アニメーターを夢のある職業に ― その最前線を追う   


「アニメーターを夢のある職業にしたい」
 これは、NPO法人アニメーター支援機構の代表である菅原潤さんの言葉だ。私は大学3年の夏からこの団体で事務補佐などのボランティアをしている。団体の主な活動は、生活の苦しい新人アニメーターを支援することだ。
 大学3年の夏インターンを経てエンタメ業界への就職に興味を持ち始めた当時の私は、1つの葛藤を抱えていた。それはアニメ業界が、成長産業として注目を集める側面と、低賃金・長時間労働といった過酷な現場の2つの顔を持っていることだ。好きなエンタメに関わる仕事がしたいと思うと同時に、業界で起きている問題に目を逸らしたまま将来の進路選択をしたくないと感じていた。まずは業界で何が起きているのか知りたいと悩んでいたところ、アニメーター支援機構のボランティア募集ページに辿り着いた。応募メールを送ったところ、その日のうちに菅原さんから返信が来た。

(取材・文・写真=西田菜緒)
トップの写真=
第3章に登場する原画ちゃん(仮名)がアニメーター支援機構の寮で作業をする様子の写真。本ルポで取り上げる「新人原画育成プロジェクト」の原画を描いている。
(写真:菅原潤さん、撮影:西田菜緒)
(写真:菅原潤さん、撮影:西田菜緒)
第1章 アニメーター支援機構代表:菅原潤さん

初めての作業日は2022年9月の終盤で、蒸し暑さの残る晴天の日だった。地図アプリの指示通りに閑静な住宅街を進むと、庭木の緑が印象的な2階建ての民家に到着した。緊張しながらインターホンを押すと、菅原さんが出迎えてくれ1階の畳み部屋に通された。初日の作業内容は、チラシの梱包作業だった。チラシの内容は、アニメーター支援機構が毎年開催している新人アニメーター大賞の募集についてで、全国の美術大学や専門学校に送るための袋詰め作業を行った。手を動かしつつ私が団体の活動や業界について質問すると、1つ1つ丁寧に答えてくれた。

(写真:新人アニメーター大賞のチラシ、提供:菅原潤さん)
(写真:新人アニメーター大賞のチラシ、提供:菅原潤さん)

菅原さんは2010年にアニメーター支援機構を設立して以降、前述の新人アニメーター大賞を開催している。このコンテストはアニメーターとして就職予定の新人を対象にしたもので、優秀者は団体が管理する寮に格安で入居することができた。(新型コロナウィルスの拡大以降は、感染防止の観点から入寮の代わりに住居支援金を渡している。)運営費は主にクラウドファンディングで賄っている。団体の理念に賛同してくれた一般人から募っており、海外からの支援も数多く寄せられている。私が梱包作業をしていた部屋もコロナ以前は寮の1室として利用されていた。
ボランティアはこの日以降、現在まで週に1回のペースで続けている。次第に住居支援を受けるアニメーターの方とも関わりを持てるようになった。冒頭の言葉はたびたび菅原さんが話していた言葉で、特に印象に残っていたものだ。自分自身がアニメからたくさんの夢をもらった一方で、アニメを作る側の人々が疲弊しているという現実は衝撃であった。特にこのような状況の中で、自分と同世代の若手アニメーターが何を思うのか、今何ができるのか知りたいと思ったことが本ルポ執筆のきっかけでもある。

 

本業はCGクリエイター

まず驚くべきは、菅原さんの1日のスケジュールだ。本業のCGクリエイターとしての仕事と、NPOの仕事を1日の中でそれぞれ8時間ずつこなしている。単純計算で1日16時間労働だ。私のようなボランティアが作業に来る日は菅原さんも寮で作業をし、それ以外の日は自宅で仕事をする。基本的に土日も作業を続けており、「唯一1月1日だけは昼頃まで寝ているかな」とあっさりとした口調で語った。この生活スタイルを長年続けているそうだ。NPOの活動は菅原さんに金銭的な見返りはない。このストイックな生活を続ける理由、そして菅原さんの活動の原点は何なのだろうか。

