安倍首相「年金積立金の運用益は民主党政権時代の10倍」は事実と異なる
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対象言説
今回の参議院選挙では、年金問題が争点の一つになっている。2019年7月4日の公示日、安倍晋三首相(自民党総裁)は、福島市内での第一声で、年金について次のように語った。下線の発言を対象言説とする。
・・・(年金積立金の)運用益はとうとう44兆円にまで、皆さん増えたんです。民主党政権時代の10倍も増やしています。・・・
ソース<https://youtu.be/J2JSeMcMM80>(2019/07/15閲覧、ANN news CH 動画12分36秒頃)
安倍首相は第一声だけではなく、年金積立金について同様の発言を繰り返している。例えば、6月19日に国会で行われた党首討論、7月3日に日本記者クラブで行われた党首討論会では次のように発言した。また、日本放送協会(NHK)で放送された政見放送では、安倍首相とともに出演した三原じゅん子参議院議員が、運用益の成果について同趣旨の発言をしている。
▼6月の党首討論における安倍首相の発言
・・・(年金積立金について)44兆円の運用益が出ているわけでありまして、民主党政権時代の約10倍の運用益は出ていると。つまり経済をしっかりと成長させ、働き手を増やし、雇用を増やし、そのことによってですね、保険料収入も増えていると、マクロ経済スライドのマイナス分も減っていくということになるわけでございますから、これからもしっかりと増やしていきたいと・・・
ソース<https://youtu.be/H2ZNdIgxs0Q>(2019/07/14閲覧、テレ東News 動画18分40秒頃)
▼7月の党首討論会における安倍首相の発言
・・・大切な積立金。これ株価が上がったことによって、7,000円ちょっとから現在の株価になったことによって、いま積立金は44兆円に増えました。これ民主党政権時代の10倍ですね・・・
ソース<https://youtu.be/TF2z_Xcn3og>(2019/07/14閲覧、テレ東News 動画1時間36分7秒頃)
▼NHK政見放送における三原議員の発言
・・・大切なのは実行であり、結果を出すことです。年金積立金の運用益は、この6年で44兆円増えました。民主党政権時代の10倍ですね・・・
ソース<https://www.buzzfeed.com/jp/kensukeseya/jimin2019>(2019/07/17閲覧、Buzzfeed Japan 「NHKで放送された自由民主党の政見放送、全文・文字起こし」)
以上のように安倍首相や自民党議員は、政権交代以降6年間で年金積立金の運用益を44兆円増やし、これが民主党政権時代の10倍の金額であることを繰り返し強調している。年金積立金の運用がなぜ重要か。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は次のように説明している。
「少子化が急激に進む日本では、現在働いている世代の人たちの保険料のみで年金を給付すると、将来世代の負担が大きくなる。そこで年金の支払いなどにあてられなかったものを年金積立金として積み立てている。この積立金を市場で運用し、その収入を年金給付に活用することで、将来世代の保険料負担を抑えているのだ」(注1)
選定理由
参議院選挙でも大きな争点の一つとなっている「年金」に関する問題。現行の年金制度が持続可能であることを主張する安倍首相・自民党に対し、野党は制度の見直しを訴えている。少子高齢化が深刻な状況を迎えている日本において、いまの年金制度は国民の暮らしを十分に支えられるだけのシステムとなっているのか。世間からの注目度も高い問題であると考えられるため、ファクトチェックの対象とした。
判 定
「年金積立金の運用益は民主党政権時代の10倍」= 誤り
判定理由
まず年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)のデータ(注2)を元に運用益の推移をたどった。
その運用益を政権別に合算したのが、下の表である。注目すべきは、12年10~12月の政権移行期に生み出された運用益5.1352兆円である。安倍首相はこの運用益約5兆円を、13年1月~18年12月に自民党政権下で生み出した39.081兆円に加算して「44兆円の運用益をあげ、(09年10月~12年9月に民主党政権があげた運用益4.1013兆円の)10倍である」と主張している。ところが安倍政権が発足したのは12年12月26日。12年10~12月の3カ月のうち、わずか6日間しか政権を握っていない。約5兆円は民主党政権時代の運用益と考えるのが自然である。
そこで、政権移行期の運用益の扱い方を2パターンに分けてそれぞれ比較してみる。一つは、政権移行期の運用益を政権別に日割りにして計算する方法(ⅰ)。こちらが自然な考え方に基づくものだ。もう一つは、安倍首相・自民党が採用したように、政権移行期の運用益を次の政権の運用益とみなす方法(ⅱ)だ。政権移行に対する期待感が株高など運用益にプラスに働くとの考えに基づくのではないかと推察できる。
(ⅰ)日割りで計算
12年10~12月の92日間のうち安倍首相ひきいる自民党が政権を握ったのは6日間、民主党政権は86日間。また、2009年7~9月のうち自民党が政権を握ったのは77日間、民主党政権が政権を握ったのは15日間である。
5.1352(兆円)÷92(日間)×6(日間) ≒ 0.3349(兆円)・・・①=2012年12月26日~12月31日(安倍政権)
5.1352(兆円)-0.3349(兆円) = 4.8003(兆円) ・・・②=2012年10月1日~12月25日(民主党)
1.2855(兆円)÷92(日間)×77(日間) ≒ 1.0759(兆円)・・・③=2009年7月1日~9月15日(民主党政権前の自民党・麻生政権)
