ベトナム人技能実習生を「守る」日本人支援者の声


プロローグ

私が技能実習生に関心を持ったのは、食品の検品アルバイトがきっかけだ。数時間ひたすら商品を検品し、品物を段ボールに詰めていく。いわゆる、「誰でもできる」「単純作業」のアルバイトだ。

そのアルバイトでの休憩時間、私は数回ベトナム人の若者と同じ控室で休憩をした。彼らは移動時間は4〜5人で固まって行動し、親しそうにベトナム語で話していた。日本人のスタッフの指示は理解していたが、日本語を話している様子は殆ど見たことがなかった。彼らの姿をよく見かけるにつれ、日本で働く東南アジアの若者たちが普段どのように生活をしているのだろうかと考えるようになった。

関心を持つ中で目に飛び込んでくる多くのニュースは、外国人労働者と日本人労働者の「格差」。特に単純肉体労働において、日本は外国人労働者を「使い捨て」にしているという指摘が多く、また技能実習生らが直面する悲惨な現状はメディアにセンセーショナルに取り上げられてきた。

私は、これらの報道から、技能実習制度において外国人労働者が必要としている支援は何なのか、また支援によって現状を改善することはできるのかを考えるようになった。私自身、海外で生活した時に一番苦労したことが「言葉の壁」だと感じたことから、「日本語教育の支援」が重要ではないだろうかと仮説を立て、取材を通じて検証することにした。

また本ルポタージュでは、ベトナム国籍を有する技能実習生を主に取り上げる。2019年度におけるベトナム国籍者数が技能実習生全体のうち9万1170人で52.5%を占めるように、技能実習生の中でも特に存在感があるのがベトナム人であるためだ。

外国人労働者を日本コミュニティの一部として受け入れる上で、現場での課題点や求められる視点、支援者の考えを伝えたい。

 

第1章 ベトナム人技能実習生の民間支援 【日越ともいき支援会】

Messengerに届くSOS

日越ともいき支援会の吉水慈豊さんがMessengerのアプリを開くと、また新たなSOSが届いている。ベトナム人の若者が、助けを求めて日越ともいき支援会のアカウントに連絡をしてくるのだ。

日越ともいき支援会は、ベトナム人技能実習生や留学生の支援を東京都・港区で行なってきた。ベトナム人の命と人権を守る活動を通じて「ともにいきる」社会の実現を目指している。

代表の吉水慈豊さんは浄土宗の僧侶だ。顧問を務めるのが神戸大学の斉藤善久准教授、そして日本語を教えているスタッフ3名、青年部8名である。

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支援会の吉水代表(写真中央)、斉藤顧問(写真右)と支援会を取材する澤田晃宏記者(写真左)(筆者撮影=2021年10月27日)

支援会が受ける相談内容は多岐にわたる。会社でのハラスメント、解雇や離職・転職、在留資格、時には裁判や犯罪に巻き込まれたという相談もある。これらの相談に応じて、支援会はベトナム人技能実習生・留学生のための全般的な支援を行なう。

具体的な支援内容は日常生活・転職・在留資格変更・帰国のための手続きの支援や、時には労使交渉や裁判支援にまで及ぶ。

Messengerに相談を送ってくるベトナム人の若者は、多くの場合知り合いの技能実習生やクチコミ経由で日越ともいき支援会について知るという。

ベトナムではFacebookが若者間で主要なSNSであるため、このFacebookのMessengerを通して、支援会に相談が殺到するのだ。

ベトナム語で寄せられる相談に関しては、支援会青年部のベトナム人通訳者・バオさんらが通訳として返答する。グループチャットで日本人の支援者と通訳者、当事者を含めて話をすることが多いという。

支援会はそれぞれの相談に応じ、対処法やサポートを提供し、重大なケースには吉水代表や斉藤顧問らが足を運んで支援を行う。困っている実習生がいるから助ける、その考えをもとに多くのベトナム人技能実習生を支援してきた。

青年部とベトナム人通訳の活躍 日本語支援と相互理解

早稲田大学2年生の笠原綾乃さんは、2021年1月頭から活動に参加するようになった。支援会の代表である吉水さんの娘であり、コロナ禍では家にベトナム人の若者がいることが「当たり前」だったという。「(ともいき支援会の活動を)手伝うようになって、母(吉水代表)のすごさが分かりました」。そう笑顔で語るが、綾乃さん自身もベトナム人技能実習生支援のため積極的に活動しており、大学在学中へのベトナム留学を目指していた。

支援していたベトナム人女性が出産した赤ちゃんを抱く綾乃さん(日越ともいき支援会HPより)

綾乃さんを含めた青年部は、20代前半の社会人と大学生で構成されている。毎週日曜日に活動しており、保護したベトナム人の在留資格変更や転職のための書類作成や日常生活のサポートを行う。支援会が主催する外国人労働者についての講演などにも参加し、技能実習制度について多様な側面から学んでいる。

日越ともいき支援会青年部(ともいき支援会HPより)右から3番目が綾乃さん
日越ともいき支援会青年部(ともいき支援会HPより)右から3番目が綾乃さん

綾乃さんはベトナム人技能実習生との交流で「温かな国から来ると、冷たい国が分からない」と感じたという。日本人が冷たいというわけではない。だが、初対面の相手にも人懐こく、家族愛が強いベトナム人が日本に来ると、日本人の初対面での距離感や対応が冷たく感じられることも多いのだという。

普段ベトナム人技能実習生と交流しているからこそ、ベトナム人と日本人の違いが見える。若いうちから深い知識と経験を持った日本人の声は貴重である。

ベトナム人の若者に日本語を教える岡本さん(写真左から2番目)(岡本さん提供)
ベトナム人の若者に日本語を教える岡本さん(写真左から2番目)(岡本さん提供)

早稲田大学4年生の岡本雷太さんは、昨年の夏から青年部の活動に参加している。青年部の会員である友人の手伝いをする中で実習生と交流し、自らも関わりたいという思いから活動に参加するようになったのだという。

岡本さんら青年部のメンバーは、退職や転職を希望する技能実習生と受け入れ企業に聞き取り調査をすることがある。相談者がパニックになったり、答えてくれなかったりという難しさに直面することもあった。支援で数々の苦労をしても、コロナ禍で帰国困難だった若者が帰国できたり、保護していた妊婦の出産が成功したりという時は「やっぱりやっていてよかったな、と思う」と笑顔でやりがいを語る。