CGとアニメ 新人の待遇差の衝撃

アニメーター支援機構設立のきっかけは、菅原さんの学生時代まで遡る。CGクリエイターの勉強のために武蔵野美術大学に入学した菅原さんは、在学中に映像系のサークルを立ち上げた。団体にはCG志望の学生だけでなくアニメーターを志す後輩も多く集まってきた。卒業してCGの会社に入社して以降も、入社試験のために後輩のポートフォリオにアドバイスをするといった就活支援を続けた。菅原さんは主にCG志望の後輩の面倒を見て、アニメーター志望の後輩には別のメンバーが付いていた。
しかし、そうした中で衝撃を受ける出来事があった。当時、CG系の後輩は就職後にそのまま生活できるケースが多い中で、アニメーターの場合は実力ある新人でも月給3万円という状況があったという。「とてもじゃないけど、生活していけるレベルじゃないよね」と当時を振り返る。

2018年に実施された『アニメーター実態調査2019』(1)によると、動画を担当するアニメーターの平均年収は125万円(平均年齢:27歳)という結果が出ている。対して2018年時点の全産業における25-29歳の平均給与は370万円だ(2)。
その他の産業と比べて、なぜ若手のアニメーターの賃金が過剰に低いのか。中でも大きな要因はアニメーターの雇用形態にあると言われている。アニメ業界では、技術が未発達な若手アニメーターに対して出来高制を含む業務委託契約を結ぶことが多い(3)。出来高制では描いた枚数に応じて報酬が支払われるが、1枚当たりの単価は200円台(動画職の場合)(4)と低い水準だ。特に筆が遅い新人の場合生活していけるレベルで稼ぐことが難しくなってしまう。
実際に数値でみても、固定給で雇用されているアニメーターの割合は低い。アニメーター実態調査2019によると(1)、動画職ではフリーランスと自営業が合わせて50%を占め、正社員は4.5%、契約社員は13.6%に留まっている。

特に厳しい「動画」の時代をサポート
(写真:アニメーター寮兼作業場、撮影:西田菜緒)
(写真:アニメーター寮兼作業場、撮影:西田菜緒)

生活の厳しさから実力ある若手が辞めてしまう状況の中で、菅原さんが「せめて住むところだけでも確保できれば」と思い、始めたのがアニメーター支援機構の住居支援だ。支援の対象になるのは、アニメーター大賞で入賞した新人だ。応募資格があるのは、春からアニメ制作会社に入社予定の若手で、一度支援を受け始めれば入社3年目まで支援を受けることができる。そして、この3年という数字にも意味がある。
多くの新人アニメーターは「動画マン」というポジションからキャリアを始める。そして、そこでスキルや経験を積んで「原画マン」というポジションに進むケースが多い。ではこの「動画」と「原画」にはどのような違いがあるのか。デジタルハリウッド大学によると、「アニメーションの中でポイントとなる絵のことを『原画』と言い、原画と原画をつないでなめらかな動きを与える絵のことを『動画』と言う(5)」。このように、 一口にアニメーターといってもその役職は複数に分かれており、それぞれに業界特有の名前が付けられている。
この動画マンの時代が特に厳しいと言われているため、原画マンに上がる期間の目安である入社3年目までのアニメーターを支援の対象としている。今までに支援してきたアニメーターは60人以上に登る。コロナ禍以降は感染予防の観点から、寮への入居に代わって支援金を渡す形となっているが、2023年度には10人が支援を受けている。寮生同士の交流を増やすためにも、2024年度からは、寮への入居という形に徐々に戻していきたいそうだ。

支援金は前述の通り主にクラウドファンディングで賄っている。菅原さんが活動を始めた当初は、物販で資金を集めようと考えていたそうだが、クラウドファンディングという手段を知り、Twitter(現X)と併用して試しに使ってみたところ90万円ほど集めることができた。予想を上回る反響があったことで、菅原さん自身も驚いたという。その一方で、アニメーターの低賃金問題は長年指摘されてきたものであり、危機感を持つ人が多かったからこその結果だと当時を振り返った。

「ものすごく難易度の高いゲーム」のよう 活動に向ける思いとは?

自身の活動について、菅原さんは「ものすごく難易度の高いゲームをやっている感覚」だという。アニメーターの低賃金問題は業界内の複数の要素が絡み合う根深い問題だ。「クリア不能なゲームだからこそ、クリアできたらすごいよね」と活動に向ける思いを語ってくれた。その一方で「もっと(当事者である)アニメーターに闘ってほしい」ともこぼした。もちろん協力してくれるアニメーターや業界関係者も多くいるそうだが、菅原さんの体感として業界の中から現状を変える動きはまだまだ弱いと感じるという。

