第1波の対策として禁酒令を導入 ― ジャーナリストが見た南アフリカとコロナ


貧困層が55.5%を占める南アフリカ共和国[i]は、新型コロナウイルスの感染拡大が死亡者数を増加させるのではないかと指摘されてきた。それでも、南アフリカは3月上旬から5月にかけて、ロックダウンや禁酒令の導入などの対策を徹底的に実施した。第1波を抑えたように見えた南アフリカは、その後、感染の急拡大に苦しんでいる。第1波のときの対策について、現地に駐在するジャーナリストのジェフリー・ヨークさんに聞いた。=取材・文=陳伊櫻、写真はⓒAFP PHOTO / Luca Sola, 陳伊櫻

トップの写真は、禁酒令が解除されたヨハネスブルクの酒屋にて、酒類を購入する人々。2020年6月1日撮影=ⓒAFP PHOTO / Luca Sola

 

3月下旬にロックダウン実施

南アフリカでは、3月5日に国内最初の新型コロナウイルス感染者が報告された。政府は早い段階で徹底した対策に踏み切った。3月中旬には国家非常事態を宣言し、国際線を全面運休にした。感染が全世界に拡大し始めた3月下旬には、すでにロックダウン措置が講じられていた。

ヨークさんによれば、この措置は他国と比べてかなり厳格なものだった。まず、ロックダウンが施行されてすぐにウォーキングやランニングを含む屋外での運動が禁じられた。次にロックダウン中の犯罪抑制効果につながるとして、酒とタバコの販売が禁止された。こうしたロックダウンに伴う規制の数々は警察と軍によって厳正にかけられたため、何千人もの人々が規則違反の罪で逮捕されたという。

電話取材に応じてくれたジェフリー・ヨークさん
電話取材に応じてくれたジェフリー・ヨークさん

 

禁酒令による病床確保の試み

南アフリカは、ロックダウン中に禁酒令が施行された数少ない国の一つだ。ヨークさんによれば、「禁酒令はその『主な目的を達成した』点で大いに功を奏した」という。この目的というのは「外傷の入院患者数を減らし、空床を確保すること」、つまり今後、新型コロナウイルス感染症患者数が増えると予想されるため、そうした患者を受け入れる入院病床を確保することだった。特に、南アフリカではアルコールによる暴力事件により病院へ搬送される負傷者の数が多く、このことが医療崩壊を招く恐れがあった。[ii]

しかし禁酒令施行後、こうした飲酒関連の外傷による救急入院件数が激減した。ロックダウン以前の南アフリカでは、毎週およそ34000件に上る外傷の救急入院件数が確認されていた。これに対し、ロックダウン以後はその約3分の1である12000件にまで減少した。[iii]ヨークさんは、禁酒令は殺人事件数の減少と犯罪率の低下にも貢献したと指摘する。特にロックダウン開始日の3月27日から5月19日までの国内における殺人事件数は1072件となっており、この数は一年前と比べて64%も減少している。同期間内に強姦件数が83%、強盗致傷罪の件数が64%減少したことにも、禁酒令の有効性が示されている。[iv]

 

生活スタイルの変化

「サハラ砂漠以南の地域報道を担うジャーナリストとして言うと、ロックダウンによる唯一の影響は、前のように自由に移動が出来なくなってしまったことだった」と、ヨークさんは語った。普段月に1度のペースで取材のために国内外を移動するが、ロックダウン中は全便運休となったため従来のような移動が出来なくなった。だがヨークさんは、「在宅勤務が可能なので、移動の不自由以外に仕事への支障はなかった」と振り返る。

新型コロナウイルスの影響で生活スタイルの変化を経験した人々は他にも存在する。例えば、国内のほとんどの学生が対面授業からオンライン授業に切り替える必要があった。慣れないオンラインでの授業は多くの人々にとって少なからぬ困難を伴うものだったが、「最終的にはこういった難局を何とか乗り切ることができたのではないか」とヨークさんは言う。学校は全面再開しているものの、引き続きマスクの着用やソーシャルディスタンス(社会的距離)を含む基本的な感染予防対策がとられている(6月11日現在)。