同じ青年部で通訳を務めているベトナム人のバオさんは、淑徳大学で学ぶ留学生だ。去年の初めにコロナで仕事を失い、支援会からサポートを受けたことがきっかけで、青年部の一員となった。吉水さんの代わりに、ベトナム人からMessengerで送られてくる相談に答え、やりとりをする。コロナ禍には相談件数が激増した。「誰と何の話をしているのかわからないくらい来ましたね」。バオさんらは質問リストを作り、それぞれの相談者に答えてもらうことで把握していたという。

新聞留学生だったバオさん(バオさん提供)
新聞留学生だったバオさん(バオさん提供

バオさんは4年前にベトナムから来日した。新聞奨学生だったため、多摩地域で新聞配達を一年半勤めた。「バイトは色々やりましたね」。飲食店、メディアの翻訳や学校の事務としての業務経験もある。どれも、高い日本語能力がないと難しい仕事だ。バオさんは通訳をしているだけあって、日本語のイントネーションやアクセントも自然で、訛りがほとんどない。ここまで日本語をマスターしたのは、来日して最初にしていた新聞配達がきっかけだったという。机での勉強が好きではなかったバオさんだが、配達先の人々とのコミュニケーションを通じて日本語に親しんで行った。配達先の家で、ポストの上に食事が置かれていたり、地方のお土産をもらったりした。バオさんも、配達後に畑仕事を手伝うなど絆が育まれていった。「高齢者が一人でやっていたので、大変そうだと思ってね」。

 

そんなバオさんに、ベトナム人技能実習生の支援において必要なことを聞くと「相談できるところがないこと」だと答えた。監理団体や外国人技能実習生機構などには相談窓口があるが、そこに辿り着くまでの知識と日本語能力がない。だからこそ「日本語は話せるのがいいと思う」という。日本語ができれば、「損することはない」。自分の身を守る上で、日本語を理解できる状態というのは重要だ。

技能実習中は日々の業務などで疲れて勉強できなくなる可能性もあるため、理想としてはベトナムで日本語をある程度習得してから来日できれば良い、とも語った。

 

第2章 ベトナム人技能実習生が直面する問題

稼がせないパワハラ 相談先と取り締まりの不足

日越ともいき支援会の施設で、元技能実習生で現在は転職活動中のベトナム出身のグエン・ティ・シンさんに会った。ベトナムのタックタット県出身の23歳。控えめな笑顔と大きな瞳が印象的な女性だ。

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技能実習生当時の写真を見せてくれたシンさん(筆者撮影=2021年10月27日)

4年5ヶ月前に来日したシンさんの日本語能力はN3(最も難易度の高いN1から低いN5までのうち、日常的な場面で使われる日本語をある程度理解することができるレベル)だが、2021年10月の取材時は通訳を介さずに質問を理解し、日本語で答えてくれた。数多くの技能実習生を取材してきたフリーライターの澤田晃宏さんが「ここまで上手い実習生は珍しい」と舌を巻くほどの日本語のスピーキング力は高い。シンさんは、技能実習生としての2年7ヶ月間の経験を語ってくれた。

シンさんが今年の夏に鹿児島県の野菜の栽培管理の企業から「失踪」したのは、会社の社長との関係性がうまくいかなかったことが発端だった。

シンさんの話によると、ある日を境にシンさんだけ「残業なし」を言い渡された。当然ながら、技能実習生は残業ができないと稼ぎが減る。スマホに残っていた社長とのやりとりを見せてもらうと、残業なしの理由を教えて欲しい、というシンさんに対し「嫌ならやめてください」と返答があった。シンさんは社長との交渉も試みたが、状況が改善しなかったことから、退職を社長につたえ、一人で関東へ飛んだ。

シンさんを保護したのち、支援団体は実習先に「なぜ残業をさせなかったのか」と問い合わせた。すると受け入れ企業の社長は、シンさんが一人だけ(社員や他の技能実習生と)一緒にご飯を食べず「健康状態が心配で残業させなかった」と説明したという。だがシンさんは、他の実習生と同じ場所で、同じように食事をしていた、と話す。双方の主張が食い違っているが、支援団体や監理団体が真実を確かめるすべはない。

このように、弱い立場にある実習生が実習先を追われるケースは少なくない。取材の終わり頃、母国にいる家族について話していたシンさんは涙をこぼした。青年会の綾乃さんが話していた「ベトナム人の家族愛」が垣間見られたとともに、技能実習生当時のシンさんにかかったストレスを想像せずにはいられなかった。

 

送り出し機関の「ルール違反」 人材ビジネス

出入国在留管理庁「令和2年度 在留外国人に対する基礎調査報告書」によると、技能実習生が来日する最大の理由は46.3%で「スキルの獲得・将来のキャリア向上のため」であるが、僅差で次点が45.6%の「お金を稼ぐ、出稼ぎのため」だ。下図の上から3番目が技能実習生の来日理由である。

取材で会ったシンさんやバオさんなどベトナム人の若者も、日本への渡航の理由は「学ぶこと」と「出稼ぎ」だと挙げていた。

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【在留資格別】日本に来た理由(単一回答)(出入国在留管理庁「令和2年度 在留外国人に対する基礎調査報告書」p.54より)

本来、ベトナム人技能実習生に対する手数料には上限がある。日本とベトナムの協力覚書によると、「技能実習生に対する手数料は3年契約の場合には3,600ドル以下、1年契約の場合には1,200ドル以下」との規定がある。つまり30万円程度の上限を大きく超えた金額を、送り出し国の機関が実習希望者に請求するのだ。

シンさん自身もベトナムの送り出し機関に100万円払っている。そのほかにも、取材で出会ったベトナム人の現役・元技能実習生は3人とも規定以上の金銭徴収を経ていた。送り出し機関のルール違反だが、珍しいことではない。

「多額の借金」は、金銭目的で渡航する技能実習生にとって重大な課題の一つだ。公的なデータを見つけることは難しいが、実習生の多くは送り出し機関(送り出しにおける仲介業者)に日本円およそ80〜100万円の手数料を払って来日すると言われている。ベトナム人技能実習生の取材をしてきた記者・澤田晃宏氏著の「ルポ 技能実習生」には「筆者の感覚値」で「実習生が日本へ行くために支払った費用の総額は平均7000ドルから8000ドル」(2020)だったという記載がある。

