【ファクトチェック】石破首相「(地震対応の)補正予算成立には2カ月はかかる」は不正確 国会党首討論で発言
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2024年10月9日、首相官邸で記者会見をする石破茂首相
対象言説
2024年10月9日、石破茂首相と野党4党党首による初の党首討論が国会で開催された。党首討論の中で、石破首相は以下のような発言をした。
「この能登半島で苦しんでおられる方々に、どうすれば本当に一番良い対策ができるか、ということ。これは憲法の規定に基づきましても、財政法の規定に基づきましても、財務大臣をお勤めになり、内閣総理大臣をお勤めになった野田代表が一番ご案内の通りでございます。
こういうときのために、憲法の規定に予備費というものがございます。予測できない事態が生じた場合、わたくしどもとして能登半島の方々のこの困窮の事態を一日も早く改善をするために、予備費を使って今回対応いたしました。
そのうえで、これもまた(野田)代表が一番ご存じのとおりと思いますが、補正予算の編成、そしてまたご審議を賜り、成立するまでに大体2カ月、というのが通例でございます。これはもう全部過去の例を調べてまいりました。2カ月はかかります。」(当該部分27分20秒~※1)
今回は、能登半島地震に関する石破首相の「補正予算成立には2カ月はかかる」という発言を対象言説として検証していく。
選定理由
2024年1月1日に発生した能登半島地震に関して、自民党は補正予算を組まずに予備費を用いて復旧・復興を進めている。この党首討論において、立憲民主党野田代表は、過去の震災では補正予算を1カ月で組むことができた例があるとし、「(国会の)会期を延長して、補正予算を通そうじゃありませんか」「予備費ではその効果が検証できない」と発言していた。この党首討論のABEMAニュース(YouTube)は約3.6万回再生され、 能登半島地震復興に向けた予算措置については、SNS上でも盛んに議論されている。今回の衆議院選において大きな争点の一つであるため、この発言を検証することにした。
判定
「(地震対応の)補正予算成立には2カ月はかかる」=不正確
判定理由
熊本地震や阪神淡路大震災 1カ月程度で補正予算成立
2016年4月14日、16日に最大震度7の揺れが観測された熊本地震は、死者数272名、住宅全壊被害棟数8642棟という甚大な被害をもたらした(※2)。同18日に安倍元総理は、衆議院環太平洋経済連携協定(TPP)特別委員会で、熊本県などの被災地の復旧・復興のため2016年度補正予算の編成を検討する意向を示していた(※3)。5月13日に閣議決定した後、総額7780億円の補正予算案を国会に提出した(※4)。同17日の参院本会議で全会一致で可決され、補正予算が成立した(※5)。編成の意向を示してから、1カ月足らずで補正予算を成立させている。
能登半島地震と同じく1月に発生した阪神淡路大震災でも、1か月半ほどで補正予算が成立している。阪神大震災は1995年1月17日に発生し、死者・行方不明者は6437名、全壊した住宅は約10万5,000棟にのぼった(※6)。同19日に被災地を視察した村山元総理は補正予算案編成の意向を正式に示した(※7)。2月24日には、1兆220億円規模の94年度第二次補正予算案が閣議決定され、国会に提出された(※8)。2月28日に参院本会議での全会一致可決を経て、年度内に成立した(※9)。補正予算成立までにかかった日数は、42日である。
能登地震へは予備費のみで対応 補正予算と異なり、国会の審議不要
補正予算とは、本予算の成立後に自然災害や景気悪化といった予測できない事態に対応するために新しく組まれた予算のことである。政府が補正予算案を閣議決定したのち、国会で審議され成立する。
一方の予備費は、閣議のみで支出を決めることができる費用である。本予算に組み込まれた予算であるために国会での審議を必要せず、事前に使い道を決めずに予算計上される。コロナ禍以降、予備費の支出額は増加傾向にあるが、国会の監視が及ばないため「政府の便利な財布」という指摘もある(※10)。
被災地の支援に使う費用として、補正予算が用いられることが一般的である。予備費は補正予算を組む前の緊急支援として使われることが多い。能登半島地震へは、政府は補正予算を組まず予備費のみで対応してきた。(2024年10月24日時点)
過去災害における補正予算成立までの流れ、能登地震との比較
下の表は、過去の大規模地震(阪神淡路大震災、東日本大震災、熊本地震、北海道胆振東部地震、能登半島地震)の地震規模、死者数等、予算編成の期間、第一次補正予算額をまとめたものである。2004年の新潟中越地震発生時には、台風等他の災害を含めた補正予算が組まれたため、今回は調査対象としなかった。地震規模・死者数等は内閣府の発表と熊本県の発表(※2、6、11〜13)を参照した。補選予算成立までの流れについては、予算の編成検討日時は新聞各社の報道(※14〜17)を、閣議決定・参院成立日時と補正予算額については平成6・23・28・30年度の財務省の発表(※18〜21)を参照した。
