ブラックバイト 学生が身を守るためには
「ブラックバイト」という言葉を聞いたことがあるだろうか。近年では新聞にも取り上げられ、厚生労働省も調査に乗り出すほどの社会問題になっている。もちろん、早大生にとっても他人事ではない。今回は、早稲田大学出版部により出版された『ブラックバイト対処マニュアル』[ⅰ]、その監修に携わられた早稲田リーガルコモンズ法律事務所 石田眞氏と早稲田大学法術学術院教授 竹内寿氏の両名に、私たちを取り巻くブラックバイト問題の現状とその対処法についてお話を伺った。(取材・写真=榎田憲太郎・竹田真優・柴田直樹)
―『ブラックバイト対処マニュアル』について
2016年度、早稲田大学の全新入生およそ1万人にある冊子が配布された―『ブラックバイト対処マニュアル』。石田眞氏と竹内寿氏の監修により出版された、ブラックバイトにどう対応すればよいのかをアドバイスするものである。「早大生の中でも、悪質なアルバイトにより学業が疎かになるばかりか、身体を壊してしまったような人もいる。そのような中で、学生がいわゆるブラックバイトから自らの身を守るためのマニュアルです」。早稲田大学を定年退職され、現在、早稲田リーガルコモンズ法律事務所で顧問弁護士を務められている石田眞氏は語った。石田氏の専門は労働法である。
実は、早稲田大学学生部にはアルバイト問題についての相談を受け付ける窓口があるが、ブラックバイトの被害を訴える学生はあまり多くはないという。しかし、石田氏のゼミ生やその周囲にもブラックバイトに頭を悩ます学生は多く存在し、相談できないだけで潜在的な被害者はかなり多いということが想定された。そのような状況を鑑みた大学側が、早稲田大学副総長 島田陽一氏も労働法を専門としていることもあり、この『ブラックバイト対処マニュアル』の出版に踏み切ったのだ。「当初、マニュアル作成は労働法を扱う私のゼミの学生主体となり進めました。ゼミOBの弁護士の方や、法律に詳しくない方でも理解してもらえるよう他学部の方の意見を取り入れた上で完成しました」。
―ブラックバイト問題が起きる原因
近年になり、ブラックバイト問題が頻繁にマスメディア等でも取り上げられるほど社会問題化したのにはどのような背景があるのだろうか。アルバイトという業態自体は、はるか昔から存在したはずなのだ。「労働構造の変化が主要な原因です」と石田氏は語る。「昔はアルバイトといえば、企業としては補助的な役割だという考えでした。賃金が低い代わりに社会的な責任は薄かったのです。しかし、近年ではアルバイトを戦力とするような考えが広まってしまいました。正社員が全くいない状態でアルバイトのみで店を回さなくてはならない場合もあり、当然企業側としてもそんな状態でアルバイトに休まれてしまっては困るわけです。その結果が、過度の長時間労働やテスト前でもバイトを休めないというような、いわゆるブラックバイトの発生に繋がってしまうのでしょう」。
総務省統計局の発表[ⅱ]によれば、平成28年度の全雇用者数における非正規雇用者数は37.5%と4割近くにまで増加し、「非正規化社会」はとどまるところを知らない。そのような産業構造全体の変化が、ブラックバイト問題を引き起こしているのだというのだ。「特定の個人が被害にあって、さあ問題だ、という話ではありません。労働環境全体の問題が浮き彫りになってしまっているのです」。
そして、学生を雇う側の企業だけでなく、雇われる学生側にも原因はあるという。「学生側もそうした環境の中で店を回している、という責任感を感じてしまいます。その結果、労働環境が悪いと感じても誰にも相談できず、ましてや上司に訴えることなどできません。学生側が口をつぐんでしまえば、ブラックバイトを助長する結果を引き起こしてしまいます」。
非正規頼りの労働環境、そして学生側の諦めの姿勢。様々な要因が連なってブラックバイト問題は発生、社会問題化しているのだ。
また、早大生に限った場合、特筆して問題が多く発生するのは塾講師でのアルバイトだという。塾講師のアルバイトでは生徒第一の姿勢で自分の身を犠牲にしてしまうばかりでなく、父兄との対応や授業の準備など、無給与の労働が発生しやすい。塾講師のアルバイトに従事する早大生は非常に多く、注意しなければならない問題だ。
―ブラックバイト被害への対処法
「ブラックバイト問題は、実は簡単な問題です。アルバイトを辞めてしまえばいいのです」と石田氏は言う。しかし、経済的な問題でアルバイトを続けなくては生活が厳しかったり、学費が払えない学生も存在するのが現状だ。もちろん、一般的な学生としても一度始めたバイトはそう簡単にやめたくないというのが本音だろう。そのような場合には、どのように対応するべきなのだろうか。「まずは、自分の身に起きていることをしっかりと理解すること。そして、法的根拠をもって理論的に自分の権利を主張できるようにすること。この二つが最も重要です」。立場上弱い学生アルバイトからの訴えであっても、法的根拠のあるものであれば、企業側としても対応せざるを得なくなるという。そのためにはある程度の法学の知識が必要であり、石田氏は『ブラックバイト対処マニュアル』が少しでもその助けになれば、と締めくくった。
―労働法とアルバイト
