「誰も知らない」を届ける仕事 笠井千晶さん


取材・執筆=吉田日菜子

写真=石崎開、吉田日菜子、新田佑華

 

「ジャーナリズムって言葉が、一体何を指すのか」

ジャーナリズムのやりがいとは何ですかという質問をすると、逆に笠井千晶さんに問い返された。漠然とした考えばかりが浮かび、即答できなかった。

 

ジャーナリズムとは何なのだろうか。考えたことはなかった。何となく、大きな使命感を背負った大層なものに感じられた。しかし笠井さんが語るのは、単純で真実に近いものだった。「目の前の方にお話を聞かせていただいて、自分の伝えたいところをそこからすくい取って、それを世の中の人に伝わる方法で伝える」もの、それがジャーナリズムである。

 

「シンプルに人と会うのが楽しいとか、人に話を聞くことにやりがいを感じるとか、誰もまだ見つけていなかったような視点の世に知られていない事実を初めてその話の中から発掘できて、初めて発信する役割ができたら、すごいやりがい」。

 

その語りぶりには、様々な経験をしてきたからこそ言える貫禄があった。大学時代からさぞ意欲的で忙しい生活をしていたのだろう。ところが、当時打ち込んでいたものありますか、という質問には、意外な答えがかえってきた。「打ち込んでいたというほど、ものすごいやっていたものはそんなになくて…、テニスサークルになんとなくみんな入るから入った」。その姿は、専攻の英語学にも興味を持つことができない、典型的な受験燃え尽き大学生だった。

笠井千晶さんにインタビューをする学生たち=2019年12月20日、吉田日菜子撮影
笠井千晶さんにインタビューをする学生たち=2018年12月20日、吉田日菜子撮影

そんな笠井さんが、なぜ映像ディレクターになったのだろうか。転機は、ドイツ語に出会ったことだった。本題の英語ではなく第二外国語であるはずのドイツ語の面白さにはまってしまい、一年間ドイツ留学をした。

 

それまでは世の中にあまり興味がなかった笠井さん。留学生活で、東ヨーロッパ・アフリカ・中東など世の中が不安定な国を背負っている人を、初めて直接的に見た。「差別・貧困・戦争はリアルに身近なその人の故郷で起こっているのだとわかって、目が開かれた。まだまだ知らないことが多いんだと。もっと世の中のことを知らなきゃいけない」。それを仕事にできるのはメディアであると、この業界を志すようになった。

 

仕事に対する熱意は、二十代をすべて捧げるほどだった。プライベートは持たず、家に帰っても仕事、休みの日も返上して仕事をした。強制されたからではなく、楽しすぎて仕事をしていないと落ち着かなかったからだ。昔から好きな事にはのめり込む体質なのだろう。

 

8年半の間、静岡放送でバリバリ働いた後、1年半ニューヨークへ飛び、名古屋の中京テレビに戻ってまた丸7年働いた。そこでようやく自分の力が十分ついたと考え、4年前フリーに転向した。すべての作業を一人でこなし、ドキュメンタリー映画「Life 生きてゆく」を完成させた。山本美香記念国際ジャーナリスト賞を2018年5月に受賞したこの作品は、福島の津波被災者に5年半密着取材して生まれたものだった。

 

フリー転向への道のりにしても、作品の完成にしても、目標の到達には年単位の積み重ねが必要なことを実感する。「世間知らずの大学を卒業したばかりの自分が、世の中のいろんな状況に身を置いている人に出会って、それが身になっている」。取材で出会った多くの人に育ててもらったと笠井さんは感謝する。その言葉に、社会に出たら早く一人前にならなくてはならないという私の不安は消え去った。

 

笠井さんはジャーナリズムを単純に言い表したが、本当は何年もかけて人間として成長してやっと、一つの作品を完成させられるような、奥が深いものなのだろう。今は、袴田事件の映像を個人として完成させようとしている。誰も立ち会っていない、価値ある瞬間の記録が、笠井さんを夢中にさせている。

 

笠井千晶さんを囲んでの集合写真=2019年12月20日、新田佑華撮影
笠井千晶さんを囲んでの集合写真=2018年12月20日、新田佑華撮影
映像ディレクターの笠井千晶さんには2018年12月20日、4期生のゼミにお越しいただき、ゼミ生のグループ別インタビューに応じていただきました。ゼミ生15名全員が書いたインタビュー記事を読み、講評を送っていただきました。そのなかで、笠井さんが最も良いと評価した吉田日菜子さんの記事を掲載しました(一部修正)。トップの写真はグループ別インタビュー時に石崎開さんが撮影しました。
<吉田日菜子さんの記事に対する笠井千晶さんの講評>
インタビュー中の自分自身の驚きや発見を交えていて、非常に臨場感がありました。また“学生ならでは”という視点が際立っていました。「ジャーナリストを目指す自分」という等身大の、立ち位置が明確なところが、とても好感が持てました。