新型コロナで治安悪化 でも国には帰れない ― 日本人留学生に聞いたカナダ での生活


新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)は、大学生の留学に大きな打撃を与えている。留学先の大学授業のオンライン化、母国ではない国での一人暮らし。未曾有の事態に遭遇した留学生たちは、このパンデミックの時を、どのように、何を思って過ごしているのだろうか。カナダに長期留学している日本人大学生の尾本幸太郎さん(21)に話を聞いた。(取材・文=鈴木筍太郎、写真は尾本幸太郎さん提供)

トップの写真は、自粛要請を受け休業をしているカナダ・バンクーバーの店。店内が見えないよう、防犯対策として木の板で囲っている=2020年6月19日、尾本幸太郎さん撮影)

 

母国に帰れなくなった留学生

尾本さんは、英語を学ぶために高校の入学に際して日本からカナダへ留学した。現在はランガラ大学環境学部に在籍している。7年目の留学生活を迎えており、現在はカナダ西部のブリティッシュ・コロンビア州(以下BC州)のバンクーバーに在住している。

2020年6月21日、ZOOMでのインタビュー取材に答えてくれた尾本幸太郎さん
2020年6月21日、ZOOMでのインタビュー取材に答えてくれた尾本幸太郎さん

BC州の公用語は英語だ。留学した当初は、現地の文化、言語に戸惑い、異国の地で生活することにはなかなか慣れなかった。ここ1、2年、ようやく不自由なく生活できるようになってきた矢先の、今回のパンデミックであった。

「はじめは中国で流行していたということもあり、カナダには感染者がいなかったので、そこまで気にしていなかった」

しかし、BC州では2月下旬に初の感染者が出ると、そこからの勢いがすごかった(1)。1ヶ月後には州内の感染者数が1日100人前後にまで急増した。3月に入って感染者数の増大が見られたのは他の州も同様(2)で、カナダ連邦政府は3月の中旬には、不要不急の国外旅行やすべてのクルーズ旅行を控えること、アメリカも含め国外からカナダに入国した後は14日間自主隔離をすることなどを要請し始めた(3)。

このような要請を受けて特に困難に直面したのは、尾本さんたち留学生だった。

カナダ政府による要請の発表後、すぐに各航空会社は便数を減らし、隣の席に客同士が座ることも、ソーシャルディスタンス確保のために禁止をした。その結果として航空券は値上がりし、留学生たちはそれぞれの母国に帰ることが難しくなってしまった。尾本さんもそんな留学生の一人で、この騒動が収まったら「まずは日本に行って両親と会いたい」という。

自粛が本格化した後のバンクーバー市内のバス。車内には運転手以外の人の姿は見られない(2020年6月17日、尾本幸太郎さん撮影)
自粛が本格化した後のバンクーバー市内のバス。車内には運転手以外の人の姿は見られない(2020年6月17日、尾本幸太郎さん撮影)

 

「犯罪」という名の二次災害

母国に帰るに帰れない状況で、尾本さんを待ち受けていたのは、新型コロナの最初の「エピセンター(震源地)」が中国であったことによる、アジア系を標的とした理不尽な差別だった。

「自分はあからさまな肘打ち程度ですんだが、実際にAnti-Asian Hate Crimesと呼ばれるアジア人を狙った犯罪が増えた」(4)

また、もともと治安の良かった尾本さんの住んでいる地域でも、ホームレスの集団による窃盗などの犯罪も増えてきており、立ち入ると危険なストリートも多いという。

治安の悪化に伴い、街は日を追うごとに汚くなった。新型コロナを受けて衛生状態の改善のために設置された手洗い所も、すぐにゴミであふれてしまった。

新型コロナ感染拡大を受けて、バンクーバーの街中に設置された仮設の手洗い所=2020年6月○日、尾本幸太郎さん撮影
新型コロナ感染拡大を受けて、バンクーバーの街中に設置された仮設の手洗い所=2020年6月19日、尾本幸太郎さん撮影

7月21日現在、カナダ国内の新型コロナウイルス感染者数は落ち着きを取り戻しつつある(5)。しかし、取材当時(6/21)は感染者が短期間で10万人を超え、死亡者数は8,000人を突破し、10,000人に迫る勢いであった。(6)

自分だったら、日本とはあまりにもかけ離れた環境に音をあげ、家に引きこもり、悩んでいるかもしれない。しかし、尾本さんからは、予想とは真反対の答えが返ってきた。

 

「今の状況はむしろチャンス」

「新型コロナによって余儀なくされている自粛生活は、不謹慎かもしれないが、僕はむしろチャンスとみなしている。確かに差別や、治安の悪化は憂慮すべきことだが、オンライン授業になったおかげで英語での授業を何回も再生して理解を深められるし、なによりやりたいことができる時間が増えた」

尾本さんは自粛生活によってできた時間を使い、現地で知り合った日本人の知り合いが起業した、飲食物の輸入会社を手伝っている。そこでマーケティングを担当しているという。

「自分の家や先輩の家で業務をこなしており、充実した日々を過ごせている。新型コロナの収束後、本格的に働けるのが楽しみ。大学卒業後は自身で起業したいと考えているので、自粛期間のおかげでいい経験を積めている」

新型コロナの時期に、いくらアウェイに置かれていようとも、スクリーン越しの尾本さんは顔を上げ、しっかりと未来を見つめているようにみえた。(尾本さんとのインタビューは2020年6月21日、ZOOMを使ってオンライン形式でおこなった)

 

(1) BRITISH COLUMBIA 『COVID-19 Going Forward』

https://news.gov.bc.ca/files/June4_Covid19_PPP_V8.pdf

(2) GOVERNMENT of CANADA『Coronavirus disease (COVID-19): Outbreak update / How Canada is monitoring COVID-19』

https://www.canada.ca/en/public-health/services/diseases/2019-novel-coronavirus-infection.html?topic=tilelink#a2

(3) GOVERNMENT of CANADA『Coronavirus disease (COVID-19): Outbreak update / History』

https://www.canada.ca/en/public-health/services/diseases/2019-novel-coronavirus-infection.html?topic=tilelink#a4

(4)VANJA『新型コロナウイルスによるアジア人差別 現代に蘇る「黄禍論」』

https://vanja.jp/covid19-asian-racism/

(5) BRITISH COLUMBIA 『Phase3 BC’s Restart Plan』

https://www2.gov.bc.ca/gov/content/safety/emergency-preparedness-response-recovery/covid-19-provincial-support/phase-3

(6) WHO 『WHO Coronavirus Disease (COVID-19) Dashboard – CANADA』

https://covid19.who.int/region/amro/country/ca

以上7月21日までにまでに閲覧。

カナダの新型コロナウイルス感染者数の日別推移(~2020年7月21日、3日間平均)=Our World in Data より
カナダの新型コロナウイルス感染者数の日別推移(~2020年7月21日、3日間平均)=Our World in Data より
2020年度春学期の瀬川ゼミ演習Ⅰ(3年生のゼミ)では、新型コロナウイルスの問題を取材実習のテーマとし、それぞれリモート取材に取り組んでいます。「海外コロナ事情」と「早稲田とコロナ」という2つの特集企画で記事をお届けします。