だが、それでも日本に渡航する実習生が後を絶たないのは、「日本での実習期間3年間の間に借金を全額返済して、なおかつ200万円以上を稼いだ」という成功例を広告や身近な人物を通して見てきたためだ。「ルポ 技能実習生」によると、澤田氏が取材した元技能実習生のうち、「三年間で四百万円近く貯金した人も」いたという。母国に家を建てたり、増築したりする元技能実習生を見て、自分も大金を稼ぎたい、と考える東南アジアの若者が次々と日本への渡航を決める。また、仲介業者が「日本は稼げる国だから」と高い手数料を正当化し、実習生はそれを信じてしまうという事例もある。

SNSや周囲の情報を鵜呑みにし「情報不足で日本に来ること」は、実習生が機体とのギャップに苦しむ大きな要因だ。背景には、日本の受け入れ企業や監理団体が、技能実習生の金銭搾取を十分に規制できていないことがある。具体的には技能実習制度における人身売買取引事案や被害者を認知し、法執行につなげる対応が含まれている。このような政府の対応の遅さについては、昨年の2020年に米国務省が発表した「人身売買報告書」でも指摘されている。

翌2021年にも技能実習制度に関する指摘は残っていた。報告書には、国内外の人身取引犯は「外国人労働者を搾取するために政府が運営する技能実習制度を引き続き悪用した」と明言している。加えて「またもや当局は,技能実習制度における人身取引事案や被害者を積極的には1件も認知しなかった。」と対応の遅さを指摘する。技能実習希望者への過剰な金銭徴収を防ぐ役割を持つ、「二国間協力覚書」が全く機能していないというのが現状である。

このような技能実習生の借金問題について、技能実習生への日本語教育を行う株式会社ボーダレス・ジャパンの相原恭平さんは「借金の負担を軽減するべき」だと考えている。実習生に金を貸し付ける渡航会社はブローカーが多い。だが、そこに日本政府が制度的に介入することで、金銭的な負担は軽減できるのではないか、と語る。先述の「人身売買報告書」でも、日本の国としての取り締まりの緩さは問題視されている。

現状から考えると、ベトナムの送り出し機関を直接的に変えることは難しい。国家間の取り決めである以上、外国に日本が介入するよりも、過剰な金銭徴収をする送り出し機関を淘汰する流れを作る方が得策だ。ともいき支援会の吉水さんは「ベトナム側を変えることは本当に難しい」、日本政府、受け入れ企業の姿勢を変えていくことが先決だ、と話している。

 

日本語の壁 激励なのか、パワハラなのか

借金だけではない。技能実習生の日本語能力の低さも大きな壁となってくる。日本語のニュアンスは複雑で、日本語のネイティブ同士でも、言い方や表現によって認識の相違が起こる。ネイティブでなければ、なおさらそのリスクがある。

たとえ日本人が激励や注意のつもりで声をかけても、ベトナム人がパワハラを受けたと誤解してしまうケースがある、と日越ともいき支援会青年部の岡本さんは話した。

加えて、先述のように「出稼ぎ」という意識で来日している実習生は、日本語の学習意欲が高くないこともある。指示が理解できないばかりか、日常でもミスコミュニケーションが起こる。意思疎通がうまくいかなければ人間関係も柔軟にはいかない。

以下は、ベトナム国家大学ハノイ校日越大学のファン・スアン・ズンによるアンケート結果である。

がベトナム人技能実習生11名に行ったアンケート調査である。仕事に自信がない理由として80%が「語彙が足りない」ため、60%が「相手のことばを聞き取れない」ためだと挙げている。

語彙力に関しては技能実習生の自助努力も必要だが、「相手のことばを聞き取れない」という悩みに関しては、日本人側の配慮によって改善できると考える。

ベトナム人技能実習生が仕事に対する自信がない理由(「在日外国人労働者に対する日本語指導研修の改善 - ベトナム人技能実習生の日本語習得の現状を事例として-」(2020年)p.46より
ベトナム人技能実習生が仕事に対する自信がない理由(「在日外国人労働者に対する日本語指導研修の改善 - ベトナム人技能実習生の日本語習得の現状を事例として-」(2020年)p.46より

株式会社ボーダレス・ジャパンで技能実習生の日本語教育に携わっている相原恭平さんによると、現場でのコミュニケーションが多い勤務先で働く実習生は日本語能力が成長しやすいという。具体的には建設関係などの職種だ。建設現場では細かいニュアンスの指示や機械の使い方を全て日本語で行なっている。ミスコミュニケーションが大きなリスクになるような現場では、必要に迫られるような形で実習生の日本語能力が向上する。

 

言おうとしないベトナム人、知ろうとしない日本人

2021年12月19日、東京都内でともいき支援会による講演会「ともいき勉強会」テーマ「技能実習生と裁判」が行われた。神戸大学の斉藤准教授と「ニッポン複雑紀行」編集長の望月優大さんが登壇し、ベトナム人技能実習生が関わった裁判の事例について伝えた。

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登壇した望月優大編集長と斉藤准教授(日越ともいき支援会HPより)

 

講演会後の集合写真。前列がともいき支援会青年部、2列目の左から二番目が吉水代表(ともいき支援会公式HPより=2021年12月19日撮影)
講演会後の集合写真。前列がともいき支援会青年部、2列目の左から二番目が吉水代表(ともいき支援会公式HPより=2021年12月19日撮影)

2020年12月7日、京都府京都市内の工事現場で働いていた男性が工具で刺され、重傷を負った。被告とされたのが27歳のベトナム人技能実習生グエンさん(仮名)である。

グエンさんは事件後、事件の引き金となったのは被害者男性に勤務態度を注意され、口論になったことだと話している。グエンさんの話によると、事件当日にグエンさんらが行っていた作業は、足場の下から上に物を上げる、というものだった。身長の高くないグエンさんは作業を上手くできず、日本人の従業員に厳しく叱責された。その後の昼休みにも、座り込むグエンさんに向かって日本人従業員は「隣で暴言を」言い続けた。「放っておいて」と伝えても暴言はやまず、最終的には「頭を地面に打ち付けられた」。

農村などの地方出身者である若いベトナム人の男性にとって、人前で大声で叱責されたり、頭を地面に押し付けられたりすることは「非常にショッキングである」。ベトナムでは男性が家長、という考えがいまだに根強いことも、その背景にはある。このように話したのは神戸大学の斉藤善久准教授である。