「(アニメーターの)今の状態はあまりにも夢がない。もっと面白くてクオリティの高い(アニメ)作品が見れたかもしれないのに、人が足りなくて実現できないことがたくさんある気がする。そういうのを改善していきたい」。菅原さんは、問題解決に向けた新たな挑戦として、2023年の春から新プロジェクトを開始した。詳しくはプロジェクトに参加するアニメーターのインタビューとともに、後半で詳述する。

 

第2章 アニメーターの低待遇 背景に何が?
アニメを作るお金の流れ

アニメーターの低待遇を考える上では、アニメ作りに必要なお金の流れを理解する必要がある。現在一般的なテレビアニメを作るには1話1500万円ほどが必要と言われており(6)(p42)、12話1クールの制作には億単位の資金が必要になる。しかし、それだけの資金をかけても、アニメがヒットするかは未知数だ。当然資金を集めるリスクも大きい。そこで、リスク分散を目的として現在主流となっているのが製作委員会方式というやり方だ。

日テレ人材センターによると、まず製作委員会とは「アニメや映画の制作に必要な資金を、共同で出資するスポンサー企業の集まり」だ(7)。アニメのエンディング映像の最後の「○○製作委員会」という表示に見覚えのある人も多いのではないだろうか。この委員会を構成するのは、主に「テレビ局,映画会社,制作会社,広告代理店,商社,出版社,レコード会社,DVD販売会社,芸能事務所,インターネット各種関連会社」(8)(p5)といった大手企業やメディアだ。製作委員会は、集めた資金を使って、作品作りを「元請制作会社」に発注する。発注を受けた元請け会社は、作品作りの一部または全てを「下請制作会社」に再委託する。アニメ作りではこのような階層構造が広く見られる(8)(p4)。製作委員会の「製」の字と、制作会社の「制」の字が似ているため混乱するかもしれないが、両者は全く異なるため区別する必要がある。

出資をすることでリスクを負った製作委員会は、作品がヒットすれば見返りを得ることができる。具体的には「出資各社は、出資額に応じた作品の著作権を保有」することができ、「作品を運用する担当窓口の権利(放送権、ビデオ化権、商品化権、配信権、イベント・コンサート開催権、ミュージカル権化権、海外販売権など)が与え」られる(9)。かみ砕くと、キャラクターのグッズやライブ開催によって利益を挙げるといった、アニメの二次利用の権利が認められているということだ。

製作委員会から元請け会社、そして元請け会社から下請け会社にそれぞれ十分な制作予算が渡っていれば、アニメーターへの報酬も十分な額になるはずだ。しかし、現実はどうか。まず、製作委員会から元請け会社に渡る予算はどのように決まるのかに触れておく。アニメの企画は製作委員会の幹事会社のプロデューサーが、元請けのプロデューサーに企画書を持ち込むことから始まる。その際に幹事会社側は、作品の希望予算額や締め切り、求めるクオリティ等を伝える。それを受けて、元請けのプロデューサーは必要な制作予算の見積を作成して幹事会社と交渉し、予算が決まる(6)(p43)。

価格交渉の実態

重要なのは、こうした交渉が正常に機能しているかどうかだ。古いデータになるが2007年~2008年に実施されたアンケート調査では、「十分に協議することなく著しく低い制作費を押し付けられた経験」があると回答したのは元請け会社では32.8%、下請け会社では46.5%に上っている(8)(p22)。その後の2018年の総務省のヒアリングでは、「元請(製作委員会からの一次請)においては、制作費は協議の上決まっており、一方的に決まっているということではない」とある一方で、「下請及びクリエイターにおいては、制作費は予算ありきの言い値であり、協議は全くできない」という意見が出ている(10)(p5)。製作委員会と元請け間の交渉は比較的改善傾向にあるようだが、そこから先の下請け会社やアニメーター個人との交渉には改善の余地があるようだ。
こうした歪みのしわ寄せは現場のアニメーターに回っている。実際に個々のアニメーターの単価(業務委託の動画職)は200円という低さであり、さらに近年はいわゆる「神作画ブーム」の影響で作品1つ1つに求められているクォリティは上がっている。「求められる作画クオリティが高いと、経験の浅いアニメーターの場合、基準に達しない」(11)こともある。
その一方で、「同一工程における単価は一律に設定されていることが多い」(12)(p368)。これはつまり、難易度の高いアクションシーンでも、比較的難易度の低い日常のシーンでも単価が大きく変わらないことを意味する。

また、当然全てのアニメ制作が予算通りに進むわけではない。「実制作に入ってから制作費が不足するという事態も生じる」(p43)が、その場合は「制作費が不足した場合は基本的に制作会社の持ち出し」(p44)となり、制作会社が身を切ることになる(6)。

