「ロス国際空港で中国からの2万人分の偽造免許証を押収」は不正確、「この犯行は米大統領選の操作が目的」は根拠不明。ネットで拡散


トップの写真は2019年に米国の税関・国境警備局(CBP)がケンタッキー州のルイビルで押収した偽造運転免許証[ⅰ](CBPのサイトより[ⅱ])
対象言説

匿名のTwitterアカウントが、8月10日に「7月29日、ロサンゼルス国際空港で中国からの2万人分の偽造運転免許証を押収。 FBI調査によると、この犯行は11月の米国大統領選挙を操作することを目的としているとのこと。」というツイートを発信している。「米中対立」のハッシユタグがつけられ、押収されたと思われる大量の免許証の写真が掲載されている。このツイートの2つの文章をそれぞれ対象言説として検証する。

Twitterより
Twitterより

選定理由

この言説は8月16日時点で、9869以上リツイート、1.2万以上いいねされており、広く社会に流布していると言える。その一方で、情報源が明示されておらず、信憑性は不明である。また、この発信者のアカウント名からは一般的なニュースサイトの印象を受ける(ただし、アカウントのプロフィールには「情報の正確性は担保できません」ということも記されている)。

このツイートのリプライ欄をみると、「日本人も怒らないと乗っ取られる一歩手前」「中国は、トランプ潰しを計画してる」など、当該ツイートの内容が事実だと信用し、米大統領選に向けた中国政府の組織的犯行を疑う声が散見された。

本当に、ロサンゼルス国際空港で中国からの2万人分の偽造運転免許証が押収されたという事実はあるのか。あったとして、アメリカ大統領選を操作する目的で行われたものなのだろうか。事実を検証する必要性があると考えた。

判定
ロサンゼルス国際空港で中国からの2万人分の偽造運転免許証を押収=不正確
FBI調査によると、この犯行は11月の米国大統領選挙を操作することを目的としている=根拠不明

 

判定理由
言説①  ロサンゼルス国際空港で中国からの2万人分の偽造運転免許証を押収

この投稿の元ネタとなる情報を探すため、ツイートに添付された画像の出所を探った。TinEye Reverse Image Research(画像検索システム)を用いたところ、38件のページがヒットした(8月12日時点)。その内、ツイートが投稿される1日前に米ニュース専門放送局のFOXニュースが配信した「Fake driver’s licenses flooding into US from China, other countries, US says(当局によると、中国や他国から米国に偽の運転免許証が大量流入)」という記事に、当該画像が掲載されており、内容に関連性があると分かった。

TinEyeの検索結果(2020年8月12日)
TinEyeの検索結果(2020年8月12日)
押収場所はシカゴの空港 香港 韓国 英国からの偽造品も

ツイートに記載されていた空港名がロサンゼルス国際空港であるのに対して、FOXニュースが報じた事件はシカゴのオヘア空港で起きている。ロサンゼルス国際空港で「約2万人分の偽造運転免許証が押収された」という報道は検索では確認できなかった。

従って、当該ツイートはFOXニュースの「Fake driver’s licenses flooding into US from China, other countries, US says(当局によると、中国や他国から米国に偽の運転免許証が大量流入)」を下敷きにしたものであると考えるのが自然である。

そのFOXニュースの記事内容を確認してみた。

The 19,888 licenses and other fake documents were included in 1,513 overseas shipments, mostly from China and Hong Kong, CBP said, according to FOX 5 in New York City. Others were from South Korea and Britain.
(和訳)ニューヨークのFOX 5が報じたCBP(米税関・国境警備局)による情報では、1万9888件の(偽造)運転免許証やその他の偽造書類は、海外からの1513件の荷物に含まれており、そのほとんどが中国と香港からのものだったという。その他は韓国とイギリスからのものだった。[ⅲ]

FOX ニュースの記事の情報源は米国の税関・国境警備局だった。押収された偽造文書は「ほとんどが中国と香港」からのものでありであり、一部は「韓国とイギリス」からのものも含まれていた。また偽造運転免許証だけでなく、他の偽造書類も含まれていた。これに対し、当該ツイートの発信者は香港、韓国、イギリスの名前を示さず、「中国からの2万人分の偽造運転免許証を押収」と断定している。この部分は不正確だ。

