複雑怪奇な日米安保 
偏見を生みやすい「大きいイメージ」での報道


2019年9月、ゼミの研修旅行で沖縄県を訪れた。研修3日目には、宜野湾市の住宅地に隣接する米軍普天間基地の様子を基地の内外から見学する貴重な機会を得た。見学後、琉球大学を訪問し、『日米地位協定―在日米軍と「同盟」の70年』(注1)の著者である琉球大学専任講師・山本章子先生のゼミと合同ゼミを行った。私たち瀬川ゼミの学生らの質問を受けながら進行した山本先生の講義の内容を紹介する。(執筆=宮崎愛美。トップの写真は川野耀佑撮影。合同ゼミは2019年9月11日に実施)

 

講義は、「今回の研修旅行を通じて、疑問に思ったことや不思議に思ったこと、素朴に感じたことはありますか」という山本先生の問いかけから始まった(斜体字は瀬川ゼミ生の質問)。

 

沖縄県民にとっての米軍基地 地域と世代で異なる意識

—先ほど、普天間基地を近くの嘉数高台から見ていたら、地元に住んでいる方が、「オスプレイだよ」とおっしゃっていました。(基地の話題が)自然に生活の中に取り込まれているんだなと思いました。

嘉数高台の上空を飛ぶオスプレイ(撮影=河合遼)
米軍普天間基地の近くにある嘉数高台の上空を飛ぶオスプレイ(撮影=河合遼)

山本 みんな詳しいですよね。私もまだ、引っ越してきて7年くらいなのですが、地元の人が、「あれはね、窓がないから米軍の輸送機だよ」みたいなことを平気で言うわけですよ。生まれた時から基地と共にあって見慣れていて、それが自然になっているというのも一つの側面。もちろん、世代によります。住んでいるところにもよるわけですよ。場所によって見ているものが違う。見えるものが違う。

だから今、普天間飛行場を辺野古に返還するという話で、反対している人たちが心配しているのは、基地が人口密集地帯からなくなると見えなくなっちゃうということですね。過疎地に基地が集中すると、那覇や宜野湾などの人口密集地帯の人たちが基地のことを意識しないで生活できるようになる。学校も企業もたくさんあって、これからどんどん観光客も増える地域が、基地がなくなって発展するのは、すごく良いことです。だけど、沖縄のなかでも、基地に苦しんでいる人たちと、基地のことを忘れて経済的に豊かになっていく人たちに分かれるのは果たして良いことなのかという問題があり、それで反対しているというのがあるんですね。

やはり、何回選挙やっても辺野古移設に反対する政治家が当選してくる背景には、沖縄のなかで、豊かで基地のない地域と貧しくて基地のある地域に分かれるのは、沖縄という一つの島を二つに分けるようなことで良くないと考えている人が多いということではないかと私は思います。

 

「10代20代の約半数は辺野古移設賛成」

—私たちと同世代の若者は、基地問題に対してどのような考えを持っているのでしょうか。

山本 統計で言うと、10代20代の約半数が、辺野古移設賛成といった数字が出てきます。ただ、この10代20代をどのように捉えるかという問題があります。まず、沖縄は大学進学率が39%しかありません。進学しない人は働くわけですが、沖縄には企業があまりありません。製造業が発展してない地域なので、公務員、銀行、電力会社が主な就職先なのですが、高卒の人たちが、公務員や銀行員というのはなかなか難しいですよね。高卒の人たちは、季節労働といって名古屋の方に行って、自動車関連の仕事で一定期間行って帰ってきたりします。後は、土建・建設業が多いです。建設業はだいたい辺野古移設に賛成している企業が多いです。全部ではないけれど、建設業者のなかには、仕事をもらえるいう理由で(米軍基地に)賛成している人が多いです。建設業で働いていて、組織ぐるみの選挙運動で、「次自民党に入れろよ」と言われて、上司が言っているからとりあえず投票するという人も多いわけです。10代20代の半分が辺野古移設に賛成というのは、必ずしも、思想的なものだけではないですね。働いていて、会社が言うからというところも一面ではあります。

琉球大学(以下、琉大)では、統計を取ると、実は半分は賛成です。私は沖縄国際大学(以下、沖国大)でも教えているのですが、沖国大でも6割は賛成です。琉大と沖国大は、近くに普天間基地があるので、普天間基地が早くなくなってほしいって思い易いのは、傾向としてあります。それもありますが、賛成が多い理由を聞いたら、「もう止められないから。だったら、早く移設してほしい」という学生は多いです。

 

