日本におけるベトナム寺院 求められる役割とは


 

プロローグ

本厚木駅からバスに揺られること1時間、本厚木駅周辺の賑やかな雰囲気は消え、自然が多く残るのどかな風景が広がる。バスを降り、川沿いの閑静な住宅街を進むとオレンジの屋根と黄色の外壁を持つ独特な見た目の建物が見えてくる。さらに近づくと屋根や階段の横の龍の装飾や外国語の看板が目に飛び込んでくる。看板には「Chùa Việt Nam (チュア・ベトナム、ベトナム語でベトナム寺の意)」と記されている。この看板にある通り、この建物は神奈川県愛川郡に存在するベトナム式の仏教寺院である。日本にはこのようなベトナム寺院が複数存在する。取材当時は11ヶ所存在していたが、現在も建設中のものがあり、これからも増加していくと思われる。これらの中にはベトナムにある寺院をそのまま移築してきたような姿の寺院もある。今回訪れた愛川郡のチュア・ベトナムもそのような異国情緒溢れる寺院の一つである。日曜日になると多くの在日ベトナム人が参拝に訪れる姿が見られ、時より念仏も聞こえる。

私は高校時代にベトナム・ハノイで暮らしていた時期がある。当時は毎朝学校に通うスクールバスの中から多くの通勤前のベトナム人が寺院を参拝している風景を目にしていた。神社仏閣を訪れることが趣味である私は現地の寺院をめぐることもあったが、大抵の寺院は境内が丁寧に手入れされており、混沌とした街中とは全く異なる雰囲気を持っていた。お堂の中では所狭しと並ぶ仏像や供物の量に度肝を抜かれたものである。スクールバスやタクシーに乗ると必ずと言っていいほど仏像やお守りが車内のダッシュボードなどに取り付けてあったため、「ベトナムには信心深い人々が多いのだな」と感じたことをよく覚えている。

 

日本に帰国後、技能実習制度の問題などがメディアで取り上げられる中で、ベトナム人が管理するベトナム寺院が日本に存在することを知った。私はすぐにこれらのベトナム寺院に関心を持つようになった。しかし、同時に多くの疑問が浮かび上がってきた。ベトナムは東南アジアでは珍しく、日本と同様、大乗仏教が主流の国である。なぜ大乗仏教の寺院が既に多く存在する日本にあえてベトナム式の寺院を建立するのだろうか。日本の大乗仏教の寺院では代わりにはならないのだろうか。もしかすると礼拝所としての役割だけではなく、他にも在日ベトナム人にとって重要な意味を持つのではないか。

本ルポルタージュでは「日本におけるベトナム寺院は大乗仏教の礼拝所という役割以外に、ベトナム人僧侶が在日ベトナム人労働者の物質的、並びに精神的なサポートを行う役割を持っており、在日ベトナム人の駆け込み寺としての機能を有している」との仮説を設定し、ベトナム寺院や在日ベトナム人へのインタビューを通してその仮説を検証していく。

(取材・文=岡慧、写真=参拝者撮影、岡慧)

トップの写真は、取材した神奈川県相川町のチュア・ベトナム。(撮影=岡慧)

第1章 ベトナム人と仏教

 

  • 日本におけるベトナム人

 

ベトナムは数々の戦争を経験してきた国の一つであるが、その中でも広く知られているのがベトナム戦争である。ベトナム戦争では共産主義陣営の北ベトナムと資本主義陣営の南ベトナムの間で戦闘が行われていた。最終的には北ベトナムが勝利を収め、ベトナム戦争終結後には南ベトナム側で戦っていた人々は政治的な迫害を受けることとなった。その影響により、日本にも多くのベトナム人が移住した。「ベトナム戦争中、そして、戦後の 混乱のなか、日本に逃れてきた人々」(渋谷、2020、p.135)はベトナム難民と呼ばれる。ベトナム難民以降もベトナム人の来日は続いた。近年では多くのベトナム人が技能実習生や留学生、エンジニアとして来日している。2021年12月時点で日本に在留しているベトナム人の総数は432,934人(出入国在留管理庁)であり、在日外国人の中では2番目の人口である。新型コロナウイルスの影響などで近年は減少しつつあるものの、長期的には現在もその人口は増加傾向にあり、引き続き強い存在感を見せている(図1参照)。特に、技能実習生や留学生以外の資格で来日するベトナム人はその数を増やしている。在日ベトナム人に日本語を教える活動を行っているNPO法人Lotus Works代表の清水隆子さんは技能実習生以外の形で来日する生徒が増えていると話す。現在、清水さんのNPO法人ではエンジニアとして来日するベトナム人が増加しているという。また、中には技能実習から特定技能に移行する人も見られるようだ。技能実習と特定技能の違いは端的に示すと就労資格であるか否か、である。技能実習生には職業を選択する権利はない。技能実習はその名の通り「実習」であり、就労とはみなされないからである。一方、特定技能は就労資格である。特定技能に移行することで転職する事が可能になる。さらに、特定技能であれば、日本での永住権を獲得する可能性や配偶者や子供とともに日本で暮らす事ができる可能性も開ける。技能実習から特定技能に移行するためには一定レベルの日本語力が求められるため、日本語を学ぶベトナム人が多いことも頷ける。