ツイートの画像は昨年11月の押収品

なお、ツイートに添付された画像は、FOXニュースの記事では、2019年秋に米税関・国境警備局が押収した偽造運転免許証の写真として取り上げられている。米税関・国境警備局のウエブサイトで「2019年11月に、ケンタッキー州のルイビルで押収された偽造運転免許証」として、この写真が公開されていることを確認した[ⅳ]。

また、FOXニュースは偽造運転免許証の押収時期について次のように記している。

Nearly 20,000 counterfeit U.S. licenses were seized at Chicago’s O’Hare airport in the first half of 2020.
(和訳)2020年の上半期で約2万枚の偽造運転免許証がシカゴのオヘア空港で押収された[ⅴ]。

これに対し当該ツイートでは「7月29日、ロサンゼルス国際空港で中国からの2万人分の偽造運転免許証を押収」となっている。この空港名と運転免許証が押収された期間誤りである。

誤りの個所が多数あるものの、オヘア空港で大量の偽造免許証が押収された事実はあることから、当該ツイート前半の「ロサンゼルス国際空港で中国からの2万人分の偽造運転免許証を押収」は不正確と結論した。

 

言説② FBI調査によると、この犯行は11月の米国大統領選挙を操作することを目的としている

次にツイートの後半部分を取り上げる。この記述は、米中対立と中国の裏工作を印象付け、このツイートが大量に拡散した理由だと推察される。しかし、「中国による米大統領選挙操作」を指摘する内容は、FOXニュースの記事にはなかった。内容としては、シカゴ・オヘア空港の偽造免許証押収事件と米大統領選を関連づけたブログ記事「Potential Voter Fraud Anyone? Shipments Of Nearly 20,000 Fake Driver’s Licenses Seized At Chicago Airport In 2020!(投票不正の可能性は?2020年にシカゴ空港で約2万件の偽造運転免許証を押収!)」(DAVID HARRIS.JRのサイト)などに基づいたものと考えられる。

このブログ記事は、Fox 5のニュースを下敷きにして、ブログ著者の見解を交えて書かれたものだ。その記事中には以下の一文がある。

A more concerning prospect is these Chinese-made fake ID’s could be an integral part of an election fraud operation.
(和訳)さらに懸念されるのは、これらの中国製の偽造IDが不正選挙操作の不可欠な一部である可能性があるということです[ⅵ]。

この部分には「FBI調査によると」という文言はなく、ブログ著者の推測という書き方になっている。

上記のブログ記事は、8月16日現在、ツイッター上で6039以上リツイート、8512以上いいねされており、広く拡散している。

「20,000 Fake DL's seized at Chicago airport!!(シカゴ空港で2万枚の偽造運転免許証が押収!!)」と書かれたツイート Twitterより
「20,000 Fake DL’s seized at Chicago airport!!(シカゴ空港で2万枚の偽造運転免許証が押収された!!)」と書かれたツイート【Twitterより】
同様の言説を米放送局がファクトチェックずみ

こうした状況を受けて、ワシントンDCの放送局WUSA9がその記事の真偽をファクトチェックしている[ⅶ]。「VERIFY: Seizure of fake licenses falsely linked to voter fraud(検証:偽造運転免許証の押収が誤って投票不正に結びつけられた)」がそれである。

WUSA9の記事によれば、偽造運転免許証と投票不正行為を結びつけているのは、上記のブログ記事だけであり、偽造品を押収した米税関・国境警備局も他の政府機関も、両者を結び付けていないという。また、全米州議会議員会議の説明をもとに、投票登録には、有効な運転免許証と社会保障番号の下4桁の数字が必要なうえ、そうした情報が、各州が管理している個人の情報と一致する必要があると指摘。「偽の運転免許証だけでは投票できない」としている。WUSA9で調べたところ、過去に偽造運転免許証を使って投票に成功した事例は見つからなかったという。(本記事の執筆に際し、全米州議員協議会のHP[ⅷ]で上記の内容を確認した)

