沖縄をめぐるデマやフェイクにどう対処するか 沖縄タイムス編集局長 与那嶺一枝氏に聞く
沖縄では、米軍基地などの問題をめぐりデマやフェイクが広まっている。地元のメディアとしてどのように対処しているのか。沖縄タイムス編集局長を務める与那嶺一枝氏にインタビューをした。(聞き手=瀬川至朗、河合遼、船本潤平、當間由佳、木村京 執筆=木村京 写真=河合遼、インタビュー実施日は2018年9月4日)
デマやフェイクの問題 2016年から記事化に取り組む
――沖縄に関するデマやフェイクの問題に対して、メディアとして具体的にどのような対応を取ってきましたか。
沖縄タイムスが、基地問題をめぐる状況が看過できない状況に来ていると考え始めたのは2016年でした。一番のきっかけとなったのは、作家、百田尚樹さんの「田んぼの中に普天間飛行場はできた」や「その後に、宜野湾市民が金目当てにやってきた」、「地主は六本木ヒルズに住んでいる」といった発言です。あまりに間違った認識だったので、私たちは一面トップで扱いました。百田氏の発言が、米軍普天間飛行場、沖縄の問題を非常に誤解し、普天間飛行場がある宜野湾市の人たちをかなり侮辱していたので、連載などさまざまな形で記事化してきました。この基地問題は、70年以上の長い歴史があり、その成り立ちが分からなくなっている人も多いのです。特に県外の人や県内でも若い人が、基地の成り立ちが分からなくなっているという課題を抱えています。疑問に根本的に答える形の連載をしようということで、「誤解だらけの沖縄基地」という連載をしました。
その後は、デマや誤解というより、中傷される状況がだんだん増えてきたように思います。最初は、百田氏の発言だったのですが、私の言葉でいう「ひどい」のは、ネットです。しかしネットについて、どこまで、私たちが(内容について)、全部「違います。」と言えるかというと、マンパワーの問題からなかなか難しい。課題だと思っていました。そして2017年12月。緑ヶ丘保育園に米軍ヘリの部品が落ちる事故がありました。米軍は、部品が自分たちのものだとは認めたのですが、米軍機から落ちたということは認めていません。おそらくは米軍が認めなかったことが元になっていると思うのですが、ネットでは「自作自演では?」などと、保育園の関係者がかなり中傷されました。一方で保育園を応援したいとか、励ましの手紙が来ることもありました(注1)。
――なぜ沖縄の問題に関してデマや中傷が生まれるのですか。
いろいろな理由があると思いますが、辺野古の問題などで政府や権力に反発しているので、けしからんという声もありますし、また、甘えているという意見もあります。私たちは、基地問題を正確に理解せず誤解している、その上での沖縄叩きになっていると考えています。もう一つ深刻なのは、沖縄叩きをすると、一定程度、雑誌や本が売れる、そういう部分もなきにしもあらずと思います。
誤解に基づく批判 かみ合わぬ議論
――フェイク情報やヘイトなどの拡散でどんな影響が出ていますか。
普天間飛行場の例でいうと、「田んぼの中に普天間飛行場はできた」ということが正しいと思っている県外の方、あるいは県内でもそう思っている若い世代に、重要なことが伝わりづらくなっています。誤解に基づいて批判をされるので、こちらが反論しても議論がかみ合わない。とりわけ産経新聞の影響は大きかったですね。2017年12月に産経新聞が「日本人救った米兵 沖縄2紙は黙殺」(注2)と書き、沖縄の地元紙2紙を批判したのです。ネットの記事では新聞記事以上に「日本人として恥だ」などと強く批判をしていたので、それを読んだ方々から、沖縄タイムスの新聞を読んではいないけれども、「なぜ(米軍の美談について)書かないのか」と批判されました。書かないことで批判されるのは初めての経験でした。長く批判が続きましたが、産経新聞が2018年2月に検証記事を掲載し、2017年12月の記事を取り消したあたりから批判がやんで、中傷メールがかなり減りました。批判している人たちは、沖縄タイムスを読んで批判しているわけではなく、産経新聞やネット記事を読んで批判していたのだと思いました。
――今の沖縄問題に関するデマやフェイクに対する取り組みとして考えていることはありますか?