斉藤准教授は、日越ともいき支援会の顧問として、裁判支援を行なってきた。2016年11月の外国人技能実習適正法化法案関係や2018年11月の入管難民法改正に政策提言を行なった経歴があり、ベトナムの労働組合を専門として研究をしてきた。

先述のケースにおいてグエンさんの裁判支援をした斉藤准教授は、ベトナム文化やベトナム人についての知識を生かし、グエンさんから事情の聞き取りや拘置所への差し入れを行った。その際に、ベトナム人技能実習生が司法において不利になる背景を目にしたという。

受け入れ先の従業員や社長など周囲の日本人がベトナムの国民性を理解していれば、またはグエンさんが日本人の他の従業員や社長、監理団体などに相談できていれば、事件は未然に防げていたかもしれない。

他の事例でも、技能実習生が野菜を盗んだり、無免許で車を乗り回したりしていても、受け入れ先の社長がそれを知らなかったというケースがあったという。受け入れ企業側と実習生の間に大きな距離感がある場合、実習生が実習時間外で何をしているのか、誰も把握できていないという状況になってしまうのだ。

このように「知ろうとしない日本人」と「言おうとしないベトナム人」の両者の行動が、問題の深刻度を加速度的に悪化させる。

相互理解が必要なのは国の文化だけではない。業務におけるミスやハラスメントの報告についても、同様のことが言える。日越ともいき支援会の吉水さんによると、ベトナム人技能実習生は、「上手くいかなかった経験」を口に出さないという。ミスではなくパワハラやセクハラの被害に遭っていても、「失敗」と捉えて周囲や監理団体に伝えない。それは実習生自身のプライドを守るためであったり、失敗を「恥」と捉えていたり、叱られたくないためであったりとさまざまな理由がある。だが、ミスを口に出しやすい環境づくりを心がけることで、ベトナム人技能実習生が働きやすい職場になることは間違いないだろう。

長期的には実習生が抱える問題を改善できず、同じ実習先での問題が繰り返されていく。支援会の青年部で活動する岡本さんも同様のことを口にしていた。実習先を辞めた実習生と企業への聞き取り調査を通じて、「受け入れ企業がベトナム人の国民性を理解していないことで、実習生のプライドを傷つけたり、ストレスを与えたりしている可能性がある」ことに気づいたという。

「(日本の受け入れ企業は)実習生がされて嫌なことを知らないから、(実習生自身に)教えてもらわないといけない」(吉水さん)。支援する二人が痛感しているのは、相互理解の不十分さだった。

また、斉藤准教授が技能実習生の裁判支援を行なったケースは他にもある。2019年の8月24日の夜、茨城県の八千代町の住宅で高齢の夫婦の殺傷事件が起きた。被害者である夫の功さんは胸や腹を刺されて死亡、妻の裕子さんは腹を刺されて重傷を負った。この時逮捕されたのが、ベトナム国籍の技能実習生グエン・ディン・ハイさん(21)である。

検察は2021年11月30日の裁判で「現場に残された足跡の一部が被告のものと一致しているほか、事件の前日に凶器の包丁と同様のものを購入している。犯行は極めて悪質で、結果は重大だ」として懲役30年を求刑した。

対するハイさんは無実を主張している。ハイさんを支援した斎藤准教授は、ハイさんの当時の主張とその分析を勉強会で伝えた。

ハイさんは被害者宅に侵入したのは他の実習生A(仮名)だ、と話した。その実習生Aは、ハイさんが持っていた包丁を持って被害者宅に侵入し、しばらくして出てきた。ハイさんが包丁のありかを尋ねると、まだ家の中にあるという旨を伝えてきた。問題になっては困ると慌てたハイさんは、被害者宅に取りに入った。そこで窓に向かって叫ぶ被害女性を見かけ、何事かが起こったと気づき、家から出た。

逮捕されてからも、しばらくハイさんはその経緯を話さなかった。実習生Aに口止めされていたことと、その家で殺人事件があったと知らなかったことが理由だという。しばらくして、自分が殺人事件に巻き込まれていると気づいたハイさんは、経緯を語り出した。だが、他の実習生たち、監理団体も彼の味方をする者はいなかった。

他の4名の実習生は、ハイさんは実習生仲間の間でも孤立しており、いつもお金に困っていたと一様に話した。また、農家で働く自分たちがスイカなどを盗みに行くのはありえない、凶器となった包丁は寮にも設置されており、わざわざ買いに行く必要がないと証言した。上の証言は全てハイさんに不利に働いた。

一方ハイさんは、自分はネットの仲介業で毎月20〜30万円稼いでおり、お金に困ってはおらず、切れ味が悪くなった包丁をみんなのために買い換えようと思った、と説明している。加えて、スイカを盗みに行くのは、日本にきて他の実習生がしていたことから覚えた、と他の実習生とは反対の証言をしている。証拠となった足跡についても、実習生Aは足にナイロン袋を巻いて侵入していたために、Aの足跡がないのだという。

足にナイロン袋を巻いて民家に侵入するのは、日本人の感覚からすると用意周到な計画に思え、ハイさんの主張は不自然に感じられる。だが、ベトナムでは足が汚れないように畑に入るための工夫として一般的な方法で、Aは身についた習慣からそうしていたのだとも考えられるという。

ハイさんの裁判員裁判の判決は、2021年12月10日に出た。弁護側の無罪主張は退けられ、懲役27年が言い渡されている。中島経太裁判長は、「反抗を認めずに知人を真犯人と名指ししている。刑事責任は重大だ」と述べた。

真っ向から対立する両者の証言について、どちらが正しいのかを検証するためには、ベトナム文化と技能実習生の現状についての十分な理解が不可欠となる。この観点から考えると、捜査から公判段階で十分になされていたとは考えにくい、と斉藤准教授は考えている。

捜査から公判の各段階において、技能実習生の主張を十分に検証する上で複数の問題点がある。特に重大なのが、「通訳の不足」である。例えば取調べにおいて、技能実習生の言葉を正確に訳せないと正確な調書が作れず、裁判にて実習生の発言と食い違う可能性がある。