図1: 在日ベトナム人 人口推移 (出入国在留管理庁のデータをもとに岡慧作成)
図1: 在日ベトナム人 人口推移 (出入国在留管理庁のデータをもとに岡慧作成)

日本で暮らすベトナム人が増加するにつれ、彼らのコミュニティの形成も見られるようになっている。在日ベトナム人によるベトナム人コミュニティの形成はさまざまな場所で見られる。代表的なものには東京都豊島区や兵庫県神戸市などのものが含まれ、それらのコミュニティではベトナム料理店などが散見される。日本におけるベトナム人コミュニティにはインターネット上で見られるものも多い。実際にFacebookなどを見てみると、在日ベトナム人同士でグループを作成し、情報交換を行っていることが見られる。FacebookなどでBộ đội(ベトナム語で兵士の意)と検索すると失踪したベトナム人技能実習生などが参加するグループが散見され、商品の売買や仕事の斡旋などの活動が行われている。このように、在日ベトナム人コミュニティは様々な形で存在し、活発な活動が見られる。

 

  • ベトナム人と仏教の関わり

 

ベトナムで最も広く信仰されている宗教は仏教であるとされる。ベトナムは現在も社会主義国家であるため、宗教については様々なデータが錯綜し、はっきりしたことは分からない。しかし、実際にベトナムを訪れるとあらゆる場所に仏教に関連した様々なものがある。例えば、ベトナムの街や村を歩いていると、必ずと言ってもいいほど仏教寺院を目にする。タクシーに乗れば、ダッシュボードやタクシーメーターの横に観音像や布袋像が鎮座し、バックミラーから仏教のお守りがぶら下がっていることがほとんどだ。商店に入っても壁に仏教関連の絵画がかかっていることが多い。ベトナムにおける仏教徒の多さが最もよく分かる時期がテト(旧正月)である。多くのベトナム人はテトに寺院を参拝する。これらのことから仏教が多くの人々にとって身近な存在であることが伺われる。興味深いことにベトナムの仏教で主流とされるのは大乗仏教である。タイやカンボジアといった多くの東南アジアの国々では出家して悟りを開く者だけが救済されると説く上座部仏教が主流である。一方、ベトナムでは日本や中国と同様に、誰でも悟りを開き成仏することができると説く大乗仏教が広く信仰されている。従って、基本的には日本で信仰されている仏教と非常に類似していると言うことができる。しかし、「ベトナムにおいて、佛教は民間信仰と混交した形で浸透していった」(末成、2012, p.580)ため、ベトナムにおける仏教は道教や儒教と融合している部分も見られ、日本の大乗仏教と完全に同じであるわけではない。よってベトナムでは仏教寺院に道教の神々が祀られていることや、孔子像が安置されていることがしばしばある。ベトナムの寺院のお堂の中に並ぶ仏像もどこか日本とは異なる趣を持つものが多い。建物に関してもベトナムにおける寺院は日本の寺院とは大きく異なる姿である。屋根に竜の装飾が施されるなど、中国風の建物が多く、レンガが使われているような建物も見られる。堂内では漆が塗られた柱などが多く見られ、中国の影響が色濃く現れている。ただし、建物や仏像の趣が違えど、大乗仏教の教義は基本的に同じである。

 

第2章 日本のベトナム寺院

 