今、本当に試行錯誤しています。ネットのどの部分(の発言)だったら取り上げるかという問題もきりがなく、そのあたりは悩ましいところです。我々の記事に対してツイッターなどで厳しいコメントが載ると、逆に読者から「ほっとくんですか?」と聞かれます。コメントについても考えなくてはいけないですが、今のところそこまでやるマンパワーとか労力とかが正直に言うとないんですよね。私たちが全部見張るのかと、なかなか悩ましいですね。
――「沖縄のメディアは偏向している」と言われたりもします。報道姿勢についてはどのように考えていますか。
わたしたちは基本、県紙です。新聞発行は、きわめて公共性が強いですが、商売でもあるので、県民の支持を得ないとつぶれてしまいます。基地は問題だと県民が思っている事実があり、県民の世論を受けて報道しているのです。世論調査ではだいたい6割から7割が辺野古反対という結果が出ます。米軍がらみの事件、事故があると、県議会、市町村議会を含めて、かならず抗議決議をやり、たいてい米軍基地の整理、縮小は入ります。米軍基地の負担を減らしてほしいというのは、大多数の人の一致した意見なのです。それを受けて、わたしたちは県民の総意だと思って報道しています。その辺が偏向と言われるのは、違うかなと思いますね。
新聞を読まない若い世代にどう届けるか
――県内の若い人は現実、事実を知らずに、ネットのデマやフェイクが正しいと思っていることがあると言われます。それはなぜですか。
若い人はおそらく新聞を読まないので、私たち(記者)が、一緒懸命書いても、(彼らの情報源が)ネットということになりますと、やはり(情報)量が少なくなるという問題があります。ネットにも記事をアップするのですが、届きづらくなっているのは間違いないですね。それと基地問題が長くなっているということ。「田んぼの中に普天間飛行場はできた」ということが若者の間で普通に信じられている。70年以上前のことで、親世代も知らないわけですからね。この辺は、歴史修正主義と似ていることがあるかもしれません。例えば、南京大虐殺は全くなかったなどとも言われたりする。そのあたりとも通底することがあると思います。
――教育にもかかわらず、ネットの情報によって誤解してしまうのはなぜでしょうか。
おそらく学校で近現代史をあまり扱わないことと関係すると思います。基地問題については、平和学習がありますが、基地問題を扱う先生たちの怖さもあると思います。物が落ちてきたと言っただけで、「自作自演」だと言われるので、先生たちもよほど勉強しないと、積極的にやるのは難しい。新聞を使った授業をする先生は基地問題を扱ったりもしますが、全体的に少し萎縮しているところもあると思います。
――若い世代に伝えるための工夫は。
一番悩んでいるところです。若い人に新聞を読んでほしいと思っています。私たちも県内で寄付講座をもっていて、基地問題だけでなく、新聞の読み方から始めています。大学側との連携や教養講座とのタイアップなどがあり、タイムスの記者が出向いてパネルディスカッションをしたりしています。寄付講座とは別に小中高に出前講座をしたり、会社の新人研修に出向いて、新聞はビジネスに活かせることも伝えたりしています。2018年10月には第三者委員会に20代の人を入れて、彼らの意見も聞くことになりました。若い人々からの提案を生かしていきたいですね。沖縄タイムスは地方紙の中では、ネットでのアクセス数で上位にいます。アクセスしてもらうための工夫をデジタル部門でやっています。基地問題以外にも沖縄の政治や貧困への理解も広がってほしいという願望があります。沖縄は、関心をもたれるニュースが多いので、それを発信して読んでもらいたいですね。
<インタビュー後の沖縄タイムスの取り組み>
本インタビューは2018年9月4日におこなわれた。同年9月には沖縄県知事選挙があり、デマや中傷などさまざまな情報が飛び交った。沖縄タイムスは、県知事選挙のさなか、ファクトチェックをして記事化した。選挙後も若者がフェイクニュースにどのように接触し、判断したのか追跡して調べた記事を載せた。また、連載「幻想のメディア」の中でSNSと民主主義や、フェイクニュースが拡散されていく「配信の仕組み」について取り上げた(連載は継続中)。また、辺野古米軍基地建設のための埋め立ての是非を問う沖縄県民投票(2019年2月24日)や衆院沖縄3区補選(2019年4月21日投票)でもデマやフェイク情報をチェックする態勢をとっている。
(注1)米軍ヘリの部品落下事件や百田尚樹氏の発言などについての検証記事を書いてきた沖縄タイムスに対し、2018年8月、日本ジャーナリスト会議のJCJ賞が贈られた。対象は「「沖縄へのデマ・ヘイトに対峙する報道」。
(注2)産経新聞の「米兵が救出」報道問題=産経新聞が2017年12月9日配信のネットニュースで、沖縄県で同年12月1日に自動車6台の多重事故が発生した際、在沖縄海兵隊員が日本人を救助した後に後続の自動車にひかれて意識不明の重体となったと報じた。その上で、沖縄の2紙が「米兵が救出」という報道をしなかったことについて、「米軍の善行には知らぬ存ぜぬを決め込むのが、琉球新報、沖縄タイムスの2紙を筆頭とする沖縄メディアの習性である」「『報道しない自由』を盾にこれからも無視を続けるようなら、メディア、報道機関を名乗る資格はない。日本人として恥だ」などの批判を繰り広げた。産経新聞は、新聞紙面には同年12月12日朝刊3面に「日本人救った米兵 沖縄2紙は黙殺」という見出しでこの問題を掲載した。これに対し、琉球新報と沖縄タイムスは、米軍、沖縄県警ともに、軍人が日本人を救助したという事実は確認しておらず、事故に遭った日本人男性も「日本人2人に救助された」と話しているとする反論記事を相次いで掲載。産経新聞が事故処理や捜査を担当する沖縄県警に取材をしていないとして、取材不足を指摘した。こうした報道を受けて、産経新聞は18年2月8日、「米兵が救出」報道の検証記事を18年2月8日朝刊に掲載し、取材不足を認め、全面的に謝罪した。