この表にて取り上げた大規模地震のうち、能登半島地震以外では、地震発生当日中またはその翌日には補正予算編成の検討がなされ、上記の表の順に、42日、52日、29日、61日で第一回補正予算が成立している。これをみると、北海道胆振東部地震以外は2カ月かかっておらず、最短だと1カ月かかっていない。
この結果から、すべての補正予算案が成立までに2カ月を要する、ととれる石破首相の発言は不正確だと判定した。
なお、能登半島地震では、地震発生から8日後の2024年1月9日に予備費が47億3790万円支出されて以降、7回にわたり計7150億円の予備費が支出されている。下の表は、日本経済新聞、時事通信、NHKニュース、朝日新聞の報道(※22〜28)に基づき、予備費の支出日程と支出額をまとめたものである。
財務省、石川県に問い合わせ
10月24日、能登半島地震の復旧費用について、予備費のみで補正予算を組まなかった理由と具体的な予備費の用途について財務省に、同じく具体的な予備費の用途について石川県に問い合わせた。しかし10月25日現在いずれも回答はいただいていない。回答があり次第、追記する。
追記
財務省から11月1日に回答が得られた。回答は以下の通りである。
今般策定することとしている「経済対策」の裏付けとなる補正予算においては、能登地域の災害からの復旧・復興にも対応することとされております。 一方で、 ・予備費であればさらに迅速な対応ができること ・一般予備費に十分な残額があること を踏まえ、予備費も活用して、切れ目なく被災地の支援を行うことにより、能登地域の早期の復旧・復興に向けた対応に万全を期してまいります。
つまり、予算として計上していた予備費にまだ余裕がある。そのため審議に一定の期間がかかる補正予算ではなく、政府として迅速に対応できる予備費を活用しているとのことである。
また前述の通り、補正予算は細かく使途が決められてから国会の審議を通ることになるが、予備費はその内容を事前に精査されない、いわばブラックボックスとなっている。この点について用途を尋ねたところ、以下のように返答があった。
令和6年9月10日に使用決定した予備費(6回目)の内容について申し上げれば、令和6年度予算に計上している一般予備費を活用し、 ・地域福祉推進支援臨時特例交付金について、53億円、 ・農林漁業者への支援について、75億円、 ・公共土木施設、公共施設の復旧等について、960億円 の使用決定を行い、現時点で追加的な財政需要が見込める分については財政措置を行っております。 今後も、追加的な財政需要が生じた場合には、機動的・弾力的に財政措置を行い、被災地の復旧・復興の加速化に努めてまいります。
大まかな使途は確認できたが、さらに詳細な内訳が求められる。
なお同様の内容を石川県にも質問を送っているが、11月11日時点で回答は得られていない。
脚注
※1 ABEMAニュース、10月9日与野党党首討論 https://www.youtube.com/watch?v=mnBLlxJgT3s&t=1691s
※2 熊本県危機管理防災課 平成28(2016)年熊本地震等に係る被害状況について【第296報】 https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/attachment/113398.pdf
※3 読売新聞、2016年4月18日、東京夕刊、10頁
「『激甚』指定早期に」
※4 読売新聞、2016年5月11日、東京朝刊、4頁
「熊本復興7780億円、補正案13日提出」
※5 読売新聞、2016年5月18日、東京朝刊、1頁
「熊本復興へ補正予算成立、増税延期判断、 自公党首会談へ」
※6 内閣府発表 平成22年度版防災白書 5-5-1 阪神淡路大震災の被害の概要 https://www.bousai.go.jp/kaigirep/hakusho/h22/bousai2010/html/honbun/2b_2s_5_01.htm
※7 読売新聞、1995年1月20日、東京朝刊、1頁「兵庫県南部地震 死者4047、不明なお727人 復興へ特別立法検討」
※8 読売新聞、1995年2月17日、東京朝刊、B経、6頁「『2次補正』予算最終案 規模1兆220億円 国債発行は1兆6000億円」
※9 読売新聞、1995年3月1日、東京朝刊、2頁「第二次補正予算、全会一致で成立/参院本会議」
※10 日経新聞、2022年4月23日、「予備費とは 使い道は閣議で決定 きょうのことば」、https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA226880S2A420C2000000/