労働法と聞くと、学生の我々にとっては縁がないものと感じてしまいがちだ。しかし、たとえアルバイトだとしても労働法はしっかりと適用されるものであり、順守されるべきものだと労働法の専門家、竹内氏は語る。
「労働法には様々な法律がありますが、例えば労働基準法だけを見ても保護する対象を労働者と定めています[ⅲ]。これは、労働者であれば、アルバイトであっても法の保護の対象としてみることができることを意味しています。正社員であろうと非正社員であろうとあるいはアルバイトであろうとも、すべての労働者は通常労働法によって保護されているといえます」。この労働法の考えに乗っ取れば、アルバイトでも有給休暇の取得などといった権利を主張することが可能であるという。しかし、有給休暇に代表されるこれらの権利は労働者側から要求しなくてはならないので、それを知らない学生が権利を主張することは非常に少ないというのが現状であるとのことだ。
今回、ブラックバイトの実態を調査するにあたり、Googleフォームを活用してのアンケート調査を実施した。[ⅳ]その結果、アルバイト先で受けた不当な経験の具体的なエピソードとして、以下の意見が寄せられた。
・残業代が出なかった ・学業に支障きたしてでも(少し無理してでも)バイトのシフトに入るよう言われた。 他の人のシフトを見せられながら、「こんなに他の人も頑張ってるんだからもう少し入ってくれない?」と一人残されて言われた ・深夜料金なし ・塾講なので、各種テストの採点や入力に時間がかかる。ただ生徒の指導がないタイミングなら時間内に行って構わないものなので、シフト時間通りに帰れるかは運次第 ・コンビニバイトでノルマのためにおでんを買わされる
実際に上記にあるような状況に陥った場合、私たちはどのような対応を取るのが正しいのか。竹内氏にこの中のいくつかの事例について、法律的な観点からお話を伺った。
―法から見るアルバイト実態
事情が考慮されないシフト拘束や残業、ノルマによる自費購入というエピソードは今回のアンケート調査でも回答を得られたように、ブラックバイトの事例としてよく挙げられるものだ。「まず初めに、シフトの設定や時間外労働、ノルマの設定についてはそれ自体が当然違法というわけではないのです。しかし、アルバイト契約時、つまり労働契約時にそういった希望しないシフトや時間外労働、そしてノルマ未設定時の自費購入といった説明がなされていない場合、合意がないと考えられ、労働法的には応じる必要はありません。ノルマ未達成の分を給与から引かれる、といった問題も全額払い原則に違反していると言え、労働基準法で禁止されています」。
つまり、契約時に具体的な説明がなかった場合にもかかわらずそのような不当な指示を受けた場合、法的に見れば全く応じる必要はないのである。
―ブラックバイト問題との向き合い方
労働法的に不当な扱いを受けてしまい、たとえその行為の違法性を理論的に理解していたとしても、やはり弱い立場の学生アルバイトであるため、直接上司に異議を申し立てられる学生は少ないのではないだろうか。
「法的根拠をもって自分の権利を主張するのはとても大切なことですが、まずは何かあった場合には誰かに相談しましょう、ということです。自分一人、すなわち労働者の立場で上の者に権利を交渉することは難しいと言えます。そのため労働法では労働者一人一人が結集して雇用者に対抗する労働組合を結成することを可能にしています。それによって労働者側と使用者が平等な立場で交渉を行うことができる。アルバイトでも同じで、味方を作ること、それが一番大切です。一人での対応や一人で悩むことが最大の問題なので、仮に労働組合でなくとも、関係する公的な機関や大学の窓口など、どこかにつながりをもち、相談あるいは連携しながら解決にあたることが重要なのです」と、竹内氏は繰り返し語った。
産業構造の変化により、学生アルバイトへの負担は否応なしに高まってしまっている。いざ、自分の身にブラックバイトによる被害が降りかかった時、どのように向き合っていかなくてはならないのか。一人一人が自覚をもって、この最も身近な社会問題「ブラックバイト」について考えていかなくてはならない。
[ⅰ]早稲田大学出版部『ブラックバイト対処マニュアル』http://www.waseda-up.co.jp/newpub/post-710.html (201712/28参照)
[ⅱ] 厚生労働省『非正規雇用の現状と課題』http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11650000-Shokugyouanteikyokuhakenyukiroudoutaisakubu/0000120286.pdf (201712/28参照)
[ⅲ]e-Gov 労働基準法http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=322AC0000000049#17(2017/12/29 参照)
[ⅳ]2017/10/17~11/7、メッセージアプリで大学生同士の知人を通してアンケートを収集した。109人から回答を得たが、数量的には使えないので、質的に問題事例を取り上げることに活用した。