調書と異なる発言をすることで、「言い分が変わっている」「反省が足りていない」とみなされてしまう。これは、外国人にとって非常に不利な状況を作り出す。

そのほかにも、他の実習生が結託して事実と異なる証言をする可能性もある。例えばハイさんの事例では、ハイさん以外の実習生は「農家の実習生であり野菜が豊富にもらえる自分達がスイカを盗みにいくことはない」と断言した一方で、ハイさんは「自分も他の実習生も日常的にスイカを盗みに行っていた」と主張する。両者の発言のうち、北関東の実習生の実態により近いのは、ハイさんのものだと斉藤准教授は考えている。日々ベトナム人の実習生と接しているならば想像できるが、普段実習生と話すことが少ない日本人に、どちらが実態に近いのかを想像することは難しいだろう。

このように他の実習生が保身などのために結託する場合、実習生の実態を詳細に調査しないことには事実の判別をつけることが難しいと言える。

そのほかの課題点として、捜査段階における他の実習生の結託、本人の秘匿や、経費負担、弁護士や裁判員等のベトナム理解の不足、被告人のアドリブなどが課題として挙げられていた。

続いて、「ニッポン複雑紀行」編集長の望月優大さんが2021年に熊本県で起きた嬰児の遺体遺棄事件について話した。望月さんは記事「死体遺棄罪に問われたベトナム人技能実習生、双子の死産から1年、控訴審の争点」で、この事件について伝えている。

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登壇者である望月さんが執筆したベトナム人技能実習生女性についての記事(Yahoo!JAPAN ニュースより)

熊本県南部のみかん農園で働いていた当時21歳のベトナム人技能実習生レー・ティ・トゥイ・リンさんは、孤立出産ののち死産した双子の嬰児の遺体を「タオルに包んで箱に収め,双子の名前と弔いの言葉などを記した手紙を添えて、すぐそばの小さな棚の上に安置した」と。この対処が遺棄罪として認定された。孤立出産はこのような遺体遺棄事件などにつながる場合が多く、起訴されることは少ない。

出産後数日入院した後、リンさんは起訴された。起訴された場合、99%を超える事件が有罪となる日本において、リンさんは有罪となった。地裁の判決では、「国民の一般的な宗教的感情を害することが明らかである」と記述されている。だが、リンさん自身は、遺体を隠すつもりはなかった、と主張している。

 

第3章 技能実習生制度の現状と問題点について

制度の概要

ここで、技能実習制度の概要と現状について確認したい。技能実習制度の大元が形成されたのは、1989年に行われた入管法(入国管理法。以下で入管法とする)の大改正である。当時の改正では、未熟練労働者である「労働単純者」の受け入れには慎重な姿勢がとられていた。そして1993年、2009年に制度変更を加えながら、2017年、ついに「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」(以下、技能実習法とする)が制定された。

技能実習法の本来の目的は「国際貢献のため、開発途上国の外国人を日本で一定期間(最長5年間)に限り受け入れ、OJTを通じて技能を移転する制度」(厚生労働省)であり、国際貢献を掲げている。だが、受け入れ企業における目的は同様とは言えない現状にある。

2020年度に労働政策研究・研修機構が行った「企業における外国人技能実習生の受入れに関する調査」によると、回答企業のほぼ半数が技能実習制度を利用する理由として「一定の人数の労働者を一定期間確保できるから」と答えている。続く2、3位の理由は「日本人従業員を募集しても応募がないから」「日本人従業者を採用しても定着が悪いから」だ。この調査結果を参照する限り、技能実習生は日本人の労働力が定着しない「穴」を埋める人員として企業に認識されている。

 

日本に在留する外国人の10人に1人以上が技能実習生

2021年度3月31日に出入国在留管理庁が発表した「令和2年末における在留外国人数について」によると、技能実習生は37.8万人であり、在留している外国人の13.0%を占めている。日本で出会う外国人の10人に1人以上が技能実習生ということになる。

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図1 令和3年6月末 在留資格 技能実習 受け入れ人数の国籍別割合(法務省 出入国在留管理庁、厚生労働省 人材開発統括官「外国人技能実習制度について」より筆者作成)

 

制度における問題点は、これまで各メディア、各ステイクホルダーが指摘してきたように複数存在する。具体的には、送り出し機関による技能実習生の金銭徴収、実習先でのハラスメント、実習期間中の想定外の問題に対処できない現状、技能実習の在留資格の不自由さや過酷な労働状況などだ。

第4章 「生」を保障する民間・公的支援

コロナ禍で宿泊支援、衣食住のサポート【日越ともいき支援会】

前の章で登場した元技能実習生のシンさんは、支援団体・日越ともいき支援会に連絡し保護を受けた。コロナ禍ではシンさんのように企業から解雇されたり、自ら離職したりした技能実習生が支援会に駆け込んだ。支援会は、そのようなベトナム人の若者を受け入れ、2019年には妊婦の女性を含む46人が保護された。保護された若者は、就職先が決まるまで会の施設に滞在し、衣食住の支援を受ける。食事のための買い出し支援や生活に必要な資源、彼らのための居場所を提供した。保護を受ける実習生はハラスメントや不当解雇などで精神的に追い詰められていることも多い。物的、経済的な支援だけ

でなく、「心のケアのために寄り添うことも大切」だと吉水さんは語る。

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コロナ禍でのベトナム人引っ越し支援の様子(ともいき支援会HPより)
法的支援 裁判や在留資格の変更について

第1、2章でもあったように、日越ともいき支援会は裁判支援や在留資格変更、転職先の確保などの支援も行なっている。

事件に巻き込まれた技能実習生の裁判支援は、難易度が高い。ベトナム語や文化の理解を用いて技能実習生から事情を聞き出し、それを裁判に役立てようとする中で「非弁行為」と見なされるリスクが少なからずあるのだ。非弁行為とは、弁護士資格を持たない者が弁護の業務を行うことだ。これ以外にも、裁判や法律の専門家ではない支援者が、司法においてその知識などを十分に役立てられない制約がある。

日越ともいき支援会の吉水代表や斉藤准教授は、日々裁判や在留資格の変更支援などのため全国を飛び回っている。コロナ禍では裁判員裁判が長引いた。「本当に毎日寝られないくらいでしたね」、と斉藤准教授は振り返る。青年部は、転職のための手続きの用意として書類作成などのサポートを行う。

 