では、この偽造運転免許証や他の押収された偽造書類は何のために作られたのだろうか。

オヘア空港での押収に関する米税関・国境警備局のプレスリリース(2020年7月27日付)によれば、偽造運転免許証などのほとんどが18歳から21歳未満の若者(college-age students)向けに作られたものだった[ⅸ]。さまざまな犯罪や違法行為に使用される可能性が挙げられているが、投票不正に使用される可能性については言及がない。
アメリカでは21歳未満の飲酒が禁じられている。しかし未成年がフェイクIDを携帯し、酒を購入することは常態化しており[ⅹ]、オヘア空港で押収された偽造書類も、そうした目的で作成されたものだと考えられている。

この事件を報じた他の記事やFBIのサイトも検索でチェックしたが、FBIが偽造運転免許証の問題と米大統領選を結びつけているとする情報は確認できなかった。

以上のことから「 FBI調査によると、この犯行は11月の米国大統領選挙を操作することを目的としている」は根拠不明である。

 

 

参考資料

[ⅰ]U.S. Customs and Border Protection、「CBP Louisville Seizes More than 5,000 Fake IDs」、2019年11月25日
https://www.cbp.gov/newsroom/local-media-release/cbp-louisville-seizes-more-5000-fake-ids?_ga=2.233624414.1354082293.1597548272-68630722.1597548272

[ⅱ]U.S. Customs and Border Protection、「Copyright Notice」、2016年3月2日
https://www.cbp.gov/site-policy-notices/copyright-notice

[ⅲ]FOXNEWS、「Fake driver’s licenses flooding into US from China, other countries, US says」、2020年8月9日
https://www.foxnews.com/us/fake-drivers-licenses-flooding-into-us-from-china-other-countries-us-says

[ⅳ] U.S. Customs and Border Protection、「CBP Louisville Seizes More than 5,000 Fake IDs」、2019年11月25日
 https://www.cbp.gov/newsroom/local-media-release/cbp-louisville-seizes-more-5000-fake-ids?_ga=2.233624414.1354082293.1597548272-68630722.1597548272

[ⅴ] FOXNEWS、「Fake driver’s licenses flooding into US from China, other countries, US says」、2020年8月9日
https://www.foxnews.com/us/fake-drivers-licenses-flooding-into-us-from-china-other-countries-us-says

[ⅵ]David HARRIS JR、「Potential Voter Fraud Anyone? Shipments Of Nearly 20,000 Fake Driver’s Licenses Seized At Chicago Airport In 2020!」
*ブログ記事には投稿日が明記されていなかったため、ここには日付を記していない。
https://davidharrisjr.com/eric/voter-fraud-anyone-shipments-of-nearly-20000-fake-drivers-licenses-seized-at-chicago-airport-in-2020/?utm_source=dlvr.it&utm_medium=facebook&fbclid=IwAR2pDgZlUEihkxQuLuxTw8vVKzfh7FLzi0XzJc8mJJi-T6C1yimpmI2awM8

[ⅶ]WUSA9、「VERIFY: Seizure of fake licenses falsely linked to voter fraud」、2020年8月11日https://www.wusa9.com/article/news/verify/fake-licenses-voter-fraud-claim-no-link/507-574e2ab8-d0a8-4461-b852-9625fd0a72cc

[ⅷ]National Conference of State Legislators、「Online Voter Registration」、2020年7月23日https://www.ncsl.org/research/elections-and-campaigns/electronic-or-online-voter-registration.aspx

[ⅸ] U.S. Customs and Border Protection、「Over 19K Fraudulent IDs Seized by CBP Officers in Chicago」、2020年7月27日

https://www.cbp.gov/newsroom/local-media-release/over-19k-fraudulent-ids-seized-cbp-officers-chicago

[ⅹ]BBC、「Why fake ID is an American rite of passage」、2013年4月8日

https://www.bbc.com/news/magazine-21976718

*最終アクセス日はいずれも2020年8月16日

【追記】

2020年8月20日 見出しを一部修正しました。

 

運営責任者=瀬川 至朗
調査・記事担当者=鳥尾祐太

WaseggはNPO法人ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)のメディアパートナーであり、この記事にはFIJのリサーチャー武藤珠代氏が協力しています。

レーティング(判定)はFIJが策定した基準(下記参照)を用いています。

FIJレーティング基準20190402