市民とともに生きる 金沢21世紀美術館
<ゼミ合宿シリーズ①>


兼六園、金沢城公園、繁華街の片町や香林坊から徒歩圏内。歴史ある金沢の中心部に、透明のガラスで囲まれた近代的な建造物がある。現代美術を扱う金沢21世紀美術館だ。北陸新幹線の影響で2015年度の来館者数は237万人を突破した。人気観光スポットの印象が強いが、2004年の開館以来、「金沢市民のための美術館」であることを主軸に歩んできた。伝統工芸が栄えた歴史がある金沢で、現代美術の美術館がどのように成立し、市民と共存してきたのか。金沢の街でその実態を探った。(取材・記事・写真 = 河合晴香 中村桐佳 早川史也)

 

◆普段使いできる美術館

 

21世紀美術館は「外に開かれた美術館」であり、「正面のない美術館」だ。建物は円形で、外側を360°覆うガラス窓が広々とした奥行きと明るさを演出している。建物を囲む広場には遊具として使用できる美術品が並び、子どもの笑い声が絶えない。21世美術館総務課課長補佐の桑原健次氏は「広い広場と透明なガラスで、誰もが来やすくて誰もが見やすい」と話す。外観から美術館の開放感がにじみ出ている作りだ。

「それ自体が現代美術」と言われるような近代的なデザインの美術館だが、日常を意識した作りになっており、初めてきても居心地の良さを感じることができる。入り口は4箇所あり、どこからも自由に出入りできる。これは市民に公園のような感覚で気軽に使ってほしいという思いから設計されたものだ。

「近道になるので通り道としても使ってます」と市内在住の60代女性が話してくれた。

内部にも市民目線を意識した空間が広がっている。ガラス張りの壁の内側は「交流ゾーン」と呼ばれ、無料で使えるスペースになっている。加賀友禅をモチーフにした壁絵など、多彩な美術品が展示されているだけではなく、市民ギャラリーや託児所など、普通の美術館ではあまり見られないスペースも多い。至る所に椅子があり、腰かけてゆっくりと展示物を眺めることもできる。

休日の朝には広場で遊ぶ親子、平日の昼間には室内で学校帰りにおしゃべりする女子高生と、生活に密着した美術館としての役割を果たしている。観光スポットとして全国的に有名になったものの、「市民目線」を持った美術館であることは、開館時から変わらない。

 

ガラス窓の開放的な入り口
ガラス窓の開放的な入り口

 

館内にある「交流ゾーン」
館内にある「交流ゾーン」

 

◆まちの活性化を支える

 

21世紀美術館の開設の目的のひとつに「新たな街の賑わいの創出」がある。市民のために開館した美術館だが、北陸新幹線開通などの影響から、現在来場者の約7割は石川県外からの来場者が占めている。(2013年「21世紀美術館プレスリリース」より)

観光客の増加に伴い、21世紀美術館の周辺にも変化が現れた。「今まで列の付かなかったお店屋さん、すごい列のついているお店屋さんが目に見えて増えている」と桑原氏は話す。街の人に話を聞くと、以前は駅寄りの繁華街が街の中心だったが、今ではそれが兼六園のあたりまで広がってきたという。

21世紀美術館はこの人の流れを街の活性化に結びつけるための取り組みを行っている。「アートde街歩き」はそのひとつとして、街に定着した事業だ。来場した美術館の半券を持って街の店に行くと、サービスを受けることができる。また、提携している店にあるコースターを持って美術館に来場すると団体割引の価格で入場することができる。「歩いていろんなところに行けるじゃないですか」と桑原氏は話す。

21世紀美術館や兼六園を中心に、地元の商店街を巻き込んで金沢の観光スポットは広がりを見せている。もちろん、市民が楽しむという視点も忘れない。ゴールデンウイークなどの連休には広場でイベントを行い、地域・市民・芸術が関わる場を提供している。内向きな従来の美術館のイメージとは異なり、外へと広がり、あらゆるものと結びついていこうとする積極性こそ21世紀美術館の原動力なのかもしれない。

 

◆21美流「伝統」とは

 

21世紀美術館が取り扱っているのは1980年以降の作品、つまり現代美術に分類されるものに限る。設立当初、伝統文化が多く根付く金沢という街に現代美術館を置くということには反論もあったという。話し合いを重ねる中で、伝統とは単に過去の形式を受け継ぐものではなく新たな価値を創造するものだ、という結論を導き出した。「美術館と街の共生」を通じて、歴史ある金沢の新たな魅力を創出していく方針だ。「はじめは少し抵抗があったけど、今ではすっかり街に溶け込んでいます。自慢できる建物です」と金沢市民の女性が話してくれた。

21世紀美術館の開館、そしてその展開により、金沢の街は大きく変わった。これにより新たな魅力を身につけたのは街だけではない。古いものに囚われずに芸術を好み、受け入れていく。21世紀美術館は、そんな金沢市民の持つ柔軟性をも浮き上がらせることになった。

 

◆美術館創立の意外なきっかけ

 

21世紀美術館は、兼六園や金沢城などの観光名所に囲まれた好立地に位置し、まるで一大観光スポットをなすために建てられたように見える。しかし、意外にもその創立のきっかけとなったのは空いた土地を活用するためであったという。

現在、美術館が建っている場所には、以前は金沢大学付属の小・中学校が建っていた。1985年に学校が現在の場所に移転し、それに伴い空いた土地の活用が議題に挙がった。

 

◆城下町金沢が持つ芸術の下地

 

金沢市文化スポーツ局文化施設課の田村稔さん(写真左)と同課課長補佐の小鍛冶雅人さん
金沢市文化スポーツ局文化施設課の田村稔さん(写真左)と同課課長補佐の小鍛冶雅人さん

空いた土地に何を建てるか。そこには金沢市の歴史的背景も決定要因の一つとして関わっている。「江戸時代には、文化を身近に感じる市民性が出来上がり、それが今でも引き継がれている。」そう語ってくれたのは、金沢市文化スポーツ課文化施設課の田村稔さんである。江戸時代、加賀藩は前田利家によって治められていた。外様大名であり、江戸幕府からにらまれないように文化に投資をし、それがお茶であったり伝統工芸を盛んにした。

芸術の街であるということは現在の市民も認識しているようである。街中でインタビューした際に、「美術館ができる前から街中にオブジェがあったりして、身近に感じることはあった。」そのようにお答えくださった50代のご夫婦がいらっしゃった。このような下地も影響し、21世紀美術館は創立された。

 

◆現在の金沢で求められる美術館

 

北陸新幹線の開通により、金沢市内に観光客が増加した。「人が増えて金沢市が活気づいた」と喜ぶ声が聞こえる一方、「レストランやカフェが混雑して使いづらい」と不満の声も存在する。

金沢21世紀美術館でも、2015年度の来館者数は237万2821人。当初予想していた来館者数をはるかに上回る。そのため、「トイレが狭い」「入場が大変」など、利用しづらい面も出てきている。他にも、よく利用するという子連れの家族層からは「ベビーカーの預かり場所がほしい」「遊具を増やしてほしい」という要望もある。今後は、市民や観光客の両方を受け入れる体制を整えることが求められている。

(この記事は2016年9月の取材をもとに作成しました)

 

<参考URL>

・金沢21世紀美術館             https://www.kanazawa21.jp/

・金沢市公式ホームページ いいね金沢 https://www4.city.kanazawa.lg.jp/