  • ベトナム寺院とは

ベトナム寺院とはその名が示す通り、ベトナム様式の寺院である。日本では近年、主に地方の都市部においてベトナム寺院の建設が見られるようになっている。日本のベトナム寺院は仏教寺院であるが、ベトナムの仏教を信仰する場であるため、日本の仏教寺院とは異なる趣を持っている場合が多い。これらのベトナム寺院には日本の寺院の居抜きや民家を改造した形で運営している場所もあるが、実際にベトナムで見られる寺院と同様の見た目の建物を建設して運営している場所もある。

ベトナム寺院では宗教的な儀式以外にも様々な活動が行われている。静岡県浜松市で技能実習生として働くドーティ・チャムさんはベトナム寺院で炊き出しのボランティアに参加した経験があるという。取材当時、浜松には建設中のベトナム寺院が存在していた。そこではコロナ禍の中で失業したベトナム人労働者の支援のための炊き出しなどの活動が行われていると話す。また、ベトナムに帰るための資金がないなどの理由により、困っているベトナム人が大勢おり、寺院で寝泊まりしている人々もいるという。ベトナム寺院は信仰の場としてだけではなく、行き場を失った人々の受け皿として重要な役割を果たしているということが垣間見える。このことから、ベトナムの仏教寺院と同様、日本におけるベトナム寺院は信仰の場としての機能だけではなく、その他の様々な役目を果たしていると考えることができる。実際に日本のベトナム寺院がどのような役割を果たしているのかを確かめるため、ベトナム寺院に赴いてお話を伺う機会を得ることができた。

 

  • 日本のベトナム寺院を訪れて

 

今回私は神奈川県愛川町に存在するチュア・ベトナム (Chùa Việt Nam:ベトナム語でベトナム寺の意)で取材をさせていただく機会を得た。チュア・ベトナム は日本で最初に建立されたベトナム寺院である。

取材のために寺院に着くと平日だったこともあり、境内はしんと静まり返っていた。本堂の横の木にスピーカーが設置されていたようで、念仏のようなものが静かに流れている。しかし、それ以外には川が流れる音しかしない。人の気配もないので奥の食堂の方に向かうと僧侶の一人と窓越しに目が合った。取材の旨を伝えると、この僧侶は食堂から出てきて私を笑顔で出迎え、本堂の建物の中へと案内してくれた。思っていたよりも長身のこの僧侶はタアイ・アン師という名前で、ベトナム式の僧衣を身に纏っている。目の前にある光景だけをみるとベトナムを旅行しているのではないか、と錯覚してしまう。通された部屋の中には外国風の多くの腕を持つ仏像が安置され、厳かな雰囲気が漂っていたが、どこか家にいるような、ほっとする感覚を覚えた。部屋の中の垂れ幕や本、さらにはカレンダーまで全てベトナム語で記されている。ずっとそこに座っていると日本にいるということをつい忘れてしまいそうになる。

しばらくタアイ・アン師とたわいもない話をしていると最初の僧侶と同様のベトナム式の僧衣で尼僧が現れた。優しい笑顔が印象的なこの尼僧は今回のインタビューを快諾してくれたチィック・ヌー・ジオイ・バオ Ven. nun(Ven. nun は尊師の意、以降ジオイ・バオ師と表記する)である。ジオイ・バオ師は27年前に仏門に入り、ミャンマーやタイで仏教の研究をした。2018年に来日し、現在に至るまで愛川町のチュア・ベトナムを管理している。なお、インタビューは英語で行われたため、以下に記すジオイ・バオ師の言葉は全て英語を日本語に翻訳したものである。

画像1. Chùa Việt Namの内部。インタビューはこの部屋で行われた。本堂はこの上の階にある。(撮影:岡慧)
画像1. Chùa Việt Namの内部。インタビューはこの部屋で行われた。本堂はこの上の階にある。(撮影:岡慧)

