創業100年を超す老舗の変身を成功させた 4代目店主・藤田智紀さん


みなさんは早稲田キャンパス南門前にあるイタリアンレストラン「Pizzeria TAKATA BOKUSYA」を知っているだろうか。外にはワイン樽が置かれ、壁はシックな色で塗られている。外観から高級感のある落ち着いた雰囲気が伝わってくるこの店は、学生の街早稲田にあるとは思えない。「高田牧舎」は1905年(明治38年)に「ミルクホール」(注1)として創業した。その後は洋食レストランとして本格的な西洋料理を提供していたが、2016年にPizzeria TAKATA BOKUSYAに名前を変えてイタリアンレストランとして生まれ変わった。100年以上の歴史があるお店のリニューアルに至った経緯やピザ作りにかける思いについて、4代目店主・藤田智紀さんに伺った。(取材・執筆・写真=江橋朱里)  ≪トップの写真はPizzeria TAKATA BOKUSYAの前で、4代目店主・藤田智紀さん≫

 

学生との会話がリニューアルのきっかけに

 藤田さんは、リニューアル以前は料理人ではなく、ホールマネージャーとしてお店の経営に携わっていた。藤田さんが料理を振る舞うのは、学生たちのために週1回夜に開かれるバーだけだったという。それまでも「自分の料理をやること」を望んでいた藤田さんは、バーで学生たちとお店のリニューアルについて話しているうちに、何か新しいジャンルに挑戦しようと考え始めた。藤田さんにとって、修行などでお店を長期間休まずに挑戦できる料理、それがピザを中心とするイタリアンだったという。

店内の薪釜でピザを焼く藤田さん。その眼差しは真剣そのものだ。
店内の薪釜でピザを焼く藤田さん。眼差しは真剣そのものだ。

しかし、創業から100年以上も続いていた伝統を全く新しいものに変えることへの抵抗はなかったのか。この問いに、藤田さんは「あまりなかったですね。自分がやりたいことをやりたかった」と答えてくれた。たしかに高田牧舎が伝統のあるお店だったこともあり、リニューアル当初は常連さんから残念がる声を多くもらった。現在でも、「昔の方が良かった」「久しぶりに来たのに看板だったカレーライスないのか。残念」などと言われると悔しい気持ちになるそうだ。それでも藤田さんはリニューアル当初の「自分の料理をやりたい」という願いを叶えながら、「美味しい」と食べに来てくれるお客さんのために日々ピザ作りやメニュー作りに励んでいる。

 

「独学」で学んだピザ作り イタリア人も絶賛する味に

 藤田さんにとって一番嬉しい瞬間は、「イタリア人の人がきて、ピザが美味しいと言ってくれるとき」だ。私もそのピザをいただいてみたが、生地は香ばしくモチモチ、ピザソースはまろやかで絶品だった。このピザを焼くスキルはどのように習得したのか尋ねてみると意外な答えが返ってきた。「ゼロから自分で習得しました」。手探りの中、本で作り方を調べ、電子レンジを使ってピザ作りの練習を重ね、基本的なスキルをマスターしたという。

焼き立てのハーフ&ハーフピザ。2つの味を楽しめる。
焼き立てのハーフ&ハーフピザ。2つの味を楽しめる。

始めるからにはピザ窯にこだわった。「薪を使う本格的なピザ窯を使いたい」と思い、窯を作る会社を探し始めたそうだ。しかしピザ窯を使ったことがない藤田さんは、まずピザ窯を使う技術を身につける必要があった。そんなとき群馬県の増田煉瓦(注2)がピザ窯講習をやっていることを知り、2日間の講習を受けてこの煉瓦会社が製造するピザ窯の導入を決めた。窯を導入してからは、何枚もピザを焼いて試食を繰り返し、試行錯誤を続けたそうだ。藤田さんのピザ作りおける地道な努力の成果は、お店の看板メニューとして毎日たくさんのお客さんに本格ナポリピッツァの味を提供している。

イタリアンレストランは日本中にあるけれど、本格的なピザ窯を導入できるお店は少ないという。ピザ窯にかかるコストや煙が問題になるからだ。自社物件に店を構える「高田牧舎」だからこそ、本格的な薪窯で焼いたピザを提供できるのである。

お店をリニューアルしてから約3年、藤田さんは少しずつ、お店に合うピザ窯のサイズや、お店に導入したい窯のスタイルがわかるようになってきたという。今後は今よりも大きいピザ窯の導入を考えている。そして、カウンターを設置してお客さんとの会話を大切にできる雰囲気を作っていきたい。「これからも僕がやりたいことをやっていきたい」。高田牧舎の今後の変身も楽しみである。

 

(注1)明治時代に流行った、ミルクや軽食を提供する飲食店の総称。当時は国民の体質改善のために明治政府がミルクを推奨していた。Pizzeria TAKATA BokushaのHPを参照のこと。http://www.takatabokusya.com/takatabokusya/1233/

(注2)増田煉瓦株式会社 http://www.masudarenga.co.jp/ishigama/

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