金沢宿泊事情のいま、これから <ゼミ合宿シリーズ③>
2015年の北陸新幹線開業以降、観光地としての人気が爆発した金沢。金沢駅前には多くのホテルが立ち並んでいる。石川県の調査によると2015年の金沢地域への入り込み客数は過去最多の1006万人を記録した(速報値)(注1)。しかし、前年度比約150万人増加の陰では、繁忙期の宿泊施設の飽和や料金高騰などの問題が発生している。そんな状況の中、注目を集めるのが「民泊」という宿泊形態だ。新たに台頭してきた民泊というビジネスは、既存のホテル・旅館業界にどのような影響を与えているのか。また、両者はお互いをどのように意識しているのか。金沢市内で関係者に取材を実施し、調査を行った。(取材、写真:大久保亮、佐古涼太郎、神谷敦紀、内海美緒)
金沢宿泊事情の変化
金沢では2015年3月の北陸新幹線開業や、円安による外国人観光客増加の影響で、観光客数が急増し、年間入り込み客数が初めて1000万人を超えた。観光客数の急増に伴い、宿泊施設への需要も急激に高まっている。年間で観光客が最も多い8月には、金沢の都市ホテルの稼働率は約90%にも達した。宿泊施設の稼働率が高まった結果、ホテルの宿泊料金が高騰する問題が起きてしまっている。2015年の9 月には、金沢市内のビジネスホテルのシングルルーム1室に6万円もの値段が付けられた。そのような状況の中、ホテルに比べ割安な民泊という宿泊形態が注目を集めている。
民泊とは、「宿泊用に提供された個人宅の一部や貸別荘、マンションの空室などに宿泊すること」を指す。民泊サービス「Airbnb」で金沢市内の登録件数を調査してみた結果、2015年10月から2016年10月の一年間で、登録件数が100件以上増えている。このように、金沢市内において民泊拡大の動きは徐々に高まってきており、宿泊業界に変化が起きてきている。
旅館業法と民泊
民泊拡大の動きを考える上では、旅館業法と民泊の関係性を整理しなければならない。民泊は旅館業法で定める「簡易宿所」として位置付けられる。民泊を営業するためには、各地方自治体から旅館業法に則って営業の認可を受けなければならない。営業の認可を受けた民泊は「簡易宿所」として扱われ、合法的に民泊営業を行うことができる。民泊の一つの形として注目を集めるゲストハウスは、この「簡易宿所」に位置する。
瀬川ゼミの学生がゼミ合宿で宿泊したのは、この「簡易宿所」の認可を受けている金澤町屋ゲストハウスの「あかつき屋」(堀田哲弘代表)である。1933年(昭和8年)に建てられた金澤町屋(古民家)をリニューアルした素泊まりのゲストハウスで、国登録有形文化財に指定されている(注2)。ここで町屋の風情を味わいながら取材調査の打ち合わせをし、堀田さんからは、あかつき屋の、金澤町屋としての特徴などについてレクチャーをしていただいた(注3)。
一方で、認可を受けないまま民泊の営業を行う「違法民泊」も多く存在する。違法民泊が数多く存在する背景には、旅館業法の規制の厳しさが関係している。旅館業法は施設環境や宿泊日数の規制が厳しい。政府によって少しずつ規制の緩和は行われているものの、民泊営業の認可を受けることは決して容易ではない。その結果、各自治体に申請せずに認可を受けないまま営業を行う「違法民泊」が存在してしまっているのだ。
騒音やマナーの問題など、民泊そのものに悪いイメージが持たれることが多い。しかし、厳密に言えば、民泊は「合法民泊」と「違法民泊」の二種類に分かれ、これらを区別して考えていかなければならない。
多様なニーズに応える民泊
「利用者1人1人のニーズに民泊は応えられる」。そう話すのは民泊ビジネスを推進するあおぞらプランニングの柴野道雄さんだ。
民泊は1泊1人あたり平均3000円前後の低価格で学生や外国人観光客を中心に広がりをみせてきたが、出張中の会社員や医療を受けるために当地を訪れる高齢者など、利用者層が多様化しつつある。
それに伴い民泊の業態も変化し始めた。家やアパートの1室を貸すものから、空き家を改装して1棟丸ごと貸し出すケースまで新たなビジネスが出現し始めている。低価格と利用者の希望に適した施設の提供により、1年を通じて民泊の稼働率は安定している。