人手不足が招く現場のしわ寄せ

現場の予算不足の原因は他にもある。その1つがアニメーターの人材不足だ。実力あるアニメーターが不足していることにより、描き直しである「リテイク費用も発生するためここで予算やスケジュールを食い潰してしまうということも」(13)あるという。この「実力あるアニメーターの不足」は若手アニメーターの数自体の減少と、若手の育成の不十分さの結果であると言える。

図表1:経験年数ごとのアニメーション制作者の人数分布を示したもの 「事例報告 実態調査にみるアニメ制作従事者の働き方」(16)より
図表1:経験年数ごとのアニメーション制作者の人数分布を示したもの 「事例報告 実態調査にみるアニメ制作従事者の働き方」(16)より

若手アニメーターの業界離れは、実際どれほど起きているのか。その現状は、データにも現れている。上の2つのグラフは、日本アニメーター・演出協会の調査結果(14)(15)を比べたものだ。アニメ業界における経験年数の平均が比較されており、2014年から2018年にかけて4.8年値が大きくなっている。同団体の桶田大介氏は「新しく入ってきた人がなかなか定着しない、それによって全体の年齢がぐっと上がっているということを意味しているのではないか」と指摘している(16)。業界を俯瞰してみても若手アニメーターの業界離れが見て取れる。

人手不足への危機感 一般的な対策は?

若手の業界離れが起きている状況を受けて、アニメ業界ではどのような対策をしているのか。その危機感は業界全体でも共有されており、一部では雇用形態の見直しが進みつつある。「最近は固定給プラス出来高でお給料が払われているところも増えている」(14)(p68)といい、収入の安定化を目指す動きも見られる。

では技術力を底上げする育成面についてはどうか。アニメーターの従来の育成手法について、松永氏は『アニメーターはどう働いているのか 集まって働くフリーランサーの労働社会学』(17)の中で以下のように述べている。「制作会社における人材育成の多くはOJT(On the Job Training)の形で行われ、業界に参入したアニメーターたちは実際に放映される動画や原画などの仕事に携わりながら、技能を形成していく」(p105)という。 しかし、近年はアニメの放映期間が短くなったことで、制作期間も短縮され1つの現場に同じアニメーターが携わる期間が短くなった。結果、若手と先輩アニメーターが仲を深め技術を教わる機会が減っている(18)(p371)。
こうした変化が生まれる中で、大手制作会社を中心に社内に養成所を置き集中的な育成期間を設ける動きが起きている。例えば、東映アニメーション作画アカデミーの場合、受講生は現役のアニメーターによる指導を1年間無料で受けることができる。キャリアパスとしては、受講後に最終試験を通過すれば同会社の契約社員として入社できるという(19)。社内養成所は、サンライズ作画塾やP.A.養成所など複数社で類似の取り組みが見られる。ただ、こうした養成所は募集人数が10名前後と現状では狭き門だ。

 

第3章:若手アニメーターのリアル

第2章ではアニメーターを取り巻く現状をいくつか紹介した。第3章では、現役の若手アニメーターへのインタビューを通して、彼らの日常がこうした問題とどのように絡んでいるのか明らかにしていく。取材は、アニメーター支援機構から支援を受けている2人の若手の方に行った。

アニメーター2年目(2023年度時点):坂本朋樹さんの場合

待ち合わせ場所のカフェの中で待っていると、約束の時間きっかりに坂本さんがやってきた。坂本さんとは、この日以前にもアニメーター支援機構主催のイベントでお世話になっていたが、対面でゆっくりお話しするのは今回が初めてだ。
はじめに軽く雑談していると、同い年であることが分かった。この日は出勤前にわざわざ時間を作ってくれたそうだ。

(写真:坂本朋樹さん 撮影:西田菜緒 )
(写真:坂本朋樹さん 撮影:西田菜緒 )

坂本さんは2022年にアニメ制作会社に入社し、2023年時点で2年目になる。中学3年生の時に、スタジオジブリに密着したドキュメンタリーを見てアニメーターを志した。宮崎駿監督が紙をぱらぱらとめくり、キャラクターの動きを確認する様子を見て「紙の上でリアルを追求するアンバランスさがかっこいい。あの摩訶不思議な感じが」と、当時感じたことを笑顔で振り返る。

