フリーランス そして母親として ― 日本人通訳者に聞いた米ペンシルベニア州とコロナ


新型コロナウイルスは、留学を目指した人々にまで大きな影響を与えた。私自身、今年の2月からペンシルバニア州のペンシルバニア大学に留学していたが、新型コロナの影響により一ヶ月での帰国という選択を迫られた。当時の街の様子は、私が訪れた当初の活気を失い、人との交流も失われた。私も急速なスピードでの感染拡大に動揺し、状況を読み込めずにいた。その当時のペンシルベニア州の様子や、その後の動向はどのようなものだったのか。また、その時の心境を、ペンシルベニア州に住むグレンダ由利子さんに取材した。(取材・執筆=堀田吉晃 写真=グレンダ由利子さん提供)

トップの写真は、2020年3月末、コロナで休校中に自宅でゲームをするグレンダさんと息子さんたちの様子。(グレンダ由利子さん提供)
会議通訳者として

ペンシルベニア州は、日本人にはあまり馴染みがないかもしれない。アメリカの東海岸、ニューヨークと首都のワシントンD.C.の間に位置し、歴史的には、1776年にアメリカ独立宣言が行われた場所として有名である。

そんなペンシルベニア州で、グレンダ由利子さんは、日本とアメリカの企業のフリーランス通訳者として2014年から仕事をしている。大きなコンベンションでの同時通訳や、日本の企業とアメリカの企業が会議する際に、会議通訳としてお互いの意思疎通の手助けをしたりしている。

仕事始めて6年目。2020年はグレンダさんにとって仕事が波に乗って来ている頃であった。

 

2020年6月○日、オンライン形式で、グレンダ由利子さん(写真左)にお話をお聞きした
2020年6月15日、オンライン形式で、グレンダ由利子さん(写真左)にお話をお聞きした
まさかアメリカにまで影響が及ぶとは

中国で流行し始めた新型コロナウイルス感染症が世界的に関心を集めた。しかし、「中国とアメリカは距離的にも離れているから、正直そこまでの危機感はなかった」。そのように当初の様子を振り返る。

アメリカで最初の感染者が報告されたのは、1月21日、西海岸のワシントン州だった。その頃、ペンシルベニア州でもトイレットペーパーの買い占めなどは少し起こっていたが、グレンダさんに特に危機感はなかったそうだ。

その後の3月7日、ペンシルベニア州で初の感染者が報告された。当時のアメリカは、中国からの渡米者を制限していたが、ヨーロッパからの渡米者を制限しなかった。この点がアメリカでの感染拡大のきっかけになったのではとグレンダさんは推察する。

3月13日、ペンシルベニア州の公立の学校が休校。それに追随して、私立の学校も休校。この日が金曜日ということもあり、ビジネスも閉鎖された。非常にバタバタした一日であったという。同月23日にはペンシルベニア州知事によるstay at home が宣言された。都市に近い6の郡(カウンティ)のみではあったが、これが事実上のロックダウンとなる。(注1、2)

1週間で600ドル?

新型コロナは、グレンダさんにも大きな影響を与えた。新型コロナの拡大により会議がキャンセルになり、会議通訳者の仕事も激減した。一般の会社員と違いフリーランスとして働いているため、失業保険について不安が当初あったという。しかし、州ごとに行われたフリーランス失業者向けの失業保険(pandemic unemployment assistance )(注3)や、連邦政府からの失業保険(stimulus benefit)(注4)により、支援を得ることが出来た。

グレンダさんは、どちらとも応募した。州のpandemic unemployment assistance は週ごとに少額ではあるが、小切手で、申請してから3日ほどで届いたという。連邦政府のstimulus benefitは、失業者1人当たり4月から7月まで一週間に600ドル支払われる。ただし、配付された失業保険のお金は、最終的には、来年税金を確定申告する際に、帳尻を合わせて回収される可能性がある。そのため、大きなお金を迅速に配付するができているのではないか。グレンダさんはこう推察している。

もう一つは「社会保障番号(Social Security Number)」(注5)の存在だ。

「アメリカでは、Social Security Numberを国民1人1人が持っていて、個人の情報が紐づけされている。それが素早い対応につながったのではないか」(グレンダさん)

 