相談窓口 東京都多言語相談ナビ【東京都つながり創生財団】

「非通知で電話がかかってくることもあります」。

東京都多言語相談ナビ(TMCナビ)の相談員は、外国人の相談者からかかってくる相談の電話について、こう語る。

コロナ禍で生活や健康の不安を感じる在留外国人のために、2020年4月に「東京都外国人新型コロナ生活相談センター(TOCOS)」が開設された。このTOCOSから相談窓口としての機能を一部引き継いだのが「東京都多言語相談ナビ(TMCナビ)」(https://www.seikatubunka.metro.tokyo.lg.jp/chiiki_tabunka/tabunka/tabunkasuishin/0000001565.html より電話相談が可能)だ。

東京都内で通学・通勤している外国人はTMCナビに相談できる。また、外国人技能実習生機構(OTIT)は技能実習SOS・緊急相談専用窓口(https://www.otit.go.jp/files/user/docs/sos.pdfより電話相談が可能)を開設した。窓口の機能として、「殴られている」「強制的に帰国させられる」「事業主からセクハラを受けている」などの困りごとをサポートする、との説明がある。

また、技能実習生を含めた外国人が相談できる公的な相談窓口も各自治体にある。

東京都つながり創生財団の東京都多言語相談ナビに電話をすると、相談員が必要な窓口へと繋げてくれるサポートがある。相談者の希望する言語に応じて、計14言語で相談に対応する。また、「相談者がたらい回しにならないように」と、時間や手間をかけても対応できる機関や支援団体を見つけるのだという。他言語支援員が10名程度が待機しており、一日に平均して10件の相談を担当する。相談員によると、コロナ禍ではコロナに関する相談が激増したという。

外国人にとって、匿名で対処法をあおげる相談窓口は貴重だ。TMCナビでも、個人情報保護の観点から、名前や在留資格などの情報はなるべく聞かないようにしているという。匿名性が担保される点は、電話相談窓口のメリットである。

 

第5章 「多種多様」な受け入れの形

企業と実習生の支援【協同組合LINK

2021年11月のある夜、東京・新宿区にある協同組合LINKでは、技能実習生の採用面接がオンラインで行われていた。

「防水の仕事はベトナムにはないと思うんですが、どういうイメージを持っていますか?」

受け入れ企業の矢野発也社長がZoomの画面に質問を投げかける。白シャツと黒いパンツのスーツスタイルのベトナム人の若者は、やや緊張した面持ちで直立不動しながら、質問がベトナム語に訳されるのを待つ。

矢野社長と、矢野社長と共に働く技能実習生のドゥクさん(筆者撮影)
矢野社長と、矢野社長と共に働く技能実習生のドゥクさん(筆者撮影)

Zoomに参加している通訳が質問をベトナム語に訳すと、面接を受けているドゥンさんはベトナム語でスラスラと返答した。

「建物から水が漏れないよう、コーティングする仕事です」

通訳がドゥンさんの回答を日本語に訳し終えると、

「完璧です」

矢野社長は嬉しそうに伝えた。

東京の15時開始だったので、ベトナムは13時。Zoomを用いて行われていたオンライン面接には、送り出し機関のベトナム人、通訳のベトナム人、そして監理団体職員と受け入れ先企業の社長が参加していた。意思疎通は日本語が中心で行われ、送り出し機関の女性職員も流暢な日本語を笑顔で話していた。

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協同組合LINKの冨岡さん

矢野さんは続けて、「日本に来るまで日本語検定のN4を取れるか」「3年後にはどうなっていたいのか」「もっと稼げますよ、という話を聞いて実習先からいなくなる(失踪する)ベトナム人が増えている。あなたはそうならないと言えますか」などの率直な質問をドゥンさんにぶつけた。ドゥンさんは時折考えつつも、質問に対してしっかりと受け答えをした。実習生として日本に行きたい理由は3点あり「もっとお金を稼ぎたい」「建設技術を学びたい」「日本語を勉強したい」のだという。

ドゥンさんは21歳。ベトナムで結婚をし、子供もいる働き盛りの青年だ。真面目そうな印象と、聞かれたことに誠実に答えようとする姿勢が印象的だった。

ドゥンさんの面接が終了した後、もう一人の候補生の面接が行われた。ドゥンさんと同様、カメラの前で大きな声で挨拶をし、直立不動の姿であった。その姿はなんとなく一昔前の日本企業の朝礼を想起させる。

二人目の面接が終了すると、冨岡さんは現地機関の職員に時間をもらいたいと告げ、矢野社長、受け入れ企業の技能実習生と会議を始めた。一人目の候補者の志望動機や誠実そうな印象から、満場一致で一人目に決まった。

「もう伝えますか?」

「そうですね、そうしましょう」

数分間の意思確認が終了すると、冨岡さんはzoomに戻り、ドゥンさんに結果を告げた。ドゥンさんは嬉しそうに「ありがとうございます。これから日本語の勉強を頑張ります」と伝え、頭を下げた。

矢野さんはこれまで2名の技能実習生を受け入れていた。どうして技能実習生を受け入れることにしたのか尋ねると、人手不足の現状があると前置きした上で、

「おこがましいけれど、社会貢献というつもりもありましたね」

と少し照れくさそうに話す。矢野さんの下で働く実習生のドゥクさんが「お父さんのように優しいけれど、仕事は真面目」と話すように、まるで息子のように実習生を迎え入れる。

基礎から日本語を教え、休日には一緒に出かけて信頼関係を構築した。協同組合LINKの職員が「日本で一番優しいお父さん」と呼ぶほどの面倒見の良い社長だ。

ドゥクさんは、今年で20歳。採用面接に同行し、社長に意見を伝えるなど強い信頼関係がうかがえた。面接時も、取材時も相手の日本語を理解し、返せる程度の日本語力を習得している。

今後どうしたいのかを尋ねると、留学をして、日本語学校に通った後に日本の料理の専門学校で料理を学びたいのだと答えてくれた。

送り出し機関には5000ドル払っており、規定を大きく超えている。矢野社長も「この間(送り出し機関に払った金額を)正直に言ってくれたんです」という。送り出し機関が実習生に規定以上の費用を払わせるのは、いうまでもなく利益のためだが、違反である。

冨岡さんはこういった送り出し機関にまつわる問題点について、「コロナで送り出し機関も淘汰されている」と希望を持っている。監理団体としては、できるだけ実習生や受け入れ企業に負担がかからない形で受け入れることが理想だという。