この体験が原点となり、美術高校を経て2020年にアニメーションの専門学校に入学した。「アニメーター」ではなく「アニメーション」の学科だったため、授業ではアニメ制作における様々なポジションを志望する学生と一緒に学んだ。その中には制作進行といって、作画ではなくアニメ制作のスケジュール管理などを行う役職も含まれる。このように、様々な技術レベルの生徒と一緒のクラスで学んでいたが、アニメ制作の課題がたくさん出されていたため、独学でデジタルソフトの使い方などを勉強しつつアウトプットを続けた。

就職1年目には動画職を経験し、2年目の現在は試験を経て、動画検査と第二原画というポジションを担当している。動画検査は「動画スタッフから上がってきた動画に線抜けや素材不備がないかを検査する仕事」(20)だ。坂本さんの場合は、動画スタッフの後輩に修正依頼をする時に、アドバイスや添削付きの見本を添える。どちらも1年目よりも難易度の高い業務だ。坂本さんの雇用形態は業務委託で、1年目は固定給+出来高制で給与が支払われていた。しかし、ポジションが上がっても単価が1年目と変わらなかったという。「おかしくないか?と思って社長と交渉して、完全固定給にしてもらいました」と語ってくれた。現在は後輩を指導する立場でもあるが、完全固定給になったことで指導の間に本来稼げる分や作業効率を考え過ぎなくてもよくなり「少し気楽に」なったそうだ。

坂本さん自身も第2原画の仕事をする中で、分からない部分をベテランのアニメーターに聞きに行く。描いたカットを見せに行くと、1時間ほど指導してくれることもありとても丁寧に教えてくれるという。一方で、社内の育成制度は入社直後の研修を除き、会社として設けているものはない。育成が成立しているのは、「ベテランの方の親切心のおかげ」だという。

アニメーター3年目(2023年度時点):木村俊綺さんの場合
(写真:木村俊綺さん 撮影:西田菜緒 )
(写真:木村俊綺さん 撮影:西田菜緒 )

「学校の休み時間みたいな雰囲気作りをしていきたいです」
2023年度でアニメーター3年目になる木村俊綺さんは、自身が所属するアニメ制作会社について穏やかな表情で語ってくれた。木村さんは美術大学を卒業後アニメ制作会社に就職し、同時にアニメーター支援機構の住居支援を受け始める。木村さんにも団体主催のイベントや交流会でお世話になっており、その度に緊張していた私に優しく声を掛けてくれていた。今回の取材でも、いつもの優しい笑顔が印象的だった。

木村さんが絵を描く職業を意識したのは高校生の時で、当時入っていた美術部の影響が大きかった。この頃に「キルラキル」などで知られるアニメ制作会社TRIGGERのドキュメンタリーを見て、「文化祭の前日のような社内の雰囲気」に魅力を感じた。アニメーターの待遇や将来への不安についてどのように感じていたのか当時を振り返ると、漫画家や画家と違って会社に所属するアニメーターは比較的安定しているイメージを持っていたという。

大学入学後は、アニメーション制作全体の基礎を習った。プロになってからは、アニメーターが担当する作画以外の制作過程について触れる機会はほとんどない。作画以外のシナリオや音響、3Dや撮影といった制作の一連の流れを学んだことは、今のアニメーターの仕事にも活かされていると学生時代を振り返る。
授業以外では「激画団」という団体に所属し、アニメの自主制作に打ち込んだ。実際に手を動かしつつ分からないところは何度も先輩に聞いたりと、入社前に実践経験を積む貴重な機会となった。

コロナ禍の影響により、入社後の最初の研修はオンラインで実施された。木村さんの代は新卒採用の1期目だったため、入社した時点では新人育成のシステムがあまり定まっていなかった。会社側が木村さんたち新人の希望を聞きつつ、育成プログラムを組んでいった。研修を終え動画としてのキャリアを積み、第2原画というポジションに上がって今に至る。コロナが落ち着いてからは出社して仕事をするようにもなった。

会社と木村さんら若手アニメーターの間では、月に1度面談の機会がある。そこで今後のキャリアの希望を伝えたり、会社からアドバイスを受けたりするそうだ。実際に木村さんが、動画から原画にステップアップしたいと相談したところ、会社がベテランアニメーターに教育費を渡して研修の機会を作ってもらうこともあった。このように上手くいくケースがある一方で、自分の気持ちを伝えることが苦手な後輩の場合は、困ったことがあっても相談できないなど苦労する側面もあるのではないかと語る。アニメ会社というと社員同士が好きなアニメの話で盛り上がる様子を想像するかもしれないが、木村さん曰くそういう話で盛り上がる機会が「意外とない」そうだ。仕事以外の日常会話ができる関係性にないと、当然困った時や何か教えてほしい時に相談もしづらい。「学校の休み時間みたいな雰囲気作り」をしたいという思いには、こうした状況が背景にあるという。