この寺院は当初ティク・ミン・トゥエン師という僧侶が日本にベトナム人コミュニティのための寺院がないことを案じ、建立したものだという。この寺院の立地がベトナムの風景とどこか似ているように感じたということをお話ししたところ、ジオイ・バオ 師は、この地が寺院の立地として選ばれた背景について詳しくお話ししてくれた。「師(トゥエン師)がベトナム寺院を建てるための場所を探していた際、ここを訪れました。その際、師にはこの場所がとても心地よく感じられたのです。」さらに、もう一つ、この場所とトゥエン師のご縁が伺えるというエピソードを教えてくれた。「師の名前の中には川を意味する語が含まれていたので、横に流れている川にも自分とのつながりを感じたそうです。」このような背景から師は愛川のこの地に寺院を建立することを決意するに至ったのだという。今ではベトナム寺院は日本に11件存在するというが、トゥエン師が日本にベトナム式の仏教寺院を建立するという強い意志を持つことがなければこのような寺院が日本に立つことはなかったのである。

 

  • チュア・ベトナムの役割

それではこのベトナム寺院はどのような役割を果たしているのだろうか。まずはなぜ大乗仏教が主流の日本で同じく大乗仏教のベトナム式の寺院をわざわざ建立したのか、という点についてお話を伺った。これについてジオイ・バオ師は建物の外観に触れながら答えてくれた。Chùa Việt Namは在日ベトナム人が故郷のことを思い出すことができる場所なのだという。「この建物には龍がついていたり、黄色い壁があったりします。日本のお寺とは異なります。ここを訪れるベトナム人はこの建物を見て故郷を思い出すんです。」確かに、このベトナム寺院の建物は日本の寺院のそれとは全く異なる。外壁は黄色に塗られ、門にはベトナム語の文字が並ぶ。屋根や階段には龍の装飾まで施されている。この建物の敷地はベトナムの雰囲気そのものである。日本に住み、なかなか故郷に帰る機会を得ることができないベトナム人にとってここは母国に残してきた家族のことなどを思い出すことができる場所なのだ。ただ、ここで一点気になるのがどこから莫大な建設費や管理費が捻出されているのかという点である。費用について、ジオイ・バオ師は「私のマスターが生きていた時、様々な国々を訪れ、アメリカ、フランスやドイツなどのヨーロッパの国々、オーストラリアなどのベトナム人コミュニティでお金を集めるための活動をしました。」と答える。つまり、世界中のベトナム人コミュニティからの寄付で建立されているそうだ。

それではどのような人々がこのベトナム寺院を訪れるのだろうか。ベトナムでは神仏への祈りを捧げる人々や夫婦間の問題、人生の問題に関する相談を行う人々が多いというが、日本のベトナム寺院でも同様なのだろうか。ジオイ・バオ師に詳しくお話を伺ったところ、非常に興味深い回答をいただいた。

日本のベトナム寺院の役割にはベトナムでの仏教寺院の役割と同様のものが含まれる。ベトナムと同様、夫婦や祈りを捧げにくるベトナム人が訪れることも多いという。また、瞑想を通して心のコントロールを行うためのサポートを行うこともベトナム寺院の役割だという。ジオイ・バオ師は瞑想で自分の心をコントロールすることの重要性を強調する。実際に、不眠で悩んでいた男性が瞑想を通して不眠の症状を改善することができたケースもあるという。この男性は病院で治療を受けたものの、1年間症状が改善しなかったそうだ。しかし、瞑想を続けると症状が改善し、その後病院で検査をした際も確かに症状が改善していることが医学的に分かったという。

一方で日本のベトナム寺院ならではの参拝客も存在する。一つ目の例は祖国や、そこに残してきた家族のことを思い出すために訪れる在日ベトナム人のケースである。例えば、日本の企業で働くベトナム人を連れて彼らの日本人の上司が訪れることもあるという。「日本企業で働くベトナム人が上司と一緒に来る事があります。」日本で働くベトナム人が何年間も祖国に帰ることができないことは決して珍しくない。そのため、日本人の上司がベトナム人の従業員をベトナム寺院へ引き連れ、故郷の家族に思いを馳せる機会を提供しているのだという。二つ目の例はベトナム人と日本人の夫婦のケースがある。「多くの日本人がベトナム人と結婚しています。」三つ目は日本とベトナムの文化交流を目的とする日本人のケースである。大学の教授が学生を訪れる場合もあるそうだ。ジオイ・バオ師は「二ヶ月前、東海大学の先生と学生たちが私のもとへへインタビューのためにいらっしゃいました。私は瞑想の方法を彼らに教え、一緒に実践しました。」と話す。このこともあり、現在ジオイ・バオ師は日本語での瞑想教室を開催することを考えているという。さらに、最近では愛川のベトナム寺院はNHKをはじめとするさまざまなメディアへの露出が増加していることから、観光客のような形で訪れる日本人も多い。「このお寺はテレビなどに出たので有名になっています。日本人の参拝客もよく来ます。」これらのことからベトナム寺院の役割には祈りの場、故郷に思いを馳せる場、ベトナム文化の発信地としてのものなどが含まれることがわかる。しかし、ジオイ・バオ師はベトナム寺院はこれらのような直接的な役割だけではないと言う。

