって周辺の山に流れ込んでしまう

 

高田さんの考えを聞き、危機感を持った御宿町議会議員の北村昭彦さん(45)は、2019年、御宿町議会に産業建設委員会の一員として「御宿町自然環境等と再生可能エネルギー発電事業との調和に関する条例」[注13]案を提出し、9月に成立させた。この条例案は静岡県松崎町の条例を参考に作成したものだ。

「高田さんの話を聞いたら、本当に、当たり前のことを言っているなと思って。房総半島のとある町でさ、そこは海を眺めながらトレイルランができるような本当にきれいな場所だったんだけど。ソーラーパネルができて見た目も悪くなっちゃってさ。それで、うちの町は幸いなことにまだソーラーパネルができてないから、入ってくる前に条例を作らなきゃと思ったんだよね」。

 

 行政が森林を守る

この条例によって、条例で定める規定以上の大規模な太陽光発電や風力発電を御宿町内で実施しようとする際には、事前に町長の許可を得る必要が生じた。また、それだけではなく、町長が、「本町における災害の防止、良好な生活環境の維持並びに豊かな自然環境及び魅力ある景観の保全が必要な地区を抑制区域として指定する」ことができるようになった。(同条例第8条より)

北村さんらが同条例の提案の趣旨をまとめた資料
北村さんらが同条例の提案の趣旨をまとめた資料

日本の山の所有権は複雑だ。

1人の所有者がふもとからまるまる山一つを所有している山もあれば、一つの山の中でこちら側まではあなた、こちらからは私、といったように何人かで山を分割して所有しているところもある。特に後者の場合に、1人の所有者の所有地が開発されてソーラーパネルなどが無計画に設置されてしまった時、他の所有者が所有する山林にまで、開発悪影響が及んでしまうことが考えられる。

また、開発と放置によって山が弱ってしまったところに、今回のような大型台風が襲いかかってきた際、水を十分に溜め込むことのできなくなった山から、大量の土砂や倒木がふもとの民家まで崩れてくる可能性もある。[注14]

だからこの条例、ならびに第8条を制定することによって、町民生活に大きな影響を及ぼしうる山や森林を、あらかじめ町長が「抑制区域」として指定することで、無計画な開発を防ぎ、森林を保護できるようになったのだという

「人口が少ない小さな町だからかもしれないけど、話を聞いてすぐに『やろう!』ってダメ元で言ってみたら、周りの先輩議員たちも『いいね』って共感してくれて、意外とさくさくと決まっちゃった。動くってことが大事なんだなって思ったな」。

これといった反対意見もなく条例が通った当時を思い出し、北村さんは楽しそうに笑った。「山を売って切り拓いてソーラーパネルを置くっていうのは簡単だけど、やっぱり子どもとか、この先もこの町で暮らす人のためのことを考えるとね。こういうことこそ行政にしかできないものだし」。

 

5. 取材を終えて

けっして千葉県だけの問題ではない

 ここまで、台風15号の倒木被害を検証し、見過ごされてきた森林の重要性に目を向けてきた。

その中で私が感じたのが、今回の台風とその被害状況は決して千葉県内だけの特殊なものではなく、日本全国に通じるものがあるのではないだろうかということだ。

国土のおよそ3分の2を森林が占める日本だが、2015年の国勢調査を基にした林野庁の『林業労働力の動向』[注15]によれば、林業に従事する人の数はこの40年弱で10万人近く減少しており、その高齢化率も、全産業と比較して高いという。(グラフ5参照)

清水グラフ5

(グラフ5)林野庁『林業労働力の動向』より、林業従事者数と高齢化率の変化

この傾向が続けば、森林を管理する人口もどんどん減り続け、それに反比例するように、健康ではない森林や山地が日本全国で増えていくだろう。

さらに近年の台風は、以前と比べ勢力の大きいものが増えているという。そうなれば、今回の台風15号被害同様の、交通網や送電網が長期にわたって遮断されるような台風被害が起きることは想像に難くない。

その点で、本来ある地形や、森林の持つ力などを総合的に捉えた上で山地開発や森林伐採を進めなければいけない、という高田さんの考え方は非常に説得力があり、これまでの森林開発において盲点だったのでは、と感じた。

 

わたしたちにできること

そしてもう1つ、これこそが一番重要だと思ったのが、身近なものとして捉えて行動することである。

今回の台風15号被害とその原因がメディアで大きく取り上げられたことで初めて山林に目を向けた、と言う人は必ずいるはずだ。かく言う私も、台風15号をきっかけに、山林・森林の問題が私たちの生活に深刻な影響を及ぼすのだと関心を持った。

同じ日本で起きていることだから、なにか力になりたい。でも、東京23区内など都市部で暮らしている私が、山林や森に対してできることなんてないんじゃ…。山林のために移住なんて現実的ではない…。こう思う人もいるかもしれない。

けれども実は、都内に住んでいても気軽に参加できる活動は、意外とあるのだ。

例えば、房総半島中央部に位置する大多喜町には、大多喜町の地域おこし協力隊が結成したグループ・「チクリンジャー」[注16]がいる。

毎月第2土曜日、高齢化や死去によって、所有者が管理することが難しくなった町内の竹林を整備するボランティア団体で、参加者は、竹を刈り林道の整備に協力する。自分たちで刈った竹を使って炊いたお米を昼食に食べられるほか、一度でも参加するだけで、4月にたけのこ掘りを無料で体験できるチケットがもらえる。