冨岡洋さんは、十数社の企業、70名の実習生の就職、業務支援を行う監理団体・協同組合LINKの職員である。協同組合LINKでは、職員三名で全国計200人の技能実習生を支援している。加盟企業はほとんどが中小企業だが、1〜2人から40〜50人まで受け入れている実習生の数は幅広い。

協同組合LINKの職員は、週に1回提携先の実習先に赴いたり、日々実習生の相談に乗ったりしている。「仕事が終わった夕方ごろから、実習生が連絡をしてきます」。実習生とのやりとりは、LINEやFacebook、Messengerを通じて行っている。実習生から来る連絡の内容は多岐に渡り、日常生活の報告や、給与明細の詳細についての質問、体調不良のため病院に行きたい、という希望を伝えられることもあるという。日本語を打つことが得意ではない実習生のために、通訳と三人でグループチャットを作り、連絡を取り合うこともある。

冨岡さんは、アメリカの大学でアジア系アメリカ人の歴史を専攻し、日本語の授業の補佐も担当した。この経験からアジア人と仕事をしたいと思い、技能実習生への日本語教育支援をハノイで行っていた。冨岡さんは、協同組合LINKでの活動と並行して、株式会社アジアンネイバーの代表を務めている。この会社は外国人、日本人の人材紹介・転職・求人のサポートとともに、社会が抱える課題に取り組む。協同組合の方で担当している実習生の転職を株式会社アジアンネイバーとしてサポートすることもある。

冨岡さんの最大の目標は、「一人でも多くの実習生が長く(日本で)生活・仕事をしてくれること」だという。実習生は3年で一区切りだが、加盟企業で働く実習生の8割程度が勤務継続を希望している。具体的な理由としては、「日本にいたい」「フォローアップ(支援)がしっかりしている」ためだ。組合の支援の効果もあり、業務に対する不安やストレスが以前より軽減してきている。

この協同組合LINKと提携して日本語教育を行なっているのが、株式会社ボーダレス・ジャパンである。昨年12月ごろから提携し、希望する企業の実習生を対象に日本語講座を行なっている。

業務円滑化のための日本語教育支援 【株式会社ボーダレス・ジャパン−】

相原恭平さんは、株式会社ボーダレス・ジャパンで日本語講座を担当している。学生の時ベトナムに留学した際は「ベトナムでは日本に行きたい、というポジティブなイメージを聞くことが多かった」。だが、帰国後は「ハラスメントや給料の不払いなど、様々な問題があることに気づいた」。この経験から技能実習生にまつわる問題解決をしたい、と決意し、2021年に株式会社ボーダレス・ジャパンに入社した。株式会社ボーダレス・ジャパンでは、様々な社会問題を解決するため、各社員がそれぞれのテーマに取り組んでいる。

相原さんは、昨年7月から日本語講座の初級を担当している。70名の技能実習生の生徒を一人で指導している。 20〜30社の受け入れ企業からの依頼を受け、授業を行なっている。「せっかく実習生を雇っているのに、コミュニケーションがうまく取れないことでさらにコストがかかってしまう」という現状を苦慮した企業からの依頼も多い。相原さんの生徒の9割がベトナム人で、そのほかは、ミャンマー、インドネシアなど東南アジアの出身者が大半だ。

協同組合LINKと提携して日本語講座を開講したのは昨年12月からだ。コロナ禍の影響で現在はオンライン授業を行なっている。写真はzoom上で3人の実習生と日本語講座をしている様子だ。1クラス1時間で、和やかに授業が進められている。

コロナ禍でのベトナム人引っ越し支援の様子(ともいき支援会HPより)
zoomでの日本語講座の様子。授業は和やかに進められる。右上が相原さん(授業風景の動画より)

「技能実習生の実態を知らない人が多い。技能実習生が身近にいないから」と相原さんは語る。技能実習生は、日本にとって必要不可欠な労働力として活躍している。ファミリーマートやスターバックス、ディズニーランドなどでも、実習生は裏方で活躍している。だが、生活の様々な側面を支えられている日本人は実習生の実態をよく理解していないと相原さんは感じている。一部のメディアが、技能実習生が直面する悪質なケースばかりを取り上げることで、「技能実習生の受け入れ企業はブラックだ」という通説が広まっていくのではないだろうか。「知るべきとまでは思わないけれど、(日本人でも)ちょっと知っているというような人が多いといいと思う」。後進を増やし、技能実習生が地域に根ざした存在になれば、と未来への期待を語った。

技能実習生は多くの場合、日本語能力試験で日本語力を測られる。これは、国際交流基金と日本国債教育支援教委会が運営している試験である。年々受験者数が伸びており、原則としては日本語を母語としない人を対象としている。日本語の能力はレベルの最も高いN1から、最も低いN5まで測ることができる。

協同組合LINKの冨岡さん、株式会社ボーダレス・ジャパンの相原さんによると、支援している実習生のほとんどはN4またはN5だ。日本語能力試験JLPTによると、N4は「基本的な日本語を理解することができ」、「基本的な語彙や漢字」、「身近な話題の文章」や「日常的な場面で、ややゆっくりと話される会話」は理解できる状態だ。また、最高レベルのN1を実習期間の3年目に取る実習生もいるが、冨岡さんが担当する実習生の中でもおよそ1%程度だという。技能実習生への日本語教室を運営する相原さんも、N1を取れる実習生はほとんどいないと語る。

技能実習生のように、ある程度日本語を学習している東南アジア系の若者とのコミュニケーションには「やさしい日本語」が用いられることが多い。東京都生活文化局によると、やさしい日本語の定義は「外国人等にもわかるように配慮された日本語」のことだ。外国人だけでなく日本人の高齢者や幼少の子供にも使える、平易で明確な言葉づかいである。入力した日本語をやさしい日本語などに変換するツールや、入力した日本語の難易度を判定するツール(「やさにちチェッカー」)もある。日本人が技能実習生とコミュニケーションを取る際にも活用できそうだ。

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「やさしい日本語」の例(足立区HPより)
入力した日本語の難易度を判定する「やさにちチェッカー」はインターネット上で誰でも利用できる
入力した日本語の難易度を判定する「やさにちチェッカー」はインターネット上で誰でも利用できる

 