ベトナム寺院ではお祭りや瞑想会などのイベントが開かれる。その際、多くのベトナム人参拝客が集まる。彼らはこの寺院でさまざまな情報を交換するという。例えば仕事に関する情報である。どのような仕事の募集があるのかといった情報を交換することで、ベトナム寺院は在日ベトナム人たちの情報交換コミュニティのハブとしての役目も担っているのだ。参拝者の方々にお話を伺うことが可能か聞くと、ジオイ・バオ師は「参拝者に話を聞くなら日曜日に来るといいですよ。」と答えてくれた。日曜日に多くのベトナム人参拝客が訪れるようだ。

画像2. Chùa Việt Namの内部。インタビューはこの部屋で行われた。本堂はこの上の階にある。
画像2. Chùa Việt Namの内部。インタビューはこの部屋で行われた。本堂はこの上の階にある。(撮影:岡慧)
  • 第3章 在日ベトナム人参拝客から見たベトナム寺院

 

実際にチュア・ベトナムに参拝するベトナム人にとってこの寺院はどのような役割を担っているのだろうか。ジオイ・バオ師のアドバイスの通り、日曜日に改めてベトナム寺院を訪ね、ベトナム人参拝客の方々にお話を伺った。今回私が訪れたのは瞑想会が行われていた日で、私は昼食の時間に参拝者の人々にお話を伺うことができた。

 

まず昼食前にお話を伺ったのは来日して11年になるというアンさんだ。アンさんは東京農工大学で助教を務めている。アンさんとのインタビューは英語で行われたため、ここではアンさんの言葉は和訳したものを記載する。最初にチュア・ベトナムを訪れた理由はベトナム式の仏教寺院を探していたからだという。「日本では寺院に行くチャンスがあまりありません。しかし、2018年にベトナム寺院を探してここを見つけたんです。ここのお坊さんと話したらとてもフレンドリーでここに頻繁に来るようになりました。家からここまでは結構遠く、当時は車も持っていなかったので電車で2時間半から3時間かけてここに通っていました。」それでも当時は毎週日曜日にこのベトナム寺院に通っていたそうだ。「ここに来るとたくさんのベトナム人の友人を作る事ができました。」ここに来るとコミュニティとつながる事ができ、リラックスできるのだという。「今まで会ったこともなく、恋しく思った事がない人々でも、ここに来るとずっと会いたかった人のように感じるんです。」アンさんは現在川崎市に住んでおり、この寺院は決して近くにあるわけではない。しかし、結婚して子供ができた今でも毎週とは行かないもののこの寺院をよく訪れるそうだ。実はアンさん夫妻にとってこの寺院は特別な場所なのだという。チュア・ベトナムは夫妻が結婚式を挙げた場所でもあり、たくさんの思い出が詰まっている。夫妻の子供も寺院の立地に因んだ名前にしたのだと教えてくれた。

 

ジオイ・バオ師によるとアンさん夫妻のように遠方からこの寺院を訪れるベトナム人は少なくないのだという。お正月などの時期には東北などの場所からわざわざ訪れるベトナム人参拝客もいるらしい。在日ベトナム人は日本中に散らばっている。ベトナム寺院の数は着実に増加しているものの、近くにベトナム寺院が存在しない場所で暮らす在日ベトナム人の多さがチュア・ベトナムの参拝者数に表れているようだ。

画像4: チュア・ベトナムの僧侶と参拝者の方々(後列中央右:チィック・ヌー・ジオイ・バオ師、後列中央左タアイ・アン師)
画像4: チュア・ベトナムの僧侶と参拝者の方々(後列中央右:チィック・ヌー・ジオイ・バオ師、後列中央左タアイ・アン師)(撮影:参拝者)