パソコン配付など学校でも迅速な対応

グレンダさんには、高校3年生の長男と高校1年生の次男の2人のお子さんがいる。住んでいる学区(アメリカで設けられている学校管理のための行政単位)では、3月13日の休校から1週間休校が続いた。その間に、全生徒が使えるようにパソコンが配付された。この迅速な対応について、「スクール・タックスが大きな役割を果たしたのではないか」とグレンダさんは考えている。スクール・タックスとは、学区が徴収し、学校教育費に用いられる「教育税」のことである。

図 Pennsylvania Budget and Policy Center(注6)より
図 Pennsylvania Budget and Policy Center(注6)より

図の円グラフの「Local」 がスクール・タックスに当たるが、その割合はペンシルバニア州(左側の円グラフ)の公立学校資金のうち53%を占めている(2011年のデータ)。この財源を利用してグレンダさんの住んでいる学区では、迅速な対応を遂げることができたのではないか、というのである。

子どもたちのオンライン授業についてはどうだったのか。普段の授業と同様とはいかないものの、なんとか乗りきることが出来たのではとグレンダさんは受け止めている。しかし、長男が大学受験を控えていることもあり、不安もある。長男については「いくつか可能な選択肢を作って、状況に順応するしかない。」とグレンダさんの考えを教えてくれた。この言葉が、私の胸に刺さった。これは、どの学生にも言えることだ。グレンダさんは後ろを振り向くことなく、すでに前を見て進んでいる。

7月上旬にパソコンを使う息子さん(長男)の様子。グレンダさんの学区では、授業は非同時性で行われ、決められた期日までに課題を提出するという形式であった。 =グレンダ由利子さん提供
7月上旬にパソコンを使う息子さん(長男)の様子。グレンダさんの学区では、授業は非同時性で行われ、決められた期日までに課題を提出するという形式であった。
=グレンダ由利子さん提供

 

 

もう母に会えないのかと考える日々

「初めは家族の時間が増えて、ある意味で楽しい日々だった。」そのように自粛生活を振り返った。しかし、コロナの収束が進まず不安ややるせなさが募った。それは、京都府に1人で住んでいるグレンダさんの母親への思いでもある。「このまま日本に帰ることもできずに、母に会えないのではと考えることもあります」。ペンシルバニア州では7月20日現在、101,738人の感染が確認されており、感染の拡大は続いている。グレンダさんは、母と再会できる日が訪れることを信じ、感染の収束を祈っている。(インタビューは2020年6月15日、オンライン形式でおこなった)

グレンダ由利子氏 プロフィール

フリーランス通訳者であり、二児の母。京都府出身。1994年渡米。ペンシルベニア州に在住しており、2014年から日本と主にアメリカの企業の会議通訳を開始。

(注1)Pennsylvania Government Website

https://www.health.pa.gov/topics/disease/coronavirus/Pages/Coronavirus.aspx 

(注2)在ニューヨーク日本国総領事館 

https://www.ny.us.emb-japan.go.jp/itprtop_ja/index.html 

(注3)Pennsylvania Government Website

https://www.uc.pa.gov/unemployment-benefits/file/Pages/Filing-for-PUA.aspx

(注4)The New York Times 

https://www.nytimes.com/interactive/2020/04/23/business/economy/unemployment-benefits-stimulus-coronavirus.html 

(注5)The United States Social Security Administration

https://www.ssa.gov/ssnumber/ 

(注6) Pennsylvania Budget and Policy Center 

http://pennbpc.org/sites/pennbpc.org/files/Sharon-Ward-Testimony-House-Dem-Policy-Committee-Property-Taxes-9-9-2013.pdf

全て2020年7月23日までに閲覧

<追記>

2020年7月23日 タイトルを修正しました。

ペンシルベニア州の新型コロナウイルス感染者数の日別推移(~2020年7月20日、3日間平均)=JOHNS HOPKINS UNVERSITY& MEDICINE CORONAVIRUS RESOURCE CENTERより(©2020 Johns Hopkins University)
ペンシルベニア州の新型コロナウイルス感染者数の日別推移(~2020年7月20日、3日間平均)=JOHNS HOPKINS UNVERSITY& MEDICINE CORONAVIRUS RESOURCE CENTERより(©2020 Johns Hopkins University)
2020年度春学期の瀬川ゼミ演習Ⅰ(3年生のゼミ)では、新型コロナウイルスの問題を取材実習のテーマとし、それぞれリモート取材に取り組んでいます。「海外コロナ事情」と「早稲田とコロナ」という2つの特集企画で記事をお届けします。