—沖縄県民にとって、米軍基地とは、どういうイメージなのでしょうか。

山本 沖縄に限らず、横須賀とかでもやっているんだけど、定期的にフェスをして、フライトラインショーをやったりしています。だから、意外と、基地を見たら震えがくるとか反射的に石を投げつけたくなるといったことはないですよね。暮らしのなかにあると言うか。これは、世代関係なくて、占領期に育った現在の50代の人でも、だいたい親御さんが米軍基地関係の仕事をしているから、その従業員の特権で、米軍のゴルフ場のなかのレストランのバッフェに連れていってもらったとか、輝かしい思い出として残っているみたいですよ。当時、沖縄には食べ放題がなかったから、夢の場所だったんですよ。大人は、そのバッフェの隣にスロットマシーンがあって、それをやるのが楽しみだったみたい。だから、基地というのは、占領期を経験している人たちから言うと、憎しみの場所であると同時にその豊かさの象徴であったりして、切り離せない存在。憎しみもあるけど、憧れもある。反対をしているけど、米軍の人たちとも交流がある。だから、簡単に賛成反対で切って割れるものではないようです。

 

対等に交渉しづらい「日米安保」の特殊な構造

—山本先生は、著書で「日米安保を支持する立場だが、民主主義のなかで国民の関知しない『密約』に従った日米地位協定の運用を行うことは、条約と協定の正当性を著しく損なうものであり、非常に問題がある」(注2)と書かれています。この部分について詳しく教えてください。

山本 安保に問題がないとは思っていません。日米安保というのは、占領期の名残なわけですよ。日本が敗戦して占領されて独立するときに、米軍が、その日本の安全のためではなく、冷戦というソ連との世界的な戦争を戦うために基地が必要だから、日米安保条約を結んだわけですね。

NATO(北大西洋条約機構)とかフィリピンでは、アメリカとの間で、同盟のための「条約」と米軍の基地を自分の国に受け入れますという「協定」の2種類があります。二つは別物なんですよ。でも、日本は違うんです。もっと言うと、日本だけでなく、韓国もそうなんだけど。日本や韓国の場合は、一つしかない。そうすると、米軍基地が日本から撤退すると同盟条約もなくなるという作りになっているんですよ。それで、「米軍出ていけ」というと同盟解消ということになるので言いにくいというのが、日本政府の論理としてあるから、なかなか対等な交渉ができない。基地協定である日米地位協定の改訂とか、米軍機が事故を起こしたからその飛行を停止しろとか、いろいろ要求しづらい。米軍に「日本から出ていく」と言われたらどうしようという根本的な恐怖が拭えないような安保条約の作りになっているんですね。韓国も一緒です。韓国だと米韓相互防衛条約があって、日本は日米安全保障条約があって、これが基地協定オンリーなものだから二つに分かれていないから、交渉しづらい。

これが日米安保の問題です。日米安保にはこういう問題があるのですが、私が本の中で日米安保が必要と言った理由は、非常に単純なことです。日本は今、敵が多いんですよね。日本の外交が、アメリカとばかりくっついてロシアとは北方領土問題でずっと対立している。中国とも尖閣でもめている。北朝鮮とも拉致問題、韓国とも歴史認識でもめている。日本は、アメリカ以外に味方がいないような外交状況だから日米安保を廃棄するというのは、できないよねっていう、それだけですよね。私が本で言っているのは。

日米安保が素晴らしいから結ぶべきだとか維持するべきだとかという話ではなくて、現実問題として、日本の外交が下手で、近隣諸国をみんな敵に回しているから、もうアメリカしか味方がいないんだったら、同盟関係を破棄するわけにはいかないよねっていう、それだけです。良いとか悪いとかじゃなくて。

 

「岸内閣打倒」で見えなくなった日米地位協定の中身の議論

—著書では、「日米地位協定とともに日米両政府が取り交わした、日米地位協定合意議事録を撤廃するという方法がある」(注3)と提示されています。しかし、それを破棄したとしても、合意議事録と同じようなものが締結されてしまって意味がないんじゃないかなって考えたのですが、どう思いますか

山本 日米地位協定というのは裏に色々密約があります。地位協定の本文に書いてない裏マニュアルが色々あるわけですよ。それが、合意議事録です。その裏マニュアルに従うと、沖国大にヘリが落ちた時に、フェンスを乗り越えて大学内に米軍の皆さんがなだれ込んできて大学を封鎖して1週間誰も入れない状態にしてしまうようなことが起きる。日米地位協定には、そんなことができるなんて書いていません。でも、なんでできたのかというと合意議事録という裏マニュアルがあったから。でも、問題があるから何もしなくていいってことにはならない。何かしなくちゃいけない。合意議事録を破棄しても別の形の密約とか裏マニュアルができる可能性はあるんだけど、それを止めるのは本当に民主主義の力なんですよね。1960年に日米地位協定ができた時に合意議事録ができたことは知られなかった。何で知られなかったのかというと、報道されなかった。なんで報道されなかったかというと、国会で一切議論がなかった。何で国会で議論がなかったかというと、岸信介首相退陣要求に忙しかったんですよ。だから、岸内閣打倒以外のことに頭がいかなくなったんですよ。1960年に日米安保条約の改訂と日米地位協定の調印をするときには。今もそうなんだけど、安倍打倒とかそういう風にいくと、それ以外のことが見えなくなくなってしまう可能性は同じようにありますよね。