※11 内閣府発表 東日本大震災の被害の概要 https://www.bousai.go.jp/jishin/tsunami/hinan/2/pdf/sub4.pdf
※12 内閣府発表 平成 30 年北海道胆振東部地震 災害復旧・復興関連予算 https://www.pref.hokkaido.lg.jp/fs/6/6/8/3/1/8/2/_/(%E7%B8%AE%E5%B0%8F)0831_%E7%AC%AC4.pdf%E3%81%8B%E3%82%89%E6%8A%BD%E5%87%BA%E3%81%97%E3%81%9F%E5%86%85%E5%AE%B988-107.pdf
※13 内閣府発表 令和6年能登半島地震に係る被害状況等について https://www.bousai.go.jp/updates/r60101notojishin/r60101notojishin/pdf/r60101notojishin_51.pdf
※14 読売新聞、1995年1月18日、東京朝刊、2面、2頁「兵庫県南部地震 復旧へ補正予算 政府・与党が方針」
※15 読売新聞、2011年3月12日、東京朝刊、特5、5頁「地震対策の補正 早期編成で一致」
※16 読売新聞、2016年4月18日、東京夕刊、夕2社、10頁「『激甚』指定 早期に」
※17 読売新聞、2018年9月7日、東京朝刊、A経、9頁「復興費 補正予算検討へ」
※18 財務省発表 平成6年度の予算、p.396 https://www.mof.go.jp/pri/publication/policy_history/series/h1-12/2_2_6.pdf
※19 財務省発表 平成23年度補正予算
https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11400594/www.mof.go.jp/budget/budger_workflow/budget/fy2011/hosei230422.htm
※20 財務省発表 平成28年度補正予算
https://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/11400594/www.mof.go.jp/budget/budger_workflow/budget/fy2016/hosei280513.html
※21 財務省発表 平成30年度補正予算
https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/12069570/www.mof.go.jp/policy/budget/budger_workflow/budget/fy2018/hosei1015.html
※22 日本経済新聞、2024年1月9日、「能登半島地震、予備費から47.4億円支出 政府が物資供給」、https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA090ZI0Z00C24A1000000/
※23 日本経済新聞、2024年1月26日、「23年度予備費、1553億円支出 能登半島地震の再建策」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA258QX0V20C24A1000000/
※24 時事通信、2024年3月1日 https://www.jiji.com/jc/article?k=2024030100235&g=eco
※25 日本経済新聞、2024年4月23日、「能登地震の予備費、総額4100億円に 4回目の支出決定」https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA232G00T20C24A4000000/
※26 時事通信、2024年6月28日、「能登支援で1396億円支出 予備費から5回目―政府」
https://www.jiji.com/sp/article?k=2024062800426&g=eco
※27 NHKニュース、2024年9月10日、「政府 能登半島地震支援で予備費から1000億円余を追加支出決定」https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240910/k10014577791000.html
※28 朝日新聞、2024年10月11日、「能登の復旧509億円、衆院選経費815億円 政府が予備費決定」https://digital.asahi.com/sp/articles/ASSBC0P2GSBCULFA001M.html
この記事は瀬川至朗ゼミの授業の一環で制作されました。
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