二人のインタビューを踏まえて

坂本さんと木村さんへのインタビューをうけ、若手アニメーターの現状の一端を垣間見ることができた。坂本さんのケースでは給与面の交渉の実例について触れたが、アニメーター全体ではきちんと交渉に至るケースは未だ少数派のようである。2020年に総務省と経済産業省が実施した調査では、価格決定の事前交渉について「全て交渉している」と「ほとんど交渉している」が29.0%に留まる一方、「あまり交渉していない」「ほとんど交渉していない」が66.2%に上るという結果が出た(21)(p16)。
また、育成面については育成係に報酬を渡して実施するケースもあれば、会社が設ける育成制度がはっきりと存在しないケースもあり、発展途上にあることが分かった。

 

第3章:持続可能なアニメ制作を目指す:新人原画育成プロジェクト

第1章で紹介したアニメーター支援機構では、2023年4月からの新企画として「新人原画育成プロジェクト」が始まった。若手アニメーターを育成しつつ、オリジナルアニメMV(ミュージックビデオ)の完成を目指す。企画の目的や進捗について、菅原さんと実際に育成を受けている原画ちゃん(仮名)に話を聞いた。

(写真:原画ちゃんの作業場の様子、提供:原画ちゃん)
(写真:原画ちゃんの作業場の様子、提供:原画ちゃん)
セーフティネットのその先へ

NPO設立から約10年が経過し、アニメーターの最低限の生活をサポートする住居支援も軌道に乗った。そんな中で、菅原さんはセーフティネットの次のステップとして、より根本的な待遇改善に目を向けている。それは、十分な予算でアニメを作り、かつアニメーターに十分な報酬を払えるアニメスタジオを設立することだ。この目標への歩みの一つとして、今回のプロジェクトが企画された。

プロジェクトでは、アニメスタジオの将来的な戦力を育成するために、業界2年目(2023年度時点)の若手アニメーター(原画ちゃん)を固定給で雇用している。原画ちゃんの主な仕事内容は、企画のために作成された楽曲のミュージックビデオのアニメーション原画を描くことだ。原画ちゃんが描いたものは、教育係の現役アニメーターが週1のオンラインミーティングで添削する。ミーティングの様子は録画され、YouTubeに公開されている。

企画の目的は大きく分けて2つある。
1つ目は、アニメ制作者とファンが直接繋がることで、アニメーターに十分な報酬を払える仕組みを作ることだ。アニメ制作の資金は寮運営と同様、クラウドファンディングで賄う。想定している予算は1000万円ほどだが、既に約600万円が国内外から集まっており、今後原画ちゃんの作業が進んだ段階で進捗を更新し、再度資金を募る予定だ。
2つ目は、若手の育成に力を入れることだ。制作会社によっては育成への投資を積極的に行う所もあるが、菅原さん曰く「会社が育てるよりも、既に上手い人を囲い込む動き」の方が全体では目立っているという。また、正社員雇用でない場合、ベテランのアニメーターが「作画監督の仕事として受けたのに、(同額の報酬で)育成までお願いされる」というケースもあるという。このように、育成をする側への適切な報酬の支払いも課題だ。今回の企画では、教育係のアニメーターにも報酬を支払い、健全な育成の仕組みも模索する。

アニメーター2年目(2023年度時点):原画ちゃんへのインタビュー

プロジェクト開始から半年が経過した今(2023年12月時点)、原画ちゃんは自身の過ごした半年をどのように振り返るのか。
私自身がこのプロジェクトを手伝っていることもあり、原画ちゃんとは毎週オンラインでやり取りをしているが、数ある思い出の中でも特に印象に残っているのは8月の交流会だ。この交流会はプロジェクトのメンバーが親睦を深める目的でアニメーター寮で開催され、私を含め菅原さんや原画ちゃん、育成を担当するアニメーターの方が参加した。原画ちゃんは「お寿司を食べるのを遠慮してたら菅原さんに気づかれて、『もっと食べなよ!』と言われたのが印象に残っています」と笑い声混じりで語ってくれた。
交流会の後半には、普段のオンライン授業では難しい、対面ならではの指導も行われた。前週の授業で解説されたパース感を養うために、三脚とカメラを使って実際に物を撮影してみる。アニメーターが作画をする際には、写真や資料を参考にすることが重要になってくる。この時は、浮き輪に乗って水に浮く女の子の絵を描くお題が出されていた。原画ちゃんが買ってきたドーナツを浮き輪に見立て、その上にフィギュアを座らせる。課題の絵と同じ角度になるように三脚から撮影を行った。実際に同じ画角を再現したことで、「あ、こうなるんだ」と腑に落ちる感覚があったという。