その後、昼食の時間となり、寺院の本堂の裏にあるプレハブの食堂に通していただいた。食堂は非常に大きな空間で、正面にはベトナム式の祭壇に仏像が安置されている。この広い空間の中にベトナム人参拝客23名が2列に並べられたテーブルに沿って座布団の上に座っている。テーブルには精進料理が並んでいる。肉の炒め物のように見えるものも豆腐で作ったものらしい。飲み物としてチェー(お汁粉のおようなもの)が出されていた。最初は賑やかだったが、正面の祭壇の前にチュア・ベトナムの僧侶二名が座ると急に静まり返った。食事の前のお祈りをするのだという。僧侶たちが念仏を唱えはじめるとこれに合わせてベトナム人の参拝者も念仏を唱える。先程の賑やかな雰囲気とうって変わって厳かな雰囲気が漂う。改めてここが仏教寺院であることを強く認識させられる。食事前のお祈りが終わると参拝客が食事を食べ始める。

 

続いてお話を伺ったのはリーさんである。リーさんは一見すると親しみやすい近所のジャンパーを着たおじさん、といった風貌の持ち主であるが実は波瀾万丈な人生を送ってきた人物である。リーさんは38年前にサイゴン(現ホーチミン)からベトナム難民として来日した。日本語が全く理解できない状態から日本での生活を始めたという。現在は建設機械の貿易業をはじめ、その場にいた別のベトナム人によれば、”Very successful” になったのだという。リーさん自身はこの寺院で手伝いをした際にチュア・ベトナムについて知ったそうだ。「手伝いをね、色々やって。あとはリフォーム、家とか、音の関係とか。」リーさんは今まで様々な部分でこのお寺に貢献してきたようだ。食堂のスピーカーも自分が担当したと笑顔で誇らしげに語ってくれた。「僕は、専門が音。スピーカーとかビデオとか。」チュア・ベトナムにはお祈りなどのために日曜日に多くの人々が集まる。リーさんはその際にご飯を作ったり、寺院の音響機器に関連する仕事を引き受けたりなど、さまざまな活動をしている。リーさんにとってこの寺院での活動は生きがいの一つとなっているのかもしれない。取材当時、食堂には23名が集まっていたため、いつもこのくらいの人数が集まるのか伺うと、「もっともっと。今日は少ない。」と教えてくれた。取材の2週間前には350人が集まっていたと教えてくれた。お正月には1,000人集まることもあるという。その際は道路にまで人が溢れるのだそうだ。

 

次にお話を伺ったのはホーチミンから来日して一ヶ月のカンさんである。ベトナムにいる時から日本を勉強していたと言うだけあり、来日して一ヶ月とは思えないほど日本語が上手だ。チュア・ベトナムについては奥さんから聞いたと話してくれた。毎週日曜日に通っているという。チュア・ベトナムに毎週通う理由を伺うと、奥様と共に同じベトナム人に会う事ができると「心が安心」するのだ教えてくれた。やはりベトナム寺院は仏教寺院としての役割もさることながら、ベトナム人同士の繋がりを作ることができる場所としての意義が大きいようだ。

 

近くに座っていた参拝客にもベトナム寺院を訪れる理由についてお話を伺った。

 

食堂で近くの席に座っていたAさん(匿名希望)は日本に移住して35年になる。日本語の自信がなかったため、周りにいた他の参拝客の通訳も交えながらインタビューをした。15年ほど毎週日曜日にチュア・ベトナムに通っているそうだ。家族で日曜日にお祈りのために寺院を訪れるのだという。他の多くの参拝者と同様、チュア・ベトナムには毎週日曜日に通っている。チュア・ベトナムに来る理由として家族の健康や無事を祈ることや行事への参加、そして他のベトナム人たちに会って安心を得るためだという。「心の安心とか、無事の祈り、家族の健康とか、元気とか、行事とか」と話してくれた。

 

