コロナ対策の素早さ目立つ ― 日本語講師の見たブルガリア


世界的なコロナ禍の中、西ヨーロッパ諸国の状況は日本でも様々なメディアで取り上げられている。一方で東ヨーロッパの状況はあまり取り上げられていない。果たして、東ヨーロッパにおけるコロナ禍の生活はどのようなものなのか。今年6月までブルガリア第三の都市ヴァルナで日本語を教えていた小林文子さんに現地の状況を聞いた。(取材・文=河津真行、写真は小林文子さん提供)

トップの写真はマスクが描き足された演劇公演の告知看板。注意喚起か単なる落書きか、その意図は分からないという。(2020年6月1日撮影)
ブルガリアに帰れば安心だと思っていた

ブルガリア留学中の私の友人に問い合わせて紹介してもらった。小林さんは昨年の12月下旬から今年の2月16日まで冬期休暇を利用し、日本に一時帰国していた。当時、新型コロナウイルス流行の中心地は東アジアだった。

「ブルガリアに戻るときは羽田空港での感染が一番怖かったくらい。ブルガリアに戻ればもう安心というくらいの気持ちでした」。小林さんは当時の心境をそう語った。

帰国途上に見た印象的な光景がある。

「飛行機を乗り継いだオーストリアの空港で、マスクをつけた日本便の乗客を空港職員が驚いたような表情で見ていたんです。当時のヨーロッパでマスクをつけるのは病人くらい。全員病人に見えたのかもしれません。慌ててマスクを外しました」

戻ったブルガリアも感染者はおらず、平穏だった。だが、小林さんの帰国からわずか3週間後の3月8日、ブルガリアでも首都ソフィアで最初の新型コロナウイルス感染者が確認されることとなる。

 

外出とマスク非着用に罰則が

新型コロナウイルスに対してブルガリア政府は素早く対応策を講じたという。最初の感染者が確認されてから5日後の3月13日に緊急事態宣言を発令。この時点で感染者はまだ31人ほどだった。その後、政府による措置はさらに厳しくなっていった。

使用が禁止された自動販売機(2020年3月23日撮影)
使用が禁止された自動販売機(2020年3月23日撮影)

3月20日には陸・海・空、すべての国境が閉鎖された。国境閉鎖と同時に国内での都市間移動も原則禁止となり、首都ソフィアの入り口は一か所に制限された。外出制限も自粛から禁止に移行。買い物や犬の散歩などを除いた不要不急の外出は出来なくなり、飲食店はテイクアウトとデリバリーのみが許された。不要不急の外出には罰金も科され、軍や警察が見回りを行っていたという。また、3月末には屋内外を問わず、公共の場所でのマスク着用が義務化され、違反者には罰金が科された。ただ、マスク着用の義務化にも関わらず露天商が手作りマスクを売ったりしていたためマスク不足に陥ることはなかったそうだ。

「感染しないためには、自分の部屋から出ないことが一番だと思いました。ですから、食料品の買い出し以外では外に出ませんでした」。このころの生活を小林さんはこう振り返る。

こうした措置にも関わらず、感染者数は増え続けた。4月24日には1日91人が感染し、感染者数の増加はピークに達した。感染者の累計は7月3日現在で5000人を超えている。

ただ、感染者の多数がソフィアに集中し、その中でも一部に集中していた。市中感染もあまり起きていなかったという。小林さんはブルガリアの状況を「ヴァルナは落ち着いていましたし、比較的新型コロナウイルスを封じ込められたと言えるのではないでしょうか」と評価する。

政府に負けず劣らず、大学側の対応も素早かった。緊急事態宣言発令と同時にヴァルナ自由大学は休講になり入構も制限された。当初は3月29日まで休講とするはずだったが、約1週間後の3月20日にはオンライン授業が始まった。そのため、小林さんもすぐにオンラインで日本語講座を教えることになった。一週間という非常に速いスピードでのオンライン対応は驚かされるが、小林さんによるとこれくらいは「スタンダードな速さ」だという。

 