(写真:ドーナツに乗ったフィギュア 提供:原画ちゃん)
(写真:ドーナツに乗ったフィギュア 提供:原画ちゃん)

原画ちゃんは2年目のアニメーターで、1年目の時には別のアニメ会社に所属し、アニメーター支援機構からの住宅支援を受けて生活していた。アニメーターを目指し始めたのは中学生の頃で、高校を卒業後に専門学校に入学した。
そして、いざ東京でアニメーターの職に付こうと思った時に「最初に直面したのは家賃問題だった」という。X(旧Twitter)の投稿で、現役アニメーターが低待遇を訴える様子を目にしていたこともあり、まずは東京で「住める場所が確定するのが第1条件だった」。調べる中でアニメーター支援機構の存在を知り、寮生に応募した。
1年目の会社では固定給の正社員として働き、先輩や上司からも親身になって指導をしてもらっていた。そんな中で、元の会社を辞めて新人原画育成プロジェクトに参加した一番の理由は、デジタル作画を積極的に学びたいと思ったからだ。以前の会社では紙と鉛筆で描くアナログ作画で仕事をしていたが、育成プロジェクトではパソコンや機材を使ったデジタルでの作画の指導を受けている。アナログとデジタルの両方を覚えたい気持ちが強かったそうだ。
その一方で、プロジェクトに参加する中で不安もあったという。普段の育成は、週に1度2時間ほどDiscordというアプリのビデオ通話機能を使って実施される。それ以外の時間にはLINEで質問を送るという形式だ。始めた当初は自分の疑問を言語化するのに苦戦することもあったという。特にLINEで質問する際に文章にして意図を正確に伝えることに苦労した。
最近は、育成担当のアニメーターが実際に描いてみせたり資料を送ってくれる中で、自身の成長を感じる部分も出てきたそうだ。「髪を靡かせるときに、3束に分けてそれぞれのタイミングをずらしたり」といった、動きを描くための知識も徐々に付いてきた。当面は「ちゃんと食べていけるレベルまで」作画力やパース感覚を全般的に上げていきたいという。将来は作画監督を目指したいそうだ。

最後にアニメファンとの交流について聞くと、5月に参加したアメリカのイベントの思い出を話してくれた。アニメーター支援機構として菅原さんらが毎年参加しているイベントで、原画ちゃんは今回が初参加だった。オンラインではなく実際にアメリカに行き、現地のアニメファンと交流する。原画ちゃんは自身が描いた作品をモニターに映しつつ、作画の手順について解説するコーナーを担当した。
イベント終わりにファンと通訳を交えて会話する機会にも恵まれた。話してみると相手のリアクションが明るく、作品制作の励みになったそうだ。「アニメファンと直接交流する機会はなかなか体験できないので、めちゃくちゃ楽しかったです」と振り返る。

 

あとがき

若手の技術力の底上げやアニメーター全体の待遇改善など、業界にはいまだ課題が山積している。その一方で、業界の危機感の高まりを受けて各方面で対策に向けた動きも見え始めている。2023年4月に設立された一般社団法人日本アニメフィルム文化連盟NAFCAでは、「アニメータースキル検定」をはじめとした人材育成事業を掲げている(22)。
アニメーター支援機構でも、ミュージックビデオの次の企画の準備が進んでいる。加えて、作品制作が終わった後にアニメーターに利益を還元する仕組みとして、オリジナル作品の原画をNFT化することもアイデアの1つとして挙げている。
冒頭で「アニメーターを夢のある職業にしたい」という菅原さんの言葉を取り上げたが、この言葉を実現していくためにはこうした業界内の動きに加えて、消費者であるアニメファンの意識が変わっていくことも重要ではないだろうか。エンドロールに流れてくるスタッフ一人一人の仕事なくしてアニメは成立しない。目の前の作品を純粋に楽しむことに加え、見る側が作品の生まれる過程や関わる人々にも関心を持つことが、業界の継続的な改善に繋がっていくはずだ。

 

