慶應大特任助教 高木超さんに聞く「SDGsの現在地」


 

ここ数年、SDGsという言葉をよく目にするようになった。しかし、SDGsがどのようなものかきちんと理解している人は少ないのではないだろうか。そんな中、「SDGsと自治体をつなぐ翻訳者として、SDGsを無駄なものにしたくない」と慶應大学大学院特任助教の高木超さん(35)は力を込める。高木さんは神奈川県川崎市や鎌倉市、京都府亀岡市など複数の自治体のSDGs推進事業に携わっている。また、慶応義塾大学特任助教として、湘南藤沢キャンパスで教鞭を取っている。SDGsの自治体での活用について研究を行っている高木さんに話を聞いた。(取材・執筆=原田貴大)

トップの写真は川崎市SDGs推進アドバイザーなどを務める高木超さん=高木超さん提供

 

高木さんの問題意識。SDGsの翻訳者として

——— SDGsとはどこで出会ったのでしょうか。

大学時代、MDGsを研究していました。MDGsとは、SDGsの前身で、ミレニアム開発目標と呼ばれるものを指します。2001年から2015年までの15年間はMDGsが国際的な目標でした。それが、2016年から2030年までの達成目標としてSDGsに代わりました。

 

——— 高木さんは現職に至るまでに、一度市の職員を退職して、留学しています。SDGsアドバイザーになるまでの経緯を教えてください。

SDGsが採択された2015年、神奈川県にある大和市の職員でした。その時、自治体の職員たちは、SDGsが採択されたことは知っているし、それが自治体の協力を求めることも知っていました。しかし、SDGsという謎の横文字が、唐突に自分たちの前に降ってきても、対応に精一杯で主体的な活用ができていませんでした。

活用とは具体的にどういうことか。東日本大震災の時、災害備蓄用品の中に「生理用品、紙おむつ、粉ミルクなどがなくて困った」という声がありました。SDGsのジェンダー平等の視点から災害備蓄用品を点検していれば、生理用品やベビー用品も入っていたのではないでしょうか。このような観点を持つことは住民にとってもプラスになります。

このようにSDGsをチェックツールとして活用して、政策の質を向上させることはもっとできるのではないかと感じました。それはSDGsに精通し、自治体の業務もよく知っている人間が「翻訳者」として橋渡しをしないと実現しないとも思い、それができるのは自分だと思いました。仕事をやめるというリスクを負ってでも、誰かがその役割をしないとSDGsが無駄な業務になってしまうと感じ、SDGsの研究のためにアメリカに留学するという決断をしました。

 

SDGsの現在地

——— 高木さんがSDGs アドバイザーになった当初に比べると、SDGsというワードは世間に広く浸透していますが、きちんと理解している人は少ないように感じます。SDGsを推進するメリットを教えてください。

2つあると思います。まず、SDGsが共通言語の役割を果たすということ。世界全体で企業や自治体などのアクターに関わらず共通言語としてSDGsを使うことができます。そのため、様々な主体が集まった検討の場で、世界と比較して達成度が低いジェンダー平等などの課題を議論しやすくなるでしょう。

SDGsは目的地を共有する、いわば羅針盤の機能も持ちます。自治体を例にして考えてみましょう。今までにも「まちを良くしたい」という思いは多くの人が持っていました。しかし、「まちをよくする」方向は、人によってバラバラです。そこで、SDGsという共通の目標があることによって、同じ方向を向きやすくなります。

 

——— かつては環境保全の観点から、「エコ」というワードが広く流布していましたが、今ではSDGsがそれにとって代わっているという印象を持っています。「エコ」と「サステナブル」の違いは何でしょうか。

SDGsが目指す持続可能な状態を達成するためには、従来「エコ(Ecology)」と呼ばれてきた環境の側面だけでなく、社会と経済も含めた3つの側面の統合的な解決が必要です。

「エコ」は、主に環境に比重が置かれており、社会や経済への配慮が欠けてしまいがちです。SDGsには、経済・社会・環境の三側面のバランスを見ながら取り組みを進めていく俯瞰的な視野が求められます。

また、SDGsには「誰一人取り残さない」という理念があります。「ペットボトルは環境に悪いからやめる」という行動は確かに「エコ」ですが、ペットボトルを販売していた企業の収益や、製造している人の雇用といった経済の側面には悪影響が及ぶことが想定されます。このように、ひとつの取組を進めたことで、その他の物事にネガティブな影響が及ぶことを「トレードオフ」といいます。

こうしたトレードオフを極力少なくしながら、ほかの側面にポジティブな効果(相乗効果)を多く起こせるように、様々な主体が協力して解決策を考えていくことが必要です。

「SDGsの翻訳者」として多くの自治体で活躍を続ける=高木超さん提供
「SDGsの翻訳者」として多くの自治体で活躍を続ける=高木超さん提供
良い取り組みとはどんなもの?

——— 実態が伴わないのにSDGsに取り組んでいるように見せかける「SDGsウォッシュ」が問題になっています。本当に評価されるべきSDGsの取り組みとはどのようなものなのでしょうか。

SDGsには、バックキャスティングとインターリンケージという二つの特徴があります。バックキャスティングとは、達成すべき目標を先に設定し、そのための方法を考えるアプローチです。SDGsは17の目標が先に設定されています。それらを起点として検討された取り組みは、評価できる取り組みだと思います。

インターリンケージとは、相互に関連し合うことです。SDGsで設定された17の目標や、169のターゲットは、それぞれが独立しているのではなく、異なる目標やターゲットと互いに影響しあっています。開発途上国で「貧困をなくそう(ゴール1)」の達成に向けて、道路などのインフラ開発を進めた結果、生活が便利になる一方で、自然環境を破壊してしまうかもしれません。トレードオフを極力減らし、相乗効果をできるだけ多く発生させるよう留意する必要があります。

こうした特徴に十分留意しながら行われている取り組みが評価されてほしいと思います。

 

——— 早稲田という地域はどのようにSDGsに取り組めばよいのでしょうか。

早稲田には、学生が多く住んでいるという特徴があると思います。若い人が商店街の方々などと関わりながら、持続可能なまちづくりを考えていく機会を設けて取り組んでいくと特徴を活かせるのではないかと思います。

商店街に限らず、まちの意思決定の機会に若者が関わることはあまりないのではないでしょうか。10代、20代の若者がこうした意思決定の場に参加することで、SDGsの推進に向けて、これまでにない新たな発想も生まれるでしょう。早稲田という地域には、その可能性があると思います。

追記 2021年10月12日

・記事タイトルをはじめ、高木超さんの肩書きを慶應義塾大学大学院特任助教に変更しました。

・高木超さんの年齢を35歳に訂正しました。

〈プロフィール〉 
高木 超(たかぎ・こすも) 
1986年東京都生まれ。NPO等を経て、2012年から神奈川県大和市の職員として住民協働等を担当し、17年9月に退職。現在、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科特任助教、内閣府地域活性化伝道師、鎌倉市SDGs推進アドバイザー、亀岡市参与、川崎市SDGs推進アドバイザー等を務めている。
SDGsとは 
SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)とは、2001年に策定されたMDGs(ミレニアム開発目標)の後継として、2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標のこと。17のゴール・169のターゲットから構成され、地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを誓っている。(参照:外務省 ”SDGsとは?”、https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/about/index.html、最終閲覧:2021年8月22日)
国際連合広報センターHPより
国際連合広報センターHPより