目の前で口元をふさがれる

コロナ禍で問題となった人種差別だが、ブルガリアではどうだったのか。小林さんがあからさまな差別を経験したのは一度だけだったが、ないわけではなかった。

「緊急事態宣言の出る前の3月3日、バスでマスクを着けていないときにくしゃみをしてしまいました。すると、乗り合わせた若者グループが降りるときに、目の前でセーターの襟を口元に当てて、外に出た途端に、深呼吸するというアクションを見せたことがありました」

小林さんはこの体験以降、外出禁止生活が長引き人々のストレスも多くなっていると考え、街の中へ行くのは避け、大学周辺で生活を完結させるようになった。大学周辺であれば、小林さんが日本語教師として日本語を教えていると知っている人が多いので安心だと考えたからだ。

 

経済回復と感染防止の狭間で

今、ブルガリアは普段と変わらぬ生活に向け動き出している。5月13日に緊急事態宣言は解除された。レストランの屋内飲食も可能になり、プロサッカーリーグも再開された。6月15日からは屋内における大規模イベントも定員の50%までの客入れなら許可され、夜の娯楽関連施設の利用も解禁された[i]

「市民生活はほぼ、以前のように戻りつつあります」。小林さんは現在のブルガリアの状況をそう話す。

一方で、新型コロナが終息したとは言い難い状況が続いている。6月に入ってから再び感染者数が増加し、1日に100人以上の新規感染者が見られる日もある。当初は6月15日までの予定だった「緊急感染状態」の期限が7月15日まで延長された[ii]。マスクの着用も屋内にある公共の場所では義務づけられ、屋外にある公共の場所では奨励されているという状態だ[iii]。日本同様、ブルガリアも経済回復か、感染防止かという難しい選択を迫られている。(取材は小林さんがブルガリア滞在中の2020年6月9日にオンライン形式で行った)

ヴァルナカーニバルでの小林文子さん(一番右 2019年4月13日撮影)
2019年4月13日、ヴァルナカーニバルでの小林文子さん(写真右)
【小林文子さんプロフィール】

青森県出身。大学卒業後、青森テレビに入社。アナウンサーを皮切りに記者、ディレクター、企画、編成などに携わる。2017年に退職。退職後、かねてからの夢であった海外での長期滞在をこころざし、ICEA(アイセア)の日本語教師派遣事業で2017年10月から2018年6月までポーランドのタルノスキー・ゴリーの市民センターの日本語講座で日本語を教える。その後、ブルガリアに移り2018年10月~2020年6月までヴァルナ自由大学の日本語講座で日本語を教えていた。

<参考資料>

[i] 新型コロナウイルス関連情報(緊急感染状態の延長に伴う新たな保健大臣令,及びブルガリア国内の感染状況等)

https://www.anzen.mofa.go.jp/od/ryojiMailDetail.html?keyCd=92309

[ii] 新型コロナウイルス関連情報(緊急感染状態の再延長,及びブルガリア国内の感染状況等)

https://www.anzen.mofa.go.jp/od/ryojiMailDetail.html?keyCd=93090

[iii] 新型コロナウイルス関連情報(マスク着用義務/奨励に関する新たな保健大臣令,及びブルガリア国内の感染状況等)

https://www.anzen.mofa.go.jp/od/ryojiMailDetail.html?keyCd=93003

いずれも2020年6月30日取得

<注>

「緊急事態宣言」という訳語は外務省の海外安全ホームページに従った。

ブルガリアの新型コロナウイルス感染者数の日別推移(~2020年7月6日)=Our World in Data より
ブルガリアの新型コロナウイルス感染者数の日別推移(~2020年7月6日、3日間平均)=Our World in Data より

<追記>

2020年7月7日 Google mapを削除/新型コロナウイルス感染症患者数のグラフを追加

 

2020年度春学期の瀬川ゼミ演習Ⅰ(3年生のゼミ)では、新型コロナウイルスの問題を取材実習のテーマとし、それぞれリモート取材に取り組んでいます。「海外コロナ事情」と「早稲田とコロナ」という2つの特集企画で記事をお届けします。