一つのテーマに絞って政治をすると味方を増やしやすい。だから、みんなが合意しやすいテーマで一点突破するわけですよ。1960年はそれが岸退陣だった。岸信介首相辞めさせるってことで色々な政治勢力が力を合わせてデモをやったりとか国会で座り込みやったりしていたら、日米地位協定の中身の議論がどこかに行ってしまったんですよ。だから、日米地位協定の議論をこれから全国的にすることがあった時には難しい。

 

分かりやすく伝えることの危うさ

日米地位協定は複雑怪奇なんです。これをわかりやすく政治の場で議論をするのは大変なことですよ。どうするか。単純化しないと政治の議論はできない。だから、今の政治家は地位協定改定、もうこれだけ。この間沖縄で参議院選挙がありましたが、全部の候補者が地位協定の改定と言っているわけですよ。具体的に日米地位協定の何を変えますかという議論については、政治家は誰も何も言っていなくて。ただ地位協定改定。簡単には説明できないから。沖縄県はもう少し説明していますよ。沖縄県の他国地位協定報告書(注4)というのがあり、今、沖縄県のホームページで見ることができます。沖縄県はもっとクリアです。米軍に日本の国内法を適用しろと。国内法を適応したらオスプレイは深夜早朝飛べない。低空飛行ができない。沖国大にヘリが落ちたときに大学の中を米軍が封鎖することもできない。これだとわかりやすいですよね。だから、政治は、分かりやすく伝えないと人の支持が集められないということにジレンマがあって、そうするとこういう分かりにくい協定の話はやりにくい。

報道も同じです。物事を分かりやすく伝えようとするときに、どこをクローズアップするかという問題がある。例えば、「沖縄は反基地」のような分かりやすいメッセージを全国に届けると、それ以外の沖縄が見えなくなって偏見が生まれてくる訳です。沖縄の人ってイデオロギー的に左翼だから米軍に反対しているんでしょみたいな。そうじゃないのに。

暮らしていてうるさいとか、同じ沖縄のなかで米軍が集中する地域とそうじゃない地域があるのはおかしいとか、全国と比べてあまりにも沖縄に多すぎるとか、暮らしの実感で言っていることが全部イデオロギーみたいになってしまう。わかりやすく伝えようとする報道のあまりに。

 

必要なのは「小さいイメージ」の報道

地元の報道は、もう少しバラエティがあって、わかりやすさというのを分解していくわけです。そうすると、地元の報道のいいところは、一人の人間の心の生の感情みたいなものに迫っていくところです。例えば、高江区長に注目する。高江区に米軍のヘリパッドができる。できると騒音がある。だけど、過疎地帯で、嫌って言っても聞いてもらえないから、せめて迷惑料は受け取りたい。でも、迷惑料を受け取ったら右の人からは賛成したと言われて、左の人からは裏切り者と言われるみたいな。高江区長がどういうことで日々悩んでいるのか。(地元メディアは)個人、一人の人間にイメージをどんどん迫っていくわけですよ。これは人間を報道するということなんですよ。「大きいイメージ」はどうしてもイデオロギー的になってしまう。そうすると、沖縄はイデオロギー的に偏向しているみたいな話になってしまう。「小さいイメージ」の方で報道をやっていくと、人間の生き様みたいなものが報道されるようになって、理解がすごく豊かになるんじゃないかなと思います。

 

(注1)山本章子著『日米地位協定―在日米軍と「同盟」の70年』中央公論新社、2019年

(注2)同上p.214より引用

(注3)同上p.210より引用

(注4)沖縄県公式HP「地位協定ポータルサイト」に掲載 2020年2月7日最終閲覧日

https://www.pref.okinawa.jp/site/chijiko/kichitai/sofa/index.html

山本章子(やまもと あきこ)先生  北海道生まれ。一橋大学法学部卒業。編集者を経て、2015年一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。博士(社会学)。18年より琉球大学専任講師。専攻・国際政治史。著書に『日米地位協定-在日米軍と「同盟」の70年』 (中公新書)、『米国と日米安保条約改定――沖縄・基地・同盟』(吉田書店,2017年.日本防衛学会猪木正道賞奨励賞受賞)など。