ヨハネスブルクのニザーミーヤモスク入口にて、検温を受ける男性。2020年6月5日撮影=ⓒAFP PHOTO/MICHELE SPATARI
ヨハネスブルクのニザーミーヤモスク入口にて、検温を受ける男性。2020年6月5日撮影=ⓒAFP PHOTO/MICHELE SPATARI
第2波到来にどう対応するか

南アフリカでは徹底した対策により、第1波の早期収束につながったとされている。しかしパンデミックに伴う路上生活者数や失業率の増加など、まだまだ国内の課題は山積みである。また、政府はロックダウン中に様々な経済支援策を策定したが、一部の政治家や企業からは「ロックダウン期間を延長しておきながら政府は十分な経済支援をしなかった」(ヨークさん)という批判的な声も出ているという。

6月1日から、南アフリカ政府は全国的にロックダウンを緩和し経済再開へ踏み出した。しかしヨークさんが書いた記事[v]によれば、6月末の時点で国内の新型コロナ感染者数は14万人を超えるなど、南アフリカでは感染者数が急激に増加している状況だ。また7月12日の時点で国内の感染者数は25万人以上に上り、4000人を超える死者数は年内に5万人まで増える可能性が指摘されている。これを受けて、国家的災害事態の延長と禁酒令の再施行が決定した。[vi]早期対応で第1波を収束に導いた政府の対応力が今、再び問われ始めている。(インタビューは2020年6月11日、電話取材でおこなった)

 

2020年3月5日 国内初の感染者を確認
同年3月15日 国家的災害事態を宣言
同年3月26日 ロックダウン発動(最大警戒レベル5

屋外での運動を禁止・禁酒令の施行

同年5月1日 ロックダウン警戒レベル4に緩和

午前6時~9時の運動が認められる

同年6月1日 ロックダウン警戒レベル3に緩和

禁酒令が解除される

同年7月12日 国家的災害事態の延長・禁酒令の再施行

表:南アフリカ共和国における新型コロナウイルス対策のタイムライン[vi][vii]

 

ジェフリー・ヨークさん=カナダのニュースメディア「The Globe and Mail」に所属するジャーナリスト。1992年から戦場ジャーナリストとしてソマリア、スーダン、ケニア、イラク、アフガニスタンなどを含む数々の国々で戦争の最前線に立ち、取材を重ねてきた。1994年からは海外特派員として勤め、7年間ずつモスクワと北京での駐在経験がある。現在は南アフリカ共和国のヨハネスブルクを拠点に、アフリカ支局長を務めている。

 

〈参考資料〉

[i] Poverty on the rise in South Africa

http://www.statssa.gov.za/?p=10334

[ii] 南アフリカ、ロックダウン中の禁酒令を解除 店舗には列が

https://www.bbc.com/japanese/52887787

[iii] South Africa coronavirus lockdown: Is the alcohol ban working?

https://www.bbc.com/news/world-africa-52358268

[iv] South Africa Sees One Positive Coronavirus Spinoff: Less Crime

https://www.bloomberg.com/news/articles/2020-05-22/south-africa-sees-one-positive-coronavirus-spinoff-less-crime

[v] African countries fight ‘vaccine nationalism’ in wealthier nations with first COVID-19 inoculation trials

https://www.theglobeandmail.com/world/article-african-countries-fight-vaccine-nationalism-in-wealthier-nations/

[vi] 南アフリカ、再び禁酒令 新型ウイルス感染者増加で

https://www.bbc.com/japanese/53385793

[vii] 外務省海外安全ホームページ 南アフリカ共和国

https://www.anzen.mofa.go.jp/od/ryojiMail.html?countryCd=0027

South African Government

https://www.gov.za/Coronavirus

南アの新型ウイルス死者、年内4万人の恐れ 科学者ら警告

https://www.bbc.com/japanese/52749370

*最終アクセス日はいずれも2020年7月14日

南アフリカ共和国の新型コロナウイルス感染者数の日別推移(~2020年7月15日、3日間平均)=Our World in Data より
南アフリカ共和国の新型コロナウイルス感染者数の日別推移(~2020年7月15日、3日間平均)=Our World in Data より
2020年度春学期の瀬川ゼミ演習Ⅰ(3年生のゼミ)では、新型コロナウイルスの問題を取材実習のテーマとし、それぞれリモート取材に取り組んでいます。「海外コロナ事情」と「早稲田とコロナ」という2つの特集企画で記事をお届けします。