感染者急拡大の街に住んで ―イラク人大学生が体感した米テキサス州とコロナ


 

 日本では、新型コロナ感染症の影響で職を失った外国人が母国に帰国できず、金銭的な苦境に立たされている事例が後を絶たない注1)。では、アメリカの在留外国人は今どのような暮らしをしているのだろうか。感染者激増中のテキサス州に住むイラク人大学生に話を聞いた。(取材・文=馬塲貴子、写真はAFP通信)

トップの写真は、2020年5月20日、テキサス州オースティンで、バーの壁に描かれたペイントの前を自転車で通る人々=©AFP PHOTO/GETTY IMAGES NORTH AMERICA

 

取材のきっかけ

アメリカでの急速な感染拡大に伴い、各州の感染拡大対策や州民の対策意識の違いが感染者数の差にあらわれている。中でも、アメリカでも広大な面積を持つテキサス州の方針が、実際にどの程度行使されているのかということを知るため、州民の視点から確認したいと考えた。同時に、州民・アメリカ人だけではなく複数のルーツを持つ人物から意見を聞くため、友人にアヤさんを紹介してもらった。

 

薬剤師めざし家族で移住

アヤ・アルズベィディ(Aya Alzbeidi)さんは、テキサス州ヒューストンに在住する大学生だ。女性でも平等に働けるから、と家族で米国

マスク姿のアヤさん。コロナ対策として着用するようになっ(2020年6月撮影。本人提供)
マスク姿のアヤさん。コロナ対策として着用するようになった(2020年6月撮影。本人提供)

に渡ってきた6年前から薬剤師を目指してきた。

最近のアヤさんの日常生活は、日本の大学生のそれと大差ない。新型コロナにより、5月から6月の初旬までオンライン上で大学の授業を受けた。今年の8月に専門の大学に編入が決まっている。コミュニティカレッジで2年間必要な単位と成績を修め、薬剤師になるためのより専門的な大学への編入が認められたのだという。

6月初旬、日本より少し早い夏休みが始まってからは、ディスカウントストアでのアルバイトにはげんでいる。自宅では母国イラクの親戚とテレビ電話をしたり、ネットサーフィンをしたりして過ごす。新型コロナを警戒し、一家全員が仕事やアルバイト、買い出し以外の用で出歩かないようにしている。

アルバイト先でも感染者が

アヤさんは、日用品店での週4、5日のアルバイトのために外出している。店員は毎日検温をして、フェイスカバー、不織布のマスク、手袋を装着して接客をする。店の出入口で客の検温をし、入店する客の人数制限も行っている。

6月中旬、アルバイト先の同僚一人が新型コロナウイルス感染症の陽性と診断された。だが、それによる休業などの変化はなく、店内の感染対策が強化された。具体的には、入店できる客数の制限の強化や、フェイスマスク着用の積極的な注意喚起などである。「店はしっかり対策をしているというから、あまり心配していない」とアヤさんは話した。その一方で、客が店の様子について問いかけてきても、懸念を与えないために内情をむやみに口外しないよう伝えられている。店を開店し続けることで、「従業員の雇用」と「地域の生活」を守ることにつながっているとアヤさんは考えている。

共和党出身のアボットテキサス州知事が、これまで経済再開に前向きな姿勢をとってきたこともその背景にある(注3)。だが、雇用と経済活動を保護する一方で、外出する人々の対策意識は十分だとは言えない。コロナ感染症に対策としての外出自粛は「要請」のみで、個人への罰則は伴わない。(2020年7月2日時点)。そして、6月後半から感染者数が増加し続けている。7月8日時点で各日新規感染者数が9970人を超え、死者数は先月の各日新規死者数を大きく上回った。(2020年7月9日現在)(注4)。

条件付きで営業再開したテキサス州ヒューストンのバーでフェイスマスクを着用し、注文を取る店員。2020年5月22日撮影=ⒸAFP PHOTO/ MARK FELIX
2020年5月22日撮影。条件付きで営業再開したテキサス州ヒューストンのバーでマスクを着用し、注文を取る店員=ⒸAFP PHOTO/ MARK FELIX
「アメリカのニュースは信頼できない」

このような現状について、アヤさんは「怖くはないが、コロナと生活するのはなかなか難しい」と話す。感染者数や死亡者数のニュースを見て不安に感じることはないのかと問うと、「アメリカのニュースは“dramatic”すぎるので信用していない」。初めて少し険しい表情になった。アメリカに来てすぐに見た情報番組で、母国イラクの実態がねじ曲がって伝えられているように感じたという。「イラクには一部のテロ活動があるだけで、基本的には資源に恵まれた平和な国。どうしていつも暴力的な側面を強調するのか」。不信感を持ったアヤさんは、アメリカのニュースを見なくなった。

現在、アヤさんはSNSを通してニュースを得ている。イラクの最新の状況は、イラクに住む親せきとのテレビ電話で逐次入手する。SNSにもフェイクニュースはあるのではないかと尋ねると、「フェイクニュースがあるのは理解しているが、それでもアメリカのテレビや新聞よりは信頼できる」と断言した。新型コロナウイルスについても、TwitterやInstagramで得た情報を大学の友人や教授と話すことで実態を掴んでいるという。

 

