演劇界とジェンダー不平等 健全な環境づくりのために


ハラスメントの告発が相次ぐ演劇界。その背景に見えてきたのはジェンダー不均衡、ルール不足、閉じた環境など演劇界のさまざまな体質だ。
演劇界のジェンダー不平等の現状と今後の展望について、ミュージカルのプロデュースや脚本、作詞を手掛けるほか、音楽講師としても活動するMerryCreation合同会社代表執行役員社長・宮野つくりさん(26)に お話を伺った。(取材・文・写真=西村玲)
トップの画像は宮野つくりさんが指揮をとる稽古場の様子(提供=宮野さん)
演劇界のジェンダーバランス

「女性なのにすごいね」。 起業し、会社を率いる宮野さんがかけられた言葉だ。宮野さんが演劇業界に長年携わる中で、ジェンダー不平等を実感する瞬間は何度もあったという。業界を目指す絶対数は女性が圧倒的に多いのに対して、演出家、事務所の社長、劇団の主宰などリーダーシップをとる立場にいる人は男性が多い。この演劇界の「逆転」現象 について、宮野さんは次のように話す。
「男女ともに上に立つ人が増えればいいのに、と思います。能力も意志も備えているのに、環境が女性の選択肢を奪っているのは由々しき事態」。

 

 

2011年-2020年にかけての6つの演劇賞の審査員、受賞者の男女比を調査した結果。 「演劇界の芥川賞」と呼ばれる岸田國士戯曲賞は、審査員を過去の受賞者が行う制度をとっており、審査員の95%が男性となっている。(調査・画像=表現の現場調査団)(1)
2011年-2020年にかけての6つの演劇賞の審査員、受賞者の男女比を調査した結果。
「演劇界の芥川賞」と呼ばれる岸田國士戯曲賞は、審査員を過去の受賞者が行う制度をとっており、審査員の95%が男性となっている。(調査・画像=表現の現場調査団)(1)

 

一方、演劇界 の先進事例として宮野さんは、自身も所属する一般社団法人 日本劇作家協会がジェンダー・クオータを取り入れたことを挙げる(2)。ジェンダー・クオータとは、議員や役員などの一定数を女性に割り当てる制度だ。
「最初の一歩としていいなと感じました。最初は多少強引でも、ロールモデルを増やし、選択肢を増やすことが重要。ロールモデルが現れ、それに追随する人が増えていけば、女性もコンペティティブ(competitive=対等に競合できる )になれる」。一朝一夕で実現できることではなく、時間をかけて取り組まなければならないことだと痛感しているという。

ジェンダークオータを取り入れた一般社団法人 日本劇作家協会の定款より(2)
ジェンダー・クオータを取り入れた一般社団法人 日本劇作家協会の定款より(2)

 

演劇界のルール不足

演劇界のジェンダー不平等の一因として宮野さんは、ルールが明文化されておらず、処分が曖昧であることを挙げる。大企業の場合、ハラスメントの事案に対して企業が減給、解雇などのルールを明確に決めることができ、抑止力に繋がる。一方演劇界の場合、ルールの明文化は一般的ではない。また降板(クビ)になったとしても業界追放にならない限り、再スタートが難しくない。

2013年には、ある男性演出家が、講師を務めたワークショップの受講者の少女にわいせつな行為をしたとして、児童福祉法違反容疑で懲役2年の実刑判決を受けた。しかし、出所後の2018年に再び舞台の演出、主演に起用されることになった。(その後反対する署名運動が広まり公演は中止)(3)
「(業界としてのルールを)作りにくいよなと思いますね。表現の自由も含めて、何をどこまで尊重するのかが難しい」。

また、演出家、プロデューサー、主催者など、役者やスタッフとの間にパワーバランスが発生し得る立場になったとしても、その感覚が欠けていることが、ハラスメントに対する意識が不十分である一因だと考えているという。「企業の場合、昇給・昇格するごとに(ハラスメントについて学ぶ)講座が開かれたり話し合う機会があったりするところもあるが、(演劇団体の場合)そういうものもない」。

 

リーダーシップを執る立場の人間として

代表執行役員社長、ミュージカルのプロデューサーや演出家、音楽教室の先生とリーダーシップをとる立場に立つことが多い宮野さん。一貫して大切にしている価値観があるという。「権威が発生し得る立場ではあるけれど、一つの作品を作る仲間として、仕事としての信頼関係をお互いに築ける環境を目指していきたいと常に思っています」。オーディションの時は演出家として選ぶ側になりがちだが、役者の方々にも選ぶ権利があり、自分は選ばれる側でもあるという意識を常に持っているという。