反面、民泊を円滑に運営するにはスタッフが常駐し、責任を持って施設を管理するとともに、地域住民のコンセンサスを得ることが欠かせない。ゲストハウス「ステラ」を運営する浦崎周治さんは、ハウス内で英会話教室を開いたり、町内会との合同イベントを積極的に行ったりすることで、地域住民と観光客との交流を図っている。初めは観光客の出入りに困惑していた地域住民も今では彼らとの交流を楽しみにしているという。民泊事業拡大のためには運営者の意識のあり方が重要だといえる。
旅館・ホテル業界が抱く懸念
民泊の動きの高まりについて、旅館・ホテル業界はどのように感じているのだろうか。今年で創立150周年を迎える金沢市旅館ホテル協同組合の石田憲二事務局長にお話を伺った。
石田さんは「民泊の影響で旅館やホテルの客室稼働率に大きな影響が出ているということはありません」と語る。新幹線開業を受けて4~5割業績を伸ばした日本旅館もあるという。したがって、稼働率の点からは旅館・ホテル業界は民泊に反対はしていない。
懸念しているのはむしろ、「公共性」の部分だという。宿泊業を営むためには、旅館業法や消防法の基準を満たさねばならず、それはひとえにお客様の安全を守るためである。しかし近年、政府は宿泊業について規制緩和の動きを見せており、中には基準を満たすことなく違法で営業している業者もいる。「不動産業界が積極的に動き、安全を無視してでもとにかく安く泊まれればいいという価格本位の世界となることは、金沢全体に不信感を広げかねない。」と石田さんは警鐘を鳴らす。
共存する「ホテル・旅館」と「民泊」
民泊の隆盛に対する行政の対応は、自治体によってさまざまだ。リゾート地として有名な軽井沢町では町内全域での民泊禁止を2016年3月に発表した。これには、旅館業として合法的に営業できる「簡易宿所」も含まれる。また東京台東区では、従来から違法と指摘されていた、ワンルームマンションでの民泊を禁止する条例改正が2016年4月に施行された。
このような中、金沢市役所の観光政策課、南健治さんは「先んじて民泊に対応していく予定はありません」という。金沢市としては、国の対応にあくまで従う姿勢のようだ。市に認可を取っている民泊は、金沢の古い町並みを生かした町屋をゲストハウスとして宿泊施設としている。
また、違法民泊の統計データは集計しておらず、その規模を把握していないという。「統計をとることは違法民泊の存在自体を認めてしまうことになりかねない」と南さんは苦笑いをする。
市としては、金沢の町並みを魅力と感じる観光客も多いなか、その観光資源を外国人へのPRとしてもうまく活用できていると考えているようだ。このように金沢市においては、従来の宿泊業界と新たに出現した民泊では、観光客のニーズのすみ分けができていると考えられる。
今後は金沢市内に数多く存在する違法民泊に目を向けていかなければならない。金沢市は違法民泊の実態を把握しきれておらず、石田さんが懸念するような問題がこれから次々と生じてしまうかもしれない。金沢が観光地としての信用を維持してくためには、新たな対策が求められているのではないだろうか。
(この記事は2016年9月の取材をもとに作成しました)
(注1)石川県観光戦略推進部 『統計からみた石川県の観光(平成27年)』
http://toukei.pref.ishikawa.jp/dl/3229/kankoutoukeiH27.pdf
(注2)金沢市公式ホームページ : 金沢市の文化財と歴史遺産 あかつき屋
http://www4.city.kanazawa.lg.jp/11104/bunkazaimain/touroku/yuukeikenzoubutu/akatsukiya.html
(注3)「記者の卵さんたち 金沢を精力的取材」 金沢町屋ゲストハウス「あかつき屋」ホームページ:「あかつき太郎の町屋日記」2016年9月23日
http://akatsukitarou.blog96.fc2.com/blog-entry-914.html
<参考URL>
厚生労働省 民泊サービスと旅館業法に関するQ&A
http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000111008.html
金沢市 『金沢市観光戦略プラン2016』
http://www.kanazawa-kankoukyoukai.or.jp/com/pdf/useful/tourism_strategy.pdf
金沢町屋ゲストハウス「あかつき屋」ホームページ