第6章 取材を通じて見つけた「支援」のあり方

取材を通じ、技能実習制度の現状と支援のあり方を見てきた。前提として、取材をさせていただいた支援者とジャーナリストのほぼ全員が「現行の技能実習制度」には改善点、または多数の問題点がある、と話した。技能実習生として無事に実習期間を終える実習生もいる一方で、悪用されやすい制度であることも確かである。

取材や文献から、現行の制度を継続する場合、私は「相談支援」と「ベトナム人と日本人間の相互理解のための支援」が重要であると考えた。元々私は、言語の壁を乗り越えることができれば、複数の問題が改善するのではないかという考えを持っていた。だが、支援者に話を聞くことで、技能実習制度の複雑さや解決のための課題点を痛感した。

日越ともいき支援会の斉藤准教授は、Facebookを用いた相談支援の重要性を話した。インターネットさえ繋がっていれば、動画や写真を簡単に送受信できる。この利点を活かした相談窓口システムがあれば、と話した。

次に、文化や実習制度についての理解促進ができれば、職場での「ハラスメント」も減少するだろう。技能実習生が「ハラスメントを受けた」と勘違いしやすい行動を避けられるためだ。同時に、実習生自身が受けたくない行動や言葉を伝える心理的な障害を取り除くことができる。

技能実習生が心身ともに強いストレスにさらされることは想像に難くない。家族と離れ、多額の借金を背負い、生活の不安に向き合いながら日々長時間の労働に従事しているのだ。この状況下で、日本の文化理解や日本語習得を強制することは難しいのではないだろうか。

日本人からも歩み寄ることができれば、技能実習生が直面するトラブルや生活のストレスも軽減されることは間違い無いだろう。例えば日越ともいき支援会が定期的に行う講演会などで、私たちは実習生の直面する問題の実態を知ることができる。また学生なら澤田晃宏さんの著書「ルポ 技能実習生」にあるように、「日本語を話せない外国人留学生とともに、深夜のコンビニの弁当工場で働く」ことで身をもって学ぶこともできる。

バオさんが経験したように、日本語を他者との交流から学ぶ留学生、実習生も少なくない。日本人が歩み寄る中で、実習生も徐々に日本の文化を理解できるようになるだろう。文化や国民性、言語をなんとなくでも知っておくこと、知識のベースがあるかないかでは、日本という国の暮らしやすさが大きく変わってくるはずだ。

 

エピローグ

取材を始めた当初、私は技能実習制度に「労働力の搾取」という偏ったイメージを持っていた。だが、文献調査やインタビューを通じて、徐々に関わる人々の姿が明確になっていった。

取材を通じて、非常に印象的だった言葉がある。「個々の人が(技能実習制度について)理解したと思った時が危ない」という言葉だ。似たような発言が、今回取材させていただいた支援者や記者からも出た。この言葉は、技能実習生が直面する多くの問題や事件をメディアで目にして「何が/誰が一番悪いのか?」「何を変えれば問題解決につながるのか?」と短絡的に考えてしまいがちだった私に深く刺さった。

現在、技能実習生に加え「特定技能」の在留資格が多くの注目を浴びている。さまざまな意見や報道があふれているが、少ない情報から決めつけるのではなく、資料や自らの経験も元に考えられるようになりたい。

人口減少、労働力不足の日本で、外国人労働者の存在感はさらに強くなっていくだろう。その中で、「外国人労働者と日本人労働者の相互理解促進」という、個人単位での支援からでも始めていきたい。

最後となるが、取材を受けてくださったベトナム人技能実習生の皆様と支援者の皆様に深くお礼をお伝えしたい。

複数回の取材に快く応じてくださった日越ともいき支援会の吉水代表、斉藤顧問、青年部のみなさまのおかげで、支援者の声と元ベトナム人技能実習生の経験を取材することができた。支援会にご紹介くださり、取材に同行させていただいたフリージャーナリストの澤田晃宏様には大変お世話になった。

また取材や問い合わせにも温かく対応してくださり、制度のあり方や技能実習生への対応まで丁寧に説明していただいた協同組合LINKの冨岡洋様のおかげで、技能実習制度を多角的に考えられるようになったと言っても過言ではない。技能実習生候補の採用面談という非常に貴重な場にもお呼びいただいた。

そのほかにも、学生の質問に真摯にお答えくださった株式会社ボーダレス・ジャパンの相原恭平様、相談支援について丁寧に教えてくださった東京都つながり創生財団の皆様、技能実習中や留学中の経験について、パーソナルなことも含めてお話しくださったベトナム人の皆様、本当にありがとうございました。

参考文献

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澤田昂宏(2020)『ルポ 技能実習生』(ちくま新書)

NHK出版新書(2017)『外国人労働者をどう受け入れるかー「安い労働力」から「戦力」へ』

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布施直春(2019)「改正入管法で大きく変わる 外国人労働者の雇用と労務管理」(中央経済社)

 

藤井憲、松本雄二、軽森雄二(2019)「技能実習と特定技能の外国人受け入れ労務トラブル対応」(税務研究会出版局)

鶴野祐二、山岸孝浩、太田洋子(2021)「知らなかったではすまされない外国人雇用の在留資格判断に迷ったときに読む本」(行政書士法人シンシアインターナショナル)

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PHAN XUAN DUONG(2020年)「在日外国人労働者に対する日本語指導研修の改善―ベトナム人技能実習生の日本語習得の現状を事例として―」

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「やさしい日本語」科研グループ「やさにちチェッカー」

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「彼女がしたことは犯罪なのか。あるベトナム人技能実習生の妊娠と死産(1)」難民支援協会,ニッポン複雑紀行,2021年6月16日

https://www.refugee.or.jp/fukuzatsu/hirokimochizuki08 (最終閲覧日:2022年1月15日)

 

「彼女がしたことは犯罪なのか。あるベトナム人技能実習生の妊娠と死産(2)」, 望月優大,難民支援協会,ニッポン複雑紀行,2021年6月17日

https://www.refugee.or.jp/fukuzatsu/hirokimochizuki09 (最終閲覧日:2022年1月15日)

 

 

「死体遺棄罪に問われたベトナム人技能実習生、双子の死産から1年、控訴審の争点」, 望月優大,YAHOO!JAPANニュース,2021年11月10日

https://news.yahoo.co.jp/byline/mochizukihiroki/20211110-00267322 (最終閲覧日:2022年1月15日)

 

このルポルタージュは瀬川至朗ゼミの2021年度卒業作品として制作されました。