参考文献・引用元一覧

(1)「平成30年度 文化庁 メディア芸術連携促進事業 研究プロジェクト アニメーター実態調査2019(抜粋)」、一般社団法人 日本アニメーター・演出協会、2019年、p5、https://www.soumu.go.jp/main_content/000618122.pdf
(2)「平成 30 年分 民間給与実態統計調査 -調査結果報告-」、国税庁 長官官房 企画課、2019年9月、P18、https://www.nta.go.jp/publication/statistics/kokuzeicho/minkan2018/pdf/001.pdf
(3)「2020年12月15日(火曜)労働政策フォーラム【事例報告】アニメーターの
働き方の課題」、船越 英之、2020年、p4、https://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20201215/resume/05-jirei-ajiado.pdf
(4)「アニメ業界の『働き方改革』シンポジウム」、埼玉県ホームページ、2022年12月1日、https://www.pref.saitama.lg.jp/a0815/a-h-symposium-result.html
(5)「アニメーターの働き方改革が始まる。『デジタル作画』がアニメ業界にもたらすものとは?」、デジタルハリウッド大学、https://www.dhw.ac.jp/faculty/anime/howtobe/
(6)長谷川雅弘、「特集研究ノート:アニメ制作費の決定プロセス:制作会社プロ
デューサーによる制作費算出と予算交渉」、The Japanese Journal of Animation Studies Vol. 23 No. 1、2022、https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjas/23/1/23_Rn-21-024-R4/_pdf
(7)「アニメ業界を目指すなら知っておきたい『製作委員会』のいま」、日テレ人材センタ―、2023年4月7日、https://ntvpc.co.jp/blog/4247
(8)「アニメーション産業に関する実態調査報告書」、公正取引委員会事務総局 、2009年、https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/cyosa/cyosa-ryutsu/h21/090123_files/090123houkokusyo01.pdf
(9)増田弘道、「製作委員会は悪なのか? アニメビジネス完全ガイド」、星海社新書、2020年
(10)「放送コンテンツ(アニメ含む)の適正な製作取引の推進に関する取組状況(論点整理)」、総務省、経済産業省、2018年、https://www.soumu.go.jp/main_content/000600927.pdf
(11)「アニメブームの影で、深刻な『人材不足』業界改善のための文化庁事業『あにめのたね』とは?」,マグミクス,2023年3月24日,https://news.yahoo.co.jp/sponsored/animenotane_230324.html
(12)松永伸太郎・永田大輔、「アニメ産業における労働者の定着指向とその構造的条件ーネットワーク型組織におけるインフォーマルなコミュニティに着目してー」、『社会学評論』 71 巻 3 号 p. 358-376、2020年、https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsr/71/3/71_358/_article/-char/ja/
(13)「アニメ業界団体『NAFCA』が設立!人手・スキル不足が深刻なアニメ制作現場のリアルを聞く」、Brand New Creativity、2023年8月30日、https://branc.jp/article/2023/08/30/712.html
(14)「アニメーション制作者実態調査2019」,一般社団法人日本アニメーター・演出協会,2019年11月,http://www.janica.jp/survey/survey2019Report.pdf
(15)「アニメーション制作者実態調査2015」,一般社団法人日本アニメーター・演出協会,2015年4月,http://www.janica.jp/survey/survey2015Report.pdf
(16)「事例報告 実態調査にみるアニメ制作従事者の働き方」,桶田大介,独立行政法人労働政策研究・研修機構,https://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20201215/houkoku/03_jirei1.html
(17)松永伸太郎、『アニメーターはどう働いているのか 集まって働くフリーランサーの労働社会学』、ナカニシヤ出版、2020年
(18)松永伸太郎・永田大輔、「アニメ産業における労働者の定着指向とその構造的条件 ネットワーク型組織におけるインフォーマルなコミュニティに着目して」、2020 年、『社会学評論 71 巻 3 号、 p. 358-376、https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsr/71/3/71_358/_article/-char/ja/
(19)東映アニメーション作画アカデミー、https://www.toei-anim.co.jp/academy/
(20)WIT STUDIO、「社員インタビュー」、https://www.witstudio.co.jp/recruit/2019/senpai.html
(21)「放送コンテンツ(アニメ含む)の適正な製作取引の推進 に関する取組状況」、総務省・経済産業省、2020年6月29日、https://www.chusho.meti.go.jp/keiei/torihiki/2020/200702torihikiwg04.pdf
(22)「アニメに未来があることを信じたい。 一般社団法人日本アニメフィルム文化連盟 設立のお知らせ」、PRTIMES、2023年5月19日、https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000121993.html