参拝者へのインタビューを通して分かったことはベトナム寺院へ毎週日曜日に通う参拝者が多いということ、そしてベトナム寺院を訪れる最も重要な理由の一つは他のベトナム人と会うことであるということも分かった。人々は他のベトナム人と会うことで得ることができる安心感を求めてチュア・ベトナムを訪れるのだ。また、参拝者の多くが遠方からでも頻繁にチュア・ベトナムを参拝するということは非常に興味深かった。もちろん、祈りを捧げるという目的もあるが、日本という異国の地で生活する在日ベトナム人にとって、日本で暮らす他のベトナム人と会うことには非常に大きな意義があるのだという事がお話を伺うたびにひしひしと伝わってきた。一方、駆け込み寺であるという側面は確認できなかった。技能実習生や困窮した在日ベトナム人の駆け込み寺の存在は時よりニュースなどで耳にすることもあるが、チュア・ベトナムでは研究者のアンさんやビジネスマンリーさんといった、安定した職業についた在日ベトナム人の方々に出会った。結果的に技能実習生や寺院に身を寄せて生活する困窮した在日ベトナム人に会うこともなかった。ジオイ・バオ師によるとベトナム寺院の役割には困窮したベトナム人を支援するという側面もあるとのことであったが、現実ではベトナム人同士のつながりのために訪れる人々が多数であるようであった。コロナウイルスの経済への影響が薄れていることも関係しているかもしれない。

 

今回伺った話から分かったこととして一つ確実に言えることはベトナム寺院は仏教の礼拝所としての役割だけでなく、ベトナム人同士が会うことができる場所、ベトナム人が安心する事ができる場所としての役割を持っているという点である。もちろん参拝者が家族の健康や安全を祈る場所、つまり礼拝所としての機能などの役割もとても大きい。しかし、礼拝所が必要であれば大乗仏教が多い日本の仏教寺院でも十分その役割を果たすことができる。ベトナム寺院が必要とされる本当の理由は日本では少数派である在日ベトナム人が他の在日ベトナム人たちと会い、自らがベトナム人コミュニティの一員であることを再確認する事ができる貴重な場所でもあるからだろう。多くの参拝客が長期間にわたり、頻繁にベトナム寺院を訪れるということも理解できる。日本で暮らすベトナム人の中には様々な理由で祖国に戻ることが難しい人も多い。チュア・ベトナムを参拝する在日ベトナム人の人々の姿から感じられたことは、日本の寺院では絶対に代わりになることはない、ベトナム寺院の存在の重要性だった。この取材の中で特に印象的だったことは取材に答えてくれた人々の多くが満面の笑みを湛えていたことだ。ほとんどの人々が安心感を求めてこの寺院を訪れると言っていたが、私はこの笑みがその安心感を反映していると感じた。

 

少子高齢化や社会の国際化が進むにつれ、これから日本に移住する外国人は増えていくと思われる。もちろんこれらの外国人が日本人のコミュニティに完全に溶け込むことができればそれが理想的だろう。しかし実際には言語の壁や文化の壁が立ちはだかる。特に文化の壁は乗り越えることがとても困難だ。言語を習得したとしても日本人の文化を完全に理解し、日本人の中で日本人のように暮らしていくことはとても難しいだろう。どんなに日本語を流暢に話してもおそらく周りの日本人からは外国人として認識され、一定の孤独感や疎外感を感じることもあるはずだ。このようなことからチュア・ベトナムのように同じ出身地の外国人同士で交流し、安心感を得ることができる場はとても重要になるのではないだろうか。チュア・ベトナムで目にした在日ベトナム人たちの姿は日本という国が、そして日本人が在日外国人に対してどのように向き合っていくべきなのか、今以上に真剣に考える必要性があるという事実を突きつけているように思われた。

 

 

 

参考文献

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  • 大西咲. (2020, Spring 12). コロナ禍でベトナム人の“駆け込み寺”が苦境に. NHK 首都圏ナビ Webリポート. https://www.nhk.or.jp/shutoken/wr/20201221a.html
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  • 末成 道男(2012年3月). 「中部ベトナムにおける草の根レベルの佛教 清福村 の事例を中心に」. 周縁の文化交渉学シリーズ7 『フエ地域の歴史と文 化―周辺集落と外からの視点―』.pp.579-199 https://kansai-u.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=2331&item_no=1&page_id=13&block_id=21
  • 清藤 隆春 (2021). 「仏教徒ベトナム人技能実習生の心の拠り所 : 地域日本語教室でのPAC分析の調査をもとに」.九州大学学術情報リポジトリ. https://catalog.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/4495879/2801_p001.pdf
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  • 外国人材の受入れ及び共生社会実現に向けた取組 出入国在留管理庁https://www.moj.go.jp/isa/content/001335263.pdf

 

このルポルタージュは瀬川至朗ゼミの2022年度卒業作品として制作されました。