講師としての顔と、演出家としての顔を併せ持つ宮野さんだからこその気づきもある。講師として生徒にしたら一発アウトとみなされる行動が、演劇界における演出家と役者の関係では許されていることが多い。役者は生徒ではないが、パワーバランスが発生し得る以上は、同じ感覚を持つべきだという。「女性を触る時でも男性を触る時でも私は『触っていい?』って聞く」。例えば肩を少し緩めてほしいときや、お腹に力を入れてほしいときには、相手に確認したうえで、必要最小限の接触にとどめるという。

「自分が役者をやっていた時は別に気にしなかったけど、自分が教える立場に立つときはアップデートしていかないといけない。こういう小さなアップデートの一つ一つがこれからやっていかないといけないことなのかなって」。

 

音楽講師としてレッスンを行う宮野さん( 提供=宮野さん)
音楽講師としてレッスンを行う宮野さん( 提供=宮野さん)

 

コロナ禍前の演劇界で根強かった”飲みニケーション”(=お酒を飲みながら仕事仲間と交流を深めること)についても考えがある。短時間で信頼関係を構築し、お芝居を作り上げなければならないので、お酒の力を借りるのが手っ取り早い方法でもある。しかし、そのような場を設けるからには、特に演出家やプロデューサー、上の立場になり得る人が気をつける必要があるという。

「私、外でお酒飲まないんですよ」。家で少し飲むことはあるが、仕事の立場が関係する場では飲まない。「自分がストッパーにならないといけないかもしれないし、自分が何か傷つけることを言ってしまうかもしれない」という考えからだという。飲みニケーションをしなくても、信頼関係をもって芝居できるテクニックがあれば充分、と宮野さんは語る。

様々な信念をもとに活動する宮野さんだが、無力感を感じることも多いという。
「こんな偉そうなこと言って、私も色々『この言い方よくなかったな』と考えることもある。変わっていかないといけないと口で言うことは簡単だけど、変えていくにはどうしたらいいかっていうとまだ道半ばだなと感じます」。

 

今後の課題 「3日前の告発はもうみんな忘れている」
(インタビューに応じて下さった宮野さん=2022年6月16日、西村玲撮影)
(インタビューに応じて下さった宮野さん=2022年6月16日、西村玲撮影)

 

宮野さんは業界全体のための窓口の必要性を訴える。しかしどこまでの範囲を業界とするのか、窓口にどこまで実行する権利が与えられるのか、私刑にならないのか、警察は動くのかなど、様々な事項を調整する必要が出てくる。しかし完全な解決に至らなくてもやる価値はある、と宮野さんは強調する。

現在SNS上では、#Me Tooで演劇・映画界のハラスメント告発が拡散され、話題となっている。「毎日のように告発があって、でも毎日だからこそ3日前ぐらいにあった告発はもう忘れてしまう。今は何の解決にもなってない、2日おきにネットが盛り上がっているだけ。(SNSでの告発が相次いでいることは)大きな一歩だとは思うけれど、十分ではない」

宮野さんは #Me too運動を支持する一方、発信者が誹謗中傷を受けたり、不正確な情報が拡散されたりする可能性もあることを懸念している。「それぞれの発信が人を傷つけうる。そこがネット告発の限界であり、難しさ。別の解決方法がないといけない」と宮野さんは語る。

演劇界 をはじめとする文化芸術界の声を受け、文化庁も動きを見せている。2022年7月22日に文化庁から発表された「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン(検討まとめ)」において、「発注者は受注者の安全に配慮、事故・ハラスメント防止のため責任体制を確立」することが明記された。(4)

また、8月30日に発表された「文化庁令和5年度 概算請求」にはハラスメント防止対策への支援が新たに盛り込まれた。(5) これらがハラスメント防止、ジェンダー平等推進に直結するわけではないものの、文化庁が動いたことには一定の意味があり、今後の展開にも注目が集まる。

 

脚注

(1)TOKYO ART BEAT、「『芥川賞』『芸術選奨』『岸田戯曲賞』『日本アカデミー賞』などの男女比率の偏りが明らかに。ジェンダーバランス調査の一部結果発表」、2021年12月9日、
https://www.tokyoartbeat.com/articles/-/hyogen-genba-news-20211209
(2)日本劇作家協会、「一般社団法人日本劇作家協会定款」、2021年11月1日、http://www.jpwa.org/main/images/teikan/jpa211101.pdf、
(3)東京新聞、「セクハラ防止活動への攻撃 芸能関係者ら 毀損訴えに抗議」、2021年11月6日、朝刊、24頁
(4)文化庁、「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン(検討のまとめ)」、p.6、2022年7月27日、https://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/pdf/93744101_03.pdf
(5)文化庁、「文化庁令和5年度概算請求概要」、p.4、2022年8月30日、https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/yosan/pdf/93758701_01.pdf

最終アクセス日はいずれも2022年9月6日