私も活動に参加したのだが、刈った竹を燃やすたき火の迫力や、竹が爆ぜるぱちっという乾いた音、竹のあざやかな香りがうつった炊きたてのご飯など、普段都会で暮らしているだけでは絶対に体験できないことづくしの1日で、非常に刺激が強く、楽しかった。

伐った竹はそのままたき火にくべる。チクリンジャーの活動にて。 2m離れていても炎の暖かさを感じる
伐った竹はそのままたき火にくべる。チクリンジャーの活動にて。
2m離れていても炎の暖かさを感じる

 

また、千葉県内の「子育て支援ステーション ニッセ」が運営している、木育施設ニッセの森[注17]では、小さな子どもとともにゲーム感覚で森のツタ払いや下草刈りを行うことができる。

他にも東京都の森林・緑地保全活動情報センター事務局が運営するホームページ「里山へGO!」[注18]では、都内にある29の緑地や保全地域で参加することのできるボランティア活動を紹介しており、無料の会員登録をするだけで、自分の都合のいい時に、竹林整備から下草刈り、田植えなど、興味を持った活動に自由に参加することができるようになる。

荒れゆく山林問題を日本のどこかで起きている他人事ではなく、自分にも関係のあることなのだと捉える。そして、自分にできることを、楽しみながらやってみる。義務感で行動するのはつまらないし、それではせっかくの問題意識も表面的な理解で終わってしまう気がする。

本題から離れてしまうのだが、山林の問題に限らなくていい。オーバーツーリズムによるゴミの問題や、シャッター商店街、若者の政治参加……。

少しでも自分が興味を持ったことに、とりあえず飛び込んでみる。そこにはきっと、新しい発見や出会いがあり、私たちの生活を良くするきっかけになるかもしれない。

 


(注)参考文献・参考資料

[1] 千葉県『市町村マップ』(2019年5月1日)(https://www.pref.chiba.lg.jp/kouhou/map.html)(2020年1月16日参照)

[2] 東京電力パワーグリッド株式会社『停電情報』(2019年12月27日参照)(http://teideninfo.tepco.co.jp/day/teiden/day072-j.html

[3] 電力バンク『【更新中9/23 9:00時点】台風15号における千葉県の停電復旧状況』(2019年12月27日発表)(https://blog.enerbank.co.jp/disaster/chiba-blackout/

[4] (https://twitter.com/Mi03_614/status/1171308020468342784?s=20)(2020年1月16日参照)

[5] 小倉貞俊、東京新聞「台風15号 特産スギ病気で被害拡大 幹が腐り空洞化、倒れやすく」(2019年9月20日朝刊、ウェブ版)(https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201909/CK2019092002000172.html)(2019年12月27日参照)

[6] 熊谷洋美、福冨旅史、朝日新聞DIGITAL「スギの病、被害拡大か 停電の千葉『まるで終戦直後』(2019年9月23日)(https://www.asahi.com/articles/ASM9R4TNCM9RUDCB00D.html)(2019年12月28日参照)

[7] 房日新聞「倒木が国道410号寸断 鴨川仲地区(2019年9月14日)(http://www.bonichi.com/News/item.htm?iid=13069)(2020年1月12日参照)

[8] 東京電力パワーグリッド株式会社『鉄塔及び電柱の被害発生原因及び再発防止について』(2019年12月17日)(https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/hoan_shohi/denryoku_anzen/tettou/pdf/004_01_00.pdf)(2020年1月12日参照)

[9] 千葉県『第3回千葉県災害対策本部会議資料(2/2)』千葉県県土整備部『台風15号による公共土木施設等の被害状況について(9月13日14時現在)』(http://www.bousai.pref.chiba.lg.jp/portal/servlet/servlet.FileDownload?file=00P0o000022H9xLEAS)(2019年9月13日)(2019年11月26日参照)

[10] 千葉県『千葉県道路図』(https://www.pref.chiba.lg.jp/doukan/douroiji/shiryou/documents/chibadouro.pdf)(2019年12月28日参照)

[11] 一般社団法人Silva「人工林とは」(https://www.silva.or.jp/森知識-活動事例/日本の森の現状/人工林とは/)(2020年1月19日参照)

[12] 長生土木事務所『地域高規格道路茂原一宮道路(長生グリーンライン)拡大図(http://www.pref.chiba.lg.jp/cs-chousei/douro/documents/green.jpg)(2020年1月13日参照)

[13] 御宿町『御宿町自然環境等と再生可能エネルギー発電事業との調和に関する条例』(http://www.town.onjuku.chiba.jp/content/files/gikaijimukyoku/taiyoukou-joureian.pdf)(2020年1月13日参照)

[14] 御宿町産業建設委員会『御宿町自然環境等と再生可能エネルギー発電事業との調和に関する条例(案)提案の趣旨』(http://www.town.onjuku.chiba.jp/content/files/gikaijimukyoku/taiyoukou-syushi.pdf)(2020年1月13日参照)

[15] 林野庁『林業労働力の動向』(https://www.rinya.maff.go.jp/j/routai/koyou/01.html)(2019年11月26日参照)

[16] Facebook「大多喜チクリンジャー」(https://www.facebook.com/pg/chikuringer/posts/?ref=page_internal)(2020年1月16日参照)

[17] 子育て支援ステーション「ニッセの森にあそびにいこう」(http://nisse.club/?activity=ニッセの森にあそびにいこう)(2020年1月16日参照)

[18] 森林・緑地保全活動情報センター事務局「里山へGO!」(https://tokyo-satoyama.jp/)(2020年1月16日参照)

この調査取材記事は瀬川至朗ゼミの2019年度卒業作品として制作されました。