激増した感染者数「住民の自覚必要」

アヤさんへの取材は6月19日にZoomを使用して実施した。ちょうどその頃からテキサス州のコロナ感染者数が激増しはじめた。バーなどの休業要請解除の後で、人と人の接触が増えたことが原因ではないかという説が有力だ。アヤさんの住むテキサス州ヒューストンでは入院患者が先月の3倍に増加し、ICU(集中治療室)の利用率が100%に達したという(注5)。

この状況に対して、同州は6月25日に経済活動再開の一時停止を決定した。翌日にはヒューストンで緊急事態宣言が発令され、再びバーやレストランに営業の一部制限がかかった(注6)。

7月8日には州内の各日新規感染者が一万人を超え、アボット知事は「フェイスマスクなどの対策を講じることは、効果がないと思われるかもしれないが、ビジネスを維持するためにも必要だ」と州民に呼びかけ、着用の義務付けを宣言した(注7)。

このような状況について、7月6日に追加取材に応じてくれたアヤさんは「住民がもっと自覚を持ってほしい。日用品店に来るお客さんもマスクをしてこなかったことがあるので、このような事態になることを心配していた」と話している。(インタビューは2020年6月19日、ZOOMを利用しオンライン形式で行った。その後も7月6日に追加取材を行った)

 

<新型コロナウイルスに関連するテキサス州の主な動き>
2月26日 アボット州知事が初めて新型コロナ感染症について公に発言
3月13日 コロナの「災害宣言(Disaster Declaration)」
3月17日 テキサス上院特別選挙の延期を決定
3月19日 州知事が10人以上の集会や、バー、レストランでの食事などを避けることを求める行政命令
3月31日 州内の学校を5月4日まで休校に
4月2日                 災害宣言を延長
4月16日 州公園の開園、小売店と複数の医療規制を緩めると決定
4月17日 学期末までの休校、不必要な医療処置の禁止決定
5月7日 経済的に困窮している州民への給付のための基金立ち上げを宣言
5月21日 バーの少人数での再開、旅行者の制限
6月1日 一部のアウトドアイベントの開催を許可
6月3日 全ビジネスの50%以下の開放を許可。レストランの営業などを緩和
6月18日~21日 秋ごろからの学校再開とアルコールのテイクアウト販売を支持
6月23日 州民に在宅要請
6月25日 バーの開店時間と入店人数を制限
6月26日 バーの閉店を再要請、レストランは収容人数を半分にするよう命令
6月30日 州内の4郡にて待機手術の禁止
7月2日 フェイスマスクの着用を義務付ける

米テキサス州知事によるコロナ対策のタイムライン(注8)

 

(注)参考文献・参考資料

注1

NHKNWESWEB「在日外国人“親がなくなっても一時帰国断念”コロナ影響」

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200520/k10012437571000.html

(2020年6月21日)

注2

IRS ”Coronavirus Tax Relief and Economic Impact Payments”

https://www.irs.gov/coronavirus-tax-relief-and-economic-impact-payments

CNBC ”Some coronavirus stimulus checks go out without $500 for qualifying children(Personal Finance)” https://www.cnbc.com/2020/05/01/some-coronavirus-stimulus-checks-leave-out-500-for-children.html (2020.5.1)

注3

日本経済新聞「米経済再開、ばらつく州の対応 テキサスなど感染増でも緩和」

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO59320470Q0A520C2I00000/(2020.5.20)

注4

Texas Case Counts

https://txdshs.maps.arcgis.com/apps/opsdashboard/index.html#/ed483ecd702b4298ab01e8b9cafc8b83(2020年7月9日)

厚生労働省公式サイト「新型コロナウイルス感染症について」(2020年7月9日)

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html

注5

「米 テキサス州 感染者急増で経済活動再開一時停止 新型コロナ」NHK NEWS WEB,2020年6月26日(2020年7月9日)

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200626/k10012484601000.html

注6

“Texas orders bars closed, reduces, restaurant capacity as coronavirus cases hit all-

time high”FOX NEWS, 2020年6月26日(2020年7月9日)

https://www.foxnews.com/us/texas-orders-bars-closed-reduces-restaurant-capacity-as-coronavirus-cases-hit-all-time-high

注7

“Texas passes 10,000 confirmed new coronavirus cases in single day” FOX NEWS, 2020年6月26日(2020年7月9日)

https://www.foxnews.com/us/texas-10000-new-coronavirus-cases-single-day

“Texas Gov. Abbott mandate face masks in most countries amid pandemic” FOX NEWS, 2020年7月3日(2020年7月9日)

https://video.foxnews.com/v/6169146787001#sp=show-clips

注8

“Coronavirus Disease 2019 (COVID-19)“, Texas Department of State Health Service,

https://www.dshs.state.tx.us/coronavirus/

2020年7月24日までに閲覧

テキサス州の新型コロナウイルス感染者数の日別推移(~2020年7月29日、3日間平均)=JOHNS HOPKINS UNVERSITY& MEDICINE CORONAVIRUS RESOURCE CENTERより(©2020 Johns Hopkins University)
テキサス州の新型コロナウイルス感染者数の日別推移(~2020年7月29日、3日間平均)=JOHNS HOPKINS UNVERSITY& MEDICINE CORONAVIRUS RESOURCE CENTERより(©2020 Johns Hopkins University)

 

2020年度春学期の瀬川ゼミ演習Ⅰ(3年生のゼミ)では、新型コロナウイルスの問題を取材実習のテーマとし、それぞれリモート取材に取り組んでいます。「海外コロナ事情」と「早稲田とコロナ」という2つの特集企画で記事をお届けします。