1.2855(兆円)-1.0759(兆円) = 0.2096(兆円) ・・・④=2009年9月16日~9月30日(民主党・鳩山政権)
この①を39.0810兆円(自民党政権)に加え、②と④の合計を4.1003兆円(民主党政権)に加え計算し直すと
39.0810(兆円)+0.3349(兆円) = 39.4159(兆円)・・・自民党(安倍政権)
4.1003(兆円)+4.8003(兆円)+0.2096(兆円) = 9.1102(兆円) ・・・民主党
39.4159(兆円)÷9.1102(兆円) ≒ 4.3(倍)
⇒ 運用益は44兆円には届かず、その運用益は民主党政権の4.3倍であり、10倍には届かない
(ⅱ)政権移行期の運用益を新政権の運用益とする(安倍首相・自民党が採用した基準)
(ⅱ)の基準を用いるとするならば、09年7~9月の政権移行期間の運用益は民主党の成果として加算しなければならない。この基準で計算すると
[5.1352(兆円)+39.0810(兆円)]÷[1.2855(兆円)+4.1003(兆円)] ≒ 8.2(倍)
⇒ 44兆円の運用益があった(安倍首相・自民党の計算を推定したので当然のことではある)にはなるが、その運用益は民主党政権の8.2倍であり、10倍には届かない
以上より、自然な考え方に基づく(ⅰ)、安倍首相・自民党が採用した(ⅱ)いずれの基準を用いても「年金積立金の運用益を民主党政権時代の10倍も増やした」とする安倍首相の発言とは異なる数値が導き出された。重要な数値が間違っており、対象言説は誤りであると判定した。
また運用益を次のように評価することもできる。現在の安倍政権の運用益は約6年間で計算し、民主党政権は約3年3カ月(3.25年)で計算している。「1年あたりの運用益」という基準で安倍政権と民主党政権を比較すると、(ⅰ)の計算では2.3倍、(ⅱ)の計算では4.4倍になり得る。つまり、合理的な範囲で比較の基準を変更してみると、「10倍」とはかけ離れた数値が導き出されてしまうのだ。
なお、GPIFに問い合わせて、HPに掲載されていない2001~2008年度の業務概況書(運用益も記載)を入手した。こうした資料をもとに、2001年4月~09年9月15日の約8年半の自民党政権時代の運用益を計算した(政権交代時は日割り計算)ところ、6.3197兆円となった。約3年3カ月の民主党政権の9.1102兆円を下回る数字となっている。
【補足】「長期的な」経済変動の視点から―バブル崩壊と二つの危機・災害―
ファクトチェックは以上とするが、長期的な経済変動の視点からも対象言説について理解を深める。
上の図は1985年1月から34年半にわたる日経平均株価の推移(注3)である。90年代初頭にバブルが崩壊して以降、株価は長期間にわたり下降線をたどった。とくに民主党政権発足の前年と同政権時に、国内景気を後退させる二つの出来事があった。08年9月に始まったリーマンショックと、11年3月に発生した、東日本大震災とそれに伴う東京電力福島第一原発事故である。この二つの経済危機と巨大災害により日本経済は大きなダメージを受けた。事実、08年から12年にかけて、日経平均株価はここ30年間で最低水準をマークしている。つまり、長期的な日本経済の停滞にリーマンショック、東日本大震災といった負の要因が重なったこともあり、自民党にしろ民主党にしろ、この時期に年金積立金の運用益を増やすことは困難だったのではないかとも考えられる。
運営責任者=瀬川 至朗
調査・記事担当者=石﨑開、市川尚德、内友輝、三宅響
記事資料
(注1)年金積立金管理運用独立行政法人HP『よくあるご質問』を参考にまとめた
<https://www.gpif.go.jp/gpif/faq/faq_01.html>(2019/07/14閲覧)
(注2)年金積立金管理運用独立行政法人の報告書(2009~2018年度)より(2019/07/14閲覧)
<https://www.gpif.go.jp/operation/state/pdf/h21_q3.pdf>
<https://www.gpif.go.jp/operation/state/pdf/h22_q3.pdf>
<https://www.gpif.go.jp/operation/state/pdf/h23_q3.pdf>
<https://www.gpif.go.jp/operation/state/pdf/h24_q3.pdf>
<https://www.gpif.go.jp/operation/state/pdf/h25_q3.pdf>
<https://www.gpif.go.jp/operation/state/pdf/h26_q3.pdf>
<https://www.gpif.go.jp/operation/state/pdf/h27_q3.pdf>
<https://www.gpif.go.jp/operation/state/pdf/h28_q3.pdf>
<https://www.gpif.go.jp/operation/state/pdf/h29_q3.pdf>
<https://www.gpif.go.jp/operation/state/pdf/h30_q3.pdf>
(注3)MACROTRENDS『Nikkei 225 Index – 67 Year Historical Chart』(2019/07/16閲覧)
<https://www.macrotrends.net/2593/nikkei-225-index-historical-chart-data>
(※)WaseggはNPO法人ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)のメディアパートナーとして、ファクトチェックに取り組みます。対象言説のレーティング(判定)基準として、FIJが策定した以下の推奨基準を採用しています。